第六十九話
掃討作戦のため街を出る直前、シノトはレバに呼ばれていた。シノトはだいたい何を言われるのかはわかっていたが、とりあえずレバの部屋に行くと、レバの要件は案の定のものだ。
「私はやめておいたほうがいいと思います。いくらあなたとはいえ、その怪我で相手できるほど相手も優しくはありません。」
シノトが部屋に来るなり、レバはそう断言した。レバの視線はシノトの片足へ向かっている。確かにシノトは未だに杖をついたままだ。血こそ止まってはいるが、巻かれた包帯の下には杖を突かざるを得ない怪我があるはずだった。
「魔法で治してくれたじゃないですか。俺は大丈夫ですよ、それに無茶するつもりはありません。」
「・・・・・・あなたの脚は確かに治りを早くしていますが、魔法は万能じゃありません。表面を治すのは早いのですが、内側に行くほど魔法の効果は薄いです。その証拠に、骨の治っていないあなたはまだ杖をついているでしょう?」
レバの言葉に、シノトはそれを覆そうと、いやどちらかというと渋々といった感じで杖を手放した。杖が床を叩く音が響くが、鳴り終わってもシノトは二本の足で立ったままだ。シノトは重ねて包帯の上から足を叩き、己の状態をレバに伝える。
「これはもちろん安全を喫してのことですよ。俺は大丈夫です、普通にやれます。」
「そうですか。」
レバのの目は信じている類のものではなかったが、どうやらそれ以上詮索する気はないようだった。ため息をつきながら視線をよそへ移すと、そこで視線が止まる。窓の外では、ソーンの掃討軍が出撃を前に集まっていた。
集結する黒い軍団を見て今度はシノトがため息をついた。とり返しのつかないことが目の前で起こっていることに、しかし目は何処か遠くを見るようだ。どこか他人事のようだが、もしかしたらただ現実逃避しているだけなのかもしれない。
「大変なことになりましたね。まさかこんなことになるとは思いませんでした。」
「いえ、当然といえば当然の結果でしょう。」
否定するレバに、シノトは説明を求める。レバは表情を少しも変えることはなかった。
「ここで勝てたとは言え、そのためにソーンは少なくない街や村を犠牲にしました。今も撤退する軍に蹂躙されているところがあるはずです、被害を抑えるためにはソーンの国からニイドの軍を早急に撤退させる必要があるでしょう。」
当然のことのように言うレバだが、それを分かっていたとしてシノトは一つ合点のいかないことがあった。会議の場で、レバは確かに彼らの行動に反対をしている。だが、それを彼は今当然といったのだ。
「わかってて反対したんですか?」
「追い返すだけなら私達も手伝えたでしょう。ですが彼らは掃討と言いました。おそらく皆殺しにするつもりです、いやもしかしたらそのまま攻め上がって国を潰すつもりなのかもしれません。」
レバの言葉は、次第に尻すぼみしていった。シノトもレバの事情がわかったのか、一緒に気持ちが沈んでいくような気分になる。
「なんとか止められませんか?」
「無理ですね。昔はニイドノ人のほうがソーンの人よりも憎しみが強かったのですが、今ではそれもほぼ同じくらいでしょう。前の戦争で負けたこともそうですが、ニイドはソーンと違って奴隷を作りますからね。」
シノトはすっかり黙り込んでしまった。考え込むために俯くシノト、しかしレバはそんな姿を見て首をかしげる。何か不思議に思うようなことがあったらしい。
「シノト殿は、これは失礼かもしれませんが、どちらの味方なのですか?ソーン国のために戦っているのではないのですか?」
「俺は平和のために戦っています。少なくとも今は。あなたの国の王様に、ここでニイドが勝てば平和はないと言われたから戦ったまでです。」
シノトはほぼ即答していた。信じて疑わないというシノトの口調に、レバは驚きに顔を歪める。
「ま、まさかそれを信じたんですか?」
どういうことかと、シノトがレバを見ると彼はバツが悪そうな顔をした。思考に足を少し進めたあと、意を決したかのように顔を上げてシノトを見る。だがシノトの目には、どこか怯えも含まれていた。
「いえ、これは我が国の王が仕組まれたことですね。私が謝るべきです、王に代わって謝りましょう。」
「どういうことですか?」
「我らが王は、恐れていたようですね。我らガルバレイとニイドはともに最古からある国です。ですからその争いの歴史も長い。王は間にできたソーンがなくなって、また争いに巻き込まれることを危惧したのでしょう。」
レバの言葉を受けたシノトの動揺は大きかった。どこかどもったような、胸を殴られたような声は如実に彼の心情を表している。しかしまだその声にはどこか希望を求めるような響きがあった。
「平和は、どうなるんですか?」
「シノト殿、お言葉ですが争いから生まれた平和などごくわずかなものに過ぎません。人は恵まれたことこそすぐに忘れても、受けた屈辱などは三代先まで忘れることのできない生き物です。」
レバの断言は、もちろん彼の生まれ、知識、経験によるものだった。そこに絶対的な心理があるというわけではなく、全ての人間に通じるということもない。だがその心当たりがありすぎる話は、同時にいくらかの信憑性も併せ持っていた。
「この争いの先に、平和などありません。」
シノトの耳には、レバの言葉が何処か遠くに聞こえたような気がした。
「――――――ぶですか、大丈夫ですか!」
シノトは、その言葉に目を覚ました。目の前を見れば、さきほど見ていた景色とは大きくかけ離れたものが広がっている。さきほど見たものが既に五日前のものだったと思い出したシノトは、失敗をなし崩しにしたいのか自然な笑顔を作った。
「ああ、大丈夫だよ。ごめんね、少し考え事していて。」
「頼むぜ、これから極悪人どもを裁きの時間を下してやるんだ。気なんて抜くなよ、それともおじけついたとかか?」
若い、というか小学生高学年くらいの活発そうな男の子が悪態をつくことで、集団に笑いが広がった。どこか場を和ませる気があったのかなかったのか、どちらにせよいつもどおりの、みな適度に緊張が解けた状態になる。そこで、改めて眼下に広がる光景を眺めた。
「好き勝手やっちゃって、ひどい光景だな。」
一人が口にそう漏らすように、その光景はあまり教育によくなさそうだった。半分が焼けた村は、あちこちの建物が焼けていたり、半壊していたり、原型をとどめていないものが多い。人の死骸のようなものは見当たらないため、おそらく人は逃げた後なのだろうがそれにしてもひどい有様だった。
「撃ち漏らしは別働隊がやる。俺達で突入、敵を街から追い出すんだ。」
「追い出す必要はない!俺達で即皆殺しだ!奴らに慈悲はない!」
集団のリーダーである少年が叫んだが、それはすぐにほかの少年によって上書きされた。怒りと使命感で満たされた叫びは、周りに感染して広がっていく。夜の空に、大合唱が響き渡った。
「慈悲はない!慈悲はない!慈悲はない!」
この響きは聴く者が聞けばもちろん、その恐ろしさに鳥肌を立たせそうなものだが、真に恐ろしいのはその叫びが全て少年少女の口から発せられていることだった。年長者であるシノトが黙り込む中、それを聞いたリーダーの少年は敵にばれそうになっている危険の中で涙ぐんだ。
「お前たちの気持ちは分かった、殺せ!やつらはそうされるにふさわしい罪を犯した、今こそ罪を償う時だ!」
リーダーの少年が剣を掲げると、続けて数え切れないほどの剣が夜の空に掲げられる。少なくとも気持ちの準備はもう万全のようだった。
「突入は合図が上がってからだ!乗り遅れるなよ!」
リーダーの言葉に、シノトは準備が出来たことで頬を手で叩く。彼の努力虚しく、二日前はあまりいい結果をもたらさなかった。今度こそはという誓いが、シノトの握った拳をさらに固くさせる。
「今度こそは・・・・・・。」
シノトの呟きとともに、遠く離れた森の向こうで星を隠す黒い煙が立ち上り始めた。




