2,関係変化
「えっ何それ!!!!超シンデレラストーリーじゃないの〜!」
「どこが?!?!」
とりあえず、家に帰って綾那に説明した。
綾那は私の事を心配するどころか喜んでいる。ひどい。
「だってあのホワロのコート汚したのに一週間分の仕事だけで許すなんて天使か悪魔の二択しかないわよ。でも、その前にあなたを助けたんだからきっと天使の方よ」
「うーん、だといいけど…
もし悪魔の方だったら後で色々請求してくる可能性あるからなぁ。。。」
「とりあえずあなたが選べる道は明日その人の家に行く事しか無いわね」
「うん…」
あの時の会話が脳裏に浮かぶ。
『ーーーいやいやいや?!
天下のホワロですよ?!お金、遅くなってでも払います…!』
『別にコートの事は気にしなくていい。
…ちょうど前いた家政婦が辞めちゃったから、探してたんだ』
『いや、でも』
彼の表情がすっと変わった。
『ーーーいいね?』
あの時の彼の表情は、顔は笑っていても目は笑っていなかった。
「これ以上何も言わせない」というようなオーラと共に。
『……は、はい…』
とりあえず私は承諾するしか無かった。
「そっかぁ〜〜〜
じゃあ、七葉にもとうとう春が来るのね〜」
「来ない」
意味わからん。
綾那は「もしかして玉の輿〜?どうしよ〜」とか1人で騒いでるけど気にしないでおこう。
とにかく、何の問題も無く一週間を終わらせられればいい。
…その人が悪魔でない事を祈るだけだ。
*
そして来てしまった次の日。
朝の8時を回った。
彼から住所を聞いて、やって来たはいいものの…
マンションの格がやばかった。
高層マンションの8階。
しかも私達が住んでいるようなマンションではなく、ロックは鍵ではなく暗証番号8桁。
そして極めつけはペントハウスという事だ。
何LDKかも想像がつかないほど四方八方に部屋がある3階建て。
「……………………」
私は危うく荷物を落としそうになった。
世界にはこんな凄い部屋があるのか…
人間って理不尽だな………(意味不)
彼は一体何者なんだろうか?
こんなに広い家なら、維持費だけでも莫大な金がかかるはずだ。
でも住んでいるから、払えているのだろう。
確かに綾那の言う通り玉の輿……いやいややめよう。
「どうしたの?」
後ろから彼が声を掛けてきた。
一条さんは今日はグレーの薄手のセーターに、下は長ズボンを履いている。
どちらもWhite Roseーーホワロと並ぶブランドものだ。
そして、今日の一条さんは昨日会った時と一番違う点…それはメガネを掛けていることだ。
太くもなく細くもない黒縁の四角いメガネ。
セーターとメガネと一条さんの顔の相性が良すぎて、客観的に見てもかっこいいと思う。
ていうか、今はそれどころではなく…
「ど、どうもなにも…スケールが違いすぎて…」
やっと出せたのがこの言葉だ。
とりあえずこの部屋を見て、私がホワロのコートを汚しても彼が一切怒らなかった理由がわかった気がする。
「まあ、仕事が割と成功してるからかな。
…それで仕事は何時からやってくれるの?」
「…はっ!すみません!今すぐやります!!!
…えっと、一条さんはいつお帰りになりますか?」
多分普通ならもう仕事に行く時間だ。
依頼人が仕事に行っている間に、掃除や洗濯を済ませて、帰ってくる時間に合わせて晩御飯を作って帰る。
これが普通のパターンだ。
私の場合は、ここに掃除に力を入れるけど。
だから、まずは依頼人が帰ってくる時間を把握しなければいけない。
彼はきょとんとした。
「帰る?」
「…は、はい。一条さんが仕事からお帰りになる時間に合わせて晩御飯を作りますのでお時間を…」
「………」
え?なんで黙るの………?
「……仕事、大抵家でやるんだけど」
えええ?!
そしたら掃除が出来ないんですけど…
「え、…え?」
「何か不都合でもあるの?」
不都合ありすぎだ。
「そうすると大掃除が出来ないので…」
「えっ、そんな大規模な掃除するの?」
…あ、そうか。
彼は私の評判を知らないのか。
とりあえず、彼に私の仕事のスタンスを話す。
彼は感心していた。
「…へぇ、普通の家政婦とはちょっと違うのか。面白いね」
「…なので掃除をする時にいらっしゃるとちょっとやりずらいといいますか…」
私がぼそぼそと喋ると、彼は少し考えてから言った。
「別に俺は気にしないけどね」
いや、だから私が気にするんだって!
ただでさえコート(高級)を汚したのにこれ以上汚い空気に彼を触れさせたら私が天罰を受けそうだし。
「…じゃあこうしよう。大掃除する時だけ言ってくれれば2階なり3階なり移動するから。それでいいかな?」
「わ、わかりました…」
…あれ?なんで一条さんが頼んでるんだ…?
………私最悪すぎでしょ…。
一週間働くだけの弁償で勘弁して貰ったのに気を使わせるなんてクズの極みじゃん…
これ以上わがままを言っていたらもしかしたら彼が天使から悪魔になってしまう。それはマズい。
「すみません…ほんとすみません…」
「気にしなくていいよ。
で、今日はどこの大掃除するの?」
大掃除の場所は日替わりで変えていく。
そうすると、丁度一週間で家全体を掃除出来るのだ。
だけどこの家は広すぎるから、てきぱきやらなきゃな。
よし、仕事モード。
「…とりあえず今日は風呂場とトイレにします。トイレは全部で何個ありますか?」
この豪邸は3階建て。
トイレは一つだけではないのは私でもわかった。
しかし彼は私の予想を見事に裏切ってくれた。
「トイレは階ごとに一つずつだから3個。
あと、風呂が2個かな」
…ん?
風呂が……2個………だと?!
この人、油田でも掘り当てたのか?!
「あ、でも一つは全然使ってないから掃除しなくていいよ」
キターーー!
「使ってない」!!
使ってないということは、「手入れしていない」という事だ。
これは掃除する甲斐があるに違いない!
「いえいえ!喜んでやらせていただきます!!」
私の仕事スイッチは完全にオンになった。
このピカピカな豪邸の中に手入れしていない所があるならやる気も出るものだ。
「では、早速1階のトイレから…」
荷物を持って勢いよくクルッと向きを変えた時、私の右足が変な方向に傾いた。
ーーー転ぶ!
目に大理石の床が映った。
これ、頭打ったら死ぬパティーン………
「………きゃ………」
ーーーそして。
ドサッと、瞬時に動いた影によって私は転ぶのを免れた。
「ーーーーっ」
恐怖で閉じた目をゆっくり開くと、私は後ろから抱きとめられる様な形で一条さんに支えられていた。
「大丈夫?」
一条さんは少し驚いた顔で私を見下ろした。
澄んだ瞳がメガネ越しに私を見つめる。
すぐ近くに一条さんの顔を感じて、私は咄嗟に起き上がった。
「…だ、だだ大丈夫です!あああありがとうございますっ」
…ち、近い!
恋愛経験ゼロな私には赤面モノのレベルなんだ!
ちなみに、学生時代とかお金稼ぐのに必死でそれどころじゃ無かったんだよ!(謎の弁明)
「この調子だと風呂場でもコケるんじゃ…」
「大丈夫です!大丈夫ですから!
これでもプロなんで!!!」
私は必死で首を振る。
たかが大理石でコケてから「プロです」と言っても説得力無いだろうけど……。
とりあえず、口先だけより行動で示さなければ。
これ以上迷惑をかけないようにしないと。
「で、では行ってきます!」
「うん、よろしく」
彼は目を細めて微笑んだ。
この時ドキッとしなかったと言えば…嘘だ。
*
…何故だろう。
今まで仕事してる時(物理的に)コケたり(精神的に)コケたりしたことは無かったのに。
…そして、さっき助けてもらった時の記憶が頭から離れないんだけど何故だ。
…いやいや落ち着け私、きっとこれは気の緩みだ。
最近仕事も増えてきたから調子に乗ってるんだ。
気を引き締めねば…!
私は勢いよく立ち上がった。
まずは1階のトイレ。
一応綺麗に手入れはされているようだ。
…だかしかし、私の目は誤魔化せない。
細かい所を見ると実は汚れやホコリは沢山ある。
例えば便座の裏側の端や、後ろのタンクのフタとか。
…そういえば一条さんって本当に一人暮らしなのかな?
一応本人は1人だって言ってるけど…
トイレに向かう時洗面所見たけど、確かに歯ブラシとか1つだったし…。(何見てんだ)
でもこんな豪邸に1人だなんてにわかに信じ難い。
「会社は、TαTα(ターター)か…」
私は荷物の中にある分厚いファイルから、TαTαの会社のトイレの取り扱い説明書を探して取り出す。
今から、この(・・)トイレ(・・・)を分解する。
タンクから便座まで、全てだ。
そうすると、一つずつ掃除することが出来て便利だからだ。
私はいざ掃除するべく、マスクとゴム手袋を装着した。
「…よし、やろう」
仕事モード突入だ。