第二十二話
昔ある所に、いつも夢見がちな商人の一人娘がおりました。窓辺でまどろむのが好きな彼女は、事あるごとにいつもこういっておりました。
「ああ、貴族の殿方と結婚したいわ。そしていつか貴族の一員になって、国王様の開く舞踏会で優雅な話に花を咲かせたいわ。」
娘の家は大変裕福でした。大きな屋敷を持ち、領主にも引けを取らない土地を自分で持っており、毎日宴を開いて踊って夜を明かす。娘はそれはもう満ち足りた生活を送っており、むしろ娘のそんな願いはそれだけ満ち足りた生活を送ったゆえに生まれたものでした。
「ねえ、あなたは何がしたいの?将来にどんなことを夢見ているの?」
娘は国でも有数の裕福な、子供だけが通う学校に行っておりました。彼女はことあるごとに彼女の友人達に聞いて回ります。どんな理由を持ってそんなことをしたのか、実は娘自身もよくはわかってはいなかったのですが、娘はとにかく自分と親しくなった者にはそんな事を言って回っていました。
「私は、いつか自分でお店を持って、そこで旦那様と子供と末永く暮らしたいです。」
「ふーん、簡単に叶いそうな夢ね。あなたのような夢を持てたら、私も苦労しなかったわ。」
娘はそう言って笑うと、娘のにそう言われた少女も笑い返しました。娘はとても性格が良く、同性しかいないその学校でも大変人気者で、そのためその質問を娘の友人全てに訪ね終えるまでかなり時間がかかりましたが、ようやく娘がすべての友人に訪ね終えると娘はひとつの結論にたどり着きました。
「ああ、全く誰もが誰も、なんて簡単に叶う夢に満足しているのかしら!それに比べて私の夢は難儀だわ、でも叶えることができたらそれはすごい達成感を得ることが出来るでしょうね!」
娘はいよいよ夢への野心を燃やしましたが、これといった行動を取ることもなく機会を待ち続けました。なにせ娘の家がいくらお金を持っていたとしても、身分はそこらの一般人、もっと言えば乞食とも同じ平民であります。貴族という身分は娘であっても、機会を待たずしては接触すらかなわない相手なのでした。
しかしああ、ある日娘に縁談の話が舞い込んできてしまいました。娘にとってそれが破滅の始まりだったとしても、純粋な娘はその申し出に喜び、この世の神の存在を確かに感じたのです。
「まさか貴族様との縁談なんて!まるで無謀だったけど、やっぱり夢は諦めなければ叶うのね!」
娘は舞い上がり、学校の友人や親戚達にこのことを言いふらして回りました。娘の話を聞いた彼らは、口々にお祝いの言葉を述べて娘を祝福します。ますます舞い上がった娘は、まるでこれが現実でないかのような雰囲気に包まれながらも、己を取り巻く賛辞に笑顔で手を振っていきます。娘の気分はもはや最高潮です。
「娘よ、マスタル家はお前との縁談の条件にこれだけのお金を要求してきたんだが――――――」
「お金がなによお父様、夢に比べればそんなもの大したものじゃないわ。私たちが破産しない程度だったら問題ないでしょう?」
娘の父親は難色を示しましたが、娘の幸せそうな姿を見て決意をすると相手側の要求を飲みました。縁談が成立すると、娘は早速結婚相手となるマスタル家のお相手と顔合わせします。
「マスタル家次期当主、グリアース・マスタルです。」
「どうぞよろしくお願いしますわ、旦那様。」
グリアースと名乗った貴族は、見かけこそ娘の好みではなかったが娘にとってそんなことはどうでもよかった。ただ彼が、国の中でも最も由緒ある一族の一人ということだけに興味があった娘は、そのままグリアースと結婚し彼の館に住むことになったのです。
娘は来る日も来る日も、念願である国王主催の舞踏会に出られる日を待ちました。無論、その日のために娘は努力を惜しみません。唯一許された外出先である学校で、先生からは礼儀作法などを、友人達とは円満な会話の進め方を練習しました。娘は結婚したということで、まだ未婚の友人たちにこんな質問をします。
「あなたたち、将来を誓い合うならどんな方と結ばれたいの?」
この頃、なぜか娘が質問をするとその友人たちは話をはぐらかそうとしました。それがわかった娘は面白くありません、なんせそんなものは円満な会話とは言わないのですから。しかし娘の会話力は相手の会話能力がどんなに低かろうとも、円満な会話を実現させることができるようでした。
「わ、私は強い男の人がいいな。私運動できないから。」
「まあ、あなたも珍しいわね。文明が起こる前の基準で相手を選ぼうなんて、奇特すぎると相手が見つかりませんわよ?」
たとえ娘の友人が気分が悪く、その顔が青ざめていようと娘は円満な会話ができました。なにせ淀みない会話で、二人共笑顔なのですから、円満でないはずがありません。気分が良くなった娘はさらに別の友人に同じことを聞きました。
「お金を持っている人・・・・・・ならいいんだけどな。」
「まあまあ、結ばれる気がないならそう言ってくれて構わないのですよ?お金が欲しいなら自分で稼げばいいではありませんか、しかしその遠まわしな言い方はあなたにしては珍しいですわね。」
今日はどういう日なのでしょう、娘の友人二人目も顔を青ざめています。きっと風邪でも流行っているのか、とそう考えた娘は己の洞察力にほくそ笑みました。きっと舞踏会で会話に花を咲かせるときにこの能力も必要になるでしょう。ますます気分が良くなった娘は二人と別れると、別の友人を探します。友人の多い娘は、すぐに別の友人を見つけることができました。大丈夫、相手が青ざめていても娘の会話力なら円満な会話に持っていけるはずです。
「・・・・・・頭がいい人じゃ、ダメかな?」
「何を言いますの。あなたの好みですもの、私がダメかどうか判断するなんておかしいですわ。しかし、頭のいい殿方とはまたそれは一体どうして?お話を楽しむなら催し物でも開いて招けばよろしいですし、ずっと話していられるほどあなたも暇ではないでしょう。」
娘の言葉に、娘の友人は思わず口をつぐんだ。会話の空白がある会話など円満ではない、娘はそう思うとつい顔に力が入りましたが、娘の友人が言いよどんだのが気分が悪いからだと、娘が一層青ざめるのを見て気づいた娘は何も言いませんでした。一方で娘の友人はどこか慌てた様子で答えます。
「将来のことなので、まだ具体的には何も考えていません。」
「具体的なことを考えていなくても、時間は過ぎるものよ?まあ考えすぎて生き遅れないことを願いわ。」
娘は友人たちに一通り聞いて終わると、自分の馬車に乗って屋敷に帰って行きました。娘は窓の外を眺め、いつかその窓から見える巨大な城を想像しながら、友人たちの言葉に思いを馳せました。
「私の周りには私の前例となってくれた人がいないからなぜかと思ってたけど、通りでだわ。まあでも悪い人たちではないし、今度は舞踏会でのお話でも土産に持って帰ってあげましょう。きっと皆さん感動して、泣きながら感謝をしてくるに違いないわ。」
娘の馬車は屋敷へ急ぎます。娘にとっての夢、それが叶うのはもうすぐ先だ、娘はそう確信しておりました。思えば娘にとって、この時が最も幸せな時間だったのかもしれません。
娘は待ちました。一ヶ月目はまだまだと、二ヶ月目はもしかして着物がまだ出来てないのかもしれないと。窓の外を眺めながら半年が経って、もしかしたら一年に一度だけしか舞踏会は開かれないのかと考え、そして一年が経ちました。
「旦那様、いつになったら私を舞踏会に連れて行って下さるのですか?もう一年です、一年が経ちました!まさか今まで開かれなかったとは言わないでしょうね?」
娘はグリアースに食ってかかりました。もうほぼ一年屋敷から出ていないとは言え、娘にも日が昇って沈む回数ぐらいは数えられます。もう我慢の限界だとでもいうかのように娘は凄まじい剣幕でしたが、グリアースは相変わらずなに食わぬ顔で書物を読んでいました。
「寝ぼけたことを言うな。いくら側室だからとは言え、お前のような奴と並んで舞踏会に立てというのか?冗談にしても笑えんな、舞踏会は冗談が通じる場所じゃない。」
「・・・・・・それは、要するに私を舞踏会に立たせる気がないということですか?」
娘の言葉に、グリアースは大きく頷く。未だに書物から目を話そうとしないグリアースに、娘は全身にゾワゾワとした感覚を感じたが、娘は出来るだけ冷静であろうと取り繕う。
「私は知っていますよ、マスタル家は家柄は最上級でもお金がないのでしょう?いいのですか私にそんな事を言って、昨日あなたが食べたものが、今日も食べれるとは限らなくなりますよ?」
「ふん、くだらない事を言うな。私の食べ物くらい私で手に入れる、今までそうじゃなかったことなど一度だってありはせんぞ、もちろんこれからもな。」
グリアースの言葉に堪忍袋の緒が切れたのか、娘は真っ赤になって部屋から出ていこうとする。娘が出ていこうとしているのに気づいたのか、グリアースは初めて顔を上げるとその背中に向かって言葉を投げる。
「一応止めておくが、出て行くなら二度と帰ってくるな。馬車は貸してやるが、片道だけだぞ。」
娘は返す言葉もなく、荷物を簡単に整理すると屋敷を出て行った。久々の馬車に揺られながら、娘は目の奥に黒いものをちらつかせながら窓の外を睨み続ける。
「お父様に言いつけて、資金提供を止めさせてやる!あいつが頭を下げるまで絶対に帰ってこないでやる!私は絶対に舞踏会に出るんだ!」
娘はすっかり変わった景色を眺めながら、グリアースへの呪詛を並べその先に見える未来にほくそ笑んでいた。




