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狂ったリクツの絶対正義  作者: 狂える
一章 城の庭にいた狂人
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第一話

少年は物心着いた頃よりずっと、何よりも強い疑問を自分に対して持っていた。


なぜ自分は生きているのか?なぜ自分はここにいるのか?なぜ自分は物が見えるのか?なぜ自分はあの日生まれたのか?なぜ自分は立っているのか?なぜ――――


最初は子供心になんとなく考えていたそれは、普通ならとうの昔に忘れてしまい、なかったことにされていただろう。誰しもが必ず、というわけではないがその時点ではまだ、少年は普通と言い切れたかもしれない。だがなぜか、その疑問を少年は何年たっても、忘れることができなかった。


少年の中でとぐろを巻き続けたそれは、少年とともに成長していき。


それについて少年は考えるたび、自分の中が空っぽになったかのような虚無感に襲われ。


少年はその恐怖から逃げるため、必死に疑問の答えを探し始めた。


誰よりも熱心に世に目を向け、一片の時間も惜しまず多くのことを学んだ。

何度も動けなくなるほどの激しい鍛錬を積み重ね、若くして立派な体を身につけた。


しかし、少年はどんな時でさえも虚無感から救われることはなかった。囁きのように頭に響くそれに、夜も眠れない少年は一層ことに励み、周りとその考えが離れていくことも気にも止めなかった。











そして十六歳の誕生を祝って少し後、少年は前触れもなく唐突に異世界に呼び出された。本当に唐突に起きたそれは、神の悪戯なのか哀れみなのか恐ろしく偶然にも、少年の望みを叶えるものだった。


「ゆう・・・勇者様、我が国をお助けください。」


少年を始め見た老人とその周りに居た人間は・・・いや、彼の周りどころか、そこにいた全ての人間が少年を見てなぜか顔をしかめたが、少年はさして気にすることなく老人の話を聞いた。国が滅びかけていること、少年をそのために呼び出したこと、そこまで聞いた少年は老人に確認としてひとつ質問を投げた。


「要するに、僕は何をするためにここにいるのですか?」


非常に簡潔な問に、老人は怒りも冷めやらぬといった表情でこう答えた。


「奴らを、黒髪共を殺してください。」


少年は、それを聞くと老人の手を取った。あまりに自然な動きだったので周りが慌てて少年と老人を離そうとするが、それより先に少年の声が辺りに響く。少年の声には、もはや虚無感で苛まれていた面影は微塵もなく、純粋な喜びが満ちあふれていた。


「わかりました。それが僕がここにいる理由なのだとしたら、僕はその黒髪共とやらを殺しましょう。殺して殺して殺して殺して、殺しまくります。それで、それはどこに?」


王と呼ばれていた老人は、この時自分の手をとって恍惚と喋る黒髪の人間を見て、改めて思ったそうだ。

やはり黒髪の人間など人間ではないと、殺すべきなのだと。少々不本意だが、黒髪の勇者の力を使って根絶やしにすべきだと。そして、この少年もいつか―――











そして半年の月日が経ち、とある任務を負った兵士たちは戦争の最前線の一つ、とある砦の前で異様な光景を目の当たりにしていた。半壊状態の砦、死臭と腐臭で満ちた空気、かつてここが戦場だったことを忘れそうなくらいの静けさ。そして砦の前、大きく開けた場所にずらりと並ぶ、おびただしい数の盛られた土。兵士たちはその光景にしばらく唖然としていたが、やがて地に掘られた穴を埋めている最中だった少年を見つけ、声をかけた。


「・・・シノト・リクツだな?ここへ派遣されたのがおよそ三か月前、それ以来こちらへの連絡がなかったようだが?」


土にまみれていた少年は、声をかけられて一瞬だけ硬直したものの、すぐ後に兵士達の方を振り向いた。黒い髪に黒い目、彼がシノト・リクツなのだろう。


「すみません、ちょっと手が空く時間がなかったもので。言われた通り、ここらへんにいた方々にはみんな息を引き取ってもらいました。・・・これでもここに来てからひと時も寝ていないのですがね、流石に数が多いもので。」


シノトは声こそ疲れているものの、元気な笑顔でそう答えた。兵士はその答えに満足そうに頷くと、言葉を続ける。


「任務を達成しているのなら別に良い。ところで、今やっているそれはなんだ?」


そう言った兵士達の視線の先は、シノトが先程埋めて盛られた土があった。シノトはその言葉の意味を理解すると、愛おしそうに盛られた土を撫でながら答える。


「これは、全部俺のために。俺が生きるために死んでいってくれた方々を埋めたものですよ。一人一人、ちゃんと分かれて埋められています。」


「お前のために、だと?何を馬鹿な、ここに我国から派遣された兵士はお前以外にいないのだぞ?いたのといえば、砦やここらに陣を敷いていた敵兵だけだが―――」


「そうです、ここにあるのは皆その方々の墓です。それが何か?」


兵士たちはその言葉に一瞬ぎょっとなったが、一人その中で平然としていた兵士は確認するようにシノトを問いただした。


「お前の発言には腑に落ちないところがあるな。ここにいた敵兵その全員が、あろう事か敵であるお前のために死んだと、お前はいうのか?」


「俺が生きるために彼らは俺に殺されたのです。俺のために死んでくれたといってもいいでしょう。だから俺は、せめてもの感謝の印として彼らに墓を作るのです。」


「お前正気か?自分で殺しておいて感謝だと、もしかして化物が罪悪感でも沸いたのか?」


兵士の一人が我慢できなくなったのか、シノトにくってかかった。止めるものがいないあたり、それはここにいる兵士たちの胸の内を代弁するものだったのだろう。一方、シノトは相変わらず平然と、まるで兵士たちの方が場違いであるかのように言った。


「俺はたしかに殺人鬼ですよ。でも罪悪感はありません、だって俺が生きるためでしたから。毎日口にする食べ物と同じですよ、生きるためなら命を奪うことなんて、罪に思うことではありません。俺の行動は、あくまでも感謝のためですよ。」


「けっ、黒い髪のやつはさすがに狂ってるな。」


兵士の言葉にも、シノトは笑顔のままだった。そのあと兵士達は、砦の中に残っていた半分腐った死体に顔をしかめ、そしてそれを背負って運ぶシノトの姿にさらに顔を引きつらせるのであった。


結局、これよりまた三ヶ月ほど経ってシノトはやっとこの地を離れた。この土地には多くの墓が残ったのである。











少年は勇者となり、各戦場で名だたる武勇を上げ、およそ五千人以上の人間を殺して回った。少年を召喚したニイド国は少年の活躍により劣勢から見事に巻き返し、逆に戦争相手であったソーン国は衰退して領土の大半を失った。黒髪の勇者の大量殺人は、ニイド国に過去最高の繁栄をもたらしていた。


そして、少年が仮初の生きる目的を見つけてから一年と半年。少年は十八歳になっていた。











ある少年は唐突に、こんな質問をした。


「・・・敵兵を殺すことと、味方の兵を殺すこと。どっちがいいことで、どっちが悪いことだと思う?」


「そんなの決まってます、敵兵を殺すことがいいことで、味方の兵を殺すことが悪いことです。もしかして馬鹿にしてるんですか?」


「まさか。そうじゃない、ただ確認したかっただけだよ。そう、それがこの世の真実。ずっと変わらない、僕たち人間のための真実。・・・僕は僕の道を邪魔したものを殺しただけ、ただそれだけのことなんだ。自分のために何かを殺す、人ならみんなやっている、誰も気に止めない当たり前のこと。だから当然、正義の名のもとに何人殺しても、僕は何も悪くないし・・・幸せに暮らすことができるんだ。」


少年は、そう信じていた。

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