第五十九話
「なるほど、勇者とやりあったか・・・・・・」
テクノバーン達が戻り、報告を終えると一息つくため彼らは用意されたテントに集まっていた。念のため軍に同行していたシェルが感慨深そうにつぶやくと、ブルータルは嫌なことでも思い出したように顔をしかめる。
「強かったよねー。前とは別人みたいにー。」
「武器さえ奪えばどうにでもなるかもしれないが、全員でやらないことには無理そうだ。騎士様二人も加われば問題はないだろ。」
慌てても仕方がないとばかりに、淡々とリザルトがシノトの様子を、あの場にいなかった二人にかいつまみながら説明する。その脇ではそれを聞いていないものもいたが、あえてテクノバーンはその背中に声をかけた。
「直りそう?」
「できなければ俺は役立たずだ、何とかする。それよりもすまない、ベルトが壊れて体が動かなくなった俺を運んでくれて。お前も怪我しているのに。」
ライズは細々とした作業を止めることなくずっと続けている。一流の技術師でもある彼は、今シノトとの戦いで偶然壊れたベルトの修理をしていた。高度な技術ゆえこの場に手伝えるものはいなく、テクノバーンは順調に作業が進んでいるらしいことを確認すると、邪魔をしないようにさっさと離れる。
「オリジナルはやっぱり人を切り慣れてないな。キレイに切られたおかげで隊長の怪我も思ったよりすぐに治ったんだろ。」
「あんた誰の味方よ。」
「なんだよ冷静な分析にケチつけるのか?」
一方で、リザルトの話しがひと段落した頃、見計らったようにテクノバーンはポツリとつぶやいた。
「勇者は・・・僕が殺ります。」
その一言で急に静かになった。皆が皆、テクノバーンの言葉の真意を探るように彼を眺め回す。そして代表して一人が、その疑問を口にした。
「やれるのか?今日は負けたのに?」
「あんた!」
チクキーがリザルトを睨みつけるが、テクノバーンとリザルトはまるでそれを意に介していないかのように表情を変えない。わずかに空気が険悪なものに変わるのを察してか、テクノバーンは見るものを安心させるように笑みを作っていた。
「今日は少し隙を作りました、次はありません。それに次はこれを使います。」
少しの微笑みとともに掲げられたその手には、魔法のように現れた一本の剣が握られていた。それがなんなのか、なんの意味を持つのか、それを知っていたのかリザルトは、それを見ただけで納得いったというように深く頷く。
「なら安心だ。やつにめにもの見せられるな。」
「やつは僕が一人でやります。皆さんにはそれぞれ部隊を率いてもらいます。今日のうちに親睦でも深めておいてください。」
有無を言わさぬ言葉は、しかし強制的な雰囲気もなくその場の全員に伝わった。
兵士達が剣を握っていた。前にシノトが見たガルバレイの城の中庭よりもさらに広大な場所を覆い尽くすように並んだ兵士が、一心に剣を振っていた。明日にも戦いが始まろうという中、変わらずに訓練を積む彼らのひと振りはシノトの目から見ても非常に洗礼されている。
肉体に優れる黒人だからなのだろうか?だが、そのこと自体には何もおかしいことはない。兵士が剣を握っていることは至極当然のこと。剣を振る音に混じって小鳥のさえずりさえ聞こえる風景は、絵画にすればさぞかし絵になるだろう。だが、それはソーンの国の人にとってのこと。シノトにとって、必ずしもそうとは限らない。
そう。特に、年端もいかない少年少女が視界いっぱいに広り、木で出来た練習用ではない、それ自体がいつでも人を殺せると主張するかのように鈍く光る鉄の剣を一心に振るその光景は、シノトには許容しがたいものだった。
「シノト、あなたの身の安全はマビロン王に頼まれているのだ。勝手なことをしてもらっては困る。」
シノトに少し遅れて庭に入ったアトラス王の言葉にも、シノトは少し反応が遅れる。それだけの衝撃を受けていたのだ。彼がそれに気づいたのは、空気を震わす大合唱に目を覚ましたからだった。
「国王様、こんにちは!」
庭に入ったアトラス王に気づいた最前列の子供たちが、まずは一斉に手を止めて声を上げた。あとはそれに連なるように、次々と子供達があとに続いてアトラス王への敬意を表していく。波のように広がったそれは空気を揺らし、アトラス王はその現象に満足したように頷いた。しかしシノトの表情はそれとは実に対照的だ。
「王様、なぜ彼らは剣を握っているのですか。」
それは半ば確認のようなものだった。シノトは、おそらく彼らがアトラス王の言っていた兵士であることはなんとなく理解していたし、彼らが剣を振るっている理由も理解している。だがシノトの質問はそんな事を聞くためのものではなく、もっと根本的なことを問いただすためのものだった。しかしシノトのそんな言外の意図は伝わることなく、言葉通りに受け止めたアトラス王は怪訝な顔をする。
「兵士が剣を握っていることが何かおかしいですか?」
「兵士ではありません、子供です。彼らにこんなことを強いさせて、なぜですか!」
シノトが感情を顕にするが、頭のどこかで冷静な部分は残っているのか、アトラス王には睨みつけるだけだった。相手が王様ということで掴みかかりまではしなかったシノトだったが、もちろん睨みつけられてアトラス王もいい気味はしない。アトラス王の視線も自然と鋭いものになっていった。
「あまり調子に乗らないことだ。ガルバレイ国の保護がなければ、お前はとっくに殺されていただろうに。」
誰に、とまではアトラス王は言わなかった。しかしそれでもなお説明を求めるようなシノトの視線に、アトラス王はシノトから視線を外し、訓練を続ける子供達の方を見る。訓練する兵士達はすぐそばにいるはずなのに、アトラス王の視線は何処か遠くに向けられていた。
「・・・・・・兵士が足りないのだよ、シノト。あなたが以前殺した数だけ、兵士が足りないのだ。ならば戦えるものをこうやって兵士にするのに、あなたがなにか言えるか?それにその口ぶり、あなたは誤解しているようだ。おい、そこの君とその横の二人、ここに来なさい。」
唐突な呼びつけだったが、流石に一国の頂点に立つものの言葉だからか、子供達はすぐにアトラス王のもとへ駆け寄る。わずかのためらいも見せずに駆け足で近づいてきた彼らに、アトラス王は目線を合わせ、なるべく威圧的にならないように優しく話しかけた。
「君達は誰かに強制されてこんなことをしているのか?」
「いいえ、全てはこの国のためです。僕は募集していると聞いたので、自分から志願してここに入りました。」
わずかの間もおかずに、呼ばれた男の子は答えた。明らかに年も幼く、親と離れるにしてもまだ若すぎるその少年の口から出た歳不相応の言葉に、シノトの体は自然と強ばる。アトラス王はかまわず、今度はその少年の隣に立つ女の子に別の質問を投げた。
「剣を振るのは楽しいかね?」
「はい、今日もずっと敵を想定しながら剣を振ってました。敵を切り裂く瞬間を想像すると、とても楽しくて仕方が有りません。」
答えた少女は、それはもう素晴らしい表情でそう答えた。大黒天もさぞやというような表情の彼女に、アトラス王は同じように微笑み返す。そして最後に、三人目の中性的な見た目の子供にアトラス王は視線を合わせた。
「兵士として戦場に出ることになっても、怖いか?」
「いいえ、むしろ敵の喉を掻き切ったり、魔物の返り血を浴びたくて仕方がありません。兵士として戦場に出るのがとても楽しみです。」
「いいぞ、戻ってよし。引き続き訓練に精を出してくれ。」
もうその子供の表情については、言うまでもなかった。アトラス王は立ち上がると、彼らを元の場所に戻るよう促し、そしていつの間にかそばに寄り添うように立っていた、子供達の教育係のような男に何かを促す。言葉は使わずともその意味がわかったらしい男は、笛を吹き子供達の訓練を止め、そして国が誇る城の中にその声を響かせた。
「敵を見たら!」
「首を掻ききれ!」
「敵の血は!」
「勝利の勲章!」
「戦闘は!」
「楽しいこと!」
大合唱にも似た振動が、シノトを、その場の全てを震わせる。シノトはまた子供達が合図とともに剣を振り始めるまで、身じろぎすらしなかった。アトラス王が振り向けば、シノトと目が合う。そこでやっと、シノトは口を開いた。
「これが・・・・・・普通なんですか・・・。」
「いや、知ってのとおり普通じゃない。」
アトラス王の言葉は、一瞬だけシノトに自分がまだ正常であると確証してくれるものに聞こえた。しかしシノトの望むそれとは違うということは、すぐにアトラス王自身が証明する。
「今年は特に兵士の数が少なくてな、例年よりも募集年齢の幅を広げたんだ。正直集まるかも不安だったが、無事に兵の数を保つことができそうだ。もちろん訓練所の数が足りなくて、ここも使わなくてはいけなかったがな。」
この目の前に広がる子供達が全てではない、そう語るアトラス王の言葉にシノトは一瞬めまいのようなものを覚える。頭痛ゆえ眉間にシワを寄せるようにするシノトは、うわ言のようにつぶやいた。
「俺に隠そうとしたのは?」
「あんなものを持ってこられたとは言え、まだ信用がないからな。おまえが敵に通じていてこれを見せるわけにはいかないだろ。」
そう言うアトラス王の姿は、シノトから見て何一つおかしなことはないと思わせるものだった。
シノトの目の前に広がる光景、それを当たり前と受け入れる考え。それは、シノトの常識から明らかに離れた考え方だった。もちろん別世界なら考え方が違うのも当然なのだろうが、言葉を交わせる相手がここまでかけ離れているとは思わなかったシノトはただ呆然とする。ふと、やめさせようかという考えがその思考によぎった。シノトは自慢ではないが、それだけの力があるということを十分に自覚している。この理解できない現実をねじ曲げるくらい、そう難しいことではないだろう。だが手に力を込めようと思った瞬間、どこかから声が聞こえたような気がした。
――――そして、勇者の考えを広めること―――
なぜだかシノトはその言葉に反発するように動きを止めた。いや、そもそもシノトは自分が正しいのか疑問すら浮かび始めている。少なくとも、ここにいる全員がシノトの言葉に反発するであろうことはシノトにも想像できた。
「さあ、今度はおとなしくしてもらおうか。明日にはガルバレイ軍も来る、そのあとなら多少は自由にしてもいいだろう。さあ、部屋に戻れ。」
アトラス王に促されても、シノトはなかなかその場を動こうとはしなかった。前を見れば子供達が、いつか敵対する者を切り刻むためだけに剣を振っている。ふと、シノトは疑問に思ったことを口にした。
「あの・・・この子供たちの両親は・・・」
「少なくともここにいるのは、皆孤児だ。前の戦争で両親が死んで、孤児院もたくさん燃やされたからな。もしかしたら中には、あなたが殺した兵士の子供もいるかもしれないな。」
シノトはそれきり黙り込んでしまった。
そういえばちゆのの両親が孤児院をやっていたと言っていたのをシノトが思い出したのは、彼が部屋に戻ったあとのことだった。




