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狂ったリクツの絶対正義  作者: 狂える
一章 城の庭にいた狂人
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第七話

「書物の貸出か・・・・・・いいだろう、だがお前に貸せる物は多くはないぞ?」


朝食を片付けたあと、シノトは様子を見に来たシェルに本の入手法を相談していた。シノトは城に書庫がないか聞いていたが、ちゃんとあったようだ。必要な手続きは全てシェルが代わりにしてくれるらしい。


「いやー、ありがとうシェルさん助かるよ。借りたいのは料理の本なんだけどね、どれくらい借りれるかな?具体的に冊数と貸出期間を教えてくれない?」


いよいよなんの本を借りるかといった話になったとき、シノトのその言葉にシェルが反応した。シェルが知る限り、城の書庫には戦術的な書物や学術的な書物、特に学術的な書物が多く収められているが、そういった歴史的な書物はほとんどがまた別の場所に収められていたはずだ。


「料理本なら城の書庫には多分ないぞ、俺の物を貸そう。二冊あるが、今すぐに入用か?」


「今日は昼頃からここを留守にしないといけないしね、なるべく今日のうちに覚え終わりたいんだ。できるかい?」


シェルは少し考え、小屋に踏み出すと中にあった時を示す道具を確認する。シノトが見守る中、頭の中でその日の予定と今の時間を照らし合わせたシェルは、自分の私物をとってここまで戻って来れる時間があると判断しシノトに頷いてみせた。


「任務に支障を出されたらこちらも困る、後で持ってこよう。」


シノトがその言葉にお礼を言うと、シェルは小屋を出ていった。すると遠巻きに二人の様子を見ていたちゆのが、箒を片手にゆっくりとシノトに近づく。


「あの金人はやけに親しくしますね。振りだけかと思えば仕草にもまるで嫌悪感を感じないし、一体どういう人なんですか?」


「シェルさんだよ、ちゆのさん。王宮騎士だっけかな?仕事大変なお偉いさんだったと思うけど、基本的にいい人だよ。」


シェルが見えなくなるまで手を振っていたシノトは、シェルが見えなくなると小屋の戸を閉じた。やることもないのか、シノトがそのまま食卓に座るとその正面に回るようにちゆのが歩いてくる。ちゆのは窓の外を見て何かを確認したあと、シノトに振り向くとその目を見据えた。


「ひとついいことを教えてあげましょう。金人は子供の頃から我々黒人に対して憎悪を抱くように教えられて成長します。具体的なことは省きますが、とにかく金人を信用、ましてやいい人扱いはあなたの寿命を縮めることになりますよ。」


そう言うとちゆのはまた掃除を再開する。シノトは上の空でそれを聞くと、特に理由もなく時を知らせる道具を眺めていた。











シェルがその後本をシノトに渡し、シノトがその本を読みふけっているとあっという間に時間が過ぎた。時を告げる道具がその時間を指すのを見たシノトは、読んでいた本に葉っぱの栞を挟むと席を立つ。


「おっともう時間だね。行こうか、ちゆのさん。」


「それは構いませんが、着の身着のままでいいんですか?私にはあなたが何も持たれていないように見えますが。」


シノトと同じように料理の本を読んでいたちゆのは、そのままでいいのかと疑わしそうな視線を向ける。そう言われてシノトは身なりを見直すが、特に持つものはないようだった。


「補給は向こうでしてくれるし、まあ敢えて言うなら武器くらいかな?俺は使わないけど。」


「なるほどわかりました。では行きましょう。」


ちゆのは本を閉めると席を立った。小屋を出てからの道のりはシノトが知っており、広い場内の敷地内を鼻歌交じりに歩くシノトにちゆのが続く形で、二人は目的地である一つの建物についていた。その建物の外ではすでに二つの生き物が待機しており、ちゆのはあれが移動手段なのだと理解する。巨大なトカゲの前足がそのままコウモリの翼になったような生き物、ワイバーンだ。


「先導役のサールだ。目的地までは二回の飛行に分けて移動する。決して遅れたりするんじゃないぞ。」


ワイバーンの横に立った男は、そう言うと有無も言わせずワイバーンに乗り込む。シノトも急いでワイバーンの背に飛び乗ると、ちゆのも乗るようにと手を伸ばした。ちゆのは一瞬だけ躊躇ったようだが、大人しくシノトの手を取る。


「ワイバーンに乗れるのですね。」


「物覚えは少し・・・・・・というかかなり得意なんだ、魔法もこれくらい簡単に習得できたらと思ったくらいだよ。」


シノトは、前に乗せたちゆのを抱えるように轡を握っていた。シノトより一回り小さいちゆのなら、シノトの視界を遮ることもない。視界は至って良好だった。


「こうやってみると、本当にちゆのさんって小さいよね。」


のんきにそんなことを言いながらシノトがワイバーンに合図を送ると、待ってましたとばかりにワイバーンは空に飛び立つ。大きく翼を羽ばたかせたワイバーンは、みるみると眼下の景色を小さくしていく。ある程度の高度まで上がったとき、シノトはようやくちゆのが体を強ばらせていることに気づいた。


「ちゆのさんワイバーンに乗るの初めて?」


「思ったよりも速いですね、下から見ているときはもっと遅く見えたものですが。」


よほど緊張しているのか、その声にまで影響が出ていることに気づいたシノトは面白そうに笑った。もちろん前に座ったちゆのはシノトのそんな反応も知らない。


「ごめんね、芸ができればここでやって見せてよかったんだけど。前にやったら怒られたからね、退屈だろうけど辛抱してね。」


「家畜じゃあるまいに、ワイバーンに芸を覚えさせたと?」


信じられないというようにちゆのは聞き返す。シノトは轡を離さず、肩をすくめてみせた。


「まさかそんなわけないよ。でもワイバーンには芸が出来るだけの能力があるし、それを操る俺は芸というものを知っている。ね、ワイバーンが芸を覚える必要がないでしょ?」


「・・・頼むから、このワイバーンを落とすことだけはしないでください。」


ちゆのの頼みは、実に切実だった。











「必殺、急降下ーーーー!」


「・・・・・・・・・・・・・」


シノトの指示に従ったワイバーンは、高所で急に翼をたたむと真っ逆さまに落下し始めた。風を切って落ちるワイバーンはやがて凄まじい速さに達すると、地面との距離を急速に縮める。後瞬きほどの時で衝突すると思われた瞬間、シノトは手綱をめいいっぱい引っ張った。


「あーんどぶーれすーーーー!!」


「・・・・・・・・・・・・・」


ワイバーンがめいいっぱい翼を広げると同時に、深緑の炎がワイバーンの正面を覆い尽くした。風の本流が炎をさらに大きくし、巨大になった炎の渦を地面すれすれでワイバーンはくぐり抜ける。下が湿地でなければ間違いなく火事の元になったであろう跡を残して、また高度を上げるワイバーンの上でシノトは実に機嫌が良さそうだった。


「アハハ、面白かった?俺ジェットコースターっていうもの、乗ったことはないんだけど、乗ったらこんな感じかなーって思ってるんだ。ちなみに最後のブレスだけど、演出にしては良かったと思わない?」


「・・・・・・怒られるのではなかったのですか?」


「帰って反省文書かされるぐらいだもの。ちゆのさん喜ばせるためならなんともないよ。」


「気分が悪くなるのでやめてください。あなたは平気かもしれませんが、私はさっきから何度も意識が飛びそうでした。」


何度も慣れない体験をしたちゆのは、すっかり青ざめていた。よっぽど怖かったためか、その手はシノトの腕を強く握り締めている。眼前で震えるちゆのに気づいたのか、シノトは急いでワイバーンに滑空飛行させた。


「ごめん、悪気はなかったんだ。ほら、先導役の人が高度を下げていくよ。きっとあの村に泊まるつもりだろうし、もう少し我慢してね。」


シノト達の乗るワイバーンは、村の外れに降り立った。シノトが先に降りてちゆのを降ろしていると、先に到着していた先導役のサールが二人に近づいていく。サールの目がどことなく二人を蔑んでいることは、ちゆのもなんとなく感じ取っていた。


「・・・話には聞いていたが、随分と自由に振舞っておるな。このことはしっかりと報告させてもらうぞ。」


それだけ言うと、サールはさっさとワイバーンを引っ張って村の中へ入っていった。シノトとちゆのも後に続いてよかったのだが、そこが金人の村だと思うと入りにくいのか、しばらく村の周りを回ることにしたらしい。歩き回った結果、二人は森の辺の木陰で腰を下ろしていた。


「さっきは意外と大人しかったですね、何か言い返すかと思ったのですが。」


「ん、ああまあそれはね。何かとお世話になるし、怒られるって分かってて俺もしたわけだし。それにいつも先導役で来ていた人はシェルさんだしね、あの人にまで迷惑をかけちゃいけないよ。」


先ほどのシノトの行動が意外だったのか、一息ついたあとそのことについて聞いたちゆのだったが、さらに意外なことに理性的なシノトの返事が帰ってきた時には思わずため息をついていた。


「そもそもこういうことをしなければいいと思うのですが、言っても無駄ですね。それにしてもあなたの話が本当なら、先導役を王宮騎士が担っていたということですが――――――」


「ほんとシェルさんには頭が上がらないよね。それにしても先導役をシェルさん以外の人がやるなんて、シェルさんなんか仕事でもあったのかな?」


シノトはのんきにそう言っていたが、ちゆのはどうもそのことについて違和感を感じていた。











その頃、金人の国ニイド帝国、その主城セテルス城の一室では、己の研究成果に歓喜する研究者がいた。研究者は目の前の七人の研究成果を見比べ、その出来の良さゆえに喜びに震え、その経過を子細に観察していく。


「――――完成だ。素晴らしい、これぞ芸術、これぞ至高!どうだねスイートスプリング氏!感想をどーぞ!」


「悪くないですね。膂力の上昇も確認できますし、体に異常も感じない。それに何よりこの傷一つ付かない体の強度、オリジナルがあれだけの戦果を挙げることができたことにもうなずけます。」


研究者の言葉に応えたのは、白に近い金髪をした優男だった。この場に集まった七人の若者の中でもその代表となる彼は、己のこぶしを握っては開いて感触を確かめている。見た目は一見冷静に見えても、内心は喜びで溢れているようだった。


「しっかしまだ僕なれないなー、これ。ベルト外す以外でオンオフとかできないんですかー?」


「オリジナルは二十四時間ずっとこの状態らしいが、普通に生活できているそうじゃないか。なあ?シェル・・・・・・なんだっけ?」


まだ年端もいかない少年に続いて、褐色の女性も声を上げた。体の動きを確認したいのか、二人共その場で体の感触を確かめている。その声に応えたのは、迫力ある人相をした大男だった。


「確かだ。やつは力仕事から細かい作業、たとえば掃除や調理までこの状態でこなしていた。今日は本も読んでいたな。」


「なんだ、黒人に出来るんなら僕らにもできないわけがないですよね?」


少年の言葉に、鼻を鳴らすもの、黙す者様々いたが、誰もできないと思っていないということは共通していた。研究者はそんな七人の様子に満足そうに頷く。


「・・・実験は成功したようだな。どうだねスイートスプリング殿?」


突然研究者の後ろ、薄ら暗い闇から声が聞こえた。何を思ったか七人がその声を聞き突然臣下の礼を取ると、闇の向こうから現れたのはニイド帝国の国王だった。名を呼ばれた優男は、顔を上げると国王に成果を報告する。


「この度の実験は成功したと思われます。まだ長時間の使用はしていませんが、この度の実験が我らにもたらしたものは、この国に富をもたらしてくれるでしょう。」


「セテプァ国王様、このようなところまでおいでいただきありがとうございます。如何様な御用がございましょうか?」


「実験が成功したばかりで悪いが、急ぎそなたたちにふさわしい任務を与えようと思ってな。難しいとは思うが、やってくれるな?」


突然の申し出だったが、その国王の言葉に嫌な顔をする者はいなかった。むしろ誇りと喜びに満ちた彼らは、当然のようにその言葉に答える。


「それが国王陛下のお望みとあれば、我らはこの新しい力を持ってその任務、必ずや遂行してご覧に入れましょう。」


「よくぞ言った、さすがは我が国最高の部隊の隊長だ!とは言っても綿密な打ち合わせは後日になるだろうがな。何、君たちなら簡単にこなすことができるだろう、心配など不要だ。その日まで英気でも養っておくといい。」


その言葉に一同が敬礼すると、国王は用が済んだとばかりに背を向ける。普通なら誰もここで声を出すこともなく国王はさるものだが、あの大男だけは違ったようだった。短くはっきりとした声は、狭い部屋に木霊す。


「一つ質問です、陛下。我らにふさわしい任務とは、一体何ですか?」


国王はその言葉に一旦立ち止まる。まずいことでも言ってしまったかと大男は一瞬身構えたが、振り返った国王が涼しい顔をしていたのを見ると拍子抜けしたようだった。国王は、大男の質問に非常に簡素に答える。


「――――黒髪の勇者の、処刑だ。」


少年の物語は、また始まろうとしていた。


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