第六十七話
「一体、これはどういうことだ?」
リザルトは、目の前で起こっている現象――――――いや、惨状を目の当たりにして、金色の双眸を怒りで滾らせていた。そんなリザルトの視線の先には、なんと彼の同僚であるはずのシェルがその行方を塞ぐように立っている。
「聡明な貴様ならわかるだろう。どちらが劣勢で、どちらが賢い人間の取る選択か。」
シェルがそう言って引き抜いた剣は、彼ら二人と同じ国、ニイド国に仕えている兵士の背中に刺さっていた。引き抜くときに跳ねた兵士を見てリザルトは歯を食いしばるが、冷静さは頭のどこかに残っているのか迂闊に飛び込むようなことはしない。その代わりにと言わんばかりに凄まじい形相になっていたが、それを受けてなおシェルの表所に変わりはほとんどなかった。
「・・・・・・国のために剣を捧げたんじゃなかったのか?騎士様よ。あれは嘘だったっていうのか?」
「嘘ではない。ただ、ここで我らが勝つことが国の未来のためになるか、それを考えた末に私はこうしている。私は彼らと共存してこそ、より我らの国の未来のためになると思っている。ただそれを実行したまでだ。」
「そのためなら国の若い奴らを殺していいと?」
リザルトの言葉に、シェルも少し表情を変えた。見るものからすれば憤りではなくむしろ悲しみも感じるであろう表情だったが、リザルトからしてみればむしろその白々しさ故に更に憤りを加速させるものだ。
「彼らは、国の礎としてここに来ている。死などとうに承知のこと、むしろ国のために死ねるのだ、光栄なことだろう。」
「そのために仲間まで殺すか・・・・・・これは黒い奴らを笑ってられねえな。」
自嘲気味に笑ったリザルトは、こっそりと周りの状況を確認する。分かってはいたことだが、もはやリザルトの部隊は壊滅状態だった。リザルトは唯一シェルの相手をできる以上彼に釘付けにならざるをえず、そして彼以外の経験の少ない兵士達は、シェルの率いて来た兵士達相手に歯が立たなかった。唯一相手ができそうなチクキーも、シェルの不意打ちを受けてリザルトの足元で荒い息を吐いている。断続的に響く叫びに頭を痛ませながら、リザルトは空に向かって長い溜息を吐いていた。
「なあ、あんたに比べてたいしたことないって言ったの、あれウソだったわ。お前に比べたら俺のほうが立派な目的持ってたわ。」
リザルトは、もう一度シェルに視線を向ける。気だるげな視線は、一見一切の敵意を感じるものではなく、しかしその奥にある激しい憎悪をシェルは敏感に感じ取っていた。用心深くシェルが剣を構える中、リザルトはちらりと足元のチクキーを盗み見る。チクキーはいつの間にか血だまりの中に横たわっており、あまりその時間が残されていないことは誰の目にも明らかだった。
「俺は、若い奴らのためにもう一度この戦場に来たんだ。前の戦争では俺より若い奴らがたくさん死んだよな、お前も知っているだろ?同期の学校のやつらの葬儀くらいお前だって出たよな。戦争だって、結局はこっちが勝っても死んだ数もこっちが勝ってちゃおかしいだろ。」
リザルトはそう言って笑ったが、本当におかしくて笑っているはずがなかった。
「俺より若い奴がみんな死んでしまってな、それが許せなかった。でも俺は前の戦争ではそんな余裕なくてよ、気づけばみんな死んでしまってたんだ。だから今回力を持てた時は、嬉しかったよ。今度こって、思ったな。結果ご覧のとおりだ、笑えるよな全く。」
せせら笑ったリザルトは、すっと剣を持ち上げ―――――次の瞬間には、シェルと剣を交えていた。笑はそのまま激怒に塗り替えられ、そのすべてがシェルに向かう。シェルの言葉は、対照的にひどく静かだった。
「・・・・・・それが返答と、そう判断していいのだな?」
「お前の言っていることが正しいかなんて俺が知るか。ただな、部下殺されてはいそうですかって、犬みてえに従うと思ったか?本来の目的放棄して、盲目的に新たな命令を聞くだけとか思ったか?」
淡々と話すリザルトが、急に大きく息を吸う。空気を震わす爆音が声となってシェルの耳に届いたのはすぐ後だった。
「俺を馬鹿にするのも大概にしろよこのクソやろう!」
「交渉決裂か。残念だよ、でも仕方がないな。」
シェルはリザルトの怒りにも、ただ淡々と対処する。ただ目の前にいるものを敵とみなし、二人はお互いを傷つけるためだけに剣を振った。
絶叫が独り寂しく歩き回る。聴く者は少なく、シノトとテクノバーンだけだった。足の半ばあたりまで深く食い込んでいた剣を引き抜くと、シノトはすぐに止血をする。流れ出る血の量は少しばかり抑えられたが、おそらく血が足りなくなるまでそう時間はないだろう。シノトはこの足でテクノバーンの相手を出来るはずがなく、いまテクノバーンに襲われればひとたまりもないのは明白だ。だが、その可能性はまずなかった。
テクノバーンは地に倒れふしていた。視線こそシノトから離さないように努力していたようだが、その体は思うように動いていないのか、まるで起き上がる素振りさえ見せていない。怪我らしい怪我をしていないのに、シノトよりも重体だった。
「・・・・・・結局は、勇者殿の思惑通りになってしまいましたね。」
どこか悔しそうなテクノバーンの言葉に、シノトは少し引いたとは言えまだする激痛に顔を歪ませながらも、その声にはどこかじまんげな響きさえ含ませて笑っていた。
「うまくってよかったですよ。運任せでしたが、感もたまには頼りになりますね。」
「ベルトはどこで分かったんです?どこかで情報が漏れていたとか?」
「ベルト?なんのことですか?」
「・・・・・・当てずっぽうだったのか。」
どこか緊張感が抜けたのか、テクノバーンの深く息を吐いた。シノトの声は、それを見て更に明るさを増す。
「こうなった以上、俺は援護に行けませんね。テクノバーンさんと同じように、仲間を信じなくてはいけなくなりました。」
カラカラと笑うシノトを見て、何かに気づいたのか。急にハッとなったテクノバーンは、しかし次の瞬間には穏やかな表情になる。何かを諦めたかのような表情で、こんなことを言い始めた。
「勇者殿。敵兵を殺すことと、味方の兵を殺すこと。どっちがいいことで、どっちが悪いことだと思う?」
シノトはもちろんテクノバーンの変化に引っかかることがあった。でもその見当がつかないシノトは、とりあえずその言葉に答えるしかない。テクノバーンと同じように仰向けに寝ころがれば、その目には青い空が広がっていた。
「そんなの決まってます、敵兵を殺すことがいいことで、味方の兵を殺すことが悪いことです。もしかして馬鹿にしてるんですか?」
「まさか。そうじゃない、ただ確認したかっただけだよ。そう、それがこの世の真実。ずっと変わらない、僕たち人間のための真実。・・・・・・僕は僕の道を邪魔したものを殺しただけ、ただそれだけのことなんだ。自分のために何かを殺す、人ならみんなやっている、誰も気に止めない当たり前のこと。だから当然、正義の名のもとに何人殺しても、僕は何も悪くないし・・・・・・幸せに暮らすことができるんだ。」
テクノバーンの言葉に、なにかおかしかったのかシノトはくすりと笑った。
「自分が今幸せだとでも?」
そのとき、シノトの上を一つの影が通った。全く警戒していない中現れたその変化に、シノトは慌てて飛び起きようとしたが足の痛みのせいでうまくいかない。頭を動かしテクノバーンのほうを見れば、そこにはテクノバーンを囲んで剣を振りあげている者達がいる。
「勇者殿。」
シノトが聞き取れたのはそこまでだった。テクノバーンにいくつもの剣が突き立ち、その口からは逆流した血が溢れ出る。にも関わらずシノトはテクノバーンと目があう。笑っているとも悲しんでいるとも取れないその表情は、シノトに何かを伝えようとしていた。
「先に向こうで待ってるよ。」
もう聞こえないはずの声で、どこからかそう語りかけたような気が、シノトはした。




