第二十五話
ある街に、これまたある男がいました。男は大層真面目な性格で、頭も良く仕事も熱心であり、そして仕事の稼ぎもいいことから友人が多く、街に住む人の一部からはたいへん高い信頼を得ていました。
「タニシール、新しいのを仕入れておいたぞ!生きのいい奴だ、お前も仕事の腕が鳴るぞ、きっと!」
男の名前はタニシールと言いました。ある日タニシールはそう言われると、笑顔で感謝の言葉を述べます。タニシールの仕事はお金にもなりますが、それよりも何よりも世の中のため、人のためになる仕事と言われ、タニシールはそういった理由で自分の仕事に誇りを持っていました。タニシールは今日も心地よい朝を迎えると、意気揚々と仕事に向かいます。
「タニシール、今から仕事かい?よかったらこれ、食べておくれよ。精が出るよ。」
「タニシールさん、帰りもここによっていってね。」
道を通ると、タニシールはいつもそこで店を出している親子に出会いました。店主らしい女将さんが、挨拶早々タニシールに食べ物をおごっているのを見ても、タニシールの人望の大きさというものが伺えますね。女将さんに礼を言いながら渡されたものを受け取ると、タニシールは目の前に現れたその店の看板娘の頭を撫でてあげます。タニシールに頭を撫でられて気持ちようさそうに目を瞑る少女、写真に収めたくなるくらい微笑ましい光景ですね。
「おはようございます、今日も朝からお仕事ご苦労様です。どうですか、商売の方は。」
「順調・・・・・・と言いたいんだけどねえ。今朝もあったらしいよ、黒髪の襲撃。小隊が二つくらい行方知れずとさ、うちの組合は大丈夫だったけどあの種族は相変わらずのクソゲス野郎どもだね。」
女将さんが今日初めて見せた表情に、タニシールも言葉を濁しました。しかし、そんなタニシールを不安そうな表情で見上げる少女を見て、タニシールは慌てて笑顔を作り、少女に笑ってみせます。
「大丈夫だよ、悪いことをすればその報いを受けるのは当然だろ?そいつらも、いまにそんな言葉を思い出す日が来るだろうさ。」
他人の不安を見透かしてタニシールがとった行動は、少女に安心と安らぎを与えることを成功させました。その顔に笑顔を咲かせると、少女はタニシールから離れて女将さんの後ろに隠れるように移動します。体を半分だけ出してタニシールの様子を伺う少女を見て、女将さんは少女の頭を撫でてあげました。
「この子もすっかりあんたに懐いたねえ。人見知りなんだが、これもあんたの雰囲気が人をひきつけるからかね。あんたの商売も成功するわけだ。」
「謙遜が過ぎますよ、私はまだ商人となって日が短いですし、うまくいっているのはただ単に運が良いだけです。さあ、早く仕事場に行って精進しなければ。」
タニシールはそう言うと、手を振って別れを告げその場を離れます。女将さんと看板娘もそれに応えるためしばらく手を振っていましたが、やがてタニシールの姿が見えなくなるといつもの日常に戻っていきました。
さて、タニシールは自分の仕事場につきました。朝から同居人に言われた通りなら、彼には休んでいる暇はありません。早速仕事に取り掛からねば、先程会った親子が店を閉じるまでに帰路に着くことはできないでしょう。タニシールは早速仕事ばに入ろうとして、そこで近くでなにやら揉め事でも起こっているのでしょう、誰かの怒声を聞きました。タニシールは真面目な性格です、自分の仕事は後にして物音のあった方向に走り出します。
「何をしているんだ!喧嘩はよさないか!」
「おう、タニシールじゃねえか。いや喧嘩なんかじゃねえよ、ちょっと揉め事になっちまってな。」
「それを喧嘩というんだ!」
タニシールが行き着いた先には、タニシールを見て握った拳を隠そうとする男と、腫れた右頬を手で押さえながらわなわなと震える神経質そうな男がいました。争った跡らしき形式はタニシールに見える範囲で地面に散らばる紙だけでしたが、どうやら男がもうひとりの男を殴って、その拍子にもうひとりの男が手に持っていた紙が散らばったようです。タニシールはとりあえず始めに地面に散らばった紙を集めながら、男をじっと睨みつけます。
「それで、何があったんだ?」
「俺は悪くないんだタニシール。俺だってさっきまで朝の空気を吸って、心身ともに清々しさでいっぱいだったさ。でも家を出てふと横を見たら、コイツが勝手に俺の家に紙をぺたぺたと張り付けてやがるのよ。やめろって言ったんだけどこいつは無視しやがってよ、頭にきたから一発殴ったらお前がやってきたんだ。」
慌てた様子で弁解する男ですが、タニシールは彼とも付き合いが有り、彼が本当に悪いと思っていれば素直に謝る性格であることは充分に分かっていました。それに話を聞いた限りだと、どうやら殴られた方の男が褒められない行動をしたようにタニシールは思いました。
「・・・・・・って言ってますがそちらの方、一体何があったのか教えてくれますか?」
タニシールはとりあえず殴られた男の話を聞くことにしました。もちろん、殴った男と付き合いのあるタニシールは、彼が嘘を言わない性格だということも分かっています。しかし面識がないからといって、殴られた男を疑うわけにもいきません。男が未だにわなわなと震えていることから、もしかして先に医者に見せたほうが良いだろうか、そうタニシールが迷い始めたとき、わなわなと震えていた男の震えは止まり、ようやくその口から言葉が発せられました。
「・・・・・・お前たち、俺が落とした紙がなんなのかわかってないな?」
確かにそういったように聞こえたタニシールは、慌てて手に持った紙の一枚を見ました。紙には黒い髪と黒い目をした男が描かれており、その下にはそこに書かれる経緯となった罪状が記されています。そうです、男が持っていたのは大量の指名手配書でした。
「ええと、なになに?国王様の暗殺未遂と城の一部損壊の罪により、上のものを指名手配とする?珍しいな、黒髪どもの指名手配なんて。しかも国王様直々にか。」
「どうだ分かっただろう?俺は国王様のご命令を広く国に広めなければならない指名があるんだ、それを妨害するお前は国の反逆者だ。分かったら今すぐ謝るなり侘びの品を持ってくるなり、俺のご機嫌をとることだな!」
顔を上げた男は見るからに、それはもう凄い剣幕でした。仮にもし彼が言ったことを実行したとして彼の機嫌が良くなるかはこのさいさておき、タニシールはこれで男が役人職についているということを理解しました。こういってはなんですが、自分からわざわざ賄賂が有効だと言ってくるあたり、または他の人間を下に見るあたり、よく御伽噺に出てくる安っぽい悪役だなあと場違いながらタニシールは思いました。
「おいタニシール。お前は何も見てねえし、今日も仕事場まで真っ直ぐに行ってこの場にはそもそもいなかった。そうだな?」
「いきなり何を言い出すのさ。」
「なに、そこの精神年齢八歳から八年分の記憶を消し飛ばしてやろうとしているだけだ。」
唸るように歯を食いしばっている男を見て、タニシールは男が直情的なやつだったことを思い出しました。彼との付き合いの中でもわずかですが、タニシールは確かに彼が後先考えずに行動したことがある事を知っています。そんな彼の表情からうかがい知れるものでもあったのでしょう、役人職についているらしい男は慌てたように言葉を並べます。
「ま、まて!貴様もしかしてまた私を殴る気か?!そんなことをすれば黙ってないぞ、お前の家に兵士たちを送り込んでやる!逃げたところでお前はお尋ね者、いわば国を敵に回すことになるんだぞ!許してやると言っているのだ、その申し出を涙ながらに感謝しながら受け取らぬか!」
「止めるなよタニシール。お前も知っているだろ、俺はこういう偉ぶった奴が嫌いなんだ。たとえ実際に力があったとしても、こんな他人に敬意を払えないやつの根性は俺が叩き直してやる。」
男が腕まくりをすると、服の下から逞しい腕があらわになりました。その行動の意味を知った役人風の男は顔をさらに青く染めますが、男は知ったことではないと強く拳を握り締めます。静かに近づく側と慄いて後ずさる側、まさに一触即発といったところです。しかしタニシールには、もしこのまま事が進めば両者ともに益がないことを分かっていました。
「まあまあ落ち着けよ、そんなに急かすことはないだろ?役人さんも、僕たちが憎むべき真の敵を忘れて彼のようなものを敵に回そうとするなんて、馬鹿げたことだと思いませんか?」
「突然何をぬかしやがるタニシール。少なくとも俺にとって今コイツは俺の敵だぜ。」
「そ、そうだ!国王様のご命令に反しようとするもの以上に、一体何が敵になるというのだ!まさか私を謀ろうとする気ではないだろうな?!」
少なくとも、そこにいる二人の男にはタニシールの言わんとしていることが理解できないようです。タニシールは二人の注意が自分に集まったのを確認して、一旦争いが回避できたと内心安堵しつつも、こんな簡単なことも思い当たらないのかと呆れつつ二人の目の前に手に持った紙を突き出しました。そう、役人らしき男が持っていたあの指名手配書です。
「二人とも、こんな簡単なことも忘れるなんて頭に血が上りすぎですよ?僕たちがいま団結して立ち向かうべき敵、こんなにわかりやすく書いてあるじゃないですか。」
二人の男はもうすっかりタニシールの言葉に聞き入っていました。タニシールの言葉にはそれが正しいと知っている故の自信があり、またそれが誇りでもあるのか力強さがみなぎっています。その姿は、まるで誰もが学ぶような偉大な政治家の姿を彷彿とさせるものでした。
「お役人さん、今朝聞きましたよ。また商隊が襲われたって、あの話は本当ですか?」
「あ、ああ。傭兵を雇った商隊を襲おうとするなんて奴らぐらいのものだ、間違いないだろう。そもそも我ら側のものにそんなことをする奴らはいないしな。」
「聞いたかい?罪もない人たちが今日もこうして襲われているんだ、これを黙って見逃しておいて僕らに隣人をどうやって裁けっていうんだ?違うだろ、僕らが裁くべき真の敵は一体どこにいる?」
「・・・・・・お前の言いたいことはわかったよ。」
タニシールの言葉を聞いて、男はすっかりその目に冷静さを取り戻していました。握った拳をジッと見つめ、その先に浮かぶ光景に更に拳を固くする姿にタニシールは満足したのか頷きます。
「俺は間違ってたぜ、こんなところでもめている場合じゃねえ。そうだ、そもそもそいつが手配されることがなけりゃあ、こんな胸糞悪い思いなんてすることはなかったんだ。」
「近いうちに、奴らの国に最後の鉄槌を下すため、首都から遠征してきた軍がこの近くを通るらしい。その熱意を見せたら入れてもらえるかも知れないよ?」
「こうしちゃいられねえ、今すぐに剣を振らなきゃな!」
男はいてもたってもいられず、急いで家の中へと戻って行きました。男はどう見ても喧嘩をしようとする様子ではありませんでしたし、タニシールの出番はここで終わりです。タニシールを楽しい仕事が待っていることでしょう。
「ま、まってくれ。タニシール君と言ったな、君は一体何をやっているんだ?」
おっと、役人らしき男がやっと口を開いたかと思ったらタニシールの職業を聞いてきました。自分の仕事が誇らしいタニシールは、胸を張って自分の仕事を答えています。
「調師ですよ、お役人さん。もし御用があれば、是非いらしてくださいね。」
「・・・・・・君の正義感の理由がわかったよ。役人に誘おうと思ったんだが、とんだおせっかいだったな。頑張ってくれよ。」
そう言うと、なんと役人らしき男は頭を下げてその場を去って行きました。これにはタニシールもびっくり、思わず動きを止めます。ですがすぐ後、結局は仕事を思い出して急いでその場を去っていくのですね。さあ、邪魔はもういなくなりました。タニシールの仕事が今日も始まります。
暗い、湿ったそこは例に漏れずどこかの地下のようだった。外から指す日の光は一切なく、光源は唯一小さく揺れるロウソクが一本だけ。そして男――――――タニシールは、そのロウソクを持って足の音を響かせていた。
「今日の仕事は一人だけか。この仕事はなかなか、羽振りもいいし胸を張れる仕事なんだけど――――――どうにも仕事量が相手によって変わるってのが唯一の欠点だよな。」
タニシールは歩きながらそんなことをひとりごちる。だが実際、タニシールの仕事はそれ以外にも手際と駆け引きがうまいほど時間も道具も浪費しなくて済むのだが、自分の腕に自信がもてないままのタニシールはそんなことを自分に言い聞かせるように言っていた。
「さて、今日のお仕事は・・・・・・おっと、これか。結構運び込まれてから時間が経っていると思うんだけどな、よくこの音の中でそんな目をしていられるね。」
やがてタニシールがある部屋にたどり着くと、その中の物を見てタニシールは呆れ半分、物珍しさ半分のため息をついた。その部屋の中は暗く、タニシールが入ってくるまでは明かりなど一切なかったのだろう。おまけにその部屋にあちこちから流れてくる音は、タニシールの『仕事の成果』だ。暗い中、その音を聞いていただけで仕事が終わっていたということもままあったタニシールは、実はその仕事では優秀な方なのかも知れない。
「まあいいや、その目がいつまでもつものか・・・・・・夕方には多分帰るけどね。」
そう言って、タニシールは扉を閉じる。開いた時と違い、そのサビつきを主張するように閉じていく扉は、不敵に笑うタニシールと――――――鎖に繋がれた少女を部屋に残して、完全に閉じきってしまった。




