38 二人目の幽霊登場!
「テツヤさーん、エリーさーん!」
試合が終わったあと、観客席からやたら元気な声が聞こえたので見上げると、最前列でブンブン手を振っている金髪の少女がいた。
「おお、アリア。それとミミリィ。そんな近くで見てたのか」
「ふっふっふ。そりゃもう、魔法幽霊少女エリーさんの活躍を見るためですからね!」
「魔法幽霊少女エリーは私たちが育てた」
アリアとミミリィは観客席から身を乗り出し、二人でVサインを送ってくる。
エリーも笑顔でVサインを返した。
「エリー。次の試合まで時間あるし、俺たちも観客席に行くか」
「うん。他のモンスターがどんな戦い方をするのかも気になるし」
というわけで、俺とエリーは控え室に行かず、アリアたちのところへ行く。
「こっちですよー」
アリアが大きな声で俺たちを呼ぶ。
ちょっと恥ずかしい。
「あ、こんなところにジョーイがいるわ!」
エリーがいつも抱きかかえているクマのぬいぐるみが、席を一つ占領していた。
「テツヤさんたちが来るかもしれないと思って、一つ余分に席を取っておきました!」
それは迷惑になるんじゃなか……と思ったけど、別に満席というわけではないから、いいのかな?
埋まっているのは最前列だけだ。
「けど、ジョーイをどかしても、俺とエリーのどっちかしか座れないな」
「大丈夫だよお兄ちゃん。まずお兄ちゃんが座って、その膝の上にエリーが座って、そしてエリーの膝の上にジョーイが座るのよ!」
「むむ。テツヤさんの膝の上とは羨ましい話です! しかし今日はエリーさんが主役なので、譲りましょう!」
「わーい」
仕方ないなぁ、と思いつつ、俺はジョーイを退かして席に座る。
すると、すかさずエリーがお尻を俺の太股の上にのっけてきた。
幽霊モードのままだから、ひんやりする。
あと、せっかくだから抱きしめようと思ったのに、スカスカ貫通してしまう。
ならば実体化だ!
よし、これでエリーのお尻から体温が伝わってくるし、ギュッと出来るぞ。
「お兄ちゃんに抱っこされちゃった!」
「ぐぅぅ……羨ましい、妬ましい!」
隣にいるアリアが歯軋りしながらこっちを見てくる。
かなり本気で嫉妬しているらしい。
大人げない奴。
「三人とも。遊んでないで、ちゃんと試合見たら?」
ミミリィがぼそっと呟く。
俺たちが遊んでいる間に、次の試合が始まっていた。
もっとも、エリーに比べたらレベルが低すぎて、正直、見なくても言い気がする。
それよりも膝の上にいるエリーを可愛がるほうが重要だ!
「もう、お兄ちゃん、くすぐったいよー」
「ごめんごめん、エリーが可愛くて、つい」
「ぐぬぬぬ! こうなったら私も魔法幽霊少女になるしかありません……!」
いや、幽霊になっちゃ駄目だぞ、アリア。
それ、死んでるから。
幽霊にならなくても、構ってあげるから!
「アリアは本当にお兄ちゃんが好きなのね」
「無論です! 大ファンです! 尊敬してします! そしてお嫁さんになりたいです!」
「でも、エリーもお兄ちゃんが大好きだからあげないわよー」
アリアとエリーの間で、バチバチと花火が散る。
「こらこら、ケンカするよな。そのうち俺が分身の術とか覚えるから」
「流石はお兄ちゃん。さすテツ、さす兄。でもエリーは、お兄ちゃんが何人いても、全部独占したいわ」
「な、なんて欲深い魔法幽霊少女でしょうか! そんな、百人のテツヤさんをはべらせて逆ハーレムを作りたいだなんて、想像しただけで鼻血が出るような妄想を……いけませんよ!」
なんだよ、百人の俺って。
「エ、エリーはそこまで言ってないわよ! って、アリア、鼻血でてる!」
「はうわっ!」
「はい、ハンカチ」
「あ、ありがとうございます、ミミリィさん……」
ミミリィから借りたハンカチで鼻血を拭き取るアリア。
それにしても逆ハーレムの妄想で鼻血を噴き出すとは……アリアの女子力は地を這っているなぁ。
※
そして一回戦の最終試合が始まった。
そういえば、控え室には十五体しかモンスターがいなかったけど、残り一体もちゃんと間に合ったのかな?
「お、入場してきましたよ!」
俺たちがいる席から遠いゲートから入ってきたのは、身の丈三メートル近くあるゴーレムだ。
レベルは53。控え室にいたモンスターの中では一番強かった。
対して、近いゲートから入ってきたのは……半透明の女性。
んん!?
まさかエリー以外にもゴーストが出場していたのか!
「お母さん……!?」
半透明の女性を見たミミリィは、突然大きな声を出して身を乗り出した。
その声が届いたらしく、アリーナにいる女性がこちらを見上げた。
銀色の髪を肩の辺りで切りそろえた、美しい人だ。
その頭のうえには狐の耳が生え、ひょこひょこと動いている。
「あら……? あらあら、ミミリィじゃないの。どうしてここに?」
慌てた様子のミミリィとは裏腹に、半透明の女性はのほほんとしていた。
どうやら二人は親子らしい。
そういえば最初に出会ったときミミリィは、両親が旅に出たまま帰ってこないから探したいとか言っていたなぁ。
ここで偶然の再会となったわけだが……透けているってことは、ミミリィのお母さん、死んでるの!?
「なに、ミミリィだと!?」
それから、アリーナの入り口から、獣人の男性が現われた。
それを見たミミリィは「お父さん!」と叫ぶ。
家族勢揃いだ。
しかし、お父さんのほうは透けていない。
「おお、ミミリィ。久しぶりだな。こんなところで会えるとは思っていなかった。元気にしていたか?」
「私は元気だけど……お母さん、どうして透けてるの?」
「うふふ。見たら分かるでしょ? お母さん、死んじゃったのよー」
と、お母さんはノンビリした口調で言った。
それを聞いたミミリィは、ポカンと口をあけて固まる。
普通、探していた母親が死んだと聞けば、悲しむに決まっている。
だが、こうやって目の前に幽霊がいて、呑気に笑っている場合は、どう反応すればいいのか?
俺は分からないし、ミミリィも分からないようだ。
「そ、そうなんだ……」
ミミリィはかろうじてそれだけ呟き、椅子に座り直す。
「つもる話はあるけど、試合が終わったらゆっくり話しましょー」
ミミリィのお母さんはマイペースに言って、アリーナの真ん中まで行く。
そして試合開始。
お母さんは攻撃魔術を乱れ撃って、あっという間にゴーレムを戦闘不能にしてしまった。
つ、強い……!
レベルが250もある!
どいうこと!?
生涯を武に捧げても、100にいたれるかどうかじゃなかったのか!?
これはマズいぞ。
エリーはレベル200の魔力しか制御できない。
50も差があるうえ、レベルリースの制限時間は三分だけだ。
分が悪いを通り越して、絶体絶命だ。
「お兄ちゃん、あの人のほうがエリーより強いのね……?」
俺の膝の上でエリーが呟く。
「あ、ああ……かなり差がある。多分、決勝戦で当たると思うけど……どうする? 幽霊同士の戦いだから、今までみたいに攻撃を無効化できないかもしれない。棄権してもいいんだぞ?」
決勝戦直前で棄権すれば、それでも準優勝。
準優勝の賞金はたしか金貨十枚だったが、それでも立派なものだ。
「お兄ちゃん、エリーはやるわ。だって一週間も修行したんだもの。仮に負けるとしても、全力をぶつけるわ!」
エリーが格好いいことを言い出す。
けれど、心配だなぁ。
幽霊だって、浄化されれば消えてしまう。
まあ、相手はミミリィのお母さんだから、消滅するところまではやらないと思うけど。
「ミミリィ。エリーはあなたのお母さんと戦うわよ。いいわね!?」
「……それはいいけど。私はどうしてお母さんが幽霊になっているのかが気になって夜も眠れない」
お母さんと再会してから、まだ一度も夜になってないじゃないか。
「では、お母さんとお父さんに直接聞きに行きましょう! 控え室にレッツゴーです!」
アリアがミミリィの手を掴み、勢いよく走り出した。
俺とエリーもそのあとを追いかける。
そして控え室に入ると、ミミリィのお母さんとお父さんが待ち構えていた。
「あらミミリィ。いらっしゃーい」
「お母さん!」
ミミリィは母親に飛びついた。
が、相手は幽霊。
その半透明の体を貫いて、床にビターンと落ちてしまう。
「もう、ミミリィったら落ち着きがないのね。もう十五歳でしょう?」
いやいや、お母さん。
久しぶりに会った母親が幽霊になっていたら、誰だって慌てますから。
落ち着きとかそういう問題じゃありませんから。
「早い話がねー。お母さん、ダンジョンで落とし穴に落ちて、死んじゃったのよー。で、気が付いたら幽霊になってたのー」
なるほど。本当に話が早い。
「すまん、ミミリィ! 父さん……母さんを守ってやることが出来なかった……!」
ミミリィのお父さんは悔しそうに呻く。
「……でも、お母さん、ここにいる」
「ああ、そうなんだ。だから父さん、あんまり悲しくないんだ」
「私も悲しくない……」
「まあ、酷いわ。自分の妻や母が死んだというのに、薄情な人たちねぇ」
ミミリィのお母さんは頬に手を当て、「あらあら」とほがらかに笑う。
変な状況だな!
もうちょっと悲壮感を出そうよ!
人が死んだんだよ!?
難しいとは思うけど、頑張って!
「ところで、その人たちは? ミミリィのお友達かしら?」
「そう、友達」
「あらまあ。いつも娘がお世話になっております」
「あ、いえ、こちらこそ」
幽霊にぺこりと頭を下げられたので、こちらもおじぎを仕返す……こんな日が来るとは、人生は何が起きるかわからないぜ。
「お兄ちゃん、そろそろ次の試合よ。行きましょう」
「お、そうか……じゃあ俺たちは行くんで。失礼します」
「はーい、頑張ってねー」
「頑張りまーす」
幽霊同士で手を振り合う。
呑気な死人たちだなぁ。