第四十七話
ドアを蹴破る音とともに、部屋に勢いよく兵士達がなだれ込んだ。素早く剣を構えた兵達は一様に剣の向ける先を探すが、部屋の状態を見て見つけることができなく、皆が皆顔を見合わせる。もちろん、その一部始終を見ていた王様は怪訝な顔をした。
「何だ、騒がしいな。」
「い、いえ。見張りが倒れていたので・・・・・・。」
兵士達が戸惑って入り口付近でたたらを踏んでいると、兵士達をかき分けて一人鎧を着ていない女性が王様の前に出る。特に部屋が荒れていないことを素早く確認した女性は、理由を求めるように王様の方を見た。しかし王様は視線で兵士達の方を見るもので、女性がその意味に気づき兵士達を部屋から出したことでやっと王様は状況を説明する。
「・・・・・・さっきここを訪ねてきた奴がいた。例の同族殺しだ。」
王様の言葉はひどく静かだったが、その意味が指すことはとても冷静ではいられることではなかったのだろう。女性は慌てて部屋から出ていこうとしたが、女性が背を向けたところで王様は再び口を開く。
「城を守っている者達には何も言うな。やつも帰った、無用な混乱を起こす必要はない。」
果たしてその言葉は信じられたのだろうか。その答えは王様に振り返った女性の目つきだけでなんとなくわかるものだった。とても目上の者に向けるものではないものだったが、状況が状況なだけになのか王様はそのことについて何も言わずため息だけつく。女性は眉ひとつ動かすことはなかった。
「なにかお考えがあるのですか?」
「考えもなにも、相手は強者ぞろいで有名なソーンの兵士を虐殺したやつだぞ。不意打ちとは言えそれをひとりでできるやつ相手に、私達がどうこうなんてできるわけがない。・・・・・・奴の顔を兵士達に覚えさせなくて本当に良かったよ。」
せめて落ち着かせようとしているのか、王様の口調は友人に対するそれだった。その意図をなんとなく察したのか、女性はまだ気に食わないことがあるという顔をしながらも、確かに現状王様の言うことが正しいとわかったのか、取り敢えず状況を整理することにしたようだ。
「相手はなんと?」
「世界を平和にしたいんだと。」
「それはまた。国に裏切られて気でも触れたんですかね?」
見るからに不機嫌になる女性。そんな彼女に、王様は手元にあった書類を一束女性の方へ差し出した。量こそそれほど厚くはなかったが、状況的にそれが重要なものだろうということは女性にもなんとなく察しがついた。
「昨日出て行ったレバ将軍にこれを、それと倉庫で埃をかぶっている魔食い石でできた武器を集めて送ってくれ。至急だ。」
最初そんなことを言われ、女性は反応がなかったが書類に目を通すととたんにその目の色が変わる。女性の返答も早かった。
「すぐに人を集めす。報告はまた後で、では失礼します。」
女性が慌ただしく部屋を出ていきその足音が遠くに消えていくと、それについていくかのようにその他大勢の足音が部屋の前から去っていった。また一人部屋に残された王様は、シノトがいた空間を見て、更に向かったであろう方向を見て独りごちる。
「龍か・・・・・・心に悪が住み着く人間なら生きて返さないというが、さて伝承はどこまで本当なのか。」
そう言って目を閉じた王様の瞼の裏には、王様の想像通りの姿をした龍が現れる。しかし、先祖より会う方法を教えられたにも関わらず未だにその姿を見たことのないため、王様のそれはただの想像でしかない。幾度となく試した後諦めるに至った王様だったが、まだその心には未練が残っていたようだった。
「仲間を求める理由か・・・・・・。」
一方でそのころシノトは、全く別の場所で王様に言われていたことを再び口にだしていた。心に引っかかるものがあったのか、確かめるようにその言葉を繰り返すシノトは、探し物を探すかのように視線を中に漂わせている。
「なんか理由があったようななかったような。おかしいな、物忘れなんていつ以来だっけ?」
シノトは今までいろいろなことに手を出してきたが、その全てにおいてある程度以上の成功を収めることの出来た理由を自分の記憶力のおかげと自覚していた。見たものはすぐさま覚え、そしてそれを長時間の間正確に覚え自由に引き出すことのでき、かけ合わせることで応用も容易にできるシノトの記憶力は天性のもので、これが極めて優れたものであることはシノトも自覚していた。だからこのような経験は初めてで、どうしたものかと考えたが―――――――結局は思い至らず、一旦このことは保留しておくことにしたようだ。
「まあいいか、なんかどうでもよくなってきたし。それよりも眉唾な話に乗ってここまで来たけど、やっぱ何もないなあ。どうしようか。」
シノトはそういって遠くに見える地平線を眺めたが、正確にシノトの目の前には何もないという訳ではなかった。見渡す限り水で満たされたそれは、他の例にももれずシノトの故郷と同じ名前で呼ばれていた。
「海って言っていたけど、もう一度見ることになるとは思わなかったなあ。浜辺も綺麗だし。空の向こうから飛行機でもやってきたら、その内法廷とかに出ることになるんだろうな。多分そんなことにはなんないだろうけど。」
異なる世界であっても広大だったそれは、シノトの目の前で同じようにたださざめいていた。人影が見当たらないのは早朝だからか、それともそもそも滅多に人が寄り付く場所ではないためか、どちらにしろシノトには都合が良かった。シノトはそこで神に会えると言われたにも関わらず、現状周りには何もないのですぐに帰ろうとも考えたが、なんとなく懐かしさを感じたのかしばらく海を見ようと思ったようだ。
「しかたない、しばらく待つか。えーと、座れそうな場所は――――――」
とりあえずここまで休みなしだったからか、疲れの覚えこそないものの適当な場所を探そうとして海に背を向けた。すると、それを見計らったかのように石が一つ、シノトの後頭部に飛んでくる。もちろんシノトも後ろに目があるわけではないのでその石をかわすことはできなかったが、当たったとして特に痛がる様子もなく、シノトはどこからともなく飛んできた石を拾い上げていた。
「まあ魔法なんてある世界だし、おかしくはないんだろうけど。神様に会えるって言われてきた場所で石投げられるとは思わなかったよ。」
少しばかりの皮肉を込めた言葉は、しかしよく見ようと眺めたそれが突然光りだしたことによって途切れた。蛍のようにほのかではあったが、早朝の海辺で確かな存在感を放つ光はとても人工のものとは思えなく、どういう原理なのか分からずシノトは光に感心しながらも首をかしげる。
「また不思議な。これも魔法ってやつですかね。」
シノトはそのまましばらくその光を眺めていたが、不意に何か違和感でもあったのかまた海の方に目を向けた。シノトの勘が示したそこには、幻のごとく突然に一人若者が立っている。シノトは一瞬こそその表情を曇らせたが、ただならぬその雰囲気を敏感に感じ取ったのか表情もすぐに明るくなった。
「あれ、もしかしなくても神様だったりしますか?」
「分神が一柱、クロノゴと言います。長い間お待ちしておりました、ご長老がお待ちです。」
クロノゴと名乗った若者はその見た目そのままの声でそういうと、シノトの返事も聞かずに海の方へどんどんと歩いて行った。どういうことかとシノトが見ていると、クロノゴが腰のあたりまで海に入ったところで慌てて声をかける。
「あの、そっちは海だけど・・・・・・。」
「今の我々の住処まで案内いたします。どうぞ遅れないようについてきてください。」
「ちょ、ちょっと!」
なおも歩を止めないクロノゴにシノトは慌てて追いつきその裾を掴んだが、クロノゴはまるでそれを意に介さないかのように、いや実際に意に介すことなくどんどんと進んでいく。シノトはどうやってそれを止められるかと考えたが、力ではとても勝てそうにないと感じたのか早々に諦める。その代わりとして、ひとつ質問を投げた。
「泳げないってわけじゃないけど、それってどれくらい泳がなくちゃいけないの?」
「心配なさらずとも、そう遠い場所ではありません。では行きましょう。」
どこか面倒くさそうなそのクロノゴは、シノトの同意を得ることも待たずそうして海の中でと潜っていった。




