第二十九話
「名前はシノトリクツ。大概のことは得意だけど、あまり物を知りません。どうぞよろしく!」
移動を始めてから少し経ったとき、そんなことを唐突に喋り始めたシノトは一斉に視線を浴びていた。その中には訝しむような視線も含まれていたが、シノトは気にせずにノスタルジアの方に視線をよこす。その意味に気づいたのか、ノスタルジアは申し訳なさそうな顔をした。
「あ、私は水浴びのときに済ませているので大丈夫です。」
「あ、そうなの?じゃあカレジ君よろしく!」
次に振られたカレジは始め面食らったような顔をしていたが、何のためにやるのかはわかっていたようで、地を歩くワイバーンに乗っている他の四人の方を見た。歩きながらなので横を向きながら歩く事になるのだが、彼は器用らしくそれでも姿勢を崩すことはないようだ。
「僕はカレジです。商人から逃げたところでお兄さんに会うことができて、今こうして帰ることができています。好きな食べ物はコツの実です、よろしくお願いします。」
シノトがその言葉に送る拍手が止むと、次は自分と言わんばかりにワイバーンの上で器用に立ち上がったのは、黒髪を肩まで伸ばした少女だった。貫頭衣の裾を持ち上げて礼をしようとしたようだったが、己の立ち位置に途中で気づいたためか慌てて離す。だがそれを抜いたにしても、子供がするにはやけに行儀正しい礼だった。
「この度は助けていただき、誠に感謝致します。ポンドウィッチ家が次女、シーラです。こちらは私の侍女のキュー、共々を今後とも宜しくお願いいたします。」
シーラに促されるようにその後キューも立ち上がったが、シーラになにか指示されているためかお辞儀をして何も喋らなかった。シノトは二人の行動を興味深そうに眺めていたが、二人が再びワイバーンの上に座ると口を開く。
「こっちの子供はみんな大人びてるよね。というか不自然にしっかりとしているというか、これが普通なの?」
「確かに私たちはまだ成人を迎えてはおりませんが、言われるほど子供でもありません。それにお見受けしたところ成人になられて間もないようですが、だからこそ成人に満たない人が持つ賢さを理解できるのではないのですか?」
すまし顔でそう答えられて、シノトはうなり声を上げていた。だがそこにはどちらかというと感心の方が強く含まれており、何度も頷いている。
「・・・・・・いや、ホントにすごいね。すごいよ、本当。」
その言葉に少し照れくさそうにシーラがもう一度頭を下げると、シノトはワイバーンの一番前に座っている子供に目を写した。少女はぼんやりと前を見ているだけではじめその視線に気づかなかったが、シノトが近づくと不思議そうに顔を向けた。
「気を失っていた子だよね。名前を教えてくれないかな。」
「クルといいます。・・・・・・助けていただきありがとうございます。」
「どうぞよろしく。君は相当消耗しているようだし、当分はワイバーンの上で揺られているといいよ。」
掻き消えそうな小さな声だったが、シノトは満足したのか最後の人間に視線を移した。ワイバーンの最後尾に座るその女性は何故か緊張した面持ちだったが、自分の番が来たことを知るとぎこちない笑みを作ってみせた。
「ジンジャー・レース、成人して五年よ。少なくとも国に帰るまで敵対する気はないわ。こう見えても身軽だから、少しは役に立つとも思うし。」
「ああ、あなたとはぜひ話をしたいと思っていたのです。五年ということは俺よりも年上ということですが・・・・・・ところでどうしてワイバーンに?」
シノトの疑問が終わらないうちに、ノスタルジアがシノトの袖を引っ張った。何かと思いシノトがノスタルジアを見ると、ノスタルジアはジンジャーに口元が見えないように手で隠しながらこそこそと小声で話す。
「さっき体を洗っていたとき、一人だけ端に屈んでいたんですが・・・・・・どうやら気分が悪いようで、そこで吐いていたんですよ。私達の前ではそんな素振りは見せないんですが、念のためをと思ってワイバーンに乗るように勧めました。」
「体治りきっていないんだけどなあ。まあ二人も四人も一緒なの・・・・・・かな?」
体が治りきっていないとはもちろんワイバーンのことである。だが後の言葉が聞こえていたのか、ワイバーンがシノトに向かって目配せしたのでシノトはそのまま、ワイバーンに任せることにした。
自己紹介が終わってしばらく何も話すことがなく、誰も何も話さないまましばらく歩き続けた。まだ空は暗く、おそらく地下を出たことはまだバレていないにしても、警戒をしているに越したことはないためシノトは周囲に目を光らせている。とはいえ会話がないのは気まずい・・・・・・それはシノトの頭にそんな言葉がよぎった時だった。
「あの、聞きたいことがあるのですがいいですか?」
「シーラさん、そうかしこまらずになんでも聞いてよ。道のりはまだ長いんだから、お互いが抱く疑問はなるべく払拭しなくちゃいけないじゃないか。」
前触れもなく突然闇に響いた少女の声に、シノトは思わず顔をほころばせていた。ほとんど反射に近いその反応速度にシーラの方は一瞬驚いたが、なにか安心したのかシノトと同じように顔をほころばせると先程よりも落ち着いた声色になる。
「それではお尋ねいたしますが、私が今乗っているこのワイバーンは一体どうやって手懐けたのですか?もしかして戦士の秘密兵器なのでしょうか?」
――――――はじめこれで気まずい雰囲気を打破できると踏んでいたシノトだが、思いがけない質問に思わず口をつぐんでいた。それもその筈、ニイド国ではワイバーンに乗ることは、金こそかかりはすれどあまり珍しいことではなかったからだ。シノトはだからこそソーン国でもワイバーンに乗るものと思っていたが、ソーン国でワイバーンが狩られる対象でしかないという当たり前のことを知っていなかったため、この可能性を全く考慮していなかった。あたりの闇にお似合いの沈黙だったが、シノトを救ったのは意外な声だった。
「ええそうよ。金人だけが手懐け方に成功していたけど、彼はこうやってワイバーンを盗み出してその手法を国に持ち帰ろうとしているところなの。だからワイバーンを大切に扱ってね。」
ジンジャーの言葉に子供達が素直に返事する中、シノトはジンジャーの方を振り向いた。見ればジンジャーはシノトの視線に気付いたのか、ワイバーンの後方を指さして自らワイバーンから飛び降りている。どうやらシノトに付いてきてほしいらしかった
「・・・・・・ノアさん、カレジ君。少し後ろの方に行ってジンジャーさんと話すから、しばらく先頭を宜しくね。」
シノトは二人が頷いてくれるのを確認してから、うしろのほうへ向かったシノト。待っていたのは、深刻そうに眉間に皺を寄せているジンジャーだった。シノトはこの自体を予想できたのかここに来るまでいたって冷静だったが、ジンジャーのほうは押し殺した声に強張りが僅かに見て取れている。
「私はあなたが何者か知っているわよ、東砦の殺戮者。今みたいにあなたを助けることが出来るわ。」
「それはありがたいですね。ですが、俺とあなたは初対面のはずですよね、どうして俺のことを知っているのですか?指令を受けていない時ならともかく、戦場であった敵は皆殺しにしたはずですが。」
シノトのその言葉を聞いた時のジンジャーの顔は、例えようもないものだった。おこっているのか、おかしいのか、かなしいのか、あわれんでいるのか、やはりおこっているのか。どちらにせよあらゆる感情が入り混じったその表情は、今の彼女の心の内をこの上なくうまく表現していた。
「ああ、もう・・・・・・ここにいるのが私でよかったわね。あなたは私達の国の一部では有名よ?あろう事か金人側についた黒人としても、こっそりこっちに顔と名前を漏らされているマヌケとしてもね。」
「なるほど、つまり今出回っている手配書のようなものをそちらに配られたのですか。ですがよくそれを信じましたね、あろう事か戦争相手の流した情報ではなかったのですか?」
「むしろその時は疑問が解消されたくらいだったわ。東砦は当時全拠点のうち最大の戦力を要した場所で、各地への主な支援も行っていたから、大軍で侵攻しようとすれば各拠点があっという間に取り囲んで殲滅できた。要するに最もあの時落とされにくかった場所だったのよ。もちろんそこを落とすことは、他の拠点に見つからないような少人数で五千を越える兵を相手にするということだし、当時は貧弱な金人にどうしてそれができたのかと皆戦々恐々していたわ。」
シノトはそこまで聞いて、少し考えるところがあったのか頭を掻くと、一旦ノスタルジア達のいる方に目を凝らした。黙々と歩き続ける彼らを見てまだ話せそうと踏んだのか、シノトは思ったことを口にする。
「ぱっと聞いたところですが、随分と詳しいですね。それだけのことを知っているかたが、その戦争になんの関わりもなかったということはないでしょう。」
「言っておくけど今は知らないわよ。あれだけの大敗を喫したんだもの、今ではほとんどの軍団は壊滅しているでしょうね。ところで今出回っている手配書って、案の定金人に出されたものなの?」
「よくわかりますね、そうですよ。もしかしてもうご覧になられたのですか?」
シノトがそう言うと、ジンジャーは呆れて仕方がないと言わんばかりに頭を抱えた。シノトがその訳を聞くと、ジンジャーはため息をつく。
「あなたの話が出たときからいつかそうなるだろうって、もっぱらの噂だったもの。あなたも馬鹿ね、どんな条件を出されたってそれだけは絶対にするべきじゃなかったわ。・・・・・・あなたのおかげで何人もの人が地獄を見たわ。」
「それに関しては俺の知るところではありませんね。まあなんにせよよろしくお願いします、さっきの口ぶりからすればソーン国までみたいですが、そこまでだって短くありませんから。」
ジンジャーはその言葉に険しい顔をしたが、我関せずと涼しい顔のままだ。シノトはもう話は終わりと思ったのか、子供達の所に戻ろうとしたがジンジャーがその行く手を遮った。どうやら彼女にはまだ何か言うことがあったようだ。
「・・・・・・あなた、何のためにあの子達を連れているの?」
「なんとなく想像は出来るでしょう、平和的交渉のためですよ。人質といえば確かに聞こえは悪いですが、前に会ったお仲間さんは問答無用で殺しにかかってきましたから。」
それを聞いたジンジャーの反応を見て、思わずシノトは苦笑いをしていた。何が面白いのかはジンジャーにもわからなかったが、その中にある何かがシノトの琴線に触れたようだ。だがそんな表情も一瞬だけで、シノトは弁明するように言葉を重ねた。
「そんな顔しなくてもいいじゃないですか。少なくとも目的地に付くまでの安全が保証されたと考えれば、悪い話じゃないでしょう?まああの子達に吹き込むのは自由ですけど・・・・・・その場合は俺が何をしても文句を言わないでくださいね。」
話は終わりだと言わんばかりにシノトはそう言うと、ジンジャーに背を向けて子供達の方へ足を速めた。もちろん背を向けたシノトには、その時のジンジャーの表情を知ることはできなかったが、見てもおそらく結果は変わらなかっただろう。シノトがそうだと信じる通り、シノトには他人の考えを完全には理解できずもちろん感情もそのうちだ。だからいつかそういうことになるのも、考えれば自然とたどり着くものだったのだろう。
それから数日が経って、シノト達は岩肌が露出した山岳を登っていた。とはいえ、地図を見てなだらかな道を選んでいる分、子供達も疲れることはなく。見晴らしがいいぶんシノトもいつもより警戒を解いており、道すがら拾ったいくつかの木の棒で暇つぶしをしていた。
「それって何かの練習ですか?」
「何って、ジャグリングを知らないの?」
シノトが木が円を描くように投げては拾う。その動作をじっと見ていたカレジが発した言葉に思わずシノトは驚いていた。だが別のところ、ノスタルジアはシノトの質問に更に食いついてきていた。
「ジャグリング?剣術とはまた違った鍛錬の方法だったりするのですか?」
「ノアさんはどうしてそう体を鍛える方向に持っていきたがるかなあ。まあ確かに何らかしら効果はあるのかもしれないけど。」
「力をつけるためにやるのでなければ、それには一体どんな意味があるのですか?あ、もしかして伝えに聞く目くらましというやつでしょうか?」
当然のごとく行き着くその思考。しかしシノトはもう慣れたのか、呆れは声に含ませるだけにとどめていた。もちろんそれは、シノトのそれをノスタルジアと同じような目で見ていた他の者にまで向けられている。
「君ら血気盛んすぎるよ。・・・・・・わかった、しばらくやってみるからよく見ててね。」
何を思いついたのか、そう言うとシノトはまた木の棒を宙に投げ始めた。形も不揃いな木の棒はシノトの右手を離れたあと吸い込まれるように左手に渡り、しかも最初は三本だったのが次第に四本、五本となっていき。ある時点で一本消えたかと思えばその一本はシノトの額の上で器用に立ち上がっており、見ていれば次々にその棒の上に新しい棒が立ち上がっていき、グラグラと揺れながらも倒れないその棒の数が五に達した時、シノトは手の動きを止め素早く身を引く。上に向けられた手のひらに五本の木の棒が収まった時、シノトはひとつ大きく頭を下げると周りに居たみんなの表情を見た。
「・・・・・・で?」
「でって言われても困るなあ。なんか感想とか、感動したとかないの?」
「それは確かに器用だとは思いますけど、本当にそれだけで特別意味のある行動には見えません。実際に、それをすることで生き物を簡単に殺せるようになるわけでもないでしょうし、本当に何のためにやったんですか?」
心底不思議そうにそう言われるシノトだったが、そんな顔をしたいのはシノトも一緒だった。思ったような結果が得られなかったのか、情けなさそうな顔のシノトは手のひらに乗っかった木の棒を眺めながら、反対のてに持った棒で頭を掻く。
「おっかしいなあ。前にシェルさんに見せたときは面白がってくれたんだけど、普通文化の違いでここまで反応が変わるものなの?」
「僕に言われても。」
シノトの言葉に、カレジも困っていたようだった。
「リクツ様、街が見えてきましたよ。地図の通りならあそこから先は我々の国ですが。」
ワイバーンの上に乗ったシーラが言うように、シノト達の視界の先にはソーン国とニイド国の境に位置した大きな街が聳えていた。ただ境にあるとは言っても、そこはニイド国の専有地・・・・・・つまり金人の街となってしまっていることは、街へ入るために列を作る人たちを見れば容易に検討がつく。とはいえ国境付近とは言えそこには柵のような隔たりがあるわけでもない。そのため、街を通らないでソーン国へ入ることもできるには出来るのだが―――――――あたりの見晴らしの良い地形が、見つからずにそこを渡ることが難しいことを教えてくれていた。
「見晴らしがいいね、随分と。迂回したいところだけど、俺もニイド国軍よりも早く向こうにつきたいし、さてどうするか――――――じゃあこういうことにしてみようか。ここらで新しい話も聞きたかったし、そのついでにね。」
シノトはそう言うと、一つの提案をみんなに告げた。




