第二十六話
「いやあ、君がうわさに名高いタニシール君か!仕上がりの速さと仕事のこだわりに関してかなり優秀だと聞いていたが、もしかしてまだ成人もしていないのではないか?」
その部屋の中では、その雰囲気とは真逆の和気藹々とした会話が続いていた。話し手は、金色に輝く髪を綺麗に寝かせた身なりのいい老人と、もう一人は肩のところで髪を揃えている若い男性だ。老人の言葉に、若い男性は笑いながら首を振る。
「まだまだ先達の方々には及びませんよ。経験も、成人してからでしたのでまだ一年ほどしか積んでおりませんし、学ばなくてはならないこともたくさんあります。それでもこうして自分で仕事場を確保していられるのも、私を応援してくださっている方々がいらっしゃるおかげで、その方々には感謝の言葉もありませんがね。」
「一年か・・・・・・となると、今年でもう十七か?十分に若いではないか、やはり才能というものが成せる技なのだろうな?」
「教えられたことに、自分なりに少し工夫を凝らしているだけですよ。」
若者が再び謙遜を口にすると、老人は唸って若者をじっと見つめた。その目は先ほどまでのどこにでもいそうな朗らかさ漂う老人の目から、いつの間にか獲物を品定めする鷹のような鋭さを宿す物へと変貌している。だがそんな年季の入った眼光にも、若者はうろたえることなく笑顔を崩すこともなかった。
「・・・・・・ううむ、本当に優秀だな。この街の調師が軒並み店仕舞いしたというのもうなずける話だ。これなら後ろ盾も引く手あまたなのではないか?」
「ええ、既に多くの皆様に応援してもらってます。どの方もすごい方々ばかりで、ちょっと日ごろ仕事する際にそのことを意識すると肩に力が入っちゃうんですよね。その度に自分の未熟さを痛感していますよ。」
老人はその言葉に唸る。老人の長年の感からしても、今目の前にいるのは長い年月を得てあらゆることを経験した商会の長か、またはその方面に全く知識のない馬鹿のどちらかであることは確かだった。しかし彼のこれまでの成功を考えれば、誰もが前者であると証言するだろう。・・・・・・老人は一旦この場で考えを改めるため、別の方面から揺さぶりをかけてみることにした。
「ところでどうかね、君の仕事ぶりを是非とも拝見させてもらえたりというのは。おそらく儂が君の店に投資する額は、おそらく既に君のところに投資したであろう者達の中でも五本の指に入るぐらいの額にはなろう。だが君が儂の望みを聞いてくれるのであれば・・・・・・・その額を二倍に増やしてやろう。」
「ありがたいお言葉ですが、何があっても仕事現場を見せるわけにはいきません。たとえ額が五倍以上になっても、それだけは。」
即答だった。老人が言葉の意味を理解するころには、既に若者が老人に己の後頭部を晒しているところだった。ほとんど反射的な動きとも取れるそれに、老人は一瞬あっけにとられ、次の瞬間には高笑いをしていた。
「ハハハ、早すぎて無礼を怒鳴ってやる暇もなかったわい!だがタニシール君、君は自分を支援してくれとる恩人の願いを跳ね除けることが、どれだけ無礼なことであるかわかっているのか?」
「重々承知であります。ですが万一私の技術が漏れた場合、それは私を支援してくださった皆様の損害にもなりえます。」
「君の支援者が情報を漏らすとでも?安くない金をもらっているのであろう?」
老人の目は笑っていない。若者には見えていないだろうが、この一瞬老人は若者が感情を見せることを期待していた。若者はその年にしてはこれまでで既に成功といっても良い結果を出してきた、そしてそれは彼に自信を植え付け、それは慢心とて同様だ。老人は、若者が自分と己、どちらが上かちゃんとわきまえているかを図っていた。
「はい、ですからこうして頭を下げているのです。私は駆け出しですが、それても商人です。商人の頭が軽くないことぐらい、あなたほどの方ならよく理解されているはずです。」
若者は頭を上げなかった。老人はもう二、三言言ってやろうと口を開くが、不覚にもそこで自分がどれだけこれに時間を費やしていたのかにやっと気づいた。老人の目の端に映った時を告げる道具は、老人の予定していた時間を既に大幅に上回っている。このあとには何もなかったはずだが、老人はこれだけ煽ったにも関わらず感情を表に出さなかった若者のことを、とりあえずは認めたようだ。
「君の気持ちはわかったよ、私も君をからかいすぎたようだ。・・・・・・私の望みを変えようか。たしか君は父親が兵士をしていて、親族に調師がいなかったから一から事業を始めるために、住んでいた街で弟子入りから始めたそうだな。なぜそこまでしてこの仕事がしたかったんだ?」
その時老人の目には、持ち上がった若者の目の奥にちらりと何かが燃えるのが写った。それは老人との対話で若者が初めて見せた、激情の片鱗だ。顔に張り付いたような笑顔の奥に、こんなものがあるのかと老人は心の内で感心していた。
「そこまで調べられたのなら既にご存知でしょうが、私の父親は先の戦争で命を落としました。私の父親だけではありません、皆が皆、あの戦争で大切な人を失いました。」
老人はその言葉に自らも頷いた。彼は多くの家族を養っていたが、若者の父親と同じ理由で実の息子と、それに親戚を何人かも失ったあとだった。今でも息子の夢を見る老人は、ほとんど孫とも言える目の前の若者に少し親近感を抱いた。
「私には許せませんでした。私達から大切なものを奪って、未だにのうのうと生きている奴らが。それだけならともかく、奴らは未だに罪もない人間を苦しめています。私は剣をとって奴らに正義の裁きを下したいと思いました。」
「なるほど、話の先がわかったぞ。そういう経緯で剣を振り始めてみたはいいが、君のその体格じゃあ満足に戦うことはできなかったのだろうな。おまけに相手するはずの黒髪どもは、女でも我らの成人男性と同等の力が出せると来たもんだ。男ならサシではとても適わないものな。訓練段階で邪魔になると判断されて、はじかれたのか。」
「――――――残念ながら、その通りです。私は一旦家に戻り、母親が経営していた宿屋の手伝いをしました。でも店の手伝いをしながら、奴らに正しい罰を与える方法を探し続けていたんです。それも力を必要としない、私なりの方法を。」
若者の拳は、怒りが表に現れたためか強く握り締められ、それでも抑えられず小刻みに揺れていた。あれだけ己の感情を隠せる若者がこれだけ怒りをあらわにするのか、と老人は思う。理由はあるだろう、肉親を殺された怒り、悲しみ。そして若者故にまだひときわ強い、正義感。この男が本当にまだ若いのだと、老人は改めて感じていた。
「それでこの仕事をしようと思ったのか。街で知り合った調師に弟子入りし、そこで才能を見込まれた君はそこから離れたこの地で、店を構えるだけの資金を借り受けて。」
「この仕事は実に私の性格と相性が良かったようで、やることなすこと師匠に支持された以上の成果を上げることができました。まさに天職というやつですね、神様もきっと私がこの仕事につくのを望んでいたんでしょう。そして一人立ちして今に至るというわけです。」
老人は若者と似てはいるが同じ職ではないし、若者とは今の職業に就いた経緯もまるで違っていた。だから全てを理解できはしないし、そもそも他人を理解することは不可能だと老人は昔から思っている。
――――――だが、それでも老人にとって若者はこの時、この上なく輝いて見える存在へと変わっていた。正義の為に努力し、そして正義に己の生涯を委ね、そしてその溢れる才能を発揮している。同業者ではないが、老人はこの時己がこの若者の商売の手助けができることを心より喜んでいた。同業者であれば、彼と同業者であることを心から誇り、そして彼の歩む道を妨げまいと自ら道を譲っていたであろう。顔には出さないが、老人はこの日この時間が無駄ではなかったことを痛感した。
「実に素晴らしい!君のような人として立派な人間は、我が国にとっても宝のようなものだ!君に投資する機会を得られて私も嬉しいよ、これからも精進してくれ。」
「ありがとうございます。その言葉、しかと心に刻みつけました。」
老人のその言葉を受け、若者は人知れず緊張を解いていた。目の前の老人にそれを悟らせないこと、老人からすれば流石というべきだが老人もそのことには気づいていない。会話は何気なく、そのまま続く。
「しかし黒髪共は、自分達の残虐性を後悔する日が来るとは夢にも思ってなかったろうな。全くいい気味だ、わっはっはっは!」
「あははは。」
「わっはっはっは・・・・・・・おっと。」
突然響いたその声はたしかに短かったが、天井を這うねずみが出した音でないことは明確だった。そして、何よりもその場にいた二人に緊張を走らせるほどにはっきりとした存在感を示す。本来その場にいないはずの、第三者の声――――――若者が叫び声を上げるよりも早く、それは天井を割ってその部屋に舞い降りる。外の夜に紛れるために身につけているのか、真っ黒なコートをはためかせたそれはあっという間に老人を押さえつけると、もしかして親しみやすさでも感じて欲しいのか、若者に向かって笑顔を向けた。
「どーもこんばんは、みなさん嫌いな黒髪共です。残虐ですみませんね。」
その笑顔を見て若者は悟った。今ここで叫んでも、おそらく外に控えていたであろう老人の護衛は誰もやってこないであろうと。剣が使えなくても、鍛錬だけは積んでおけばよかったと今更後悔しながら、若者はその乱入者に向かって歯ぎしりすることしかできなかった。




