3,昼食同伴
時計を見ると、11時半頃だった。
とりあえず3階までのトイレの掃除が終わり、キリのよい状態だった。
「昼作らなきゃな」
ちなみに掃除の方は完璧だ。
今回は弁償を理由にやっているからか、リアルにホコリ一つない状態になるまで隅々に掃除した。
というか掃除しなければいけない使命感があった。
新品同様の輝きを取り戻し、光の当たり具合によっては白く輝いている程に。
まさに劇的ビ〇ォーアフター。
私はゴム手袋を外して鞄にしまい、代わりにエプロンを出して着る。
彼は聞いたところ、特に好き嫌いやアレルギーは無いそうなので何を作ろうか悩む。
正直言って指定される方が楽なんだよな…
私は一条さんがいる2階の部屋へ向かった。
「…蕎麦?」
一条さんは怪訝な顔を浮かべた。
「…は、はい。お昼ご飯、蕎麦を作っても宜しいでしょうか…?」
一条さんはパソコンを開いて仕事をしていた。
何やら印刷した資料を片手に、私が話しかけると顔を上げてくれた。
…やっぱりイケメンだな、この人…。
あ、客観的にだよ?
「…蕎麦好きだから嬉しいよ。よろしく」
爽やかな笑顔頂きました!
それに+αでメガネ姿ですよ。
世の中の女子は卒倒するんじゃないかな。
まあ、高校時代モテモテのチャラ男に唯一なびかなかった私(これは何気に自慢)には効かないけどな!へへっ!
さっき転びそうになった所を助けて貰えた所なんて気にしないさ。
……コートの弁償代の分はちゃんと働くけどね。
そんな感じでとりあえず気を強く持ってキッチンへ向かった。
「蕎麦は温かい方がいいかな」
今は秋だし、月見蕎麦にしよう。
私は予め下ごしらえしておいた蕎麦の麺をゆで始めた。
私昼ご飯何食べようかな。
流石に一条さんと一緒に召し上がるわけにはいかんから近くのコンビニでなんか買ってこようかな…
「あ、麺つゆ作らなきゃ」
そして、冷蔵庫の麺つゆを拝借しようとした時、部屋から一条さんが出てきた。
そして、分けてある黄身を見て言った。
「…月見蕎麦?美味しそう」
「…あ、はい。
えーと…あと10分位で出来るので少しお待ちください」
私は麺つゆを冷蔵庫から拝借して温め始めた。
そして山菜を加えようとしていると、一条さんがキッチンに近づいてきた。
そして、一通りキッチンの様子を見て言った。
「……それ、2人分?」
私はきょとんとした。
「一条さんの分だけですけど、それがなにか?」
え、もしかしてこの後人来るとか?!
先に言ってよ!(心の声
「じゃあ波原さんの分は?」
「?
無いですけど」
「…なんで?1日2食とかそういう訳じゃ無いよね?」
「はい。私の分は許可を下されば近くのコンビニとかでテキトーにご飯でも買ってこようかなと…」
すると突然、菜箸を持つ私の手首を一条さんが掴んだ。
「?!」
しかもちょっと力が強い。
何事かと顔を上げると、先程とは違うオーラを放つ一条さんが目の前にいた。
気のせいだろうか?少し冷たい目線でこっちを見てる気がするのだが…
「一緒に食べればいいじゃん」
「ええ?!いやいや流石に私ごときが同じテーブルに座るわけにはいきませんよ」
「なんで?」
「それは勿論家政婦ですし…
それよりあの、手……」
相変わらず手首は離されない。
「……一緒に昼食べるのと、
断ってコートの弁償代払うのどっちがいい?」
金で脅してきたですと?!
そんな事言われたら、私の選択肢は一つしか無いじゃないか……
「………た……、
食べます……一緒に……」
私が折れたら、手首は解放された。
「…ん。じゃあ待ってるね」
一条さんの表情もいつもの優しい顔に戻り、くるりと背を向けた。
私は30秒くらい菜箸を持ったまま固まった。
…優しい目と冷たい目。
一条さん、
もしかして……本性は悪魔なのか……?
*
ひと悶絶あった所で、私も恐れ多くも一条さんの居るリビングのテーブルに向かい合う形で座らせてもらった。
一条さんの方が先に蕎麦を食べた。
「…あ、美味しい」
「よ、よかったです」
とりあえず味の面の関門は突破出来たようだ。
私も蕎麦を食べ始める。
うん、味はいつも通り上出来だ。
「…………」
「………………」
ずるる、と蕎麦の食べる音だけが響く。
ち、沈黙辛い…!
いつもだったら綾那とテレビを見ながら食べるけど、今はそんな状況じゃない。
そして絶対、この家のオーラ的に一条さんはテレビを見ながら食事をするタイプじゃない。
ちらりと一条さんの方を見ると、何気ない表情で蕎麦を黙々と食べていた。
「……ん?」
まずい!見てたのが気づかれた。
「え、あ、そのええーっと……あ!
その…どうしてお昼……」
一緒に食べようと言ってくれたのか。
「…あ、嬉しかったんですよ!
いつも依頼主さんは家に居ないのでリビングをお借りして1人で食べてたんですけど、今回は異例だったのでよく分からなくてですね…」
ゴニョゴニョと付け足して説明すると、少し間があって彼は答えた。
「……食事は、1人より2人の方が楽しいでしょ」
その時の彼の表情はなんと説明すればよいか。
いつもより更に優しく、目の前の私を通して何か違うものを見てるかのような目。
「………」
「…3歳の頃に両親を亡くしてるんだ。
だから家族の暖かさなんて知らないから余計そう思うのかもしれない。
だから、食事くらいは…と思ったんだ」
なんと返せばいいか、わからなかった。
でも、同じ境遇だった私なら言える事がある。
…実は私も、10歳の頃に母を無くしているのだ。
突然の交通事故だった。
それと同時に、兄も行方不明になった。
…暖かさが、
「無いならーーーー
今から作ればいいんですよ」
一条さんはこちらを見た。
「え?」
「本当の家族からの愛はもう二度と貰うことは出来ないけれど、人からの愛なら誰からでも貰えるじゃないですか。例えば友達とか。
私も小さい頃に母を亡くしてその数年後に父も他界したので友達と一緒に住んでるんですけど、毎日暖かさで溢れてますから」
綾那の顔を思い出す。
いっつもテンション高くて突っ込み所満載だけど、私が父を亡くして辛かった時とかは家に泊めて慰めてくれた。
今のシェアハウスも綾那から提案してくれたもので、家賃の負担はとても助かってるし。
しみじみと綾那を思い出していると、一条さんは目を少し細めて言った。
「……じゃあ、明日も一緒に昼食べてくれるね?」
「はい……、エッ?」
「よし決定。ご馳走様でした」
「ええええ?!」
この人、策士なのか?!
一条さんは颯爽と席を立ってキッチンへ食器を置いた。
私がぽかんと座っていると、一条さんは部屋に戻っていった。
そしてドアを開けて入るかと思いきや、私の方を見て、不敵な笑みを浮かべた。
「…何かあったら呼んで。
それじゃ、晩御飯も宜しくね」
パタンとドアを閉めた。
「……な、何者…?」
やっぱり、悪魔?
でも、悪い人では無さそう…?
とりあえず私は少し冷めた残りの月見蕎麦を食べることに専念した。
*
机の上の携帯が鳴った。
俺はキーボードから手を離して電話に出た。
「…もしもし?」
「あ、一条先輩!新しい仕事があるそうなので今からこっち来てくれませんか?」
「先輩……という事は『ROP』の方?」
「そうです〜1時間以内に『アジト』に来てくださいね〜
ってか先輩、なんか声明るくないですか?」
俺は左手のマウスを動かす手を止めた。
「…どうしてそう思う?」
「やだなぁ先輩〜、
何十年一緒に活動してきたと思ってるんですか〜」
俺は喉の奥で笑った。
「…残念ながら、当たりかもな。
…ちょっと面白い子を見つけたかもしれない」
そう言って、僅かに開いたドアから遠目で彼女の後ろ姿を見る。
「へぇ、100人…いや1000人斬りの一条様がですかぁ!どんな子か気になります〜」
「…そんなに斬ってないしそういう意味の面白いじゃないよ。
とりあえず、今から向かう」
ええ?どう意味ですか〜?という間抜けた声の主との電話を切り、俺はハンガーに掛けてある黒いコートを羽織った。
ドアを開け、洗い物をしている彼女に声をかける。
「ごめん、ちょっと出かけてくる。
夜には戻るよ」
「…あ、はい!行ってらっしゃいませ!」
突然の事に驚いたのか、彼女は肩を震わせた。
「…やっぱり、面白いかも」
「…?なにか言いました?」
「…いや。それじゃ行ってくる」
玄関のドアを開け、外に出た。
「……さて」
ここからは、裏の顔といこうかーーーーー