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狂ったリクツの絶対正義  作者: 狂える
二章 狂人は新しい夢を見た
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第三十七話

「はあ、はあ・・・・・・。」


街を出たあとまた追ってを撒き、もといた岩場に帰ってきたシノト。その体には敵の陣地に一人で乗り込んだにも関わらず一つの傷もなく、当然ながらその体は健康体そのもの。異常などどこにも見られるはずがない、そのはずだった。


だがどういうわけか、シノトは呼吸を荒げて肩で息をしていた。自分でもなぜこうなるのかわかっていないのか、シノトも目を白黒させている。震える体はあの街を出るとき、また追っ手を撒くときも隠し通すことができていたが、誰も見ていないと思った途端にそれが抑えきれるものではなくなっていた。


「一体、これは・・・・・」


シノトはついに壁に手を付いた。震える手ではそれもままならないのか、すぐに壁を背にもたれかかる。震える手を眼前に持って行き、それを押さえ込むようにして強く握り締めたが震えが止まることはなかった。ふと先ほどおそらく刃物を当てられただろう首のことを思い出し、そこでブルリと一回身震いして、恐る恐る首の後ろに手を当てる―――――――そこにはなんの傷もない。


「ふう・・・・・・落ち着け、問題ないはずだ。なんの異常もない、深呼吸だ、深呼吸。」


自分に言い聞かせる様に何度も言いながら、荒い息を何度も整えようとした。次第にめまいがしてくるのを何度も感じながら、藁にもすがる思いでシノトはひたすらにそれを試みる。


やがて、シノトの願いが神に通じたのか。次第にシノトの呼吸も段々と収まってきた。加速的に状態が良くなっていくのを感じたのか、シノトは安心しきった顔でここに来てやっと腰を下ろした。うるさい心臓の音を背景音にシノトは空を見上げ、静かになるのを身じろぎもせずに待っている。次に心地よい風が流れた時、シノトの耳に心音が聞こえることはなくなっていた。


「はあ・・・・・・一体どうしたって。何が原因かなあ。」


シノトは静かになってやっと、全身の緊張を解いたようにその両足を投げ出した。その震えを体験していたのは当然腕だけではなく、だから足はこちらに来て初めての疲労を経験していた。これまでにない初めての症状に、シノトは何が原因か考える必要が有るとはわかってはいたが、今はとにかく、この疲れを取りたい気分だったのだ。


「ん?」


ふと、だれかの足音にシノトはここでようやく気づいた。この時シノトは、それが誰であろうと相手する気も動く気も微塵となかったが、ぼんやりとしたその視線の先にいた人影が誰だか気づいたときには思わず驚きの声を上げる。


「おお、シーラさん。心配したよ。」


「心配をおかけしてすみません、随分と心配させたようですね。」


見た目ぐったりとなっているシノトを見てシーラは頭を下げたが、そのおかげでシーラの後ろにいたカレジやノスタルジア、子供達の姿がシノトに見えた。


「ごめんね、今探しに行こうとしていたところなんだ。でもちょっと疲れてね、ところでジンジャーさんが見当たらないようだけど・・・・・・。」


「シノト様、ジンジャー様から話は聞きました。ジンジャーさんは戻るのが嫌だとおっしゃられたのでここにはきません。」


シーラの言葉、その意味を理解したシノトはそっと口をつぐんだ。観察するような視線をシノトは子供達に向けたが、それは子供達とて同じことだった。言葉に詰まったシノトはどうしたものかと少し思案したが、その考えがまとまえる前にシーラの方が先に口を開く。


「私はシノト様に救われた身、本来なら私はシノト様の意のままに動き、恩を返すべきなのでしょう。ですがジンジャーさんのお話、そしてそれに対するシノト様の答え。それによっては恩を仇で返すことになるかもしれません。・・・・・・真剣に答えてください。」


シーラの言葉は重苦しく、だがその表情にはわずかばかりの葛藤が見て取れた。シーラの後ろのカレジ達は怯えた表情を見せていたが、その表情ができることにシノトは素直に感心しつつ、それと同時にその質問がどんなものなのかあたりをつけて静かに目を閉じる。


「・・・・・・シノト様は、人を殺されたことがありますか?」


「あるよ、ここ最近はないけどね。」


「シノト様は、黒の血脈を受け継ぎし我らの同胞を殺されたことがありますか?」


「それが黒い髪と黒い目をした人ってことなら、あるよ。」


そこまで言って、妙に間があいたのでシノトは気になって目を開けた。さっきまでしっかりしていたはずだったシーラは、いつの間にか泣き出していて。シノトは咄嗟に近寄ろうか考えたが、それが逆効果になりかねないという考えにたどり着いたのか、少し腰を上げるだけにとどまった。


「・・ひ、ひがしとりで・・・・で・・ひとを・・・・・・。」


涙声で霞んだ言葉でも、シノトはその意味を理解していた。シーラはなんとか最後まで言い切ろうと息を整えようとするが、しきりにくる嗚咽がそれを許さない。見かねたシノトは後の言葉を読み取って、


「・・・・・・まあいつかはバレることだし今でも構わないか。ジンジャーさんから聞いた話なら、多分本当のことだと思うよ。東砦も、まあ俺がやったよ。」


シーラはもはや自分の涙を隠そうとはしなかった。






「で、その話が本当だったらどうするつもりだったの?」


しばらく間を空けて、シーラが落ち着いたところを見計らってシノトは声をかけた。シノト自身、身の安全を最優先するようたしなめたつもりだったのだが、シーラはその言葉を額縁通りに捉えている。


「いえ、ただ確かめたかっただけです。もしそうなら、私はあなたと一緒に行動するわけにはいきませんでしたから。」


ようやく嗚咽が収まってきたシーラがそう言うと、シノトは長い息を吐き、手元にあった二つの袋をシーラに投げてよこす。シーラは一瞬だけ身構えたが、その行動に害意がないとわかるととりあえず涙を手で拭い袋の中身を確認した。


「これは服ですか?どこでこんなものを・・・・・・。」


「あそこに行った時にちょっと拝借してね。君らが別行動するなら、それを持っていくといいよ。」


シノトはそう言ってまた岩に背中をあずけたが、シーラはいつまでたってもその袋を手に取らなかった。何事かとシノトが再びシーラを見やると、シーラは大きく息を吸って吐く。


「・・・・・・受け取れません。いえ、受け取りたくありません。金人のものを身につけたくありませんし、あなたの贈り物なら尚更です。」


「また随分と強気な言葉だね。俺が知っている通りの話を聞いたなら、俺がどんな人間かなんてわかると思うけど?」


シノトにそう言われ、シーラは一度口を開きかけて、そこからまた深呼吸をした。胸が苦しいのか少し胸を押さえたが、やがて元に戻れたのか静かに腕を下ろす。


「確かに、話に聞いた通りならあなたは今すぐに死ぬべき人間です。存在自体が忌々しい、人々の記憶から消えたほうが世のためになる存在です。あなたがもし死ぬならその方法は、人が考えうる限り最も苦しみを得られるものでなければなりません。」


「ひどいいいようだね。」


シノトが口元を歪めると、それがたとえ本人の意思に反したものだったとしても、シーラ側からすれば恐ろしい物にしか見えないはずだった。しかし、シーラはそれを見てもよどみなく、胸を張って話を続ける。


「そうです、もしかしたらそれは本当のことなのかもしれません。ですが前にも言いましたよね、私達には子供故の賢さがあると。なら私がこの話を聞いたとして、ここに立っている事は少しもおかしなことではないでしょう?」


シノトは首をかしげた。首が痛いのか、それとも疲労のため無性に動かしたくなってしまったのか、首をさまざまな角度に傾けたあとシノトは再度シーラに問いかける。


「わからないな、なんで?」


「たとえ人伝いにその人の話を聞いたとして、それを鵜呑みにするほど私は浅はかではないということです。それで知ったような気になるならそれは愚か者の証拠、もし本当に知って、その人を評価するのであれば、その人と会い、話をし、そして自分の心でその人を判断するべきです、違いますか?」


これはジンジャーさんも止めたんだろうな、とシノトは思った。なにせシーラのその考えは悪いことではないのだろうが、いかんせん人が争う時代に向いた考え方ではない。しかしそれを言ったとして、自分が正しいと信じるシーラを変えるのは難しいことだとシノトは知っていた。


「わからないよ?もし人伝いに聞いた話が本当なら、君がするその行動は無駄になるわけだし。それに俺みたいに会って話すのが困難そうなやつだっているし、そもそもそこまで暇な奴もそういないよ。」


「無駄かどうかは本人が決めることですし、それ以外ならば最初からどうこう言う資格はありません。中途半端な情報から知ったような顔をして、それがまるで理にかなっているかのように何かを言うなら、最初から何も言わない方がいいです。」


シノトはそこまで話をして、シーラの考えがとても根強いものであると理解した。これに関してこれ以上話すのは無意味だと判断したのか、シノトはさっさと話を進める。


「・・・まあいいや。それでどう、俺は。少しの時間だけだけど見てきたでしょ、もう一度見る必要はあった?」


「もしあなたがあの話の通りの虐殺者なら、私はこうしてお話なんか出来ていません。私を助けてくれたあなたは紛れもない恩人です、もし別れることになってもそのことについてお礼を言わなければ、私は亡くなった家族に合わせる顔もありません。」


そう言うとシーラは静かに頭を下げた。よほど今までに練習したのか、その淀みのない動作にシノトは何も言わなかった。


「助けていただきありがとうございました。この御恩をお返しせずに別れること、どうかお許し下さい。・・・・・・最後に一つだけ、なぜ罪もない私の家族が死ぬ必要があったのですか?それだけ教えてください、お願いします。」


シーラの唐突な言葉に、シノトは一瞬何を言っているのかわからないように呆けたが、やっとその言葉を理解したと思ったら今度は笑い出していた。シーラが怪訝な目を向けると、シノトもそれを見て笑いを止めたが、口元は笑みを浮かべたままだ。


「シーラさんも子供みたいなところがあって安心したよ。なんだかんだいってもまだ子供だもんね、まあそういうところもあるか。」


「・・・・・・何がおかしいんですか?」


「いや何も。必要ね・・・あえて言うのであれば、生きるためかな?腹に肉を詰めるために動物を殺すだろ、それと同じさ。生きるためなら必要不可欠だよね。」


シノトが見るシーラの目が、スっと突然すわった。シノトは表に出さずとも、その変貌に内心驚く。


「私の家族を、動物と同じだと言いたいのですか?」


「そう言われたら何が違うって言いたくなるよね。食って寝て繁殖して、どれか共通しないことがある?他の動物を殺すことに抵抗がなければ、人間だって似たようなものだよ。まあでも確かに食ってはいないけどね。」


「・・・本気で言ってるのですか?」


シーラの目は信じられないものを見るような物になっていたが、それが心外だったのかシノトは口を曲げる。


「人間は特別だって?同族殺しはいけないって?自分達の法で人を殺すくせによく言うよ。」


シーラはそんなことをのたまうシノトになにか言おうと思考を巡らしていたが、やがてそれが無意味なものだという結論に至ったのか、そのことについては何も言わなかった。その代わりというようにため息をつくと、さっさと踵を返す。


「・・・あなたが金人に味方した理由がよくわかりました。これでお別れですね、できればこんな別れ方をしたくはなかったのですが、仕方ありません。」


シーラはそう言うと、あとに続くキューを引き連れてさっさとその場を離れようとした。だがその足もすぐに止めることになる。


「ジュナーク、お父さんの名前だったかな?もしかしてレオルド、ポーマッドはお兄さんだった?」


「どうしてそれを!」


シーラが急に振り向き、そこで目にしたのは頬を緩ませたシノトの笑顔だった。実はシーラが人生で鳥肌を経験したのは、これまでにたった二度だけである。金人の残虐な行いを間近に見た時と、シノトが目の前で見せた常識離れした力に感動した時がまさにそれだったのだが、シーラはこの時自分でも自然と顔が引きつっているのを感じた。


「安心してよ、みんな今は墓の下だから。食べてもいないし。」


シノトはもしかしたら安心させるためだったかもしれないが、シーラは少なくともそう受け取ることはなかった。ついで、またシーラの目から涙が溢れたのかシーラは慌ててシノトに背を向ける。去り際、シーラが囁いた言葉は、風に乗ってシノトの耳にまで運ばれた。


「――――――いつか殺します。」


その声は、涙に濡れていた。











シノトはシーラ達を見送ってからしばらく、ずっとその方角の方を眺めていた。しかしやがて見飽きたのか。おもむろに立ち上がると服を叩いて、何故かその場に残っていたカレジとノスタルジア、それにクルの方を見た。そう、結局シノトのそばを離れたのはジンジャーとシーラ、それにキューだけだったのだ。


「カレジ君達はいかないのかい?」


シノトは正直カレジ達が残っている理由の見当がつかなかった。いや、本当のところは見当が付いているのだろうが、シノトが彼らに抱く印象とあまり噛み合わないためにそう思っていただけなのかもしれない。どちらにせよ、カレジ達はシノトが抱いた印象が彼らの実像と微妙に食い違っていることを証明した。


「僕らはその、農民の父を持ってましたし、徴兵されて一時期離れてはいましたけど・・・・・・。」


「無事に帰ってきたので、正直おじさんがやったこともどうでもいいかなって思ったんです。おじさんいると心強いしね、お兄ちゃん。」


ノスタルジアの笑顔はいつもどおりだったのだが、シノトはそれに頷くカレジに驚いていた。しかしそれも彼らが決断したこと、シノトは何も言わずその顔をいかしめるだけにとどめる。


「・・・まあいいけど、クルさんも?」


シノトが見やると、クルは少し間を置いてひとり頷いた。数日一緒にいて、その間ほとんど喋らなかった少女も変わり者らしい。シーラとシノトの会話の最中だけに限らずだが、今まで終始表情がほとんど変わっていないことも、シノトに感情が薄いような印象を与えていた。しかし本当のところはシノトにもいまいち分かっていない。


「じゃあ早速この服を着てきますから、ここで待っててくださいね。」


ノスタルジアがクルを連れてどこかの影に入っていく間、シノトは考えに耽るようにじっとしていた。それこそ隣にカレジが座ったとしても、身じろぎ一つしない。


「あの、お兄さん。」


相当迷った挙句に声をかけたカレジの声は、本人が思ったよりも大きかったのか何故か尻すぼみになって小さくなっていた。しかしシノトの反応が思ったよりも小さかったためか、次の声はまた元の大きさに戻っている。


「シーラさんのご家族の方と同じところで働かれていたんですか?」


「・・・同じところで働いていたかもね。でも少なくとも仲間じゃなかったよ、あっちもそう思っていたはずさ。」


「ならなんで名前を知っていたのですか?貴族家とは言え、そう簡単に出る名前のはずじゃないと思うのですが。」


シノトが黙りこんだことで、少し会話に間ができた。しかしそれはシノトがそのことを思い出せずにできているわけではなく、むしろ既に思い出していてそれを正直に話すかどうか迷ったためにできた間だ。だがまあ、結果正直に話すことにしたらしい。


「あそこは戦場って言うには、少しおかしな場所だったからね。だから、俺が一人血祭りにあげると、周りの人がその人の名前を教えてくれるんだよ。だれだれ、だれだれって、聞こえやすいように大声でね。その人の名前がわかったら、すぐに他の人を殺して、その繰り返しさ。・・・・時間はかかったけどね、そう難しいことじゃなかったよ。」


またしばらく間があった。シノトはその時を思い出しているのか遠くの方をジッと見つめ、カレジの方はどうもその情景が思い浮かばないのかしきりに首をかしげている。やがて、諦めたのかカレジはまた口を開いた。


「最後、なんであんなことを言ったんですか?」


それを聞かれたシノトは、今度はどこか困ったように笑った。それでごまかそうとしたのかしばらくは何も話さなかったが、カレジがなおもじっと見続けているのに気圧されたのか、話す気になったようだ。


「変な希望を持たせちゃいけないからね。特にシーラさんは俺に対して無駄な恩義を持っていたようだし、明確に、俺が殺したことを教えておきたかったのさ。」


「あまりいい結果ではなかったみたいですが。」


「まあその時になったらわかるよ。」


シノトはそう言うと、話は終わりとでも言うかのように立ち上がった。日はまだ出ているがシノトの予定よりまた遅れているため、シノトには早速ここを出る必要がある。だがそんなシノトの背にカレジの不意の一言が飛んだ。


「お兄さんは敵ですか?」


「・・・・・・子供を危険事から守るのは、大人の役目だからね。あ、でも正直大人といってもまだ若いからね、おじさんはちょっと違うと思うんだよ。」


振り返ったシノトは、ゆったりとした頬笑みを浮かべていた。

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