36 ほっぺにチュー
雲の上で遊んだ次の日。
幽霊実体化スキルの自由度を試すため、エリーに協力してもらうことにした。
「エリー。ちょっとそこに立ってて。試したいことがあるから」
「分かったわ」
実体化解除!
と、俺が念じると、エリーは再び半透明になった。
実体化!
と、念じると、また不透明になる。
「すごーい。お兄ちゃんって何でも出来るのね! さすテツぅ」
うーむ、我ながら凄すぎる。
世界が俺を中心に回っているみたいだ。
「テツヤさん、テツヤさん。このチラシを見て下さい!」
俺が自分に感心していると、街に買い物に行っていたアリアが、何やら興奮した様子で帰ってきた。
「どうしたんだ、アリア。雲の上で遊ぶよりも凄いことでもあったの?」
「いえ、あれに比べたら大したことありませんけど、私のテンションが高いのはいつものことなので!」
言われてみればそうだね。
「で、このチラシですよ。なんと来週、モンスター大会が開かれるというのです」
「モンスター大会?」
俺はアリアからチラシを受け取り、内容を確かめる。
ふむふむ。
早い話が、モンスターを捕獲し、それを育成し、一対一で戦わせるトーナメント。
年に一度、王都のコロシアムで開かれているらしい。
「優勝賞金、金貨五十枚ですよ! 私たち最近、冒険者の仕事をサボっているので、これで稼ぎましょう!」
「稼ぎましょうと言っても、来週だろ? 今からモンスター捕獲して育てるのは無理だと思うよ」
「そこを、さすテツでなんとか!」
「いやぁ、無理でしょ」
もしかしたら出来るかもしれないけど、あんまり興味がないからやらない。
それより、普通に冒険者ギルドに行ってクエストを受注すべきだと思うんだけど。
「お兄ちゃん。そのチラシ、エリーにも見せて」
そしてチラシを読んだエリーは、ニヤリと笑った。
「やっぱりね。十年前からルールが同じだわ。これモンスター大会って言ってるけど、人間以外なら何でも出場できるのよ」
「へえ……けど犬とか猫とか出してもモンスターには勝てないから、結局はモンスター大会になるんじゃないの?」
「普通ならね。けど、お兄ちゃん。私なら出場できるかも知れないわ。だって私、ゴーストだもの!」
エリーは胸に手を当て、ドヤ顔を作る。
確かに、幽霊モードのエリーなら、誰が見たって人間だとは思わない。
しかも触れることが出来ないから、相手の攻撃を全て無効化できる。
「けどエリー。君の攻撃方法は?」
「お兄ちゃん、忘れたの? 相手は私に触ることが出来ないけど、私は相手に触れるのよ」
「触るとどうなるの?」
「……ひんやりして、ゾクゾクって怖気が走るわ」
「それだけ?」
「それだけだと勝てないかしら……?」
「無理だと思うなぁ」
ビックリさせることは出来るけど、それだけだ。
負けはしないけど、勝つことも出来ない。
多分、最終的に判定負けになる。
「待って下さいテツヤさん。テツヤさんにはあのスキルがあるじゃないですか!」
「あのスキルって?」
「ほら。巨大イカと戦ったときに使ったスキルですよ。あれを使えば、エリーさんを強くすることが出来ます!」
「ああ……レベルリースか……」
レベルリースとは早い話、キスした相手に俺のレベルを分け与えることが出来るという、トンデモスキルだ。
ただし、俺と相手が相思相愛じゃないとレベルリースは発動しない。
「エリー、俺のこと、好き?」
「えへへ、お兄ちゃん大好きー」
予想どおりの答えだ。
俺のほうはどうだろう?
エリーのことを可愛いと思っているし、妹みたいだとも思う。
けれど恋愛感情となると……振り絞れば、なきにしもあらず?
しかしアリアは十歳だ。
キスしたら流石に犯罪的というか……いや、アリアは幽霊になってからの時間もいれると二十歳だ。
ゆえに大人の女性だ! と断言したいけど、やはり難しい。
【おまけして、ほっぺにチューでもいいですよ。その代わり効果時間は三分です】
ほんと!? それならいける!
「エリー。ほっぺにチューしていい?」
「え、そんな……アリアが見ている前で!?」
見られると恥ずかしいのか。
「では私は二階に引っ込みます。ついでに、お寝坊のミミリィさんを起こしてきます!」
アリアは階段を登り始めた……と思ったら振り返る。
「テツヤさん。あとで私のほっぺにもチューしてくださいね!」
「いいけど」
「やったー!」
アリアは二階へ向かう……と思いきや再び立ち止まった。
「なんなら、ほっぺじゃなくて唇と唇でもいいですよ! きゃー恥ずかしいです!」
勝手に盛り上がってドタドタと二階に消えていった。
変なの。
まあ俺としても、唇と唇はやぶさかではないけど。
「お、お兄ちゃん……私も、その……ほっぺじゃなくて、唇がいいな……」
「……エリーは、もう少し大きくなってからね」
「むー。エリーはもうレディなのに! けど、いいわ。お兄ちゃんがエリーを大切に思ってくれている証拠だもの。今はほっぺで我慢してあげる」
エリーは澄まし顔で言った。おませさんだなぁ。
ところで、レベルリースを使う前に、エリーの今のステータスを見てみよう。
名前:エリー・オルコット
レベル:1
HP:19
MP:7
攻撃力:2
防御力:3
素早さ:9
幸運:10
もの凄く、普通の女の子って感じだ。
そんなエリーのほっぺにチュッ。
レベルリースを発動。
まずはレベル100だけ与えてみよう。
名前:エリー・オルコット
レベル:101
HP:6080
MP:7312
攻撃力:261
防御力:326
素早さ:403
幸運:389
おお、これなら並大抵のモンスターには負けないな。
大会当日はレベル500くらいにしようか。
「お、お兄ちゃん……なんか変……体から力が湧き上がってきて、凄く熱い……」
「俺のレベルをエリーに少し分けたんだ。今のエリーはレベル101だよ」
「凄い! けど……どうしよう。力が有り余って……なんか出そう……!」
エリーは熱っぽい顔で呟く。
彼女の両手が淡く発光していた。
魔力が集まり、溢れ出しそうになっている!
「だ、駄目だエリー! そんな大きな魔力をここで放出したら、家が壊れる!」
「わ、分かってるけど……もう我慢できない……あぅ……だめ、出ちゃう!」
俺はエリーを担いで、急いで庭に出る。
そして、その両腕を掴み、空に向けて万歳させた。
瞬間、エリーの我慢は限界を迎えた。
両腕から放たれた魔力は俺たちの頭上で合わさり、巨大な火球を形成。
猛烈な速度で空の彼方へと飛んでいった。
その数秒後、王都の上空でドガンと轟音が鳴り響き、一瞬だけ、太陽が二つ並んだような状態になる。
近所の人たちが騒ぎ出し、ザワザワと外に出てきた。
まさか俺たちの仕業だとは思っていないだろうけど……気まずいので家の中に逃げる。
「はぅぅ……お兄ちゃん……魔力出したら力抜けちゃった……」
エリーは魔力をぶっ放した余韻でふにゃふにゃになっており、また担いで行かなければならなかった。
家に入ると、二階からアリアが大慌てで降りてくる。
「テツヤさん! 外から凄い音が聞こえましたが、何だったんですか!?」
「いや、エリーにレベルを分けたら、魔力が溢れ出してきて。空に向かって一発撃ったんだよ」
「はぁ、なるほど。私のときはひたすら体力が上がっただけで、魔力が溢れ出したりはしなかったんですけど……人によるのでしょうか?」
多分そういうことなのだろう。
同じレベルでも人によってステータスが違うみたいだし。
才能に合わせて伸びていくようだ。
つまり、エリーは魔術師としての才能がある。
「ところでアリア。ミミリィは?」
「それが……今の音でも起きなくて」
え、あの轟音で? 逆に凄いなぁ。
ある意味、俺よりもグータラだよ。
何せ今の俺は、エリーを抱っこして歩いてるからね!
凄い! 立派!
「……お兄ちゃん。エリー、もう一回さっきの出したい……気持ちよかった」
俺の腕の中で、エリーは恍惚とした顔で呟く。
どうやら、病みつきになってしまったらしい。
まあ、分からなくもない。
魔力の放出というのは気持ちがいいのだ。
「ほっぺにチューで強くなれるのは三分だけだから、もう効果が切れてるよ。それにエリーはお疲れみたいだから、また明日にしようか。そして大会まで、魔力のコントロールを練習するんだ」
「はーい……」
レベルリースに回数制限はないから、もう一度キスをすればまたレベルを分けることができる。
しかし、レベルがMPがどうこうという以前に、エリーはおねむのようだ。
ミミリィの隣に寝かせておこう。




