第四十一話
「その子もまた戦わせるつもりですか?子供を戦わせるのが好きなんですね、相変わらず。」
馬を降りたリザルトに、開口一番シノトはイヤミを言い放った。彼ができるめいいっぱいの嫌悪を含んだその言葉は、のどかな森の風とともに確かにリザルトの耳まで届く。しかし確かにそれを耳にしたはずのリザルトは、その口元を少し緩ませた。
「そういえば子供が好きだったな。一度は殺されかけたくせに、まだそうなのか?」
リザルトにそう言われ、シノトはその時を思い出したのか顔をしかめた。シノトが短く一回身震いをするのを見て、リザルトは更に内心笑みを浮かべる。
「公言したことはないですが・・・・・・嫌いではないですね。」
「またまた、冗談はよせよ。見たぜ、トラスタの街の大鐘。あんなことを出来た奴が、体重の軽い嬢ちゃんを本気で蹴って、あれだけしか飛ばないはずがないもんな。」
リザルトは馬を降りても、剣を常にシノトの方に向け続けていた。足を常に動かしながら注意深く間合いを計りつつ、口を動かす事も全く止める様子がない。緊張する空気に釣られてシノトも次第に身構え始める中、リザルトのすぐそばでまだ馬にまたがったままの少年は、気だるそうに二人を交互に見てため息をついた。
「何を勝手に。従者よ、お前は今私の従者ではないのか?主人の指示も待たずに戦いをはじめようなど、ありえないことだぞ。」
「・・・・・・坊、他のやつはいないからもう演技はいいぞ。ずっとそのままだと疲れるだろ。」
リザルトの言葉に、ブルータルは最初目を瞬かせ、次にシノトに視線を移して頭を掻く。すると次に口から出た言葉は、それまでとは全く違う緩い口調の少年らしい言葉が飛び出していた。
「ブルータルさん、これ疲れるねー。生まれる家があれだと本当に人生損するよ。まあでもお陰で僕の本性はバレてないよねー。」
「坊の場合、口調と態度しか変わってなかったけどな。いや態度は変わらねえか。それよか俺は前に出るから後ろは頼むぜ、魔法は得意なんだろ?」
ブルータルを背に、リザルトは少し向こうにいるシノトを鋭く睨みつけた。今にも飛びかからんばかりのその形相に、シノトも少し下がりながらリザルトから一瞬も目を離さない。緊張が最高まで高まる寸前、リザルトはふと、目の先にいる標的に聞こえるはずもない言葉を呟いた。それは誰かが聞けば、もしかしたらまるで自分に言い聞かせるように聞こえたかもしれない囁きだった。
「恨みはねえが、お前と同じ。これが仕事ってやつだ。」
それはもしかしたら、リザルトからみてシノトがまだ年若い青年だったからこぼれた言葉だったかもしれない。だが当然、それがリザルトその仕事を放棄される理由になることもなく。重心を前に動かしたリザルトは、次の瞬間には待ち構えるシノトに向かって踊りかかっていた。
何回目のことだろうか。ひたすらに振り回される剣をかわしながら、その剣を奪う隙を探っていたシノトは、耳に歌うような声が流れ込んできたのを感じる。―――――――それが魔法だと気づいたのは、足元に違和感を感じた後だった。
「――――――土は夢より落ち、自然とその鉄槌に道を作る。」
横の一閃をかわすため一歩後ろに踏み出したシノトの体が、不自然に一段落ちた。
慌ててシノトはその足を動かそうとしたが、くぼみにでもはまっているかのように足は全く動かない。突然のことに一瞬頭が真っ白になったシノトに、剣が迫る。
シノトは一瞬の判断の末、引いていた足を前に力いっぱい蹴り上げていた。土の塊が盛大に宙を舞い、土の匂いを感じながらシノトは自由になった足でなんとか下がる。
追撃が来るものと踏んでいたのか素早く姿勢を立て直したシノトだったが、見れば蹴り上げた土の向こうでリザルトは怯んでいた。シノトは今しかないと思ったのか、足に力を込め前かがみになり――――――目の端になにか蠢いたのを感じた。
「――――――風が舞い、空に盲目の蛇を描く。」
一陣の風がシノトに巻き付くように流れ、そこ含まれていた砂埃がシノトの視界を一瞬にして奪い取る。
シノトは虚を突かれたのか動きを一瞬止め、すぐに後ろに跳ぶ。シノトの残像を紫色の光が裂いたのはすぐ後のことだった。
シノトが完全に体勢を立て直したのを見てリザルトも一旦後ろに跳んで距離を取る。ブルータルの前まで戻ると、視線はシノトを捉えたままリザルトは後ろの頼もしい味方に賛辞を送った。
「いいぞ、その調子だ。」
「褒められるのは嬉しいけど、正直ブルータルさんだとなー。」
ブルータルは相変わらず緊張感がなかったが、逆にそれが頼もしかったのかリザルトの表情にも余裕があった。しかしその様子を見ていたシノトは、非常に機嫌が悪くなったのかリザルトを見る目がさらに険しくなる。
「・・・・・・子供を戦わせることに違和感はないのですか。こんなことさせて、本当にその子のためになると?」
「まだ言ってるぜ全く。緊張感持てよ、どれだけ好きなんだよ子供が。」
リザルトは呆れたようにそうつぶやいたが、一つシノトを見て、少し黙ったあとため息混じりに続けた。
「一つ教えてやるが、それは無駄なおせっかいってやつだぜ、シノトリクツ。」
その言葉に少しシノトが眉を釣り上げると、リザルトは肩に剣をかけ、そのままシノトめがけて突っ込む。シノトに迫り、そのまま振り下ろされた一撃をシノトがかわすと、続けざまに返しの一撃を振り上げながらリザルトは続きの言葉を綴った。
「経験者は語るってやつだ。その人生で何がためにならなかったかなんて、死ぬ寸前まで本人にだって分かるもんじゃねえ。」
「それでは遅すぎるんです!だから俺達が、正しく導かなくちゃいけないんじゃないですか!」
立て続けに襲いかかる剣を避けながら、シノトはそれでも叫ぶのをやめなかった。その姿に何か感じたのかリザルトは少し意外そうな顔を垣間見せたが、すぐさまその隙を突いてくる。
「てめえが誰かの人生を、てめえの物差しで図るなんて論外だぜ。そんなことぐらい、てめえが一番よくわかってるだろ?」
シノトはそう言われ―――――――ほんの一瞬だけ動きを止めた。リザルトがその隙を見逃すはずもなく、間髪入れずにシノト目掛けて紫閃が迸る。
だがシノトはそれに身を引くことなく、リザルトの胸を蹴りつけて軌道を逸らしその刃をかわした。一旦距離を置いたリザルトが見つめる中、シノトはひと呼吸間を置いたあと、リザルトが待つ答えを言って聞かせる。
「残念ながら、そういう世界で生まれてこなかったもので。まるで理解できませんね。」
「ああそうかいよっ、と!」
シノトの答えに、リザルトの剣が空を裂いた。




