第六十話
「この度軍の指揮権を授かりました、ロック・レバです。勇猛で名高い戦士に会えて光栄ですよ。」
「こちらこそ、我らを助けに来てくれてありがとうございます。」
翌日、ガルバレイ国の援軍が到着した。手紙に書かれた本人の確認ということで、大軍が町に入るところにはシノトも立ち会う。シノトは一度合流しているので分かっていたわけだが、やはり緑色に輝く彼らの鎧は珍しいのか、ガルバレイの兵士達の姿にソーン国の人々は目を丸くしていた。ただそれだけの注目を集めているにも関わらず、いやむしろそれを誇りに思うかのように、ガルバレイの兵士達は堂々とした足取りで大通りを行進していく。
大軍が街で二番目に大きな門をくぐっている途中で、両軍の代表どうしが挨拶と握手をした。簡単な書類を交換し、また握手をするとそれで一旦は終わりらしい。するとレバは、その場にいたシノトを見つけると笑顔で駆け寄った。
「これはシノトさん、昨日ぶりですね!先に来てなにかしましたか?」
レバはガルバレイ国の人間に特徴的な緑色の目を輝かせていた。非常に人当たりの良いレバの態度に、シノトは自然と心が洗われたような気分になる。初めて会ってから丸一日と間が空いていないはずなのだが、シノトはどこか懐かしさえ感じるようだった。
「昨日は武器をありがとうございましたレバさん。実は昨日敵の先鋒がここに来てまして、その時に武器は大変役に立ちました。ありがとうございます。」
「どういたしまして。それにしてもここはソーン国で最も猛者が集まる場所ですよね。ニイドの先鋒に選ばれるような精鋭が相手であってもそう遅れをとりそうにはありませんが、まさかそれほどまでに強いのですか?」
驚いた様子を見せたレバだったが、それはシノトも同じだった。
「王様から何も聞いてなかったんですか?」
「いえ、聞いたには聞いていたのですが、その話を聞く限り想像以上ですね。確かに特定の武器でないと怪我も負わせられないどころか拘束もできない、そんな相手ならそうなるんでしょう。しかしどれくらいの被害が出たんですか?」
どこかまだ緊張感の感じられないレバに、シノトは今から連れて行こうかとも考えた。だがレバは軍を率いてきた人間なので、自由になる時間は限られている。結局レバ自身が空いている時間に見に行くのがいいと考えたシノトは、場所を教えるだけに留めていた。
「まあ実際に見たほうがいいですよ。あと、見に行くときには花も買っていくといいと思います。こんな時でなんですけど。」
割と簡単な道をシノトが教えると、レバは直ぐに何かあるのかこれでと言ってシノトと握手を求める。別れの握手にシノトが応じると、レバは後でまた会いましょうと言ってそれに付け加えるように笑顔を作った。
「やはりあなたはいい人だ。国王様は警戒するようにとおっしゃられていたけど、あなたに何かかかっている疑いが晴れる事を祈っていますよ。」
「ありがとうございます。ではまた後で会いましょうレバさん。」
そしてその日のうちにシノトが呼び出された会議で、二人はまた会うことになった。
城の一室で行われた作戦会議は、篭城戦をする側にしてはやけに長いものになっている。しかし日が傾き始めたころにはそれもほぼすべてが終わり、解散の時も目前まで迫っていた。
「作戦は以上だ。異論のあるもの、質問や説明が必要なものはいないか?」
最初から主に話しっぱなしだったソーン国の文官の声に手を挙げるものは誰もいなかった。それを確認して、その文官はもう一度締めの言葉を全員に行き渡らせる。
「ではこれで今日のところは解散とする。明日また会議を開く、その時には集まるように。では最後の夜を、悔いのないようにな。」
その言葉を合図に、会議の場は急に騒がしくなった。雑多な声が飛び交い始めたその場から離れようとシノトが席を立つと、シノトを呼び止める声がする。
「あの、シノトさん――――――」
「シノト、少しこちらに。」
微妙に重なった二つの声のうち、シノトが近いほうを向くとシノトより頭一つ分は背の高い男がシノトを見下ろしていた。しかしその顔を見れば、シノトは見たことはあるが会話をするのは初めての相手だと理解する。どういったつもりで話しかけたのだろう、とシノトが疑問に思ううちに、男は口を開いた。
「昨日変な歌を歌っていただろ?なんだか不気味らしくてな、やるなら街外れでやってくれないか?」
「不気味と言われるのは遺憾ですが・・・・・・そうですね、今度は街外れに行きます。ついでに外の様子も見張っておきますよ。」
「気晴らしもいいがそれ以上にちゃんと眠ることだ。仕事には期待している。」
男はそれだけ言うと、そそくさと足早にその場を去っていった。シノトは去っていった男を見送ると、今度は別のほうを向く。そこにはさきほどシノトに声をかけたもうひとつの声の主であるレバがいる。レバはシノトと目があうと、自分から話を切り出した。
「あの、ワイバーンは作戦にちゃんと組み込まれていましたが、他にいた大きな魔物の方は一緒に戦わないんですか?ニイド国特有のワイバーン部隊に対応できる数少ない手段というだけでなく、あれがいるだけで随分兵士達の士気が上がると思うのですが。」
大きな魔物というのは、シノトをここまで運んできたクロノゴの竜の姿のことだ。ソーンの国に近づく頃には、その姿が見えれば騒ぎになるということで姿を消していたクロノゴだったが、ガルバレイ国の軍と合流した時には姿を現していたので、レバはその存在を知っていた。しかしレバの言う通りにはできないと知っているシノトは、その言葉に首を振る。
「あの方は俺をここまで乗せて行ったらいつの間にかいなくなっていましたよ。そもそも戦うことは拒んでいたんで無理じゃないかなと思います。」
「そうですか、いると心強かったんですけどね。」
見るからに落ち込むレバに、シノトは少し疑問に思うところがあったのか首をかしげた。というのも、レバの様子はどこか落ち着かないというか、地に足がついていないようなそんな印象をシノトに抱かせるものだったからだ。なにか理由があるのか、その答えはレバ自身がすぐに教えてくれた。
「シノトさん、戦争ってどんなものですかね?やっぱり教わる通り楽しいんでしょうか、それとも怖いのでしょうか。」
シノトはその言葉に耳を疑った。レバを見るが、シノトにはそれがとても冗談には聞こえない。シノトはてっきりレバはいくつもの戦いを繰り広げてここにいると思っていたが、シノトのそういったたぐいの質問にレバは首を振った。。
「いえ。実戦経験は魔物の討伐ぐらいで、人との争いは初めてなんです。」
シノトは、この手の争いはこの世界ではそう珍しいものではないものと思っていたが、ガルバレイ国というのは彼が思っていた以上に平和な国だったらしい。不安そうにシノトを見るレバに、なにか言葉はないかとシノトはしばし思考に耽るが、すぐに諦めてとりあえずレバを安心させるように笑顔を見せていた。
「言っても大して参考にならないと思います。所詮は他人の感想なんで、下手に聞けばかえってその落差に驚くかもしれませんし。」
「そうですね、やっぱりいいです。なかったことにしてください。それではまた明日、どうかいい夜を。」
その場を去るレバに、シノトはこのことを他に知っていそうな人間が居るのかを考える。しかしシノトが覚えている以上、そのような人間はおらずおそらく今の会話を聞いていない限り他にはいないだろうという結論に辿りつく。急に先行き不安になってきたシノトは、遠くなるレバの背中を見ながらこれを誰かに話そうかと考えるのだった。




