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狂ったリクツの絶対正義  作者: 狂える
二章 狂人は新しい夢を見た
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第三十一話

「・・・・・・どうやら侵入することができたみたいですね。大きな鐘が鳴っているのがここからでもわかります。」


静かにじっと耳を澄ませていたノスタルジアは振り向くと、後ろで緊張した面持ちをした面々に向かってそう言った。胸をなでおろし、緊張を解くものがほとんどの中、その中で一人だけ不安をその顔に写していなかったカレジは、当然と言わんばかりに胸を張る。


「ほら、心配する必要なんてなかったですよね?お兄さんは前にも僕とノアを抱えてすごい高さまで飛び上がることができたんですよ、むしろこれくらいならお兄さんには出来て当然です。」


「別に疑ってたわけじゃないですが、にわかには信じ難い運動能力ですね。あのような方が一緒だと本当に心強いのですが――――――大丈夫でしょうか?」


シーラが不安そうに街の方を見る。するとシーラを抱えていたジンジャーが、宥めるようにシーラの頭を撫でた。


「大丈夫よシーラちゃん、あの人がその気になればあんな街の金人なんて皆殺しだから。見張りがいなくなるまで気長に待ちましょ?」


この中で唯一成人を超えたジンジャーの落ち着いた声は、その場の全員を落ち着かせる効果があった。しかしその発言に気になるところがあったのか、カレジは首をかしげている。


「前から思ってたのですが、もしかしてジンジャーさんとお兄さんって顔見知りだったんですか?」


「私が前から知ってただけよ、彼はそれなりに有名だったから。向こうは私のことなんて知らないわ。」


その言葉を聞いてやっぱりかというようにノスタルジアが頷いた。


「やっぱり有名だったんですね。金人の方でも手配書、というのが配られているって言ってましたし、そういう気がしていました。」


だが、そういった当の兄妹は直ぐに違和感に顔をしかめることになった。外部からではなく心の内から出る違和感は、彼らの口をついて外まで漏れ出す。


「でもあの人が片っ端から金人を殺す姿が思い浮かびにくいんですよね。なんでだろう?」


「おじさん変な癖があるよね。ここに来るまで食べるためにいろいろ殺してきたけど、捕まえた獲物をすぐに殺しちゃったりしたし。でもそれよりすごかったのが表情で、動かないのでなにしているのかと覗き込んだ時があったけど、すごい顔になっててびっくりしちゃったよ。」


「へえ、すごい顔ですか。どんな顔だったのですか?」


興味があったシーラがそう言うと、すぐさま答えようと兄妹は揃って口を開こうとした。だがなぜか二人は口を開けたまま固まってしまい、シーラが不思議に思うと今度は口を閉じてなにか悩ましげに考え始めてしまう。


「・・・・・・どうしたんですか?」


「いえ、すごかったのは凄かったんですが、なんというか。」


「いつもと変わらない顔だったよね、お兄ちゃん。」


シーラを始め、その場の面々はそれを聞いてますます混乱した。ちぐはぐした兄妹の説明に急かすようにシーラは言葉を続ける。


「それじゃあどこがすごかったんですか?」


「うまく言えないんですが・・・なんというか、そうですね―――――――。」


うまい具合の言葉を探るカレジは、隣にいた妹と目を合わせると困ったように肩をすくめた。











一方のシノトは、上手く変装して街に潜り込み、今まさに広場に入ろうとする集団を眺めているところだった。降り注ぐ太陽の光を余すことなく反射しているのは、鏡のように綺麗に丸められた――――――男達の頭だ。皆が同じ模様の服を着こなし、一団となってその広場に入場してくる景色は異様で。自身も妙ちきりんな格好をしているシノトも、その集団には目を引かれざるを得なかった。


「妙な集団ですね。ああいう方々もどこかにいるとは思いましたけど、こんなになって大勢を一緒に見ることになるとは思いませんでした。」


シノトはその言葉のとおり、この世界に来て髪のない人間を見たことがなかった。短く刈り上げていたりする人間は見たことがあったのだが、綺麗に髪を剃った人間はこれが初めてなのだ。とはいえ街の人間を多く見てきたわけではないし、戦場でも兜をかぶった人間がほとんどで髪の有無を見ることもなく、そもそもそんなことを気にできる場所でもなかったためかもしれないが。


「あー、兄ちゃんよ。もしかしてこの規模の街に来たのは初めてかい?それでその格好とは、恐れ入ったよ。それに敬意を払って話してやるが、兄ちゃんはどこの誰であっても共通で魔法が使えなくなる条件がなんだか知ってるよな?」


いきなりの老人の質問にシノトは魔法に関する記憶を引き出した。だがシノト、こちらの世界に来て一つ教えられた魔法を使っただけで、才能無しと判断された身である。シノト自身も魔法のことを学びたかったのだが、必要ないと突っぱねられあの小屋ではほとんどのことを学ぶことが叶わなかった。シノトがだんまりを決め込んでいるのを見てことを察したのか、老人は驚きで目を見開く。


「おいおいマジかよ・・・・・・両親に習わなかったか?髪の毛は大事にしなさいってよ、あれの意味も教えてもらえなかったのか?それともそんなことも知る機会がないくらい田舎って一体どんなところだよ。」


そこまで老人に言われてシノトもやっと話の流れがわかったのか、それでも初めて知る知識に驚きを覚えた。


「髪がなければ魔法が使えないんですか?」


「そらそうよ、何驚いてんだ。」


シノトの言葉に当たり前のように答える老人は、広場の向こうで通行人たちと戯れ始めた光る男達の素性をシノトに教え始めた。


「あそこに居るのは何らかしらの罪人でな、今は牢から出てこのあたりの散歩をしているのさ。頻度だってそんなに珍しくない、七日間毎日ここに来れば一度は必ず見られるからな。」


「やっぱり魔法が使えると逃げ出しやすくなるんですかね?」


好奇心によるシノトの質問に、満足のいく答えは持っていないのか老人ははじめ肩をすくめるだけだった。だががっかりするシノトのその解釈は勘違いだったようで、老人は再びその囚人たちを眺めるとつぶやくように言葉を並べる。


「俺が知っている魔法ならとてもそんなことはできねえがな。なんでも言葉の量に比例して現実の効果も大きくなるんだろ?呪文を知ってるかどうかなんてわからねえし、監視の手間を省くためにはなかなかいい手だと思うぜ。」


シノトはなるほどというように頷くと、しばらく老人と囚人達の行動を眺めていた。しばらくして、気になることでもあったのか考えるようにシノトが俯くと、ポツリともらす。


「随分仲が良さそうですね。罪人ということは何かしら悪さをして捕まったのでしょう?なんでですか?」


「なんでって・・・・・・なんでだ?どこが変なんだ?」


思わずといった感じで老人はシノトに向き直っていたが、シノトも同じようにして老人のほうを向いていた。シノトにとってその返し方が意外だったようで、若干焦りも声に含ませつつ少しペースを早めた口調でまくし立てる。


「え、だって彼らは悪いことをしたんですよね?こうやって晒し者にして、みんなで悪口ぶつけるためにここにいるんですよね?なんで親しそうにするんですか?普通は口汚く罵って、精神的に追い詰めていくものじゃないんですか?それに彼らが飯食っているための金だって、みなさんが出しているんじゃないんですか?お金がもったいないとかは思わないのですか?―――――――――どうしたんですか?」


シノトがまくし立てる中それを止めたのは、老人がシノトにいっとき待つようにと手で制したからだった。老人は右手のひらをシノトに向けつつも、残る左手を頭に当ててシノトの言葉を頭で整理しようとしているようだ。――――――老人が次に顔を上げたとき、その表情はとても険しくなっていた。


「いやなに、優しそうなやつだと思ってたんだが、かわいそうに育った環境が悪かったんだな。子供はいい環境で育てなきゃいけないって改めて思い知ったよ。」


老人は目の前の男を哀れに思ったのだろう、その目には憐憫の色が淡く写っていた。しかしシノトはこれが面白くない、なにせ老人の口ぶりからは彼の故郷を馬鹿にする内容に取れなくもないからだ。シノトが文句でも言おうとしたのだろう、眉間にシワを寄せて口を開きかけたが老人は仮面の奥の表情を読み取ったかのように再びシノトに手のひらを向けていた。とても納得したような訳知り顔がシノトの神経を少し逆なでるが、老人はそのことに気づきもしない。


「この際兄ちゃんがどんな場所で育ったかかは聞かないよ、俺も気が滅入りそうだからな。だが兄ちゃんの将来を心配して何か言うなら、とりあえず誰かが悪さをしたとしてもむやみに批難しない事だ。」


「なんでですか?悪いことをすればどんな目に遭っても仕方がないではないですか。むしろ馬鹿・・・・・・いえ、本当のことを優しくしつこく教えてあげるのはこの世で正当なこと、社会のためになることですよ。」


すかさずシノトは言い返したが、この言葉を吐く間にふと我に帰ったのか、後半は口調も元に戻り声には冷静さも取り戻していた。むしろ若干誇らしげに言っているようにも聞こえる。


「社会のためって、そりゃなんでだ?」


「決まってるじゃないですか、見せしめですよ。悪いことすればこんなになりますよってみんなに見せつけるんです。そうすれば罪を犯す人は減って、ほら社会のためになったでしょう?」


シノトのその言葉に対する老人の答えは、その表情が何よりも雄弁に物語っていた。険悪な雰囲気が漂ってきたことを感じてか、シノトはなぜ予定通りにいかないのかと首をかしげ、老人は持っていた道具を強く握り締める。


「・・・・・・そうやって貶しあって、本当のことを言い合ったとして。本当にいい世の中になるって本気で思っているのか?」


「おじさんは知らないかもしれないですけどね、人間は立場的に弱いものをいじめる本能があるんですよ。ああでもいじめって聞けば印象が悪いかもしれませんが、実はこれ悪いことじゃないんですよ?前に一度見たんですが、大勢の人が当たり前のように一人の人に向かっていろんな事を言う時があったんですよ。それも一人、二人じゃない、何百人という人が公の場で恥ずかしげもなく堂々と、そしてことさらそれが当たり前のようにやっていたんです。皆が当たり前のようにする当たり前のことが、悪いことになるわけなんてないですよね。実はみんなやっていることなんですよ、止めようなんて誰も思っちゃいません。だからみんな、本当はいじめが悪いことだなんておもっちゃいないんです。」


シノトの話し方は、まるで小さな子供に数字でも教えるかのように丁寧で、それでいてそれが常に絶対的なことであるかのように自信があふれていた。老人はシノトのこの圧倒的に上から教える物言いに驚きで固まってしまい、この長い話を途中で止めることができたにも関わらずなんの反応を示すこともない。気分のいいシノトは、それを了解の意思と勝手に捉えたのか、後に続ける。


「話を戻しますね。例えば人の群れの中で特技もなく孤立しちゃった人、例えば誰にも受け入れられないような思考を持っちゃって孤立しちゃった人、例えば悪い話を流されて孤立しちゃった人。弱いから、反撃されないから、相手が悪いから、みんなで寄ってたかって攻撃して、みんな気分が良くなってスッキリするんです。だから言い合うとは違いますね、一方的に殴り続ける、例えればサンドバックとボクサーみたいな関係が正しいですね。殴る方は嘘は付いていないから心置きなく殴り続けられるし、サンドバックは何も言い返せない上、何か言ったら数の暴力がそれを倍返しにして結局殴られるだけ。ね、理想的な関係だとは思いませんか?」


シノトの話に、老人は一度口を開きかけて、そこでシノトのお面の奥の薄暗い闇と目があった老人はその口を一度閉じた。自信を落ち着かせるように長い息を吐き、考えを振り払うように頭を振ると老人は改めて口を開く。


「サンドバックとボクサーというのがなんなのかは知らないが・・・・・・まあそれはおいておこう。後でその村の位置を教えてくれ、国軍を手配できないか兵士に相談するから。」


「相談してどうするんですか?」


「決まっているだろ、そんな金人として・・・・・・いや人としての誇りのかけらも失った奴らを野放しにしておくわけにはいかない。更生してやるんだよ。幸い国軍が十日後にここを通る予定だからな、俺が兄ちゃんに会えたのは運が良かった。」


再び老人は、シノトと目を合わせた。老人の目にシノトの瞳が映ることはなかったが、仮面の奥からでもシノトには老人の目がはっきりと見えている。この広場で長いあいだ歩きゆく人達を見てきた老人の目に自分がどう写っているか、それはシノトにわかることではなかった。


「更生っていうのは、おじいさんたちの都合のいいように考え方を変えられるというので間違いないですか?」


若干おどけたようにシノトがそういったのが伝わったのか、老人も半笑いで。でも断固とした意思を感じさせる言葉は、そんな表情には似つかわしくないものだった。


「違う、正しい考えができるようにするんだよ。精神の異常を直してくれるやつはこの街にも少なくないからな、直ぐに終わってみんな帰れるさ。」


「なんで正しいって言えるんですか?」


「それはな、他の皆が皆そうだからだよ。もっと言うと法がそうだっていってるからだ。さっきも言っただろ、むやみに批判するなって。法律は皆が納得する正しさだ、だからそれにのとった刑罰なら正しさは証明されるが、兄ちゃんの発言はなんの正しさも証明されないいわば私刑だろ?だからやめとけっていったんだよ。」


老人の言葉に、シノトは少し間を置いてそっけない返事をしたあと、そのまま黙り込んでしまった。その行動をなんと思ったのか老人はうって変わって明るい声色になると、目の前で黙り込んでいるシノトの肩に手を伸ばし、二度強くその手で叩く。


「安心しな、兄ちゃんは他の奴らよりは早く終わるだろうぜ。そんな奇天烈な理屈がまかり通るような場所にいても、疑問を感じてたんだろ?だからなんとなくだったそんな理屈に理由をつけて、自分をなんとか納得させようとしていたってところか。考えることができていた分、見込みがあるぜ。」


老人はそう言って笑ったが、なおも反応が薄いシノトとは実に対照的だった。ふと老人は広場の人が多くなったのを確認し、シノトを引っ張って隣に座らせると、手に持った楽器を少し鳴らす。機嫌よく音を返す楽器に満足げに頷くと、老人はシノトだけでなく、辺り一帯に聞こえるように声を張り上げた。


「よし、じゃあ気晴らしに一曲聞かせてやるか!面白い話だぞ、兄ちゃんもきっと気に入ることだろうよ。」


老人の手に持った楽器―――カンベンの音が、広場を通る風に乗って流れ始めた。

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