第五十三話
ソーン王国王都外壁、その上ではその場の指揮官が遠くに見える人影に呆れていた。
「おいおい、なんだアレは。」
「報告!金人らしき人間がこちらに向かってきています!」
かなり距離があるはずだが、すでに持ち場の兵士達は全員その姿をはっきりと捉えていた。昼前とはいえ、近々敵の大軍がここに押し寄せるとわかっていたそこは常に緊張を保っており、そこにそんな金人たちが近づいたとしれれば一気に興奮状態になるのは自然なことだった。
「子供連れだと思って我らが油断すると思っているのか?こちらは既に奴らの軍勢が近くにいることを掴んでいるんだぞ!」
「おそらく降伏を受け入れるか交渉するために遣わせた者達でしょう。鎧をつけてはいるようですが、舐められたものですね。」
歯ぎしりするもの、舌打ちをするもの反応は様々だったが、共通していたのは皆苛立ちを顕にしているということだった。もちろん現場の指揮官も例外ではない。子供の一人がでかい荷車のようなものを持っていることは注意するべきことであったが、それがなんであれ弓で射抜いてしまえば問題はない。そう判断した指揮官は、晴れた空の下に何度も練習を重ねた号令を響き渡らせる。
「矢を構えろ!奴らは我らの同胞の多くを殺した大罪人だ!その報いは死以外にはありえない!」
その号令に異を唱えるものも、ためらうものもいなかった。外壁の上にいた兵達は一斉に矢を構え、次の号令を待つ。あとは次の号令が響き渡るだけで一斉に数多の矢が敵を貫くだろう。指揮官は次の号令のタイミングを計りながら、敵の動きに少し驚きを覚えていた。
「逃げもしないとはなかなか立派だな。こちらの声はまず聞こえているだろうし、いつ矢が飛んでくるともわからないのに足並みを乱さないとは恐れ入った。」
じっと遠くに見える人影に指揮官は賞賛の言葉を送るが、しかしその内表情には笑みが浮かびはじめていた。
「さぞかし醜悪な死に様を晒してくれるのだろうな、楽しみだ。」
彼の目には確かに、目の前の大地を一点だけ彩る赤の色が、少し先の未来に見えていた。
「おいおい、これってやばいやつじゃないのか?」
もちろん聞こえていた当人達は多少ではあったものの慌てていた、ただひとりを除いて。声の主が誰なのかもは知らずともその内容はっきりと聞こえており、人影は見えずともどこかしらの感覚が彼らに危険を知らせている。だがテクノバーンはその中でも平然とし、それに吊られて皆足を止めることはなかった。
「まあ問題ないでしょう。僕達の天敵になる鉱石は矢先ほどに細かく加工できるものではないし、普通の矢なら痛くもない。もし投石機で掘り出したままの物を打ち出しても、この距離なら見てかわせる。」
「分かっててもできないことはあると思うが・・・・・・まあなるべくかわしたほうがいいだろ。こちらの正体がなるべくバレない方が相手も対処が遅れる。」
なおも外壁の上を警戒しながら、リザルトは慎重に歩を進める。すると、その緊張をたたき出すように背を力いっぱい叩き、笑う子供がいた。ブルータルだ。
「あはははは、傭兵知らないの?昔からいるガルバレイや僕達の国ならともかく、ある日突然現れたソーン国がそれを知ってる訳無いじゃん!」
「しかしオリジナルはまだ生きてるんだろ?そこから漏れたりしてないのか?」
「だからこそ一人じゃないんだ。そら来た、全員突撃だ。」
テクノバーンの言葉をまるで合図にしたかのように、遠くの空からいっせいにたくさんの矢が降り注ぐ。だがそのどれもが当たらない。急加速した彼らは矢が落ちる範囲を一瞬で通過し、戦場では致命的だった距離を一瞬にして縮め、外壁のうち一番手近だった門のところまでたどり着く。一番槍はチクキーだった。
「せい!」
前にシノトと戦った時より幾分か気合の入ったかけ声で、その大きな鎚を振るう。大の大人が二人がかりでも持ち上げられそうにないその物体は、人を超えた膂力の前にその全ての能力を出し切り、構えられた門のど真ん中を叩く。凄まじい衝撃に一瞬だけ耐えたかに見えた門だったが、時期に嫌な音を立てながら徐々に槌はめり込んでいき、チクキーがめり込んだ鎚を引き抜くとその向こうに慌てふためく人々の姿が見えた。
楽に人一人が通り抜けられそうな穴を眺めながら、リザルトは涼しい顔をする。
「いきなり目標達成だな。どうする、このまま下がるか?」
「いやこのままここを防衛だ。チクキーはこのままここをさらに破壊、他三人で邪魔する奴をたたきつぶせ。」
「隊長殿はその作戦に組み込まれていないのか?」
片眉上げてそう言うリザルトに、テクノバーンは笑いながら穴のふちに足をかけた。
「僕はこのまま中に入る。なに、ここまで来たのに壊すのが門だけじゃあ損した気分になるでしょ?」
「無茶はするなよ。」
「隊長さん、頑張ってきてください!」
穴の向こうへ消えていったテクノバーンを、何故だか誰も止めようとはしなかった。応援する声に背を押されながら、リザルトは敵陣のど真ん中へ躍り出る。
一人目は3合打ちあった。二人目は2合。三人目は不意を突いてくるように来たのでかわして、切って、さらに四人目は2合かかった。自国の兵士ではとてもこうはいかないと思いながら、テクノバーンは五人目を切り捨てる。
「動きは素晴らしい。これで弱体化したというのだから、我が国の兵達が圧倒されるのもうなずける話です。」
ひとりひとりの膂力が並外れており、さらに頭は悪いと聞いていたが陰に隠れてこちらを狙ってきたものがいたくらいには状況判断ができる。その場にいたソーンの国の兵達は、紛れもない強者ばかりだった。しかしそんな兵士達の只中で一人孤立していても、平然と周りを見渡すニイドの兵士がいるという光景は異様という他なかっただろう。
「ほらどうした、引け越しになってるぞ。僕を殺して武勇の一つぐらい立ててみろよ、腰抜け兵士ども。」
テクノバーンは兵士達を挑発するが、それにも関わらずソーンの兵士達は皆たたらを踏むばかりだった。既に切られた五人は引きずられて持って行かれており、テクノバーンに切りかかるに障害となるものはないというのに。剣を構えたまま近寄ろうとしない兵士達に、テクノバーンは短くため息をついた。
―――――――直後、テクノバーンは大きく跳躍する。兵士達が慌ててテクノバーンを追いかけると、そう遠くないところにテクノバーンはいた。その足元には、避難している最中であったであろう老人が血を流しながら倒れている。兵士達は、一瞬で状況を理解した。
「貴様!」
「おお、もっと怒れもっと怒れ。勇者と対峙せざるを得ない状況になった、あの砦の兵士達に劣らぬ気迫で是非ともかかってきてもらいたい。」
さっきとはうって変わってなだれ込むように切りかかってくる兵士達に、テクノバーンは鼻歌を歌いながら避けては切りを繰り返す。耳に届くのは、悲鳴ばかりではなかった。
「イアン!よくも貴様―――」
「コルの敵だ!死ねこのクソ――――」
「イヌスがやられ――――」
今しがた叫ぼうとした兵士の喉を掻ききり、テクノバーンは一旦落ち着いた兵士達の前で目の前に転がる兵士達を足で蹴ってみる。兵士は一度大きく跳ねたが、それ以降動こうとはしなかった。
「なるほど、名前は確かに聞ける。だがこれを覚えているのは相当大変だろうに、よくやったものです。」
剣に銀色の輝きを取り戻させながら、テクノバーンはそう言って目の前の兵士達をちらりと見た。先程より数が減って見えるのはテクノバーンがいくつか切ったせいだろう。だがそれはいい、避難さえ終われば増援はいくらでもやってくることだろうから。だがそれを期待しているとしても、目の前で敵兵が悠長に剣についた血糊を拭き取っている光景を見て、兵士達は何を思っているのだろうか。
「信じられないな、これが勇猛を自らに謳うソーンの兵士か?まるで期待はずれだぞ。」
それはテクノバーンの精一杯のさげずみであり、本心であった。しかし兵士達はあろう事か、それを聞いてさらに一歩下がる。テクノバーンはもう一度自分の剣を見た。雑には扱っていないはずだが、刃こぼれがいくらか目立っている。しかしそれでもいいのか、テクノバーンはもう一度剣を振るうと兵士達に向き直った。
「まあいいや、当初の目的通り君達には絶望を刻んでやりましょうか。」
次の瞬間、先頭にいた兵士の首が飛んだ。
建物を殴り倒し、石が敷き詰めらてた道路を粉砕し。矢が飛んでくれば投げ返し、囲まれれば飛んで逃げ遅れた住民を殺し回る。テクノバーンのやっていることはまさにやりたい放題というにふさわしい暴れ方だった。
「いやー楽しいな。無抵抗に逃げる奴の背中に剣を突き立てるのは本当に楽しい。ほら、今更来てんじゃねえよ兵士君。」
今しがた荷物を持ってドアから飛び出した女性の背中に剣を突き立てながら、テクノバーンは後ろの方から駆けてきた兵士達を睨みつけた。先頭を走っていた兵士が女性を見てテクノバーンに切りかかろうとしたが、他の兵士達がそれを止める。見れば、その女性は既に事切れているようで動こうとしていなかった。
「貴様・・・・・・そんなことをして恥ずかしくないのか・・・・・・」
兵士の搾り出すような声に、テクノバーンは誘うように道路の真ん中へ進み出た。その途中でさげられた剣から女性がズルリと抜け、しかしそれが道路に横たわっていても兵士達は女性の亡骸を回収することはできない。それを知りながら、テクノバーンは女性の死体を蹴りながら呆れたようにため息をつく。
「倫理観とか、生き死にの世界に持ってきちゃあいけないなー。殺す魔物が若かったら殺すのをためらうって?メスなら自分が恥ずかしくなるって?・・・・・・そんなこと言う余裕が有るなら、まだまだ殺したりないって証拠だな。」
「やめろ!」
テクノバーンの視線の先には、地面に転がる女性の子供らしき少女がいた。母親の元へかけてくる少女を見て、何をしようとしているのか悟った兵士はテクノバーンに斬りかかるが、一蹴されてしまう。
「ゆ、許さな―――――」
後続する兵士達も何か言う前に吹き飛ばされて、ついにはその場には誰もいなくなった。地面の上で冷たくなり始めている女性の横で、今にも泣きそうな少女を見て何を思ったのか、テクノバーンは壮絶な笑みを浮かべる。
「ほら、後はすぐに追わせてあげるよ。」
少女の泣き声を断ち切るため、剣は鈍い光を放ちながら振り上げられた。
テクノバーンのそれは、正しく幸運とも言っていいことだった。非道な行いを繰り返した彼に、どのような理由があって神は幸運を授けたのかはわからないが、ふとした拍子に彼が空を見上げると―――そこに黒い影が広がっていた。
間一髪、振り上げた剣はそのままテクノバーンを守り、甲高い金属音とともに紫色の光を食い止める。驚きとともにその場から慌てて離れるテクノバーンに、紫色の光は追従するようにそのあとを追う。二度目の衝突も、そのすぐ後だった。
「―――――――先に来て正解でしたよ。お久しぶりでいいんですかね?」
「僕にとっても願ってない再開だよ。君もそうだろ、勇者殿?」
テクノバーンは相手を見て挑発するも、次の瞬間お互いの剣がまた鍔迫り合う。先ほどの一撃で短くなった剣ではそれを受け止められず、テクノバーンは壁に当たるまで地面を転がる。あわてて体制を立て直しながら引き抜いた二本目の剣は、紫色の光が宿っていた。
「今回は負けませんよ。俺にはまだやることがあるんです。」
空から降ってきた少年――――――シノトは、そう言うとテクノバーンに紫光を放つ剣を向けた。




