第三十四話
「侵入者は一人だって?!一体何で仲間も連れずに来たってんだ!」
「奴らは平気で仲間を殺す連中だ、どうせ同族でだって仲間意識なんてほとんどないんだろ!」
二人組の兵士は街の路地を慌ただしく走りながら、互いに思い思いの言葉をぶつけ合っていた。彼らは本来ならば街への侵入者を見つけ、その足止め、捕獲、それが無理なら本部へ報告する、それが任務のはずだ。それがなぜこんなに声をたてながら走っているかというと、それは山で熊に出くわさないようにすることと同じである。要は侵入者が怖いがために、自分達の位置を知らせながら、他の人間の管轄に逃げてくれるようにという悪知恵の働いた行動だったのだが、今回は侵入者の思惑が兵士達の思惑と少し違ったため、それが裏目に出てしまった。
「・・・・・・まあ、間違ってないんですかね?」
走る兵士達の後ろでいきなり声をたてたその本人――――――シノトは、真っ先に振り向いた兵士の側頭部に廻し蹴りを叩き込んで、一瞬で意識を刈り取った。続く兵士もその口が驚きを路地に響かせる前に口を塞がれ、そのまま膝蹴りを受けて昏倒してしまう。シノトは自分でやっておきながら意識のない二人に頭を下げると、路地の脇に置いて横に寝かせる。周りを見渡して誰もいないのを確認すると、一息つくようにため息を吐いた。
「これで五組目、もうそろそろ次の塔に向かっていいか。監視塔に交代が入る前に三つ全て落として、尚且つ逃げ回っているように見せかける・・・・・・これであっているね?」
指折り数えて次やることを再確認したシノトは、路地を見渡してそこで目に止まるものがあったのかそっちの方を注視した。その視線の先にあったのは、少し周囲より高い場所に吊るされていた大鐘だ。近づけばゆうに小屋ほどはありそうな大きさの鐘は、遠く離れているにも関わらず異様な存在感を放っており、シノトはその珍しさのためかそれを見て目を細める。
「あれにするか。覚えておかないと。」
シノトはじっと大鐘を見つめたあと、再び路地を見渡して自分が誰にも見られていないことを確認し、空で物事をつぶやきながらゆっくりと歩を進めた。
「ええと、こっちに動いているように見せるにはこことあとあっちと・・・・・・んで、その間に俺は二つ目のところまで見つからずに移動して見つからない場所に兵士さんを移して、自分で提案したけど思ったよりも面倒だな。」
シノトは道の向こうに見える大鐘をもう一度見て、そして路地のさらに脇の細い道に入り、闇に溶けるように消えてしまった。残された路地に寝かされていた兵士達が見つかったのは、そのすぐ後のことだったそうだ。
一方街で一番安全な一室では、逃げ回るシノトを捕まえるために優秀な兵士達が集められていた。中でもひときわ厳つい体格の、熊を思わせる大男は気合の入った声で喝を飛ばしている。
「絶対に捕まえろ、なんとしても逃がすな!誘い出された上に逃げられたのでは、こちらの面子が丸つぶれだ!出入り口は封鎖、休んでいる奴らもたたき起こして総出で捜索させろ!」
「守衛長、監視塔の警戒を強化させるのはどうでしょうか?上から見張れば、少ない人数で多くの場所を監視できると思うのですが。」
矢継ぎ早に指示を出していた大男に、まだ若い兵士の一人が意見を出していた。すると一瞬で、それまで一分の隙もない動きを見せていた大男の動きが止まる。自分に意見した者、その顔をまじまじと見下ろした大男は、青ざめた顔を見上げさせている男に向かって、それまでが嘘のような静かな声で、独り言のようにつぶやく。
「監視塔はこういう場合でなくても、常に警戒を怠ってはならない場所だぞ。いや待てよ、そうか監視塔の体制を見直せと言いたいのだな?今までの私の指揮がおろそかだったと・・・・・・」
「い、いえそんなことは!決して守衛長がいたらなかったと言いたいわけではなくてですね!」
その男が自らの失言を悟ったのは、守衛長と呼ばれた大男の顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていった時だった。目の前で熊のような男が顔を真っ赤にして自分を睨んでいる場面、男は自然と次に起こることを想像したのだろう。自然と頭をかばうため腕を徐々につり上げていく。だが、男は目の前で守衛長が次にとった行動を見て、その腕を脱力させたように下げることとなった。
「言うことも最もだ、現に私が無能だったばかりにこの街のみんなをこうして危険にさらす結果になって
しまった。言い訳のしようもない、ことが済めば私はこの職を辞することを約束しよう。」
守衛長が行ったのは、それはそれは見事な、自らの非礼を詫びた礼だった。男は想像した最悪の場合に自分が陥らなかったことに胸を撫で下ろしながらも、その場にいた多くの人の目が自分に向いているのを感じ取っていた。よっぽど信用されていたらしい守衛長に頭を下げさせていることがきにくわないのか。その視線の多くが自分を避難したものだと気づいた男は、慌てて守衛長に頭を上げるようにお願いをする。
「守衛長、いたらなかったのは私の発言の方でした、この場で訂正いたします。ですからどうぞ顔をお上げください。」
男の言葉が効いたのか、守衛長がようやく頭を上げた。男が周囲の視線の緩和を感じ取って落ち着きを取り戻すころ、それを待っていたかのように守衛長の後ろから参謀格の老人がぬるっと顔を出す。
「確かに監視塔に人をよこすこともほかの街なら考えられますでしょうが、この街の監視塔はあいにく手狭でしてな。その分監視員は性格はともかく能力だけは異様に高いのです。他に人をやってもあえて視界を遮ることになりかねないでしょうし、そもそも上から見て発見されているようならとっくに報告が上がっているはずです。私は守衛長の方針で続行が望まれるものかと思いますぞ。」
「そうか・・・・・・他のものはどうだ、意見があれば遠慮なく言ってくれ。」
老人の言葉を聞いて、広く守衛長はその場の仲間達に意見を求めたが、声を出すものも手を挙げるものも皆無だった。それを了解の意ととった老人は、ぼそぼそとした声で言葉を続ける。
「では他の意見もないようですし、避難誘導に六割、搜索に三割、出入り口の封鎖に一割の人員配分でよろしいですね?ほかもろもろの指示、理解した方は早速現場に急行してください。」
その言葉を皮切りに、蜘蛛の子を散らすように一斉に兵士達が動き始め、そしてそう経つ間もなくその場に残る者が三人ばかりとなってしまった。残った三人のうちの一人、先程まで困り果てていた男が改めて守衛長と老人に頭を下げる。老人はそんな男の謝罪に、唯一フードから見えている口の部分を歪ませて見せた。
「先程はせっかくの意見、否定してしまいすみませんでしたね。せっかく本軍からいらしたのですし、本来ならお客様としてもてなしたいところなのですが・・・」
「こちらこそ出すぎた真似をいたしました、改めてお詫びします。作戦は理解いたしましたので、これにて失礼いたします。」
男が部屋を出て言ったあと、守衛長は老人を見下ろした。だがそれは相手を見下しているわけではなく、現に守衛長が老人を見る目はどこか尊敬を含んだものがあった。守衛長はその無表情を歪めることなく老人から目を離すと、自身も部屋から出ていく。
「さあ、私も出るとしよう。・・・・・・必ず黒髪の首をへし折って、みんなに恐怖を植え付けたやつの首を広場に晒してみせる、ここは頼んだぞ。」
守衛長の去り際の言葉に、老人は口元だけで笑ってみせると深く頭を下げた。
「さて、これで三つ目と。じゃあ次は―――――――――」
シノトは数えて三つ目の塔を無力化したあと、建物の上から目の前を兵士が通り過ぎるのを待っていた。しかしこれといって息を潜めるまでもなく、のんびり昼寝がてらというようなものだったが、いざ兵士が通りかかった時シノトは気後れすることもなく、身のこなし素早くその前に躍り出る。
「いたぞ!ここだ!」
予定通りの反応を聞いて、シノトは兵士達に背を向けて走り出した。兵士達は慌ててそのあとを追い始めるが―――――――――シノトの前に、別の二人組の兵士が飛び出た。兵士の最初の叫びを聞いた他の兵が素早く回り込んできたのだ。
兵士の手がシノトを捕らえようと伸びたとき、確かにその場の兵士四人は侵入者を捕まえたと確信していた。ちょうど狭い場所、横に逃げることもままならないうえに、角から出てきた兵士達はシノトにとって不意打ちにも等しい出現の仕方だった。――――――だから兵士達は、自分達の目の前からシノトが突然消えたことに面食らっていた。
知る者が見れば三角飛びと呼ぶであろうその芸当、それを披露したシノトを兵士が目で追いかけることができたのは、ただ単に運が良かったからだろう。
「くそ、なんて身軽な動きだ!」
「慌てるな!リチャードは本部へ報告、ヨシュアとトマス、奴を追いかけるぞ!」
兵士達は遠くなっていくシノトの背を追いながらも、二手に分かれるだけの冷静さは残っていた。しかし鎧を着た兵士が三名いたとして、ただでさえ人より早いシノトに追いつけるものではない。角を二回曲がれば、自然と姿を見失うはずだった。
だが兵士達の連携は、少なくともそのシノトの速さを上回っていた。角を曲がれば置き去りにできるはずなのに、角を曲がるたびにシノトを追いかけてくる兵士達の数は増していった。なかなか兵士を撒けないのかシノトがそれを繰り返すうちに、いつの間にかその数は優に二桁を超えたものとなった。しかもまだまだ増え続けている。
「やろう、大鐘に向かって逃げてやがる、逃げ場がなくて焦っている証拠だぜ。」
兵士の一人が確かにそう言ったが、シノトは構わずに走り続けた。細い路地から普通の路地へ、さらに開けた場所にシノトがたどり着いたとき、シノトの口から思わず呻き声が漏れる。
「む・・・・・・」
シノトの目の前、開けた場所には山のように兵士が集結していた。身長という僅かな差を除けば瓜二つの鎧を着た鉄の集団は、シノトを捕らえんと剣を抜き正面に構え、今にも飛び掛らんと闘気を漲らせている。異質な光景にシノトは一瞬足を止めかけたが、次の瞬間足に力を集中させ目標めがけた。
「跳んだ!」
それは誰の声だったか、少なくとも兵士の誰かだったことは確かだった。ともかく、シノトの並外れた跳躍力は兵士達のさらに向こう、開けた場所の中心にあった大鐘のところまでシノトを運ぶ。少し高いところにあるため兵士達がシノトを見上げるようにして囲む中、シノトは出来るだけ息を吸うことを意識して、朗々と言葉を紡ぐ。
「さあ皆様、ここにあるのはこの街の象徴である大鐘でございます。近づいたらどうなるかわかっていますよね?」
「わはははは、どうなるんだ?見せてみせろよ!」
シノトの前に進み出たのは、シノトの身の丈ほどもありそうな大きさの斧を担いだ、他の兵士達よりもさらに一回り大きな大男だった。大男の言葉が予想に反したものだったのか、シノトはその顔に少し焦りを見せ始める。
「いいんですか?こんな場所にあるんですから、壊されたら迷惑するのでは?」
シノトがそう言って鐘に手をつけても、それを見上げる兵士達はニヤニヤと笑いながら、その行動に微塵の動揺も映すことはなかった。大男は大きく息を吸うと、兵士全員に聞こえるように大声を張り上げる。
「その黒髪を捕えろ!」
男の言葉が響くと同時に、無数の兵士達が一斉にシノトめがけて殺到した。少し高いところということもあり、シノトからは自分に向かってくる兵士達のその全容も見ることができただろう。だがその光景を見て、何故かシノトの表情に余裕が出来ていた。
「んじゃ、お言葉に甘えて・・・・・・。」
シノトは迫り来るあまたの兵士に背を向け、自分の足をおおきく振りかぶった。
「おおー、飛んでる飛んでる。」
遠くに見える街、そこから発射される何かを見て、ジンジャーは面白そうに口を歪めていた。遠目から見てもわかるその巨大な何かがは、形が不揃いなためか街の外で一回跳ねるとイレギュラーしながら転がっていき、やがてその動きを止める。滅多に見れるものでないその光景に、ジンジャーの隣で同じように見ていたシーラも興味深げだった。
「これだけ離れてても凹んでいるのがわかりますね。というかあのサイズを殴り飛ばしたんですかね?」
街の壁を越えて飛んだ何か、遠くではあっても大きすぎたためにその比較は楽だった。飛んできた今でこそ形は不揃いてあったが、もしあれがもともと形の整ったものだったならば、三つ見える監視塔もその頂上をすっぽり覆えるかというものだったからだ。シーラの言葉に、その後ろで同じように見ていたノスタルジアは首をかしげる。
「いくらおじさんでもあんなものをあんなふうに飛ばすには・・・・・・流石になにか道具でも使ったんじゃないですかね?」
疑問形で終わったその言葉に、ノスタルジアは同意を求めるかのように双子の兄であるカレジのほうを向く。しかしカレジは忙しく出発の準備に励んでおり、ノスタルジアの言葉にも曖昧な返事しかしなかった。
「おじさんが帰ってきたら直接聞きましょう。」
「そうですね、あの方が命を賭けてくれているのです。無駄にはできません。」
ノスタルジアの言葉に、シーラも頷くと二人揃ってカレジの手伝いを始めた。それを皮切りに寝ていたものも、街の方を眺めていたものもここを発つために慌ただしく動き始める。―――――――――ただ一人、ジンジャーは最後まで街の方に目を凝らしたままだった。
「命を賭けて、ね。」
ジンジャーはなぞるように言葉を口で繰り返すと、街へ向ける目を一層細めていた。




