第十三話
誰が最初だったかはわからない。だが、最終的に三人は皆一様に動きを止め、少し離れたところにいるシノトが次に何をするのかをじっと観察していた。シノトは左腕から血を流し、小さいとは言え体のあちこちに切り傷を作っている。肩で息をしていないあたりから疲れはないように見えるが、顔は俯いていて表情はよくわからなかった。
「・・・・・・ちょっと、なんで私たちは攻撃しないのです!つられて私まで攻撃しにくくなったじゃないですか!」
我慢できなくなったのか、少女は近くにいた男に食ってかかっていた。若干声を潜めているのは、テクノバーンに聞こえないようにとの配慮なのか。とにかく、若干興奮しっぱなしの少女を男はちらりと見ると、次にシノトを顎で指した。
「そりゃあ嬢ちゃん、それが経験ってやつだからだよ。奴さんどうにも決定的な時は攻めるが、それ以外ではやけに消極的だと思ったら・・・・・・これまでやるきではなかたってことだ。」
「あら、やる気になったからなんだというのですか?所詮は黒人、取るに足らない存在ではありませんか。隊長様と私達にかかれば造作も-―――――。」
少女の言葉は途中で途切れた。だがそれはシノトの背後で突然轟音が鳴り響いたからではなく、シノトが轟音のもととなった、紫色の一撃を見事に避けてみせたからだった。避けた拍子に体勢を崩したかに見えたシノトだったが、その揺れる動きに対して誰も動かないのは、手を出してはいけないとなんとなくわかっていたからだろう。あげられたシノトの顔には、先程までは一切見られなかった別の何かが垣間見えていた。
「・・・・・・あなた方がそのつもりというのなら、仕方がありませんね。」
シノトのそのボソリとした言葉は、少女にゾクリとした悪寒を感じさせた。条件反射のように、次の瞬間には少女はシノトを潰すべくハンマーを大きく振りかぶる。――――――シノトにとっては、付け入ることの容易い大きな隙だった。
「嬢ちゃん!」
男が叫ぶとほぼ同時、シノトとテクノバーンがぶつかりあった。少女に襲いかかろうとするシノトと、それを庇うようにして止めるテクノバーンのぶつかり合いは一瞬。直後に少女のハンマーが振り下ろされると、二人はお互いに飛び退きその一撃を回避した。少女は困惑していたが、即座に自分のしたことを理解すると慌て出す。
「あ、あの隊長すみません。私、思わず・・・・・・」
「リザルト殿、お願いします!」
「嬢ちゃんちょっとごめんよ。」
テクノバーンが男の名を呼ぶと、男は少女を担ぎ上げてシノトと距離を取らせようとした。シノトは逃すまいと追撃をかけようとするが、テクノバーンがそれをさせない。二人がにらみ合っている間に、リザルトは少女を下がらせて肩から下ろしていた。
「嬢ちゃん、悪いことは言わないぜ。後衛の二人と合流したほうがいい。ここは俺と隊長で何とかする。」
「わ、私はまだ戦えます!」
少女は虚勢を張るが、己の行動に動揺を隠せずにいるようだった。少女がかいている汗の量が明らかにおかしいことに気づいたリザルトは、落ち着かせようと少女の両肩に手をかける。
「戦える戦えないの問題じゃない、隊長が余裕を持って奴さんを抑えていられる今のうちに、早く―――――――」
「私は、私は・・・・・・・」
少女の動揺は、もはや火を見るよりも明らかだった。肩で息をする少女は、全身を戦慄かせながらも必死で呼吸を整えようとする。少女は強く歯を噛み締めて、意を決したように絶叫に近い悲鳴を上げた。
「私は・・・・・・役立たずじゃない!」
「お、おい嬢ちゃん!」
少女がリザルトの静止をまたも振り切ると同時に、シノトとテクノバーンも同時に動き出した。シノトは二人がはっきり見えるよに横に飛び、テクノバーンはその隙にシノトに躍りかかる。シノトは捌くのは無理かと判断したのか、さらに大きく後ろにとんだ。
「死ね!」
シノトが飛んだ先で、少女はハンマーを振りおろす。が、シノトはそれが振り下ろされるよりも早く少女との間合いを縮めていた。目を見開く少女に、シノトの蹴りがとぶ。
「チクキー殿!」
シノトの蹴りをまともに受けた少女は、ごむまりのようにまっすぐに吹き飛んだ。何度も地面を弾み、壁にぶつかってやっと止まる。テクノバーンがその名前を叫んだが、少女はハンマーを手から離していないのを考えると意識はまだあるのだろう。
「・・・・・・あなたの力があまりに強かったのでもしやと思ってましたが、ほんとに彼らは俺の代わりなんですね。あの歳頃の女の子があれを受けて悲鳴すら上げないなんて。ましてや人に向かって死ねなどと・・・・・・。」
壁のそばで今起き上がろうとする少女を見て、シノトは悲しそうにため息をついていた。その隙を突いてかテクノバーンはシノトに斬りかかったが、シノトは相変わらずフラフラとした動きでそれを避け続ける。テクノバーンはこのままだといくらやっても当たらないと感じたのか、いったんシノトと距離をとった。
「勇者殿、何度も言うようですが君が道徳を語るのはどうかと思いますよ。」
「そんなことは分かっておりますとも。だからこれは独り言ですよ、テクノバーンさん。」
シノトの周りに誰もいなくなったためか、何発ものモール鉱石がシノトに飛来するが、シノトは最初に食らって血を流していたのが嘘かのようにひらひらとこれを避け続ける。その姿はさながら、舞を舞っているかのようだった。
「・・・・・・隊長、奴さんどうするか策はあるんですかね?」
「リザルト殿、戦いに長く身を置いたあなたなら、チクキー殿に僕の動きとかみ合うような指示が出せますよね?」
ちょうどテクノバーンと並ぶようにしていたリザルトは、突然そんなことを言われて戸惑ったが、直ぐにその言葉の真意に気づくと頷いてみせた。それを確認したテクノバーンは、右手を上げて後衛に砲撃をやめさせるとシノトに向かって一人で歩き出す。砲撃の終わりとともに動きを止めたシノトは、歩いてくるテクノバーンに首をすくめてみせた。
「・・・・・・そちらの攻撃は効いて、こちらの攻撃は効かない、と。これどうすればいいんですかね。」
「さっさとくたばってくれればいいのですよ、勇者殿。この折れた剣でも、君にとどめを刺すことぐらいはできますから。」
テクノバーンはそう言うと、シノトに果敢に切りつけていった。
テクノバーンの攻撃は、瞬きのうちに何度も繰り返された。その蛇のような剣筋はよくしなり、敵を捉えるまでしつこく追い続ける。だがシノトに対してはその限りでもなかったようだった。
「ええい、ちょこまかと!」
右に、左に、少し後ろに。紙一重で幾重もの攻撃を避け続けるシノトに、テクノバーンは内心舌を巻いていた。もちろん、シノトが一切攻撃をする気がないことと、テクノバーンが今の体になって日が浅く、まだ完全に体を使いこなせていないためにそのようなことがあり得ているわけだが、それでもシノトの動きは戦いを生業とした騎士から見て一朝一夜でできるものではないと言わしめるほどに様になっている。
「・・・・・・土は、土の女神に願う。」
業を煮やしたらしきテクノバーンは、剣を降りながらなんと魔法の詠唱を開始していた。シノトは魔法に詳しくなく、それがなんの魔法なのかはわかっていない。しかし止めようにも、テクノバーンの剣の冴えの前では、迂闊に手を出せば切られてしまうのはわかっていたためシノトは手を出さなかった。そして、テクノバーンの詠唱は完成する。
「――――――敵を繋ぐ枷になれ!」
呪文の完成とともに、テクノバーンは大上段で大きく飛び上がり、シノトに切りかかろうとした。テクノバーンが唱えたその呪文は、相手の足元を土で固めるという効果があるためシノトのような避けようとするものには効果が現れやすい。だからこそ、テクノバーンは足を止めたシノトを一撃で仕留めようとする。しかし――――――
「それは一回、見た!」
テクノバーンが使った魔法、それはシノトがこの前戦った魔物がシノトにかけていた魔法だった。シノトは当然その対処法を知っており、テクノバーンが飛ぶと同時に自身も地から足を離す。シノトは直ぐに空中で体勢を立て直すと、そのまま無防備なテクノバーンに蹴りを入れた。シノトの鞭のようにしなる足はテクノバーンを確実にとらえると、勢いそのままに吹き飛ばそうとして――――――そこで彼は違和感を感じる。
それまでの行動からは不自然に、テクノバーンは明らかな隙を見せていた。そもそもテクノバーンは武器を振るう時でさえ、武器を奪われることを最も警戒していたためか避けは出来ても反撃できないような状況が続いていたのだ。だからテクノバーンが明らかな隙を見せた時、シノトはついその動きに釣られてつい蹴りを出す。――――――シノトが、蹴り飛ばしたテクノバーンの顔が笑っていたことに気づいたときには、既に遅かった。
「せえいっ!」
可愛らしい掛け声とは裏腹に、トラックもかくやという激しい衝撃がシノトを横薙ぎに襲った。上半身を直撃したハンマーは確かな破壊力でシノトを捉えると、骨をまるで冬の枯れ枝のように折りながらシノトを吹き飛ばす。シノトはその一撃に為すすべもなく、地面に体を何度も叩きつけられる。
「嬢ちゃん、トドメだ!」
「お願いします!」
朦朧とする意識の中、シノトはそんな声を聞いた。まさかと思い、必死になって起き上がろうとするシノトの目に、こちらへ飛来する少女と彼女が持つハンマーが映る。視界にはもう一つ、彼女を投げ飛ばしたであろう男の姿も写っていた。
「ちぇ、とどめって、そりゃあ――――――」
シノトのボヤキは、最後まで言い終わることなくハンマーが打ち下ろされた音にかき消されていた。
「予定より手こずったが、なんとか勝てたな。」
示し合わせたわけでもないが、倒れ伏しているシノトの周りに三人は集まっていた。シノトは先ほどの一撃でかなりの重傷を負ったのか、三人がそばにいるにも関わらずピクリとも反応を見せず、自身が作った血だまりの中に未だに身を横たえたままだ。ほかの二人とも無傷であることを確認したテクノバーンは、安堵のため息を吐いた。
「この体になって日が浅いというのに、なれない体でよく頑張ってくれました。君たちがいなかったら、この勝利はなかったでしょう。」
「何を言っているのです隊長様。あなたが一番頑張ったではありませんか。」
「今日の功労者はあんただぜ、隊長。誰が見ても、そう言っただろうな。」
少女と男の言葉に、思わず顔をほころばせるテクノバーン。だが、直ぐにその顔は引き締められたものに戻っていた。テクノバーンは、リザルトが紫色の剣を自分に私てくる理由を理解すると、何も言わずにその剣を受け取る。
「隊長、さくっと決めてくれ。」
「隊長!」
二人の部下に後押しされて、テクノバーンは紫色の剣を振り上げた。振り下ろす先にいるのは、瀕死の重傷を負って身動きも取れないシノト。その姿を目にして、テクノバーンは思わずその表情に微笑をにじませていた。
「さようなら、勇者殿。もし黒人に生まれ変われたなら、今度こそ仲良くなれるかもね。」
振り下ろされた紫色の閃光は、シノトの体を真っ直ぐに貫いていた。




