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35 雲合戦

「あー、美味しかった! 何かを食べるってこんなに素敵なことだったのね!」


 景色を眺めながらサンドイッチや果物を食べ終えたエリーは、とても満足げに言った。

 味そのものは普通だ。

 けれど、とびきりの景観に、楽しい話し相手。

 そして何より、エリーにとっては十年ぶりの食事なのだ。

 美味しく感じるに決まっている。


「エリーさん、凄い食欲でしたね! 結構多めに買ってきたのに、なくなっちゃいました!」


「えー、ミミリィのほうが凄かったわよ?」


「私は、沢山食べて大きくなりたいから」


 ミミリィはもともと食いしん坊だったが、エリーに出会い、より一層の栄養補給を決意したらしい。

 しかし、十五歳になっても小さいままだった人が、急に大きくなったりするのだろうか。

 大きいミミリィというのは、ちょっと想像が出来ない。


「さて。食べ終わったから帰るか」


「待ってよ、お兄ちゃん。せっかく雲の上に来たんだから、もっと遊びたいわ」


「遊ぶと言っても……」


 いくら雲が大きくて分厚くても、その上に乗ることは出来ない。


「いや、待てよ。もしかしたら」


 俺はベッドの上で足踏みをしてみた。

 すると案の定。


【レベル1496になりました】

【雲の上に乗っかれるようにするスキルを習得しました】


 これこれ。

 この都合の良さがいいんだよ。

 にしても最近、スキルの名前が適当だなぁ。


【申し訳ありません。考えるのが面倒で……】


 いや、使えればそれでいいよ。いつもありがとうね。


【お褒めにあずかり光栄です】


 ところでこのスキル。どうやって使うの?


【雲に手を向けて、乗っかれるようになれ、と念じれば、乗っかれるようになります】


 なるほど。いつも通り簡単で分かりやすい。

 そーれ、乗っかれるようになーれ!

 俺がそう念じると、手の平から光線がビビビと伸び、雲に当たった。


【これで大丈夫ですよ】


 本当に? 飛び乗ったらそのまま地上に真っ逆さまとか嫌だよ?


【私を信じてください!】


 ……分かった。信じよう。

 飛び乗ってやるぜ。


「あ、テツヤさん、何のつもりですか!」


「お兄ちゃん、危ない!」


「落ちる落ちる」


 ベッドから飛び降りようとする俺を見て、三人の少女は慌てて俺にしがみついてきた。

 そのせいで、全員まとめてベッドから転がり落ちてしまう。

 そして雲を貫き、どこまでもどこまでも……とはならなかった。

 雲はちゃんと、綿菓子のような感触で俺たちを受け止めてくれた。


「ど、どうなっているのですか、これは! 雲って水蒸気みたいなものだと思っていたのですが!」


 アリアは雲の上で正座し、目を白黒させる。

 ミミリィもきょとんとしていた。

 スキルを使った俺自身、割と驚いている。

 ただ一人、エリーだけがぬいぐるみのジョーイを抱きしめ、大喜びで飛び跳ねていた。


「すごい、すごーい! むかし読んだ絵本は本当だったのね! 雲は乗れるのよ!」


 エリーは雲の上にダイブし、笑いながらコロコロ転がる。

 とても楽しそうだ。

 そんなエリーを見て、アリアとミミリィもようやく現実を受け止めたらしい。立ち上がり、雲を見回しながら、合点がいったという顔で頷き合う。


「つまり、またしても『さすテツ』というわけですね!」


「さすテツ。この言葉で全てに説明が付く。便利な言葉」


 そこへエリーが転がりながらやってきて、一緒に「さつテツ!」と大きな声で叫んだ。

 うーむ、都合が良すぎて怖い気もするけど……この子たちが喜んでくれるならそれでいいか。


「見て見て。この雲、千切って丸めることが出来るわ」


 エリーは雲で団子を作って見せる。

 そして、それを俺の顔へとぶつけてきた。

 全然痛くない。むしろ柔らかくて気持ちいい。


()合戦ならぬ()合戦が出来ますね!」


 おお、それは楽しそうだ。


「ちょうど四人だし、二対二に別れて遊ぶか」


「どんなルールにしましょう!?」


「ちゃんと決めなくてもいいんじゃないか? なんとなくぶつけ合う」


 俺がそう言うと、


「待って。せめてエリーが空を飛ぶのは禁止にして欲しい」


 ミミリィが手を上げて異を唱えた。


「えー、いいじゃない。それがエリーの特技なのよ」


 エリーはぷくーとふくれ面になる。

 可愛い!

 しかしそれにしても、実体化した状態でも飛べるのかな?

 なんか無理っぽい気がする。


「エリー。ちょっと試しに飛んでみてくれないか?」


「え、どうして?」


「まあ、いいから」


「うーん……お兄ちゃんのお願いならいいけど」


 と、言ってエリーは頷き、そして……。


「あれ!? 飛べないわ! どうして!」


 やっぱりね。

 実体化したエリーは普通の人間と変わらない。

 幽霊っぽさは皆無だ。


「実体化して皆と触れ合えるようになった代わりに、幽霊としての力がなくなったんだね。だから飛びたくても飛べない。これで公平に雲合戦が出来る」


「むー、仕方がないわね」


 エリーは少し不満げだったが、飛べないものは仕方がない。

 俺だって浮遊スキルを使わないようにするし、皆の力に合わせて思いっきり手加減する。


「アリア、ミミリィ。エリーが空を飛ばないんだから、君たちもエリーに合わせてそっと投げるんだぞ。鍛えた冒険者の力で投げたら、雲の球でも危ないから」


「そのくらいは心得てている」


「がってん承知の助ですよ!」


 そんなゆるい感じで、雪合戦が始まった。

 ぽふんぽふんと飛んでくる雪の球は、どこに当たっても全然痛くない。

 それでも当たるのは悔しいから、皆、一生懸命逃げ回る。

 やはりエリーが一番楽しそうに笑いながら走り回っていた。


 しばらく雪合戦を続けたあと、今度は雲でお城やカマクラを作ったりして遊ぶ。


【そろそろ雲の上に乗っかれるようにするスキルの効果時間が切れますよ】


 夕方になる頃、メニュー画面がそう言ってきた。


「よし。じゃあそろそろ帰るか」


「はーい」


「遊び疲れた」


「……エリーも……眠いわ」


 十年ぶりに生身の体で遊び回ったエリーは、体力の全てを使い切ったらしく、雲の上にぱふんと倒れ、そのままスヤスヤと眠ってしまった。

 俺はそれを抱き上げ、ベッドに乗せる。

 アリアとミミリィはエリーの寝顔を覗き込み、そのほっぺをプニプニとつつく。

 しかし、そんな二人もやはり疲れたようで、帰りのベッドの中で眠ってしまった。

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