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灰色の薔薇  作者: 白夜琉音
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【第一部】1,状況変化

そうーーー確か、あの日は大雨だった。


雷が時折鳴り、光るごとに私達の姿が映し出された。



私は傘の取手を強く握りながら、兄の背中に話しかける。


「お兄ちゃん、待ってよ!こんな夜遅くにどこへ行くの?」



兄は答えなかった。


兄は私の質問には答えずに、私の方を向き直って一言だけ言った。




「…時が満ちたら、また会おう。



母さんの、為なんだ」



私にはその言葉の意味が分からなかった。


21歳になる今でもわからない。



こうして、私の兄ーーーーーー(しゅう)は私が10歳の時姿を消した。



私は今でも、彼の帰りを待っている。






不意に、意識が浮上した。


「っ………!」


冬に近づいてきているのか、頬に当たる温度は少し冷たかった。


額に手を当てる。


「……また夢か…」


兄の愁が11年前にいなくなって以来、兄が姿を消す時の夢をよく見るようになった。


気を落ち着かせていると、今の温度とはかなり違う陽気な声がドアの開く音と共に飛び込んできた。


「七葉ッサァ〜〜〜〜ん!朝ですよ〜〜〜〜!!!起きてくださ〜い!!!

ってもう起きてるか」


「相変わらずテンション高いね…おはよ」


「人生は明るく、楽しく生きなきゃ損よ!!!さあ!!Let's ウェイクアップ!!!!」


そうして陽気な声の主は私の掛け布団を足の方から掴んでバッと上げた。


当然冬に近いので寒い。

一気に部屋の冷気が布団の中に入ってきた。


「うわぁぁぁあ!!!ちょ、寒い!!」


「ホラホラ!!起きるのよ!起きなさい七葉姫!!!!」


「わかった!わかったから!!あと姫じゃない!」


なんてテンションだ。

まあ、お陰で目は覚めたけど。


彼女はやっと手を止めて、私の温もりがかろうじて残っている布団を解放した。




「それじゃ早く準備して、朝ごはん食べてね。今日は新作を作ったのよ」


彼女はそう言ってさっさと部屋から出ていってしまった。


私は布団から出て洗面所に向かう。



さっきの陽気な彼女ーーーー三浦綾那(みうらあやな)は高校時代からの友達で、私とシェアハウスして一緒に生活している。


家賃は毎月半分ずつ負担。

生活費はそれぞれ自分で賄うというのがルールだ。


そして、1日分のご飯は日替わりで交互に作っている。


ちなみに綾那はとても料理が上手い。


元は綾那の彼氏(現在単身赴任中)に喜んで貰うために勉強したが、思ったよりハマってしまったらしく今では自分流の味付けや組み合わせを極めだしている始末である。


だから彼女が言う「新作」は、また新しい料理を開発したから食べてねという実験台のサインだ。

実験台と言っても、彼女の料理に失敗はほとんど無いので毎回楽しみにしている。




支度を済ませてリビングに向かうと、綾那が座って待っていた。


「遅いわよぉ〜。さ、早く食べて!

久しぶりの新作なんだから」


「ごめんごめん。

で、どれが新作?」


「これよ!!!名付けて、アボカドサーモンのクリームチーズマフィンよ!!!」


そのまんまじゃねぇか!

心の中でそう思った。


綾那命名「アボカドサーモンのクリームチーズマフィン」なるものは、トーストとコーンスープの隣に置いてあった。


マフィンカップにクリームチーズでアボカドとサーモンが包まれるように乗っている。


アボカドとサーモン。

確かに意外な組み合わせだ。



私は正直な感想を口にした。


「おいしい!」


「ほんと?よかった〜♡

今日からまた新しい人でしょ?頑張って欲しくて」


ああ、綾那が天使に見える。いや天使だ。

さっきネーミングセンス悪いなとか思っちゃってごめん。




…そう、私は今日から新しい人の()で働くのだ。


なぜならーーーー何を隠そう、私の仕事は「家政婦」だからだ。


でも、普通の家政婦をやっている訳では無い。


普通の家政婦は依頼人の家の掃除をしたり、ご飯を作ったり、生活必需品の買い足し…などをする。



だが、私の場合は違う。

例えば風呂の掃除なら、ただ掃除をするのではなくてカビ取りや汚れ落としなど、完璧に隅々まで掃除をするという新しいモノだ。


勿論風呂だけではなく、リビングやエアコンのフィルターなども該当する。


まあ、簡単に言えば掃除専門の人と家政婦が合わさったような物だ。


小さい頃から掃除が好きだったので、試しに家政婦と掛け合わせて売り込んでみたら意外とブレイクしてしまったのだ。


本当は一つの所に長く勤めるのが普通だが、最近は掃除の腕の評判が高くなり色んな所から声がかかってしまい契約は1回一週間が基本になってしまっている。


そのため巷では私のことを「契約一ヶ月待ちの家政婦クリーナー」と呼ぶらしいが、はっきりいってクリーナーとはちょっと不快だ。

まあ仕事があるのは有難いから嬉しいけど。


そんなわけでセレブな方の目にもとまって、いい感じにご贔屓にして頂いている。



「やっぱり綾那は記者なんかやってないで料理の道に進むべきだと思うんだけどなぁ」


「趣味は趣味、仕事は仕事よ。

料理は好きだけど、人にインタビューしてる時ほど楽しい時は無いし〜」


とかぶつぶつ言って綾那は朝食を食べ始めた。


「…そういえば、さ。」


「ん?」


「額に手を当ててたって事は、またあの夢を見たのね」


「うん…まあね」


私は食べる手を少し緩める。


「相変わらずのブラコンなんだから。

お兄さんの方も酷いわよね、10歳だったピチピチな少女を置いて消えるなんて」


「でもお兄ちゃんは『時が満ちたらまた会おう』って言ったもん」


「でもお兄さんは戸籍から抜けてるのよ?

こっちから探す手立てすら無いのに」


「…だから極力有名になって、見つけて欲しいの」


…そう。有名になりたい理由。


それは兄に自分の存在を知らせたいからだ。


そうすれば兄も私のことを見つけやすくなる。


そう信じて、今まで頑張ってきたし、これからも頑張るつもりだ。


「そうね。…でも、七葉」


あ、きっと来る。例の話題。


私は心の中で身構える。


「早く結婚はしなさい!!!女は結婚する事によって真の幸せを得るのよ!!!!」


これが彼女の口癖。

彼氏いない歴=年齢の私にとっては頭に痛い話だ。


正直言って学生時代は恋愛してる暇が無かったのだ。

父親が定年に近づいて来ていたのでひたすら家政婦のバイトをしてお金を貯める日々だった。


しかも「彼氏」という存在の必要性をあんまり感じないし。


それに、(もし)結婚したら仕事が出来にくくなって知名度が下がる→兄が見つけにくくなってしまう。

だから結婚はだめだ。


…と、そんな事を言っていたら、21歳になっていた。


「いやだから、結婚はお兄ちゃんが見つかるまでしn」

「はいはい黙る黙る!!!これだからブラコンは!ファーストキスもまだの21歳なんて早々いないわよ!」


思わずお茶を吹きそうになった。


「げほっ…ちょ、それ言うな!」



綾那に色々言われながらもとりあえず朝食を食べ終わった。


時間は午前9時を回った。

依頼人との待ち合わせは午前10時に少し遠くのカフェなので、そろそろ家を出なければ。


ちなみに綾那は急にスクープが入ったとかなんだとかで家を飛び出して行ってしまった。


私は身だしなみを整えて、家を出た。





目的地のカフェに着いてきょろきょろしていると、向こうから声を掛けてくれた。


「波原さん」


「…あ。

依頼人の春日さん…でしょうか?」


「ええそうです。どうぞ座って下さい」


私は促されて席に座る。

今回の依頼人は市議会議員の息子さんだそうだ。歳は私より少し上だろうか。


服はブランドもののスーツを来ていて、身につけている時計も高そうだ。

セレブのランクで言うなら…5段階中の4くらいだな。



「…では確認なんですが、明日から7日間、掃除のみという契約でよろしいでしょうか?」


「ええ。お願いします。

なるべく日中は部屋を空けておくようにしますね」


「助かります。大規模な掃除ですので家にいて心地いいものではないですし…」


一応私の契約では、掃除する時間は家を空けてもらう様にお願いしている。

大掃除している空間にいてもあまり気分がいいものでもないし、なんかやりずらいから。


「じゃあ、ここにサインをお願いします」


よかった〜とりあえず成立。

これで今月の家賃は払える!


心の中でガッツポーズをしていると、春日さんのサインをする手が止まった。


「…あのさ、」


「…はい?(はやくサインしないかな)」


「この契約が終わったら、続けてもう一週間出来ないかなぁ?」


…あ、これめんどくさいパターンのお客さんかも……。心の中でそう思った。


彼の望みは聞き入れられない。

来週の予約はみっちり決まってしまっているし、ずらす事なんて出来ないのだから。


「…すみませんが、それは不可能です。

来週の依頼人の方ともう話をしてしまっているのでーーー」


「どうしてもダメなの?

俺の父さん、一応議員なんだけど」


お前は議員でも何でもねぇだろ!


「…不可能です。すみません。

どんな理由であれ、1回分は一週間のみと決まっていますので…」


とりあえずここまでは営業スマイルで行こう。

市議会議員とか言うから予測はしていたけれど、こんなにタチ悪いとは思わなかった。


向こうも段々イライラしてきたらしく、敬語の面影は完全に消えた。


「冗談よしてよ。雇ってる側が頼んでるのに?

…こりゃ参ったな。どうせ来週の客はうちと違って庶民の家だろ?ちょっと謝れば済む話だろ」


…残念ながら、息子くん。


来週の依頼人は……国会議員サマサマなんだ。




そう言いたい気持ちをぐっと堪えて話に応じる。


次で引き下がらなかったら、今週の契約も破棄する。うん、そうしよう。


「もしもう一度契約したい場合は、契約満了後にまた連絡して頂ければ応じますので…」


彼はとうとうイライラが頂点に達したようだ。



「ふざけんなこの野郎!」


彼はとっさに冷茶が入ったグラスを手に取った。



……あ、お茶かかる。


まあ、そこまで高価な服じゃないし、乾かせばいっかーーーーと思っていたその時。



誰かが彼の腕を掴んだ。


ちなみに私ではない。

襲ってくるであろう水の勢いを避けるために反射的に手で顔を覆っていたから。



冷茶は、私にではなく彼の腕を掴んだ人の腕にかかった。


「…………?」


私は恐る恐る顔を上げると、自己中野郎ともう一人、見知らぬスーツの男が立っていた。


まず目に入ったのは…黒髪に、澄んだ濃い茶色の瞳。

整った顔立ちで静かながらも目を細めて依頼人の腕を掴み睨みつけていた。



「…っ?!痛てぇよ何するんだこの野郎!」


自己中野郎はまた怒り出した。


すると、見知らぬスーツの男は掴んでいる腕を乱暴に引き放った。

そして、冷笑を浮かべて1歩自己中野郎に近づいた。


「…市議会議員・春日洋一の息子、春日輝弘(てるひろ)

お父さんはそれなりに有名な市議会議員だ。

そんな市議会議員の息子がこんな騒動を起こしたと世間に知れ渡ったら…

お父さんはどうなるとも思う?」


「…はぁ?何が言いたいんだよ!」


自己中(以下略)は完全に自暴自棄の様な顔だ。

それとは逆に例の彼は冷静に、一言ずつ自己中の行動を怯ませていく。


「今すぐ立ち去るか、世間の噂の餌食になるか…どっちがいい?」


周りを見渡すと、他のカフェのお客さん達が写真を撮ろうと携帯を取り出し始めていた。

これが彼のいう世間の噂の餌食なのだろう。


「…くそっ!」


自己中は逃げるようにカフェを後にした。


お客さん達も席に座り始めて、また元の状態に戻った。



…はっ!お礼!


彼に話しかけようとした時、向こうから話しかけてきた。


「怪我はない?」


自分の心配じゃなくて先に人の心配をするなんて、さっきの自己中野郎とは大違いだ。


「はい、大丈夫です…

って、それよりあなたの腕が…!」


まだ先に心配したのはそこだ。

見事に右腕一面に冷茶がかかってしまっていた。


…ん?待てよ……このスーツ………


スーツのボタンには、白い薔薇のマークが彫られていた。

そう、という事はこのスーツは超高級ブランド『While Rose』ではないか!!!


1着ウン百万するとりあえず高い代物だ。


「こ…これって…ホワロのスーツでは…」


私は青ざめた。

このブランドは高級さにこだわり過ぎているため、繊維の問題から水が付着すると質が悪くなってしまうのだ。

しかもかかったのはお茶。


落とすにはやっぱり水を使わなければいけないから、スーツをダメにしてしまう。


家政婦の仕事としてシミ抜きもよくやってるけど、ホワロの衣服の汚れだけはどんな技術を持ってしても落とせないのだ。


なぜよりによってホワロかな………



波原七葉、最大のピンチかもしれない。


「ああ、まあそうだけど気にしなくていいよ」


「いやいやいや天下のホワロですよ?!

す、すぐに弁償を………」


「……。

これ200万したんだけど、そんな額すぐ払えるの?払えないでしょ?」


「う………」


ごもっとも過ぎて何も言えない。

確かに、今持っている金を総動員させても200万は達しない。

だが相手は天下のホワロだ。借金をしてでも払わなければ!!!


私が何も言えずにいると、彼はこちらに近づいてきて机の上の契約書を手に取った。


「へえ、家政婦ね」


「……………」


「…じゃあ、これで弁償でいいよ」


「………と、言いますと…?」



彼は一呼吸置いて、言った。




「この契約の空き、俺にしてよ」


それが、彼ーーーー一条天(いちじょうてん)との出会いだった。

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