第六十六話
夜明け前に会議が行われた城の一室では、ニイドに攻め込まれている最中にも関わらず少なくない人の影があった。それもその筈、戦争が始まった今そこは司令室となり、なかにいる人数は夜明け前に比べて少なくなったが、人の出入りが絶えなくなっている。部屋の中心では、アトラス王が戦場の模型を見て顔を顰めていた。
「やはり門がなければ厳しいか。」
「やつはどうした、悪魔は、悪魔はどこだ!」
誰かの叫びに、場が俄かにざわめいたが殆どの人間が顔を見合わせるだけだった。若干興奮気味になっているからこそか、その中で冷静だったレバの声はよく聞こえた。
「シノト殿は敵の一人と交戦中のようです。おそらく終わり次第戻ってくるでしょう。」
もしかしたら、いやきっとその場にはこの言葉を信じていない人間もいたかもしれない。レバはともかく、いままでシノトがやったことを考えればそれも当然だ。だがそれでも追求するものは誰もいない、なぜなら共通認識として、いないという情報があればそれ以上は必要ないというものがあったからだった。
「作戦開始までまだ時間がかかる。持ちこたえなくては。」
「とにかく敵兵も厄介だが、相手の投石器はまた進化している。あんなでかいものをどうやってここまで運んできたんだ。」
情報が行き交うが、あまりいいものはそう多くなかった。アトラス王はそれらを耳にしながら、目の前に広がる模型を食い入るように見つめている。
「劣勢か・・・・・・」
場の空気がいくらか濁り出したような気がした。そんな様子を見ていられないというように、レバが立ち上がる。誰かの言葉が飛ぶ前に、その手に鎧を掴み取っていた。
「私が直接現場の指揮を執ります。みなさんは後ろからの指示をよろしくお願いします。」
「おいまて!」
誰かの声も虚しく、レバはさっさと部屋を出ていった。その場の全員が衝撃を受けたようだが、一番受けていたのはアトラス王だった。アトラス王は最初唖然としていたが、時間が経ってやがて状況に追いついてきたのかその目に正気が戻ってくる。――――――なぜかアトラス王もその手に剣を握っていた。
「最低限の人間だけでいいか。名声を轟かせて見せよう、なあみんな!」
アトラス王が剣を掲げたことで、濁った空気はどこかへ吹き飛んでいった。考え事に顔を曇らせていた人間は皆表情を喜色に塗り替える。考える時間は終わったようだ。考えることが苦手なソーンの人間達は、いつもの通りこうやって戦場へ自ら足を踏み入れることとなった。
何度剣が交わっただろうか、もうわからなくらいに二人の戦いは続いていた。剣同士の衝突に火花が散り、そしてそれが消え終わらないうちに次の衝突が起こる。二人共一歩も下がらず、火花が重なり合う。
度重なる攻防にじれたかのように、テクノバーンが力いっぱいに腕を振りきる。シノトはそれを受けて空に浮くが、わざとだったのか着地は軽やかだった。
「聖剣はニイドだけにしかないもの。ソーンはもちろんガルバレイにもないはず。それはどこで・・・・・・」
「あなた方と同じく神様からいただきましたよ。しかしやっぱり貴重なものだったんですね、また何か持っていかないと。」
ぼやくシノトに、何度目かわからないテクノバーンの突進が突き刺さる。またたきほどの瞬間に間を詰めたテクノバーンの振り下ろしを、しかしシノトは打ち合わせでもしていたかのように悠々と弾く。だが弾いては見ても、テクノバーンがシノトの間合いから出る速さの前ではシノトは剣を振っても当たらない状態だった。
「やっぱ長いほうが有利ですか。厳しいですね。」
テクノバーンがまたひと呼吸のうちに迫り剣を突き出すが、シノトは剣を叩きつけることでそれを逸らし、そのまま切り返す剣でテクノバーンの首を狙う。テクノバーンが剣を戻す前にシノトの剣が届く、剣の短さが幸いしていた。テクノバーンは後ろに下がろうとしたが、何かに足を取られるように彼の体は動かない。シノトの足がテクノバーンのつま先を踏んでいたからだ。
「くそっ!」
シノトの剣がテクノバーンの首を狙い、しかしそれはテクノバーンの手のひらを貫通したところで止められた。テクノバーンは痛みに顔をしかめながらも、剣を振るがそれは空振りに終わる。シノトは下がりながら、テクノバーンの手を滴る血を見て改めて気を引き締め――――――そのとき、後ろ足が何かに引っかかった。
「えっ?」
シノトもあまりのことに、ただ声が口から漏れる。平地だと持っていたこともあり、一瞬その隙をテクノバーンは見逃さない。
雄叫びとともに、テクノバーンは剣を振り下ろす。決定的な一撃はシノトの足に吸い込まれるように伸びていき、シノトは咄嗟に、テクノバーンに剣を投げた。
そして、誰かの倒れる音がした。




