第十話
魔物が倒されたことが村に伝わると、村人たちは歓声を上げる。泣き崩れるもの、喜びに抱き合うものそれぞれいたが、皆一同に口にしているのは感謝の言葉だった。
「・・・ありがとうございます、これであの魔物に食われた自警団の若者達も報われるでしょう。それに
これからもわしらは、この村に住み続けることができます。」
代表して改めて村長は礼を言った。よほど嬉しかったのか、彼を支えていた二人の若者を後ろに残してサームの手を握る。サームの方はというと、その行動に驚いたのか一瞬笑顔が固まったが、すぐに元に戻ると村長の握手にしっかりと答えた。
「村長、祝いたいことがあれば宴を開けばいいではありませんか。私も参加しますよ、皆で一緒に喜びを分かちましょう。」
サームのその言葉に、村の一同はこぞって賛同すると宴の準備に散々となった。村長が遅れながらも、「今度は宴の席で。」といってサームから離れると、サームは周囲に誰もいないのを確認したあと後ろの影に声をかける。
「報告ご苦労だった、主人の所に帰っていいぞ。念のためだが、周囲にほかの魔物がいないか確認しておけ。・・・っておいおい。」
何の返事もないからか不思議に思ったサームが影を覗くと、そこに待っているはずの黒髪の少女は姿を消していた。てっきりそこにまだいるものかと思っていたサームは、信じられないといった調子で首を振る。
「全く、主人に似て生意気な奴め。まあいいさ、今夜の飲み代が奴らのお守りだと考えれば安い安い。お、そこの君、酒を運ぶの手伝わせてくれよー。」
サームはそう言って、宴の準備をする若者の一団に混じる。夜も深く草木もとっくに眠るころ、村の宴は魔物の死を祝って盛大に開かれることとなった。
「あれ、ちゆのさん一人?」
村で宴が開かれているとはつゆ知らず、シノトは地面に横になった魔物の死体のそばで、一人で帰ってきたちゆのに意外そうにそういった。ちゆのはちゆので、なぜそんなことを言われるのかわからないようだ。
「誰か一緒に来るとでも思ったのですか?」
「いや、いつもならシェルさんが直接確認するからと思ってそのままなんだけど、そういえば今回は別の人だったよね。じゃあそれならいいのかな。」
シノトはそう言って自己完結すると、立ち上がって伸びをする。ちゆのが見ている前で次にシノトは魔物の死体に両手を当てると、力いっぱい押し始めた。全長四メートルを越える魔物の死体は、普通の者が同じことをしてもまるで動かないだろうが、シノトが押すとそれはしっかりと動いている。ちゆのは何をするのだろうと興味津々でそれを見ていたが、ある程度動いた死体が突然消えた時は驚き、思わず死体が消えた場所に駆け寄っていた。
「―――これは・・・。」
ちゆのが目にしたもの、それは魔物と、それがすっぽりはいる大きさの穴だった。なぜこんなことを、とちゆのがシノトを探すと、シノトは魔物の足元近く、ちょうど穴をまたいで向こう側にいる。シノトが穴を掘った時に出来たであろう、そこにあった土で穴を埋め始めたとき、ちゆのはこれがなんであるかをやっと理解した。
「墓・・・ですか?」
「この世界にもお墓を作る習慣はあるけど、俺の生まれた場所にもその習慣はあったんだよね。まあ俺は墓石は見たことあるけど作ったことはないし、それのせいで今まで作ってきた墓も粗末なものばかりだったけど。」
シノトは道具を何も持たないからか、手で穴を埋めようとしていたが流石に早く、もう魔物の半分は土に埋まって見えなくなっている。シノトはなおも穴を埋め続けるが、ちゆのはその行動に疑問を沸かずにはいられなかった。
「なぜ墓など作るのですか?」
「こっちの人がどうかはまだよくわかんないけどね。俺の生まれた国では、死んだ彼らへの感謝を忘れないために立ててたんだよ。生きていてくれてありがとうって、安らかに眠ってくれってね。まあ、形にしなきゃ忘れてしまうくらいなら、立てなくてもいいんじゃないかって思うけど。俺はあの国で生まれた人間だし、どうしても立てなきゃ気がすまないんだよ。」
魔物は魔力を死後も帯びるため、死体は優秀な道具になる。だが埋めてしまっては素材として使うことはもちろんできない。ちゆのは金人がシノトにそれを許していることに驚きを持ったが、ちゆのの質問はそういう意味ではなかった。
「・・・その魔物は、今しがたあなたが殺した魔物ではありませんか。自分で殺しておいてわざわざ墓を、それも魔物の墓を作るなんておかしくはありませんか?それに、さきほどあなたはこの魔物に感謝しているような事を言っていましたが、人を殺しすぎて討伐の令が下るような魔物の、一体どこに感謝する点があるのですか?」
「ちゆのさんがそういうのなら、確かにおかしいかもね。」
シノトがそう言ってくすりと笑う頃には、魔物はもうすっかり見えなくなっていた。シノトの足元にはまだ半分以上の土が残ったままだが、シノトは手を叩くと青空を見上げる。故郷と見た目何変わらぬその空に、シノトは懐かしさを感じたのか目を細めていた。
「俺はこう思うんだよ、ちゆのさん。俺は意味あって初めて、生きているって。意味のない生きるは死んでいるのも同然なんだよ。」
どこか自分に言い聞かせるようにシノトはそう言うと、あらかじめ用意してあったのかどこからか木の板を交差させたものを出すと、魔物の頭の上らへんであろう場所に突き立てる。しっかりと刺さったか確認するようにシノトはそれを前後させたが、満足が言ったのか手を離すと後ろに下がって見栄えを確認していた。
「俺は今ここに埋まっている魔物を、殺したことを報告するために生きている。そしてこの魔物は、俺に殺されるために生きてくれた。だから感謝しているんだよ、俺に殺されるために生きててくれてありがとうって。」
「驚くべき考え方ですね。どんな人生送ったら、そんなひねくれた考え方ができるのですか?」
「あはは、一体どんな人生なんだろうね。ところで話を変えるけど、ちゆのさんの中では人を殺しすぎると感謝されなくなるのかい?どんな生き物でも?」
ちゆのが呆れたと言わんばかりにため息をつくと、シノトは逆にちゆのにそんなことを質問した。ちゆのは少し逡巡した様子だったが、結局答えは変わらなかったのかその口からはスラスラと言葉が出る。
「・・・人を殺すのは大きな罪です。許されることではありませんし、感謝など遠い存在となるのが普通です。当たり前のことではありませんか?」
「それはここでの法の事を言っているのかい?魔物にも適用するのかな?」
そこまでシノトがいうと、ちゆのの視線はとたんに鋭くなった。豹変したちゆのは、責めるような視線をシノトに向けていたが、シノトはまるで意に介していない様子だ。しばらく無言の時が過ぎたあと、ちゆのは諦めたようにため息をつくと魔物の墓を見やった。
「なんにせよ、人を多く殺しておいて生きることは許されません。死ぬのは当然の結果です。あなたもそう思うところが少しあったから、あの魔物を殺したのではないのですか?」
その言葉が心外だったのか、今度はシノトが顔をしかめた。だがちゆのの顔を見て考えを変えたのか思考するために目をつぶったシノトは、まるで魔法のようにいつの間にかその手に花を持っていた花を墓の前に添える。
「ちゆのさんはひとつ勘違いをしているようだけど、俺はあの魔物が死んでいい存在だとは少しも思っていないよ。人を多く殺したことはあの魔物が死んでよかった理由にはならない。人を多く殺したから死んだんじゃない、俺が殺したから死んだんだ。よりによって殺した理由を空虚な罪になすりつけようだなんて、冗談じゃないよ。」
口調の割に落ち着いた様子のシノトは、別に怒ったわけではないようだ。だがそこに込められているであろう感情が理解できないのか何とも言えない表情をするちゆのは、不意に顔に日が差すのを感じた。地平線から漏れ出た光は見る見るうちにあたりを照らしていき、朝の到来を二人に告げる。
「おや、もう日が出るような時間か。やることはやったし、早く帰ろうか、ちゆのさん。」
「・・・はい。」
ちゆのは無駄な言葉を発しなく、ただ粛々と、シノトと城への帰路に着いたのだった。
それから一日が経ち、行きと同じ道をたどったシノト達が城に着くと、そのころはとっくに日が沈んだ時間帯だった。シノトは報告のために先にちゆのだけ小屋に置いていくと、何度も通った覚えのある道をたどっていく。複雑な城の通路をスイスイと進んで、そしてシノトはある通路で道に影を落としたある男と出会った。男はシノトを待っていたのか、声をかけて引き止めると本人と確認したあと、自分の名前を名乗る。
「私の名前は、テクノバーン・スイートスプリングといいます。国王陛下からの命令でね、少し話をしましょうか―――勇者殿。」
男の顔は、空に浮かぶテアッテカイムよりも白く、そして笑っているように見えた。




