第六十二話
「もうすぐで夜明けだ。敵の姿ももう確認してある。いつ攻めてきてもおかしくはない、みんな確認は大丈夫か?」
城の一室では、緊張感がこれ以上にないくらいに高まっていた。とはいってもただ集まって確認を取っただけだが、話すことは既に終えているので当然といえば当然だ。総指揮を取るアトラス王が部屋に集まった一人一人に視線を送り、そしてその視線はシノトのところで一旦止まる。
鋭くなるアトラス王の視線を受け、シノトは何かおかしくなったのか笑いだした。
「そんなに睨まなくても大丈夫ですよ。自分の役割はわかっています、テクノバーンさん達の相手ですよね?きちんとやりますよ。」
「ふん、きちんとやれよ。」
アトラス王は気が済んだのか、シノトの言葉を受けて視線を逸らした。アトラス王が続いてレバに視線を向けると、レバはなにか意見があるのか片手を挙げる。
「なんだレバ殿。質問があるのか?」
「いえ、さっき新たな情報が入ったので。どうやら相手は今日の夜明けにここに攻め込むみたいです。もうすぐでここからも姿が見えると思います。」
レバの言葉に、部屋中がどよめきに包まれた。一気に落ち着きをなくした部屋だったが、アトラス王は落ち着き払った目でレバを品定めしている。今までもソーン国に情報を提供してくれていたガルバレイ国だったが、その出処はアトラス王も知らされていなかった。
「・・・・・・情報提供者は何ものなのだ?」
「それについてはこれから説明します。次に、これも重要なことなのですが―――。」
レバの話は、夜が明けようとするまで続いた。
「これ、使ってみませんか?」
そう言ってレバがシノトの前に用意したのは、シノトが昨日目にした目にやさしい光を放つガルバレイ国の鎧だった。色を見るだけでどこの国かよくわかるのは便利だが、シノトはどういう意味でこれを渡されたのか理解できていない。
「なんですかこれ。」
「何って、鎧ですよ鎧。シノトさん体は丈夫らしいですが、魔食い石の武器だと怪我しちゃうんですよね?なら刃物を通さなければ無敵じゃないですか、というわけで。」
「鎧が余っているわけですか?」
「予備の分も持ってきていますので。数が足りないということはありません。」
レバの自慢げな言葉を受けて、シノトはしげしげと鎧を観察した。胴の部分のものは地面に立てられ、手足につける部分は地面に綺麗に並べられている。おそらくはレバの部下か、それとも本人がこれを用意したのだろう。シノトはレバの好意に嬉しさを感じつつも、しかし表情は困ったときのものになっていた。
「こういうことはありがたいんですが。まず第一に、相手は多分俺とほとんど同じ体質を持っている人間が複数います。そして俺は主に彼らと戦わなければなりません。彼らは俺と同じで特殊な体質なので、俺にできることは大抵彼らも出来るでしょう。」
「ええ、そうですね。でもそれが―――――」
レバが言い終わらないうちに、シノトは剣を地面に思いっきり突き立てた。さして抵抗なく、剣は柄まで地面に突き刺さる。剣を抜き、地面に残った菱形の穴を見ながら、レバは感嘆の声を漏らした。
「・・・・・・鎧割りって、どれくらい力を入れたら出来るんですかね?」
「さあ?まあでもこういうわけですし、それに俺は鎧をつけていない方が慣れているので、やっぱりこのままが一番だと思います。」
「そうですか、余計なことをしちゃいましたね。」
「いえ、気を使っていただいたことは嬉しいです、ありがとうございます。」
二人はそう言って笑うと、同時に同じ方向を見た。今まさに、その向こうで山の上から太陽が顔を出そうとしているところだったのだ。普通なら塀の上でないと日が昇る瞬間を見ることはできないが、彼らの目の前にある――――崩れた大門、これのおかげで日を遮るものはなく、街にはいつもより少し早く日が差し込んできていた。
「結局治りませんでしたね。」
シノトの言葉はどこかしみじみとしていた。いかんせん下手に小さなものでないため、瓦礫を片付けるだけならシノトも手伝えたが、組立の方はどうにもならず結局は簡易的なものを作っただけで終わってしまった。何人の人が乗っても崩れないくらいの丈夫さはあるのだが、現状では高さがまるで足りていない。だが、レバはそれでも出来上がったものに驚いていた。
「作った時は一年かかったそうじゃないですか。今は当時よりも早く作れるかもしれませんが、一夜では流石に無理がありますね。しかしこれでもすごいことですよ、私の国ならどうにもなりませんでしたよ。」
ふと、そこで祖国のことを思い出したのか、レバは深い溜息を付いた。ニイドとの戦争が目前に迫っている中で、ストレスも相当なものになっているのだろう。その口からは、本音が漏れ出していた。
「数年前までは交易もあったぐらいだったのになあ。こんなことになるなんて、分からないものですよね。」
「へえ、ずっと仲が悪いものだと思ってましたよ。ここ数年で急激に仲が悪くなったんですか?」
「いえ、ずっと前から仲は悪かったですよ。まあでもこんなふうになるのも時間の問題だったんでしょうね。」
日がその姿を完全に現すと、登ったばかりの光に金色の軍団が照らされた。数え切れないくらいの人数にも関わらず不気味に沈黙を保っている軍団は、もうすぐシノト達のもとへ来るだろう。レバがどこか他人事のようにつぶやく。
「ピカピカしてますね。」
「前にも見たことありますが、実に目に悪いですね。しかしソーン国の鎧といい、あなたがたの国のといい、色のこだわりにはちょっと驚きます。」
「そんなの当たり前じゃないですか、色は私たちの誇りですよ?まあそれ以外にも、塗装が楽ですし、味方の判別もできますから便利という部分もあるんですけど。」
レバが自慢げに胸を張ったとき、シノトの目にキラリと光るものが写った。――――――次の瞬間、レバの目の前まで迫った槍が、間一髪シノトの振り上げた剣によって阻まれる。甲高い音とともに打ち上げられたそれは勢いそのままに、あっという間にどこかへ行って見えなくなってしまった。
「あ、ありがとうございます。」
「どうやらお呼びみたいですね。」
シノトのみ上げる向こうには、空を飛ぶ一匹のワイバーンの姿があった。遥か遠くに見える場所からこの距離まで、あんなものを投げられるものは少ない。十中八九シノトが相手をしろと命じられているだれかだろう。だが、シノトは視線でワイバーンを追ってはいても、その場を動こうとはしなかった。
「どうしたんですか?呼ばれたなら行ってみればいいではないですか。」
「いえ、どうせ向こうから来るので、待ってていいのではと思うのですが。」
それに飛んでますし、とシノトは付け加える。レバはそれに頷きながらも、輪を描くように旋回しているワイバーンを見て眉をひそめた。
「しかし見失って他の場所を襲われると困りますね。あれは飛んでいますが、シノト殿もワイバーンを使役しているではありませんか。」
「まあ使役というか、乗せてもらっているだけなんですが・・・まあいいか。」
シノトは渋々というように、その場で口笛を吹く。するとそう遠くないところにいたのか、すぐにシノトのとなりにワイバーンが着地した。周りが少しざわついたが、シノトは気にかけずにワイバーンの背中に飛び乗る。レバはそんなシノトを見て、眩しいものでも見るように目を細めた。
「馬にすらまず乗らない黒の民が、ワイバーンにまたがる姿を拝むことが出来るとは。世の中教科書通りとはいきませんね。」
「ではレバさん、あとはよろしくお願いします。くれぐれも無茶はしないように。」
シノトはワイバーンに指示を出すと、すぐさま飛び立った。もちろん、行先は空を飛ぶワイバーンのもとへ。朝日に照らされながら、世にも珍しい黒髪のワイバーン乗りはローグの街を飛び立っていった。




