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狂ったリクツの絶対正義  作者: 狂える
一章 城の庭にいた狂人
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第六話

「食事の用意しないといけないね。」


日が沈もうとする頃、時を知らせる道具を眺めながらシノトはボソリといった。この言葉にいの一番に反応したちゆのは、有無を言わせぬ態度で名乗りあげる。


「ここは私にお任せを。ここでは仮だとしても従者として生きるのです、これぐらいのことはしておかないといつか怪しまれます。」


ちゆのはそう言い放つと、シノトの反応を待たずに台所に向かう。その姿は戦に向かう騎士のようだったが、その姿をじっと見るものがいた。台所といってもほとんど道具のない作業台に立ったちゆのは、振り向くと自然とシノトと視線が合ったことに内心驚く。


「なにか?」


「やけにすんなりと受け入れたなあと思って。まだ始めましてから一日と経ってないけど、ちゆのさんはもっと俺のこと憎んでいると思ったよ。まあいいや、置いてあるもので簡単にできるものでいいから。あと俺も後ろから見ておくからね。」


いつの間にかシノトはちゆのの後ろに立っていた。ちゆのはため息をつくと、食卓まで行きシノトの椅子を引いてみせる。ちゆの自身、ここまですれば何も言わなくてもわかるだろうと思っていたが、一向に動かないシノトに業を煮やしたのか分かりやすいように直接言う。


「どうぞお気づかいなさらずに、席にてお待ちください。私なら大丈夫ですので。」


しかし直接言ってもシノトは席に座らず、ちゆのの立っていた場所に立ち食事の用意を始めた。これに驚いたちゆのは慌てて作業するシノトの手を取ると、シノトの目をみてはっきり物を言う。


「あなたは私に従者になってくれと言いました。昨日のことです、覚えているでしょう?」


その行動がよほど予想外だったのか、シノトは驚きでその場に固まった。ちゆのの方は、ここぞとばかりに言葉を畳み掛ける。


「あなたがもしその言葉を本気で言ったなら、私のことを少しは信用してくれてもいいのではないですか?無論、昨日今日出会った間柄ですし私について分からないこともあるでしょう。ですが、私が大丈夫といったのです。あなたは私の言葉も信用できないのですか?」


そこまで言うと、ちゆのは一旦言葉を区切り深く息を吸う。シノトはしばらくちゆのをじっと見つめていたが、時間をかけて言葉を噛み締めることができたのか、ようやく口を開いた。


「確かに君の言うとおりだ、俺は過保護だったかもしれない。でも食事は交代で作ること、変わって欲しかったらいつでも言うんだよ。内容も君にできることでいいから、とにかく無理しないでね。いいかい?」


「ご理解いただきありがとうございます。」


ちゆのが丁寧に頭を下げると、シノトは大人しく自分の席へ戻っていった。改めて台所に向き合ったちゆのは、その下の戸を開け中の食材を物色し出す。様々な食べ物が保存のきくように加工されている中、ちゆのは記憶から食べ物の成分ととある知識を引き出そうとしていた。


「さて、これで作れる毒薬をなにか考えないと。」


邪な小言は、そうはなれていないシノトの耳にも届きはしなかった。











「いやー、あんなに手の込んだ食べ物―――いや、あそこまで行ったら料理だよね、随分久しぶりに食べたよ。どうもご馳走様。」


ちゆのが作った料理を食べたシノトは、非常に満足そうに手を合わせた。器に適当に盛られた料理は、この世界ではそこまで手の込んだものではなかったが、シノトはとても気に入ったようだ。


「あなたに聞いておきたいことがあります。」


突然話を切り出したちゆのは、姿勢をきちんとするとシノトを正面から見据えた。その姿勢、その声色からにじみ出る真剣さを感じ取ったのか、シノトも自然と姿勢を正す。


「自分と同じ黒人を殺すとき、どんな気持ちだったのですか?」


その言葉の滑り出しは、ひどく静かだった。それまでも、言葉に感情の乗ることがほとんどなかったちゆのだが、その平坦な言葉はどんな言葉よりも如実に彼女の持つ感情を表している。単にシノトが感じ取れないだけだった。


「私の家は孤児院でした。戦争で、あなた方側が殺して生まれた孤児をたくさん引き取っていました。それでも皆がまだお互い協力して生きていけていたのは、食べ物にも余裕があり、戦争からもまだ距離があった―――つまり、戦争に勝っていたからです。」


それでも幸せとは程遠い。毎晩ちゆのは、誰かのすすり泣く音をずっと聞いていたと言う。聞いているだけで夜が長くなるようなものだったにも関わらず、自体はもっと悪い方へと突き進んでいった。


「もう私たちの家はありません。孤児院にいたみんなも、ほとんど死んでしまいました。街を追われ、食べ物はどんどん少なくなり、それはもう――――――」


その言葉は一旦そこで途切れた。もはやちゆのは己の感情を隠していない。目は憎しみに燃え、怒りのためか髪の毛は若干逆だっている。今にも飛びかからんとしながらそれをこらえているのは、せめて最後に本当のことを知りたかったからだった。


「みんなあなたが始めたんだ。あなたは同族の多くを悪夢に陥れた。一番やってはならない、忌嫌されるべきことをやった。どうしてですか、なぜそんなにヘラヘラできるのですか。あなたが殺した人たちに、申し訳ないと思うべきでしょう?なぜそんな、人として当たり前のことができないのですか!」


最後の方は、ほとんど叫びに近い声になっていた。しかしちゆのは声が荒げるのも気にしない、握りしめた拳は震えて食卓に強く押し付けられている。まさに鬼気迫るというのがちょうど当てはまるといってもいいだろう。だがそれとは全く対照的に、シノトの声は実に緊張感を伴わないものだった。


「え、なんで俺が申し訳ないと思わなくちゃいけないの?」


シノトがそう言うが早いか、ちゆのはシノトに飛びかかっていた。椅子がガタリと床に転がり、シノトとちゆのが初めて会った日のように、ちゆのはシノトに馬乗りになる。ちゆのがいつのまにか手に持った食器はシノトの首に突き立てられているが、シノトは相変わらず涼しい顔で、食器は一向にシノトの首を貫こうとしなかった。


「・・・そのやけに頑丈な体、それに見た目にそぐわぬ力。あなたのような存在には、まさに化物という言葉がふさわしい、むしろあなたのために作られたような言葉ですよね。」


「ひどいなあ全く、俺が化物だって?そりゃあ、こっちに来てからなんか体の調子はいいしさ、どんなことしても怪我をすることはなくなったよ?明らかに人の領分を超えたことができるようになったのは確かさ。でも化物かって言われると、それは少し違うんじゃない?」


シノトはそういうと、自分の上に乗っかっているちゆのを抱え上げた。ちゆのは暴れたが、シノトはなんなくちゆのを脇に下ろすと立ち上がって服を叩く。ちゆのはまだ興奮冷めやらぬのか、未だ息を荒げシノトを睨み続けている。一方で、それを見るシノトはどこかしみじみとした口調になっていた。


「・・・俺ね、ここに来るまでずっと不思議だったんだ。なんで自分なのか、世界のどこかで誰かが死んでいるかも知れないのに、なんで自分がこうして生きているのか不思議だったんだ。」


突然始まった何かに、理解が追いつかないのかちゆのはきょとんとした。シノトは目を細めちゆのを観察していたが、その反応がおぼつかないものだったためか諦めたように首を横に振る。その表情は、とても物悲しそうだった。


「そうだね、俺が昔このことを両親に言った時も同じ顔を見たよ。その顔を見て俺はわかったんだ、これは誰にも理解できるものではないって。まあ諦め悪く、定期的に親しくなった人に話していたけどね。」


シノトの声色は、聞いている限りでは比較的明るかった。そこに違和感があったためなのか、ちゆのの中の熱は急速に冷えていく。シノトは見つめていたちゆのの顔から目をそらすと、食事の後片付けに取り掛かった。


「やっぱりちゆのさんもみんなと一緒か。まあそれならこれ以上は言っても同じだしこの話は終わりってことで。にしてもなんでいきなり聞いてきたの?」


ここまで聞いて、ちゆのは自分勝手なことをと思った。話に脈絡が見当たらない上、自分勝手に諦めて被害者面。傍から聞いていたちゆのは呆れていたが、おかげですっかりその冷静さを取り戻していた。


「聞かれて気分を害しましたか?」


「いや、特に。」


「なら良かったです。日も暮れましたし、私は寝るとします。そういえば、私はどこで寝ればいいでしょうか?」


「あのベット使っていいよ。俺もまだ使ったことないし、定期的に干してるからちゆのさんが使う分には問題ないし。」


そうだ、狂人にわざわざ付き合う必要はない。毒でもうじき死ぬとは言え、先ほどの行動はどう考えても冷静ではなかったとちゆのは後悔した。せっかく拾った命だ、無事に持って帰って国の再興を見届けようではないか。


「・・・あなたはどこで寝るのですか?」


「心配しないでも、同じところでは寝ないよ。俺はそうだな、歌を歌い終わったら眠る・・・かな?多分どこかでだけど。」


ちゆのは相変わらず話を最後まで聞かず、布団に入ると掛物を頭からかぶった。もうすこし毒が回ればシノトは死ぬ、そうなったらここを離れるのだ。寝てるふりだけでいい、その時までここで待とう。そう思ったちゆのだったが、ふいにその耳にかたことな歌が聞こえてきた。きっとこの歌が止んだ時、シノトの命は尽きるだろう。そう思ったちゆのは大人しくシノトの歌を聴くことにした、だが――――――


(歌・・・・・・にしてはやけに単語だけを繋げたような会話。音もなんだか変だし、――――――どうでもいいか。声が聞こえなくなったら、静かにここを出よう。)


そう思うとちゆのは、その時が来るまで体を休めることにした。











ちゆのの目覚めは、ちょうど窓の外から朝日が差した時だった。飛び起きたちゆのは、すっかり明るくなった窓の外を見て頭を抱えそうになる。昨日は一日睡眠を取っていなかったためか、ちゆのが思った以上にその眠りが深かったようだ。


「しまった・・・・・・。」


「おはようちゆのさん。あまりいい夢を見れなかったみたいだけど、まずそれは忘れて朝食にしようか。」


その声は、ちゆのが朝を迎えられないだろうと思っていた男の声だった。あわててちゆのがそちらの方を向くと、食卓に皿を並べるシノトの姿がある。あわててちゆのは寝床を降りシノトの顔色を伺いに行くが、これといった変化は見受けられなかった。


「随分と朝が早かったようですが、体調になにか変化でも?」


「俺の身を案じるようならそれは無用なことだよ。それにこの時間はそんなに早くないし。」


そう言ってまた笑うシノトは、次々と食卓に皿を並べていく。しかしここに盛られた料理が奇妙なもので、普通焼くはずのないものが焼かれたり、どろどろになった何かなど、ちゆのも見たことのないものばかりだった。ちゆのが皿を見て首をかしげてみせると、シノトは照れたように頭を掻く。


「ちゆのさんに触発されて料理を作ってみたんだけどね。知識だけはあるんだけど使う食材がほとんどないし、こっちに来てその手の本は全く読んでないしでてんでダメだったよ。今日こっちで本を読んで勉強するから、任務帰ってからの料理は期待しておいてくれよ?」


まだ何も読んでいないのに自信満々だったシノトだが、ちゆのにとってはそんなことよりも目の前の食べ物に口を付けるか否かのほうが重要だった。昨夜毒を持った相手が翌朝に奇妙な食事をたべろと言ってくるなど、疑うなというのも無理な話だ。だがここで食べないというのもおかしな話、ちゆのが意を決してその食事を口にすると、シノトも満足したのか両手を合わせた。


「いただきます・・・ってそういえば、こっちの人は食事の時にこういう感謝の言葉は言わないよね。こっちでは聞かないけど神様とかって信仰されてないの?」


「神を祭る場所ならこの国にもありますよ。王城の中にも多分祈りのための部屋があるでしょう。」


シノトの言葉に、慎重に食べ物を咀嚼していたちゆのは飲み込んでから答えた。思ったよりも美味しかったからか、それとも毒が入っていないように感じたからか、顔色は幾分かよくなっている。


「神様が信じられているのに食事の時に感謝とかそういう感じのがないの?」


「逆に聞きますが、何で神を祭っているからといっていちいち食事に感謝せねばならないのですか?もちろん神が食事を恵んでくれるのならそれは感謝もしましょう、恵んでくれるのであればですが。食事は自分の労働の対価である以上、必要性が全く見つかりません。」


「・・・・・・そういうもんなの?」


ちゆのの答えは沈黙だった。シノトはしばらく待ったが、ちゆのが答える気がないと感づくと大人しく食事を再開する。だがしばらくして、思い出したかのようにちゆのはつぶやいた。


「それと、食事は交代で作るといったこと、忘れないでください。次は私が作りますので。」


シノトの答えも、また沈黙であった。

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