41 古竜復活
その日。
王宮では、異例の事態が起きていた。
ニヴレア王立騎士団の全員招集である。
普段、ニヴレア王立騎士団は、各自の判断によって行動している。
もちろん緊急時には――たとえば一般的な冒険者の手には負えない大型モンスターが現われたときには国王が直々に命を下すこともある。
だが、五十人にも及ぶメンバー全員が召集されるというのは稀だ。
少なくとも入団して五年目になるロゼッタにとって初体験だった。
どうしたって緊張が走る。
周りを見てみれば、やはりベテランの騎士たちも、いつもより背筋を伸ばしている。
ここが謁見の間だから、などという理由ではない。
いくらこれから国王陛下と会うからといって、剛胆な騎士たちが萎縮する道理がないのだ。
全ては、王宮全体に漂う並々ならぬ気配を察してのこと。
そして、ようやく現われた国王は、玉座に腰掛け、立ち並ぶ騎士団を見回し、口を開く。
「宮廷魔術師たちによって、古竜復活の徴候が観測された」
なん、だと。
ロゼッタは一瞬、王の言葉を理解できず硬直した。
しかし、いつまでもそんな贅沢は許されない。
嫌でもそれがもつインパクトが全身を駆け巡っていく。
古竜、復活。その徴候。
「陛下。それは確かなのですか? もし本当だとすればこの国は……いえ大陸そのものが危険です」
全員の思いを代弁するように、騎士団長が質問を飛ばす。
それは無礼なまでに強い口調だったが、王を含めて誰も咎めない。
そして国王はゆっくりと首を振る。
「……残念ならが確かだ。そうでなければお前たちを集めたりしない。場所はカルバ山」
それは、五百年前に古竜が封印された地だ。
いつか封印が解けるだろうとは予測されていたが、まさか自分が生きているときにそれが起きるとは――。
ロゼッタを含め、全員が思っていることだろう。
「陛下。いかがなさるおつもりで?」
「言うまでもない。完全に復活する前に叩く。お前たちは出兵の準備を進めろ。そして冒険者ギルドにも協力を仰げ。何人犠牲にしても、古竜を倒す。なにせカルバ山は国境沿いだ。このニヴレア王国で復活した古竜が他国に被害を出せば、国際問題になる。そうなる前に何としてでも再封印、あるいは討伐するのだ」
古竜の復活は、間違いなく世界レベルの危機だ。
そんなときに国際問題も何もないとロゼッタは思うのだが、しかし国王のいうことは間違っていないのだ。
古竜討伐に失敗し世界が滅びたら、それは当然、最悪の結末。
古竜を倒したが近隣諸国に被害が出たとなれば、ニヴレア王国が叩かれる。
であれば最良の結末は、被害がこの国の中にとどまっている内に全てを終わらせること。
ああ、まったく面倒だ。
なんだって五百年前の勇者は、この国に古竜を封印したのだろう。
せめてカルバ山の向こう側で戦ってくれれば、隣の国の問題になったのだ。
なんて愚痴っても始まらない。
平和ボケしていても騎士は騎士。
すぐに立ち直り、瞳に光を灯して動き出した。
※
ミミリィの村では、三日三晩ほどワイワイガヤガヤとお祭り騒ぎが続いた。
アリアが酒を飲んで脱ぎ出したり、エリーが獣人みんなの耳と尻尾をモフモフしまくって困らせたりと、楽しい三日間だった。
そしてミミリィの両親は、再び冒険者として旅立っていった。
やはり二人とも、一カ所にジッとしていられる性分ではないようだ。
「ミミリィ。あなたも来る?」
母親にそう問われたミミリィだが、すぐに首を振った。
「私はもうしばらくテツヤたちと一緒にいる」
「あらそう。じゃあまたそのうちね。身体には気をつけるのよ」
「分かってる。お父さんとお母さんも気をつけてね」
そんな感じで別れ、そして俺たちは王都に帰ってきた。
無論、ミミリィも一緒である。
「さーて。今日からまたノンビリするかぁ」
なんて思っていたのだが、どうも王都が騒がしい。
あちこちからザワザワと声が聞こえてくる。
いや、王都が騒がしいのはいつものことだけど、今は何やら不穏な気配が漂っているのだ。
「どうしたんでしょう? 冒険者ギルドに行って聞いてみましょうか?」
「そうするか」
俺は家に帰らず、冒険者ギルドにベッドを直行させる。
そして、驚くべき情報を聞くハメになる。
「古竜が復活するらしいのよ。あなたたち知らなかったの?」
受付のお姉さんに呆れ声で言われてしまった。
古竜。
その言葉を聞いた途端、アリアが「どひゃああっ!」と叫び、ミミリィが尻尾の毛を逆立て、エリーが目をまんまるにした。
ああ、何と驚くべき情報……と言いたいところだけど、俺、その古竜っての知らないんだよね。
けど、受付のお姉さんに質問したらバカだと思われるので、まずは家に帰る。
バルコニーからベッドを中に入れ、ようやく到着だ。
「んで。古竜ってなんなんだ……って、おい、みんな。まだ固まったままなの?」
三人の少女たちは、口をあんぐり開けたまま、どこを見ているのか分からない表情をしたいた。
俺がバチンと両手を叩くと、ようやく「はっ」と気が付いてくれた。
「い、いつの間に家に帰ってきたのですか!? 古竜! 古竜はまだ復活してませんよね!?」
「ふぇぇ……お兄ちゃん、エリー、古竜こわいよぉ!」
「私もガクブルしてる」
なんて言いながら、全員が一斉に俺にしがみついてきた。
尋常な恐がり方ではない。
どうやら古竜の復活というのは、ただ事じゃなさそうだ。
「お、落ち着こうか皆。俺がいるから大丈夫だよ」
「……テ、テツヤさん……古竜が相手でもいつものように、さすテツしてくれますか?」
「するする。絶対する。だから大丈夫」
「お兄ちゃぁぁん……エリーのこと守ってね!」
「今回ばかりは私もテツヤに甘える。ごろにゃーん」
やはり皆の様子がおかしい。
特にミミリィなど、狐耳のくせに「ごろにゃーん」だ。
キャラを見失うほどの状況らしい。
とにかく、古竜とはなんぞや、というのを聞き出さないと始まらない。
俺はガクブルする彼女らをなだめすかし、古竜の情報を少しずつ聞き出す。
いわく。
古竜とは千年以上生きたドラゴンのことらしい。
その力は、かつて俺が森で倒したドラゴンの比ではなく、一国どころか大陸そのものが危ない存在だという。
しかし今から五百年前、勇者と呼ばれる男が圧倒的な剣術と魔力を駆使し、古竜をカルバ山という場所に封印した。
己の命と引き替えに。
古竜の伝説は今でも人々の間に語り継がれている。
強い。とにかく強い。
なにせ言い伝えでは、その古竜一匹によって、十の国が滅びたというのだ。
こうして聞いているだけで、俺も背筋が凍る思いだった。
そんな奴が復活するかも知れないとなれば、彼女らの怯えようも分かる。
「……けれど、大丈夫! むしろ良かったじゃないか。俺がこの国にいるときに復活するんだぜ? ナイスタイミングだ! 今までで一番のさすテツを見せてやるぜ!」
俺のレベルはいまや3000を超えている。
生涯を武に捧げた人の三十倍。
天才と自称していたミミリィのお母さんの十二倍。
大丈夫! のはず!
けど心配だから、ちょっと歩いてこよう……。




