第十四話
「あっけなかったねー。でも予定より手間取ってたみたいだし、善戦した方なのかなー。」
倒れたシノトをテクノバーン達三人が囲っているのを見て、つまらなそうにおかっぱの少年は頬杖をついていた。その姿は非常にだらしなかったが、そのことについては言い飽きたのかそばにいたライズはなにも言及しない。そのかわりに彼は、その細められた目をおかっぱ頭の少年と同じくテクノバーン達の方へ向けていた。
「相変わらず恐ろしいやつだな。」
「そ〜ですかー?見たところー、死ぬ一歩手前ってところですけどー。」
「・・・・・・・・・。」
ライズが黙り込むと、おかっぱ頭の少年は起き上がって小さく伸びをした。訓練場は明るかったが、その明かりも夜空の星達のもの。普通ならば、床に伏していてもおかしくない時間だ。少年は、続けて大きなあくびをする。
「じゃあお仕事は終わりですねー。さっさと撤収して僕は眠るですー。」
「おいまて、いま隊長達が止めを刺そうと――――――おい!」
帰ろうとしていた少年は、ライズの突然の叫びによって面倒くさそうに振り向いた。だが、ライズが自分ではなくテクノバーン達を向いていると気づいて、そこでやっと何が起こっているのか理解する。
「あー、あれって煙幕ですかねー?毒でもなければいいんですけどー。」
「勇者の体に毒は効かないって、今はそんなことどうでもいい!どういうことだ、あいつまだ動けたのか?」
テクノバーン達の姿は、彼らがいたであろう場所に広がった煙に阻まれて見えなくなっていた。ライズが中で動きがないか目を凝らしていると、たしかに煙の中で何かが動いているのか、煙の一部は不自然な動きをしている。ライズがそばに行こうと身を乗り出したとき、隣にいた少年はいつの間にか魔法を唱え終えていた。
「――――――踊る風の精よ、その息吹をお貸しください。」
呪文の完成とともに、訓練場の一部を覆っていた煙は見る見るうちに晴れてく。煙が晴れて見えたのは、咳き込む少女とそれを心配するリザルト、それに紫色の剣を手に持ったまま、訓練場に突然現れた穴を覗き込んでいたテクノバーンだった。それを見てことを知ったライズは、少年に指示を入れる。
「外の二人に目標が逃げたと伝えろ!俺は隊長達と合流して目標を追いかける!」
「お仕事頑張ってくださいねー。」
少年の緩い声を背に受けて、ライズはテクノバーン達と合流するべく高台から飛び降りた。少しして、城全体が急に騒がしくなる。日はとっくに落ちているが、まだ夜は明けそうになかった。
シノトが目覚めた時、そこは誰かの背中の上だった。背負った人間が地面に這いつくばっているところ、おそらくシノトを背負った誰かがこけて、その拍子にシノトの意識も回復したのだろう。シノトは意識をぼんやりとさせながらも、自分の足が引きずられていることを相手に伝えようとする。
「あ、――――――」
「・・・・・・子供の真似事とは、随分とのんきですね。背負われて童心でも思い出しましたか?」
そのやけに聴き慣れたような声に、シノトは自分がまともに話せなかったことも忘れ安堵していた。安堵すると、シノトを眠気が襲い出す。シノトの意識は、そこで一旦途切れてしまった。
シノトが次に目覚めたのは、床から伝わる振動を感じた時だった。すぐそばを大勢の人間が走っていくのを感じながら、緊張した面持ちで物陰に隠れる少女をシノトは眺めている。シノトはふと、体を動かそうとしたが恐ろしいことに指の一本も動く気配を見せなかった。しかしシノトは、何故かその事実を確認しても全く何も感じない。ただ虚ろに、少女が次に何をするのか眺めるだけだった。
「・・・・・・目が覚めていたんですね。どうです、起きれますか?できれば自分の足で歩いてくれると助かるのですが――――――」
その声は、再びシノトを眠りに誘おうとした。シノトは少女の話が終わっていなかったためかそれに抗おうとするが、瞼は已然重くなるばかりだ。抵抗する意思も虚しく、閉じればまた眠ってしまうとわかっていながらも、結局シノトは少女の言葉を最後まで聞かずしてまたも意識を失ってしまった。
水音とともに、シノトはまたも自分の意識が急速にはっきりするのを感じた。先程よりもやけに背中が冷えると思ったシノトは、そこで仰向けになった自分の横で手を合わせている少女がいるのを見つける。シノトの視線に気付いたのか、少女とシノトの視線はすぐに交差した。少女の顔には疲労が見えたが、シノトは何も言わず少女を黙って見続けている。
「・・・・・・さあ、シノト。この国に用なしと言われたあなたには、新しい、生きるための何かが必要です。そうですよね?」
芝居がかった少女の口調にシノトは顔をほころばせながらも、少女の目をしっかりと見て話を聞いていた。少女はそんなシノトを見て一瞬ためらいを見せたが、次の瞬間には振り切れたのかもう一度、神に祈るように手を合わせる。
「私の国に。いえ、人の世に平和をもたらしてください。たとえ力は及ばなくても、あなたにその意志さえあれば、あなたはなんでもできます。この地獄を変えるだけの可能性があるはずです。だから、あなたの中にある誇りを忘れないでください。それさえ信じていれば、あなたは立派な、おとぎ話の勇者のような存在になれるはずですから。」
その言葉が終わると、シノトは静かな音とともに水の中に落ちていった。体の自由が利かないシノトには、そのまま流される以外にできることはない。しかし目を動かすことで少女を見たシノトは、少女が最後にこう言ったことがわかった。
「信じてますから。」
沈みゆくシノトの目には、初めて見たような少女の笑顔が写って――――――そこで、最後の意識が途絶えた。
シノトが訓練場で襲われてから夜が明けて。金人の王城、セテルス城では国王直々の授与式が行われていた。大勢の参列者が見守る中、式は進行していく。
「栄誉あるものたちよ、ここにまいれ!」
進行役らしき男がその声を響かせると、広間の鏡のような床に新たに七人の姿が映し出される。正装に身を着飾った七人のうち、打ち合わせたかのように一人が前に出るとほかの六人はその場に膝まづき、前に出た一人も王様の前まで出るとほかの六人と同じ体制を取った。
「・・・・・・この度は侵入した刺客の撃退、非常にご苦労であった。そなたたちは優秀だ、今ここで私はそなたたちを私直属の部下として雇いたいのだが、答えを聞かせてもらおうか。」
「是非もないことです、我らが偉大な国王様。その栄誉、ありがたく拝命させていただきます。」
前に出た一人――――――テクノバーンがそう答えると、その後ろに控えていた六人はこうべを垂れた。その姿に満足したのか国王が頷くと、テクノバーンは後ろに下がり六人の列に加わる。本来ならここで授与は終わり、六人はまた入ってきたように出て行くのだが、この時本来なら何も言わないはずの国王が声を上げていた。
「この度の刺客、一人には逃げられこそしたが黒髪のものであった。」
その言葉に、式場はざわざわとざわめきだした。一部の人間と授与を受けたばかりの七人はそういうことを知っていたが、それ以外の人間にとってそれは衝撃の告白だった。国王は話が行き渡った頃あいを見計らって、またその声を張り上げる。
「この話は、ソーン王国侵攻に反対していた者にとっては衝撃だろう。もちろん私もそうだ、今まで情けで存在を許してきたが、その恩を仇で返されるとは誰が予想できたであろうか。実に残念である。」
国王の話は朗々と広間に響き渡る。国王は残念そうに、頭を押さえて首を振っていたが突如としてその座から立ち上がった。少し高いところにある王座は、必然的にその場にいた者たちに彼を見上げるように強制させる。たっぷりと広間を見渡した国王は、その場で断固とした口調でこう言った。
「だがしかし、これ以上奴らの存在を野放しにはできん!今私はここで宣言する!ここにいる七人の戦士を筆頭に、ソーン国に兵を送り必ずやその国を壊滅させると!この世の悪の根源を断ち切り、必ずや平和な世界を築いて見せよう!」
国王の叫びは、やがて大きなうねりとなって広間を包み込んでいた。多く聞こえる賛同の声に、国王は手を挙げて答えながらも内心はほくそ笑む。次第に熱を持ち始めた広間は、明らかに異質な空気がい並ぶ貴族たちを興奮させ、熱狂的に変えていく。もはやそこには、正常なものは誰ひとりいないようにに見えていた。
「さあ行け、我が勇者団!黒髪という黒髪を、一人残らず殺すのだ!」
国王の言葉に、七人は立ち上がり臣下の礼をとっていた。
そこは、どこと知らぬ・・・・・・いや、シノトにとってなんとなく、とても懐かしさを覚える森だった。見るからに深そうな森にも関わらず、小鳥の一声も聞こえぬそんな不気味な場所を、シノトはなぜだかいつからか歩き続けている。右にも、左にも曲がらぬ一本道、シノトは止まる理由もないからと延々と歩き続け、そしてあるときひたりとその足を止めていた。
「あなたは・・・・・・。」
道は森の奥深く、長い長いその先に一人の男を用意していた。男は最初、周りを囲む森の風景を眺めているのかじっとしていたが、シノトが来たことを知ると向き直りその顔に笑顔を作る。
「こんにちは、かな?初めまして、僕の名前はリントといいます。――――――少しお話をしませんか、強い願いの持ち主くん?」




