4,裏側詳細
俺は家のドアからドア1個分くらいあけて隣に立った。
そして右手を広げ、黒に近いグレーの壁に付ける。
すると右手を囲むように、緑色の四角い図形が浮き上がった。
右手の上には『認証中です』という緑色の文字が浮かぶ。
やがて、その文字は『承認しました』という文字に変わってから、緑色の文字も四角い図形もすっと消えた。
俺は右手を付けたまま壁を強く押した。
すると驚くことに(俺は驚かないけど)、壁という役割を与えられていた目の前の物体は、ある線を堺に一部だけドアへと役割を変え「開いた」。
ドアを開けて中へ入ると、遠くまで続く2人分位の幅の通路が薄暗くある。
そう、これがーーーー
俺の裏の顔が所属する「ROP」のアジトへ通じる通路なのである。
*
先程と同じ様な認証を行ってからドアを開けると、その先にはオフィスの様な部屋になっている。
全部で3階あり、主にこの階と2階で一番上は組織のボスの部屋が大半を占めている。
「あ、一条先輩!早かったですね」
奥からこちらに向かってくるのは俺の部下…いや、後輩だ。ちなみにさっきの電話の相手。
上司、部下ではなくここでは先輩、後輩と呼ぶのが決まりになっている。
「…で、それで新しい仕事って?」
「詳しくはボスから聞いてください。
3階の第3オフィスにいらっしゃいます」
「了解」
エレベーターに乗り、3階へ向かった。
第3オフィスのドアノブには小さく白いバラが刻まれている。
白いバラがシンボルのこの組織、
ROPーーー
正式名称Reverse Of Prime ministerは
内閣直属の極秘組織である。
簡単に言えば、政府の政策を滞りなく進める為にある。
内閣に関する事以外には決して関わらないが、逆に言えば関係する事であれば積極的に動く。
その「積極的」はどこまで働くのかは俺も詳しくは分からないがーーーこの組織の「組長」の命が危なくなる以外には決してドラマのような人殺しなどはしない。
既にお気づきかと思うが、シンボルである白いバラは有名高級ブランド「White Rose」から来ている。
そうーーー
つまりこの組織、表向きは大企業のWhite Roseとして活動し、裏では内閣を支える秘密組織として活動している。
だからこの前来ていたコートも社販で買ったものなので正直言ってそんなに高くなかったものだ。
彼女にそれを言えば済むことだったのだがーーーーなんとなく、嫌だった。
……嫌?何故だろう。
…それだけで終わらせたくはなかった気がした。
第3オフィスのドアをノックし、ドア越しに話しかける。
「失礼します」
「ああ」
親指の指紋認証を要求され、それに応えると「ピピッ」と機械音が鳴ってロックが解除された。
ドアを開けると、見知った顔が2人。
…………いや、奥にもう1人、いた。
もう1人は背を向けて少し遠くに立っている。
「…天、久しぶりだな」
一番手前にいたのは4歳年上の兄、薫だった。
義理とかではなく、本当の血の繋がった兄弟である。
顔立ちは俺と割と似ていて、同じ黒髪。
身長は5センチだけ兄の方が高い。
だが兄は目が悪いので常にメガネを掛けている。
久しぶりの兄の顔に、少し頬が緩んだ。
「…兄さん。戻ってたんだ」
「ああ。
…それじゃ、私はこれで失礼致します。
天、後でまた会おう」
そう言って、薫は先に部屋を後にした。
「…それで、新しい仕事とは?」
俺の視界に入った1人目の男。
死に際の俺達兄弟を拾ってくれた命の恩人ーーーー
一条 泰秀。
俺がこの組織に関わる全ての原因は、この男に拾われた所から始まった。
小さい頃両親を同時に亡くした俺達を、拾ってここまで育ててくれたのがこの男である。
名字も貰うことになり、戸籍上はこの男が父親となっている。
恩があるなら、返すものーーーーー
俺がこの組織に関わっているのはそういう理由なのだ。
そしてこの男は、「組長」の次に偉い「ボス」と呼ばれる存在である。
「…久しぶりに、お前の驚異的な身体能力を借りようと思ってな」
そういう類か。
「…で、具体的に何をすれば?」
その時、奥にいるもう1人の男がこちらを向いた。
そう、この男こそがーーーーーー
この組織の「組長」。
そしてこの国の内閣総理大臣ーーーすなわち首相である田宮 真二郎。
「…今度の法案を通したくて今審議中なのだが、野党の一つが頑固でね。
それで君の力を借りたいんだ」
首相ーーー組長は、組長と呼ぶのにあまり相応しくない程穏便な方だ。
あくまでも、穏やかに語るように話す。
人柄もそうだ。
ROPという極秘組織を従えていながらも、不正を犯して金を集めたり賄賂を送ることは一切しない。
国民の生活の為に様々な法案を考え、日々忙しく働いている。
そんな人柄だからこそ、ボスも兄もほかの後輩も付いて行きたくなるのかもしれない。
…もちろん、俺も。
仕事内容は、ボスが説明した。
「法案に反対する、野党の木村 透の不正を暴いて欲しい。
奴は一週間前にある企業から300万の金を受け取った事が確認されている。その証拠である通帳を入手して欲しい」
「…期限は?」
「投票が5日後だから、3日以内だ」
自慢じゃないが、多分このような仕事は身体能力組織一の俺以外には出来ないだろう。
「…分かりました。やりましょう」
「頼んだよ」
首相は俺の肩をポンと叩いて、出ていった。
ボスと2人きりになった所で、ボスに話を持ちかけられた。
「…そういえば、この前カフェでひと騒ぎあったらしいな」
彼女の件だ。
「はい、まあ。
…結局息子の事がバレて春日は議員を辞めたらしいですね」
ボスはどうやらもめた理由は知らないらしい。
なら、言う必要も無いだろう。
「春日は野党派の党に所属する人間だからまだ良かったが、あまり目立った行動はするな。
いつも言っているが、
黒に染まりすぎず、白にも染まりすぎず。
極力目立たないようにしろ」
「…はい。分かりました」
俺は第3オフィスを出て、1階へ下った。
*
「先輩お疲れ様です!
あ、ちなみに例の仕事、俺も同伴させて頂くのでよろしくお願いしますね!」
先程の後輩がコーヒーをくれた。
「あぁ、よろしく頼む。
今日はもう家に帰らなきゃいけないから、また後で連絡する」
「流石先輩、お忙しいですね!
それじゃ、また後で!」
元気よく返事をしてから後輩は去っていった。
俺は貰ったコーヒーをすすりながら携帯を見る。
兄からメールが来ていた。
『すまない、今立て込んでて今日は会えそうにない。今度会わないか?』
兄は仕事にとても忠実で忙しい。
こういう事は多々あるので、今日は会わないことになった。
『了解。頑張って』
ひとこと返信をしてから、俺は帰路へ向かった。
*
「おわっっ……………………
たぁぁぁーーーーーー!!!!!!」
私はゴム手袋を外して、勢いよくソファに座り込んだ。
そんな私の体を高級そうなソファは全て受け止めてくれた。
「ふかふか……ソファ最高…………!
やっぱり高級品は違う!!!」
一応彼の「疲れたら全然使っていいから」とのお許しも頂いてるし、無断では座ってない!(謎の言い訳)
一条さんがいなくなった後、風呂掃除を始めたのだが……
これが意外とキツかった。
何がキツかったのかと言うと、風呂の広さ。
浴槽が風呂屋さん並に広かったのだ。
1つは5mプール(6レーン)くらいの大きさ。
もう1つはその半分だったが、こんなに大きな風呂なんか見たことないし掃除した事も無かったので(しかも2つ)、流石の私でも疲れた。
時刻は午後4時。
午後6時半頃にご飯だとしても、休憩出来るだけの余裕があった。
「あの人に電話してみるかーーーー」
ソファから立ち上がって、携帯を出してある人に電話をかける。
さよならソファよ。
流石にこんな高級ソファに長居するのは申し訳ないから、私は床に座るわ……
プルルルルという呼び出し音の後、その人は電話に出た。
「…もしもし?」
「あ、咲真さん!お久しぶりです」
「今仕事中じゃないの?大丈夫?」
「はい!今一応ひと段落付いたので…」
「そっか」
…えーと。
先に言いますけど残念ながら彼氏ではございません。
武村 咲真さん。
綾那を除けば私の兄の存在を知っている唯一の人。
一年前に色々あって出会った。
探偵をやっていて、三ヵ月前から仕事の合間に私の兄を探すのを手伝って貰っている。
勿論それにお金は払っているが、私の生活状況を知って特別に割引して頂いている神のような人だ。
「それで…何か進展ってありましたか?」
「微々たるものだけど…
愁さんらしき人を見たっていう目撃情報があったんだ」
「ほんとですか?!」
これは大きな進展だ。
今まで何の動きも無かったので、本当に嬉しかった。
やっぱりお兄ちゃんは生きているーーーーー。
死んでなんかいない!
「うん、それがーーーー」
その時、ガチャっと玄関の方のドアが開いた。
目の前にはコートを来た一条さんの姿。
「…あ、一条さんーーー。
すみません!また後でかけ直します!」
慌てて電話を切る。
一応今日のノルマはクリアしたけど、調子ぶっこいて電話するのは流石にアレなので…。
一条さんは電話していた事は咎めず(もしかしたら心の中で少し怒ったのかもしれないけど)、代わりに質問してきた。
「…電話してたの、誰?」
ヒィィイ!!!やっぱり怒ってらっしゃる?!
「え、えっと…」
もし綾那だったら友達だと即答していたけれど、相手は咲真さんだ。
でも友達じゃないしなぁ…。
だからといって突然「恩人です」なんて答えたらおかしいよね…?
それにそれ以上聞かれると兄の事も話さなければいけなくなってしまうかもしれない。
それだけは避けなければ。
…という事で、ここはとりあえず友達という事にしよう。
咲真さんごめん。
「…えっと、あ、と友達です…?」
「なんで疑問形なの」
一条さんは軽く笑った。
絶対信じてないな。今度からは嘘つく修行するか…。(ちょっと違う
よし、こうなったらもう話題を変えろ!
「と、とりあえずそろそろ晩御飯の準備しますね!
それでですが…」
「ん?」
「晩御飯は、一条さんの分だけでいいんですよね?」
一条さんは首を傾げる。
「一緒に食べてくれるの?」
「いやいや?!そうではなくてですね、他の方の分とかは…例えば…か、彼女さんとかの分とか……?」
よし言えた!
こんなかっこいい金持ちの方に彼女がいない訳なんてない!!
本人は一人暮らしっていうけど、正直信じ難いのだ。
「え?そんな人いないけど…」
ええええ〜〜そんなバカな!
「でも、こんな広い家に1人では…」
「広い家だから1人でいちゃダメなの?」
…あれ?もしかしてちょっと怒ってる…?
「いえいえとんでもございません!!!
ただ本当に一条さんの分だけでいいのかなと思っただけでございます候…!」
私は慌てて手を振って弁解する。
謎の重い敬語発動。
聞いた私がバカでした!
きっと昔恋に関して色々あったんだ…!
聞いちゃいけないやつだったのかもしれない!
一条さんは、少し考えてから声を低くして言った。
「…近づいてきた人は皆、俺の境遇目当てだったんだよね。…だから正直信じられないんだ」
私は固まった。
吐き捨てる様に言ったその言葉は、少し悲しみを帯びていたように聞こえたのは気のせいだろうか。
「…余計な事をお聞きしてしまい、すみませんでした。今から、晩御飯…お作りします」
「うん、よろしく」
恐る恐る顔を上げる。
一条さんは一応、さっきの雰囲気に取り戻っていた。
…でも、私はもしかしたら結構グレーゾーンに踏み込んでしまったのかもしれない。
*
晩御飯を無事作り、身支度を整えて私は玄関まで来た。
「…そ、それではお邪魔致しました…」
「…トイレとお風呂、見たけど凄まじい程綺麗になってて驚いたよ。
明日もよろしく」
「は…はい!それでは失礼します」
「気をつけて」
私はドアを開けて外に出た。
エレベーターに乗り、壁に寄りかかる。
「はぁあぁぁ……………」
やっと1日終わった。
なんか…色々疲れた…。
私はさっきの事を思い出す。
「やっぱり、聞かない方が良かったな…」
さっきの彼女の有無についての話の事だ。
家政婦は家の事に加担する分、依頼主の私的な所までは踏み込んではいけない。
確認のために聞いただけだったが、私はどうやら気付かず踏み込んでしまったようだ…
今までは依頼主自体が家にいなかったので、干渉する機会すら無かった。
「…明日からは、少し距離を置いた方がいいかな…」
私は歩道に出て、とぼとぼと歩き出す。
時刻は午後7時を回っていた。
電車に乗るため駅に向かっているが、人通りは少なかった。
冬も近いので、外はもう真っ暗な上に寒い。
「綾那に連絡しないと…」
そう思って、携帯を取り出した時。
後ろから違和感を感じた。
人の…気配……?
私は文字を打つ手を止め、携帯をポケットにしまった。
そして後ろを振り向き、違和感の正体を突き止めようとする。
「………誰?」
厄介な事にならないといいけどなぁ……
と、その時。
バシャッという水の音がした。
数秒の後、その水は自分にかけられたものだと自覚した。
「……つ、冷たっ!?」
外は寒く、少し風が吹けば水に濡れた所が冷気を発した。
…え?てかなんで私水かけられなきゃいけないんだ?
「あれぇ〜?誰かと思えばこの前の家政婦さんじゃないですかぁ?」
後ろから声が聞こえた。
…この声、聞いたことがある。
私は後ろを振り返った。
「…あなたは!あの自己中…じゃなくて春日さん!」
危ない危ない。自己中野郎とか言いそうになった。(半分まで言ってる)
春日 輝弘。
現れたのは、一条さんに助けてもらった時の、あのもめた自己中野郎だった。
奴の後ろには人が2人ついてきていた。
あ、もう嫌な予感しかしない。
私は鞄を握る手を強めた。
「お前のせいで、家はメチャクチャなんだよ!
親父は議員辞めるハメになるし、母親は金求めて浮気するし!」
いやいや私と奥さん関係なくね?!
二次被害というヤツなのかもしれないが、彼が無茶ぶりしてきたのが事の発端だけどな。
まあとりあえず、この前の一件で彼の家は大変らしい。
「何か勘違いをしているのかもしれませんが、私はただ契約内容に従っただけですよ?
あなたが勝手にいちゃもん付けてきただけじゃない」
彼は更にブチ切れた。
「うるせぇ黙れ!!
お前なんか、生きて帰れないようにしてやる!!!」
そう言い捨て、勢いよく私に向かってきた。
勿論、後ろの2人もだ。
…あー、ちょっと、私ーーーピンチ……?