第四十四話
繊細な絵画のような夜空の下、絵の具の原色を丸く塗ったような大きな星の光を浴びて一つの道が続いていた。しかしまだ道が見えるくらいに明るいとは言え、その道は決して平坦なものではない。更にその特殊な所在もあいまって、普段ならそこを通るものたちは、できるだけ明るい時間のうちに通るようにしている。しかし今宵はそのような道もいつもと違い、その道を上っていく人影が三つ、列をなしてその先を目指し歩いていた。
「ねえ副リーダー、この道後どれくらいあるのー?」
三つのうち、一番あとに続く少年はもう辛抱たまらんというように声を上げた。言葉通りなら道を歩くことに飽き飽きしているようなのだが、先程から同じ言葉を何度も繰り返すことにはまだ飽きが見えずにいるようで、既にその数は両の手で数えられないくらいになっている。
「もちろん目的地に着くまでだろ、いいかげんその口閉じたらどうだ坊主。」
「傭兵には聞いてないよーだ!ねえ副長、どれくらいー?」
先頭の一人と常に同じ距離を保っていた男が、何度目ともわからないため息混じりの言葉を後ろの少年に投げ返す。しかし少年が気だるそうにそれを繰り返すと、それを聞き届けた副長と呼ばれた先頭の男は立ち止まり、その少年の方に振り向いた。
「・・・・・・疲れたのか?」
「まさかー。勇者の体が疲れるわけがないじゃんー。でもこう同じ道ばっかだとねー、わかるでしょー?」
「いいから歩け。」
「はーいー。」
副長は少年の言葉を最後まで聞き入れることなくまた歩き始めるが、少年は大した反発もせずに素直に聞き入れ、また三人は歩き始めた。
また黙々としばらく歩き続けたが、不意に故郷より離れた土地の夜空に感銘でも受けたのか、男が少し顔を上げ言葉をこぼした。
「しっかし、これだけ長くて細い道を登ってやっとたどり着く砦か。うちの軍がここをなかなか落とせなかったのかよくわかるな。なあ?」
切り立った崖に挟まれた道を歩く男の言葉は何分唐突だったゆえ、すぐに答えるものは男の前にも後ろにもいなかった。だが時にして歩くことおよそ五十歩後の後、副長がその言葉に答える。
「昔は我らが国の所有物だったんだがな。これを奪還するのに、随分と長い時間がかかってしまった。」
「ほーほー?ならここらの地形もだいたい把握していたと?それなのに時間がかかったのは、やっぱり兵というか、人種の違いなのかねえ。」
夜の闇に、男のしみじみとしたつぶやきが響く。男は戦いを生業にしていたためかその事を身を持って知っており、そして男にとってそれはこれからも他人事ではなかった。
そのあとの間から話はそこで終わったかと思われたが、男は突然忘れていたかのようにまた話はじめる。
「ところでよ、副長はその歳で随分といい地位に居るんだろ?これ、どうやって落としたとかいうの知ってないのかい?」
男の問いに、副長は少し言い淀むように息を飲んだ。被り物のせいで明かりに照らされていなかったが、その表情が平然としたものではないことは明らか。だが、人によっては長くとも短くとも取れる間の後に副長が口にした言葉は、至極淡々としたものだった。
「・・・・・・オリジナルの勇者が――――――」
「あーやっぱりか、まあそりゃそうだよな。こんな数の利が生かせない場所で、質ではどうやっても勝てない相手にどうしたかと考えたら、それしかないよな。」
副長の言葉が終わらぬうちに、納得したように頷く男。副長はなにか男に言おうとしたのか後ろを振り向いたが、男の後ろ、最後列を歩く少年が少し離れていることを目にすると気が変わったのか、結局何も言わずまた前に歩き始めた。それを知ってか知らずかお構いなしに男は話を続ける。
「オリジナルの勇者といえば、捕まった奴。たしか、あれの奴隷として入ってたよな?」
副長はまた後ろを振り向いた。後ろを歩く男は、先程より更に副長に近づいている。男の姿は星の光を浴びて道の上に浮かび上がっていたが、副長の目には特に怪しい光を放つ男の目に自然と注意がいっていた。
「奴隷なら髪が剃られているか、そうでなくてもそれを示す焼印があったはずだが・・・・・・調べたところそんなものは体のどこにもなかったそうじゃないか。」
「ああ、それは私も確認した。」
副長がそう返すと、男は少し意外そうに眉を上げる。続いて自らの後方にいる少年と副長を交互に見比べ、首をかしげた。
「おいおい、坊やの拷問に付き合ったのか?」
「そうではないが、遺体の処理は私がやった。」
副長の静かな答えに、男は唸る。思わず天を仰ぐぐらいには感じるところがあったようだった。
「遺体か。安らかに眠れたみたいだったか?」
「足と腕が一本ずつなくなって、指も全部なくなってた。」
「ありゃまたそれは、かわいそうにな。」
男はごく自然にそうつぶやいたが、副長は帰ってきた言葉に眉をひそめ疑惑の視線を男に向ける。敵に対する哀れみの感情、その言葉が本心からくるものであれそうでなかれ、副長はただその言葉を聞き流すというわけにはいかなかった。
「かわいそう?」
男のその言葉に少し二人の視線が交差した。副長の方はどこか真意を探るような視線を男に向けたが、男はそれの反応にうっすらと笑みを浮かべると、大げさな身振りで心外だという意思を副長に示す。
「言っとくが、というか副長なら知っているとは思うが俺はまだ完全に軍属ってわけじゃねえからな?誰かに告げ口したって無駄だぞ?」
男はそうは言うが、副長は男が言うほど無駄ではないことを知っていた。今でこそ離れてはいるが、三人は現在行軍中の内、その中の一兵に過ぎない。たとえ個人としての戦力が一般のそれをはるかに凌ぐとは言え、反逆の意思ありと思われれば国へ送還されるか、最悪その場で殺されるだろう。だが副長は同時に、捕まった捕虜の末路に難色を示すことが、彼と一緒に行動する兵士達にさして影響を与えることはないということも知っていた。つまりそれは―――――――それだけ男達の国と敵国には溝があるということだ。
「――――――お前の腕は高く評価しているんだ。裏切りの明確な意思表示がない限り、私はお前を敵に回したりはしない。」
副長は結局、その場で特に何を言うこともなかった。そう言うと、話は終わりとばかりにまた目的のために歩き出す。男はそのあとに続くが、まだ話は終わっていなかった。
「なあ、あんたなんのために戦っているんだ?」
あとを追うように投げられた男のこれまた唐突な質問に、副長は同じく唐突に剣を抜き男に向けた。余りにも自然なその動作に驚いたのか男は身じろぎもせず、副長は男に己の剣をみせる。星の光に照らされた剣は、清水をたたえているかのように輝きを放っていた。
「俺がこの剣をとったのは、俺の祖国と俺の誇りのためだ。国のためなら、俺はなんだってやる。剣の腕を極めたのは、その誓の証としてだ。これで文句はないか?」
人の前で剣を抜いた副長の行動はおそらく、これ以上の無駄話には付き合わないという意思表示だったのだろう。しかし言葉はそれを否定するように、さらに副長という人間にしては珍しく熱のこもったものだった。男はその答えを聞いてもなお身じろぎせず副長を見ていたが、やがて緊張が解けたかのようにその愛想を崩してみせる。
「いや、意外だったよ。副長ほど真面目に答えてくれた奴は初めてだ。」
「お前はどうなんだ?変なことを聞く奴だという話は聞いていたが、もしかして今の質問をみんなにして回っているのか?」
副長の声には半ば呆れが混じっていた。それを聞いて男は明るく笑う。
「あはは、噂になっているのか。こりゃあ少しは控えねえとなあ。・・・・・・俺が戦う理由は、別にあんたのように対したもんじゃないさ。さ、早いところ挨拶とかいうのを終わらせて軍に合流しようぜ。隊長達も待ってくれてるだろうからよ。」
男がそう促すと、副長はまた何事もなかったように道を進み始める。まだ夜はこれから深まる頃、どうやら二人の話は終わったようだった。
「あーもー、この道飽きたー。」
二人がまた揃って歩き出したとき、いつの間にかかなり距離を離されていた少年は何度目かわからない泣き言を喚く。だが今度はそれに答えるものはなく、吹く風は夜にふさわしくとても涼しく戦いでいた。
「地図の通りだ、多分あれがこの国の首都。」
シノトも知るとある三人の夜の会話からおよそ十数時間後、朝早くからワイバーンの背に乗っていたシノトは、遠くに見える建築物群と手元の地図を見比べながら独り言を呟いていた。彼が今いる場所は今やソーンの国の空を超え、ガルバレイ国の、それも首都にほど近いところ。首都まであと数刻、シノトはとりあえず地図をしまうと自分の目的地に目を凝らしていた。
「さて、手配書が回ってなければいいけど。」
今までに見た中でやけに緑色ばかりが目立つ街を眺めながら、シノトはことがうまくいくことを切に願いつつ、ワイバーンにあと少しと先を急がせる。前から吹く風は、どこか古い森の中のような匂いがしていた。
あけましておめでとうございます




