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狂ったリクツの絶対正義  作者: 狂える
二章 狂人は新しい夢を見た
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第二十三話

その館は、娘にとって故郷といってもよい場所でした。街にも近く適度に植物に囲まれ、それでいて虫除けの植物のおかげで娘は苦手な虫をなるべく見ることなく、窓を開けていても虫の入る心配のない、娘にとって居心地のいい安寧の地。娘は無意識のうちにでしたが、その家は永遠にそこにあるものだと、ずっと思い込んでいました。


「そんな、どうして・・・・・・。」


周辺の地形、そこから見える眺め、植わっているはずの植物の配置。そこは娘の記憶上、確かにそこには娘の見知った建物が建っているはずだったのです。ところがどうだろう、いま娘が見ている光景は。娘の目には、見知らぬ建物がまるで娘を拒絶するかのようにそこに鎮座していました。


娘は揺られるように、おぼつかない足取りでその建物へと向かいます。世界がくるくる回って、まるで現状が理解できていない娘は、それでも何かをせずにはいられません。だからこそ、建物の前に立つ見張りをしているらしい男に話しかけました。


「あの、この建物は一体?」


「失礼ながら、お名前をお伺いします。」


「―――――――――。」


娘は言われたとおり、素直に自分の名前を言いました。しかし、今しがた出てきた男の名前を言うのは我慢ならず、旧姓を名乗ったのです。結果的にそうしたことが、娘に簡潔に自体の程を娘に教えてくれることになるのでした。


「なんと、―――――――家の方でしたか。」


娘はその言葉で、その男が自分の家とその家族を知っているのだと思い安堵しました。そうなれば話は簡単です、いま娘の目の前にあるこの建物は娘の父親がこの一年以内に立て替えた建物なのでしょう。その男たちが娘の名前を聞いて驚いたことにも納得がいきます。


娘は自分の抱いた不安がぬぐい去られたことに安堵し、しかし男に無様な姿を晒すことは娘の誇りが許さず、結果として悠然とした態度で男の脇を通り過ぎようとしました。娘の考えが正しければ、男は何も言わず娘を通しているはずです。冷静に考えれば必ずしもそうだとは言い切れない理屈ですが、娘は無意識のうちにそうであってほしいと、いやそうでなければならないと自分に言い聞かせていました。――――――だからこそ、男が娘の行く手を阻んだとき娘は叫びにも似た金切り声を上げていました。


「なぜ邪魔をするのですか!」


「落ち着いてください。半年ほど前まで、確かにあなた様の館が建っていたことは私も存じ上げています。有名な話でしたから。」


有名な話、といった男の言葉が娘の頭を急速に冷やしていました。もはやこの地で何かが起こったのは明確なこと、娘はいやがおうでもそれを理解しなくてはなりませんでした。娘はすぐにでも聞き出したかったのですが、心を落ち着けようとゆっくりと息を吐き、男もそれを静かに見守ります。やがて、準備の整った娘は男としっかり視線を結びました。


「じゃあ話して頂戴。私がいなかったこの一年間、ここで一体何があったのかを。」


「・・・・・・この館は半年ほど前、王命によりここら一帯の土地を譲り受けた貴族様が建てられた物です。」


「嘘よ!なんで国王様が!」


娘は口でこそ叫びはしましたが、頭の中は冷静でした。国王様といえど、人の領土や財産は勝手に盗ることはできないと娘は知っていたからです。だからそれなりの理由があるのだろう、頭の中ではそう理解しておりましたが、精神負荷がかなりのところまで来ていた娘が叫んだのは、防衛反応にも似た理由があったのでしょう。


「落ち着かれてください。他のものが来ると、国で手配されているあなた様を私は捕らえなければなりません。心中察します、ですが今はどうぞご辛抱ください。」


「私が手配?なんで、なんでそんなことになっているの?」


「あなた様だけではありません。あなた様のお父上がなされていた商事に関わった主要な人物、そしてあなた様のご家族、その全てにです。」


もう娘にはわかっていました。それが何を指しているのかを。分かっているのならば聞いても同じかもしれません、ですが娘はそれを受け入れることができないのか、心の中では耳を塞ぎながらもその理由を目の前の男から聞き出そうとしていました。きっと思い違い、娘の考えがもし外れているのならまだ何とでもやり直せる。そう信じて、いや娘がもうまともでいたいなら、そう信じるしかなかったのです。


「あなたのお父上は、手を出してはいけない物に手を出していたようです。違法取引ですよ、それも物が物で中毒性のある食べ物だとか、口にした物が最後は狂って死ぬようなものです。残念ながら、処刑はもう半年も前に――――――。」


娘はその言葉を最後まで聞くことなく、真っ暗闇の中に落ちていきました。











「それからは地獄のような日々でした。日々追っ手から逃れながら、私はその男と一緒に各地を転々とする日々を過ごしました。食べるのもは男が持ってきてくれましたが、日陰から日向を見る生活はもう惨めで惨めで・・・・・・何度も死のうと思いました。」


女性の話を、シノトはじっと黙って聞いていた。難しい表情で考え込むその姿は、女性が本来持っていた黒人への考えを改めるほど静かで、落ち着き払っている。最初話を最後まで聞いてくれない可能性が頭によぎっていた女性にとって、それはこの上なく幸運なことだった。


女性がひと呼吸おいて話を再開させようとすると、そこで初めてシノトが質問を発した。女性は緊張で体を固くしたが、それはすぐに杞憂だとわかった。


「お話に出てきたご友人は助けてくれなかったのですか?」


「残念ながら。彼らもはじめは私を助けようと招き入れましたが、きっと手配書の額が多かったんでしょうね。彼らは友情よりもお金を選びましたよ、私達が逃げられたのは奇跡でした。」


女性がそう言ってほろろと涙を流すと、シノトはまた考え込むように黙り込んでしまった。女性はしばらく涙を流していたが、シノトがこちらをちらりとも見ないのを確かめると、また思い出すようにつぶやく。


「私は死ぬ前に、本当は何があったのか知りたかったのです。どうしてお父様が、捕まるようなことになってしまったのか、その理由が。確かにお父様は国に禁止されたものを売買していたようですが、バレたのには理由があると思ったのです。」


「ほうほう、それで?」


「――――――全て、この男のせいでした。」


女性はそう言うと、部屋に居た最後の一人を指さした。磔にされていた男は、その凄惨な姿には似つかわしくないほど元気だったため、途中から女性に猿轡を噛まされていた。それでも元気に何かを言おうとする姿は未だに衰えていない。女性は男を一瞥したが、何も言わずまたシノトのほうを向いた。


「この男は、私を貰う引換にお父様からもらったお金では満足せず、お父様と合同で事業を始めました。そこで取引されていた物がお父様が捕まる原因になった、中毒性のある物質の取引だったのです。ある程度それでお金がたまったのを見計らったこいつは、今度は国にお父様達を売ったわ。結局、こいつの手元には事業で手に入ったお金と、密告の褒美として処刑されたみんなの財産が転がり込んだ。」


「合同でやったんでしょ?その人も処罰の対象だと思うけど。」


「これでもコイツは、この国でも有数の家柄の者です。伝統やらなんやらと意味のわからない理由で、コイツの罪はうやむやにされました。この場合は罪をなすりつけることができる相手がいたのですから、普通よりももみ消しは楽だったでしょうね。」


女性が吐き捨てるようにそう言うと、男が激しく反論するように暴れ始めた。シノトは暴れる彼をじっと見ていたが、やがて男の立てる音がさざ波のように静かになっていくと、女性はまた話し始める。


「私は決意しました、この男に復讐すると。そのために今日まで策を練り、今晩こうやってやっと再会を果たしたところです。どうです、私を見逃してくれませんか?」


「・・・・・・なんとなく全部聞いちゃったけど、まあそれは置いといて。話に出てきた、見張りしてた男の人はどこにいるんですか?」


「あの男なら死にましたわ、つい数日前に。矢の当たり所が悪かったんでしょうね。死体なら多分そう遠くないどこかにあると思いますけど、見てみます?」


「ええ・・・・・・え?」


シノトは思わず頷いて、遅れてその言葉の意味を飲み込んでから女性の顔を見た。きょとんとしたその顔に違和感はなく、まるでシノトがなぜ驚いたのか理解していないようにシノトを見つめ返す。


「見てみますって、見えるところに置いてあるんですか?」


「それはもちろん、刻んで食べるわけにもいかないでしょう?しばらく放っておいたんですが、変な匂いがし始めたんでそこからは離れましたわ。」


女性の言葉が当たり前のようにそう言うのを聞いて、しばらくシノトは絶句していた。シノトはこの世界のことを何も知らないが、土葬や火葬があることは知っていた。だからこそ自分が殺した生き物は全て埋めてきたのだが、話を聞いた限りシノトは男とこの女性がただならぬ関係であったと想像していただけに、その告白は衝撃だった。もちろん、シノト自身他人にとやかく言う気はなかったし、送別の仕方も人それぞれだろうとは思っていたが――――――。


「ところで、その男の方とはどういった間柄で?」


「よくわかりませんわ。倒れ込んだ私を介抱してくれたあとから、ずっと私の世話をしてくれましたけど、会ってから死ぬ時までの三年間、どうしてそんなことをしたのか、ついぞ教えてくれませんでしたわ。」


シノトは何も言わなかったが、心の中で手を合わせることは忘れてはいなかった。


どこかで打ち捨てられている彼の死体を見つけたら、いやそれはダメか。彼だって、きっと埋めてくれる相手ぐらい選んだってバチは当たらないはずだ。


「えっと、見逃してくれませんか?」


「見逃すもなにも・・・・・・まあいいや。俺が質問するので、それに答えたらそれでいいですよ。もちろん、質問の答えで俺がどうこうするか変わるわけではないのでご心配なく。」


シノトはなるべく親しみを込めてそう言ったが、女性は何を思ったのか若干シノトへの警戒を強めた。相変わらず磔にされている男は何かを訴えんともがいているが、二人とも気にとめない。


「答えられるものなら答えますけど・・・・・・。」


「まあ聞いてみないとわかりませんよね。では質問ですが――――――平和って、なんですか?」


その唐突な質問に、今度は女性が絶句する番だった。緊張で乾いた口で息を呑み、もしかして続きがあるのではないかと女性はシノトの次の言葉を待つ。だが、そんな女性の様子を見て答えを諦めたのか、シノトはおもむろに立ち上がった。


「夜分遅くにおじゃましましたね。では俺はこれで――――――。」


「待ってください!平和の意味ですよね、ちょっと待ってください!」


シノトがいざ小屋を出ようと立ち上がったところで、女性はその行動に待ったをかけていた。半ば腰を持ちあげんとした姿勢で固まったシノトを前にして、女性はじっと考え込んだまま動かなくなる。シノトはしばらく、隣でなにかわめいている男の声を背景に考える女性を待った。


「・・・・・・戦争状態の反語だから、誰も争わなくなった状態・・・・・・だと思いますけど、違いますか?」


「あなたが、本当にそう思っているのなら。」


シノトがそう重ねて言うと、女性は少し考えたがやがてその頭をたれた。シノトはもう用は済んだとばかりに小屋の戸に手をかけ、そこでその女性に、ひとつ思ったことを口にする。シノトの目には、その時やけに肩透かしを食ったような女性の顔が印象的だった。


「話に出てきた男の人、埋めてあげてくださいね。きっと彼も喜びますよ。」


「ええ、そうですね。明るくなったら探してやろうと思います。」


「それと――――――」


シノトはいいかけて、まずは磔になっている男を、次にシノトが完全に出ていくものと思って、こちらに最後の愛想笑いをしている女性を見た。シノトはこの世界の法は知らない、シノトは二人の良し悪しを判別するに値する知識を持ち合わせていない。もし彼らを裁けたとしても、結論単なる個人的な判断で誰かを裁こうなどと、シノトは思うことはないだろう。だから、シノトは女性に笑顔でこういうのだ。


「・・・・・・報いを受ける日が来るといいですね。」


「はあ、報いなら既に受けていると思いますが。」


完全には理解してはいないであろうその女性の顔を最後に、その後シノトは真っ赤な小屋の中を見ることはなかった。











「ワイバーン。」


シノトは相変わらず歩いていた。隣にワイバーンを引き連れて。さんざん待たされたにも関わらず、ワイバーンは文句も言わずにシノトについていっていた。まだ夜は明けそうになく、シノトは言葉を続ける。


「報いって、あるのかな?」


シノトはさきほど、女性に向かってほとんど自分が何を言っているのか、自覚のないまま言葉を滑らせていた。涼やかな夜の風がシノトの頭を冷やしたのか、シノトは今更になって自分の言葉に疑問を抱く。だがそれは無知ゆえの考えではなく、懐疑的な色合いが強かった。


「あるんだったら、俺はどんな罰を受けるんだろうね。」


シノトは、返事をしない仲間にまた答えを求めた。ワイバーンはゆっくりとシノトについていくが、シノトとは目も合わせない。そんな姿に少し期待していたシノトは、何も映らない空を見上げてこの空の下のどこかに放置された、報われない男に思いを馳せていた。


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