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狂ったリクツの絶対正義  作者: 狂える
二章 狂人は新しい夢を見た
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第三十二話

老人のカンベンが奏でる前奏は、虫を次々と呼び寄せる花のように、あっという間に人々をその周辺にかき集めていた。それに連れて、シノトも自分が老人にほど近い、特等席のような場所に座っていることに気づく。周囲の視線が隣の老人と、それよりも少なくはあったが確かに自分にも視線が集まっていることに気づいたシノトが身を固くする頃、老人の前奏が終わりその口が物語を語り始めた。


「少し前の戦争のこと、我らが正義は地に屈しようとしていた――――――。」


老人の話は、戦争に参加していた英雄の活躍を語ったものだった。空想にしては描写がやけに生々しいその話は、負けていた国に突然一人の男が現れることから始まり、群れるのを嫌った男がほかの兵士達の制止を振り切って一人で戦場に飛び込み、とても個人ではありえないような戦果を挙げて生きて帰って。それに勇気づけられた国が最終的に戦況を巻き返して無事逆転、世界に平和をもたらすというものだった。話し始めから耳が割れるような歓声が溢れたことから、その話は知っている人からもかなり人気があり、これが話されるのが初めてでないことはシノトも容易に想像がつく。だがそんな話の内容よりもシノトの目を一番に引きつけたのは老人を見る人々の目の輝きと、ふとした拍子に隣を見てその時に目に映った、楽器を弾く老人の生き生きとした表情だった。


話が進むにつれてあたりが熱気に包まれていき、人々の反応を観察するシノトはつくづくここが、自らの故郷とは遠い場所であるという印象を強くしていった。なぜ会話ができるのか、それは未だにシノトにも解決できない疑問の一つなのだがそれはさておき。もしシノトの故郷であれば人がこんなにたくさん死ぬ話に普通の人間なら歓声は愚か、拍手を贈る人間などまずいない、少なくともシノトはそう認識していた。


例えそれが上っ面だけの戯言だったとしても、シノトの故郷の人間は命を大切にしようとするものだった。尊い、罪もない、このような形容詞で哀れみを誘うかのように伝えられる話を聞いて、シノトはつくづくそう思いたいのだなという人々への認識を以前は強くしていくばかりだった。だからこそ、もしここがシノトの故郷なら。この老人のような話に感心、興奮、喜びなどしようものならその人格を疑われ、陽の下などとても歩けなくなるであろう、シノトはそう思いながらも目の前の人達の観察を続けた。


長い話はたっぷりと観客を楽しませ、耳を傾ける内のおよそ九割方が地面に尻を付けるようになって、ようやく終わりに差し掛かっていた。老人の話を聞く人だかりはシノトの時の五倍以上になっており、そこにはこの老人の人気が伺え、シノトもこの親切な老人が奏でる物語に不思議な名残惜しさを感じ始めている。


「これにて、一人の英雄により世界の平和は保たれた。人々の生活に笑顔が戻り、英雄も一人の人間として普通の生活に戻っていったのだ。」


老人の話は終わった。労いと賞賛の拍手が、多くの人の手から放られる金とともに老人の目の前に転がっていく。何事もなかったように散り散りになる人達に手を振ると、老人は楽器をシノトに預けてそれらを拾い始めた。


「どうだ、面白かったか?自分で言うのもなんだが、なかなかいい出来だろ。」


「いい出来かどうかは人の好みによるのでよくわかりませんでしたが、予想外だったことがひとつだけ。おじいさんは意外と戦争が好きだったんですね、あんな話をされるなんて思いませんでした。」


「バカいっちゃあいけねえ、誰が戦争好きだって?冗談にも限度が有るぞ。」


少し怒ったように言葉を強くした老人に、シノトは呆気にとられた。和やかな雰囲気から一転、老人の予想外の反応にシノトは出鼻をくじかれたのか、急に慌てたように弁解をする。


「しかし先ほどの様子を見れば、誰だってそう思うものだと思うのですが。」


戸惑ったようにそう言うシノトに対し、老人はため息をつく。悩ましげというか、老人が嫌味げに言うのは心底それを嫌っている証のように感じたシノトは、そんな老人を見て困ったように肩をすくめる。


「お前あれか?現実と想像の区別がつかないやつか?いるんだよなー、そう言う奴たまに。俺がそういうこと言ったからって間に受ける奴いるんだよなー。」


「気分を損ねたようならすみません、謝ります。ですがそれなら尚更、なぜそんな話をしたのですか?俺は知りませんが、他に話がないわけではないのでしょう?」


少なくともシノトには、その理由の見当がつかなかったようだ。肩をすくめてそう話すシノトに、老人はさも当然というように言葉にいささかのためらいも含ませることなくなく答える。


「それはお前、面白いからに決まっているだろ。英雄が敵を肉塊にしていく場面なんて、想像しただけで鳥肌が立っちまう。客にできるだけ面白い話を聞かせようとするのは話し手としての義務だろうが。」


「はあ、面白いですか。」


にこやかにそう話す老人に、シノトは確かに鳥肌を立てていた。そんな様子に気づかない老人は、うって変わって真面目くさったような表情になるとため息混じりに言葉を続ける。


「まあ戦争はありえないよ、俺も知り合いを多く亡くしたしな。もうあんな思いはごめんだね。」


「でも面白いんですよね?」


「それはそうさ、いまどきあれだけ面白い話はほかにもなかなか聞けないぜ。」


老人はそう言うと、拾ったお金を全て着物のポケットに無造作に詰め込んでシノトの隣に座る。シノトから楽器を返してもらい、愛おしそうに弦の部分を撫でながら老人はほのかに奏でられる音に聞き入った。シノトはしばらくそんな老人の姿を黙って見ていたが、老人が何か言う気がないと踏んだのかシノトから会話を再開させる。


「・・・・・・ちなみに、実際にそこで戦ったことは?」


「あるわけねえだろ、でなきゃこんなところでのんきに歌なんか歌ってねえよ。」


シノトは思うところがあったのか、再びその口をつぐんだ。しばらくの間老人の奏でる音が寂しそうに響き、それを背景音としてシノトは広場の賑やかさを眺める。通りゆく人たちの服装も髪型も、シノトの故郷とはかけ離れた場所だったが、そこはどこか騒音に包まれたあの場所に何故か通じるものがあった。シノトはその場でしばらくその音に耳を傾けていたが、やがてなにか決心したように勢いよく立ち上がると老人に向き直る。


「・・・・・・国軍が来るの十日後でしたっけ?」


「どうしたんだいきなり、それがどうした。」


老人が驚いて楽器を弾く手を止める。だがシノトは構わずに続けた。


「おじいさん、商人一家が処刑された話は知っていますか?」


「ああ、知ってるぜ。もう何年も前の話だが、あれだけ胸糞悪い話もないからな。」


「胸糞悪いとは?」


シノトにとって、その問は自身の好奇心によるものだった。だがその言葉が気に食わなかったのか、老人は今日何度目かの苦々しい顔をシノトに向ける。


「仲間が同じ仲間を殺さなくてはならないこと以上に、そんな話があると思うか?処刑人も涙を流したのは有名な話だろうが。」


「仲間?どういうことです?」


「仲間は仲間だろう。同じ空の下に生きる者同士、それ以外にお互いを表現する方法があるか?」


シノトは少し沈黙したあと、その言葉に頷く。しかし実際のところシノト自信、実は納得などかけらもしていなかったのだが、納得しないまま理解するのはシノトの得意なことである。それともただ単に話を進めたかったからなのかはともかく、おかげで話が途切れることはなかった。


「なるほど理解しました。しかし処刑の度に涙を流すとは、その処刑人さんは向かない仕事を選択したようですね。処刑なんて珍しくないだろうに。」


「何言ってんだ。少なくとも記録上、この五十年この国で処刑があったのはその一件だけだぞ。そもそもあの処刑だってかなりの例外だったんだ、なにせこの国にはあの野蛮な国と違って処刑制度がないからな。それでなんだ、それについて何か聞きたいことがあるのか?」


「・・・・・・まあ、でももう大丈夫みたいです。俺はもともとこの話を小耳に挟んだだけなのですが、そうですか、処刑は特例だったのですか。なら半年前どころか、数年前まで処刑された人のことも覚えていておかしくはないですね。」


満足したように何度も頷くシノトを、老人は不安げに見上げた。その瞳に映るものがもはや得体の知れない何かになっているとも気づかずに、シノトは老人の視線に気付いて乾いた笑い声を聞かせてみせる。


「何がおかしいんだ?普通はそんなもの忘れられるわけ無いだろ、むしろどうやって忘れようって言うんだ?」


「それはもちろん、死の刑罰を受けるような人のことなんて普通は覚えませんから。実際に俺のいたところではそうでしたし、しかしこことは確かに違う場所なので考え方が違うのも当然のことですね。疑問が晴れました、しかしその特例というのは一体なんだったんですかね?」


シノトはそう言ったが、老人はまるで何も聞こえていないかのように無反応、変わらずシノトを見上げるだけだった。少し気だるげながらも、興味深い答えを返してくれるものと期待していたシノトは、異変に気づいて老人を覗おうと試みたが、その試みが試される前に老人の口がひとりでに開く。


「おまえ・・・・・・もうそれ以上喋らないほうがいいぞ。」


先程までとは比べ物にならないほどの敵意を前にして、シノトもこれ以上はないと理解したようだった。血走った老人の目にとりあえず肩をすくめる己を写したシノトは、諦めのため息を混じらせながら指を一つ立ててみせる。


「では最後にひとつだけ。先程罪人に課されていた待遇からして、どうやら殺さずに閉じ込めているようですけどそれはなんでですか?冷静に考えても、彼らを活かしておく理由が見当たりません。社会的に効率を考えたら即刻殺すべきでしょう。まさか更生とかいう空想上のものが実在すると信じているわけでもないでしょうに、無駄に金をかけて彼らを生かしておく理由があるのですか?」


「確かに奴らは罪を犯した、それは間違いねえ。だがお前の言うそれはありえない選択だぜ。たとえどんなに憎んでも、殺したくても、同族殺しは絶対にあってはならん、人間として当たり前のことだ。・・・そんな考えのために、誰かが誰かを殺さなくちゃならなくなることぐらいも考えられないのか。」


老人の最後の言葉には、公園の壁に落書きする若者を見るような感情が込められていた。せめて最後の希望にと、老人に残っていた欠片ほどの温情がそれを成させたのだが、それを聞いたシノトは再び空を見上げると大きく伸びをし、老人に視線を戻してあっけらかんと言い放つ。


「やっぱり理解できませんね。まあそれも当然ですし、それならそれで俺は構わないんですけどね。また逢いましょう、これ以上俺達の仲を悪くしてはいけません。」


シノトはそう言って小さく頭を下げると、その場を去るために老人に背を向けた。だが、シノトにとって予想外だった老人の言葉が、その足の進行を阻んだ。


「まて、お前のツラを見せてみろ。また今度あったときお前のツラがどんな風に変わってるのか知りたくてよ。」


何度目かの沈黙は、親しいもの達の別れとは程遠いものとなっていた。口調からすでに喧嘩腰となってしまった老人にシノトは心の中でため息をついていたが、その原因が自分にあると知っている手前それも仕方のないことだろうと直ぐに開き直る。して肝心の返答について、シノトは簡単な考察の末次のような答えを導き出していた。


「まあ、本当は少し早いんですが・・・・・・いいですよ。いろいろ教えてくれたお礼として特別に。腰を抜かさないようにしてくださいね。」


そう言って老人に振り返ったシノトは、誰にも見えない仮面の向こうで不敵に笑ってみせた。

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