32 草津の湯
アリアの部屋を解約し、いらない家具を売り払い、空飛ぶベッドだけで俺たちは王都の家に引っ越した。
俺とアリアは新しい生活に心を躍らせる。
一方、ミミリィはまだ眠っていた。なんてマイペースなのだろう。
寝息を立てるミミリィを尻目に、俺は幽霊屋敷の扉を開ける。
すると、エリーがいきなり現われた。
「お帰りなさい、お兄ちゃん!」
ベッドの上に座っていた俺にエリーは抱きついてくる。
流石は幽霊。凄くひんやりした感覚が全身に走る。
せっかくなので抱き返してやろうと思ったのだが……
「腕が素通りしちゃうなぁ」
「ごめんね、お兄ちゃん……私が触ることは出来るんだけど、皆は私に触れないの」
それは不便だなぁ。
撫で撫でとかしたいのに。
「テツヤさん、何とかなりませんか。私もエリーちゃんをギュッとしてみたいです」
アリアが無茶振りしてくる。
俺はドラ○もんじゃないんだよ。
何でも出来るって訳じゃないんだ。
けれど、試してみようか。
ベッドから降りてテクテク。
【レベル1132になりました】
【幽霊実体化のスキルを取得しました】
なんというご都合主義!
やはり俺の状況に合わせてスキル覚えるようになってる!
ドラえ○ぉぉぉぉん!
【バレてしまいましたか】
うわぁ、メニュー画面がまた話しかけてきた!
【レベルが1000を超えると喋るんですよ、私】
そうなんだ! 一人ぼっちになっても寂しくないね!
【まあ、話し相手くらいにはなりますよ】
ありがとう! けど今はエリーを実体化させるよ!
【はい。頑張ってください】
よーし、頑張るぞ!
「エリー。生きていたときみたいに、皆が触れることが出来る体になりたい?」
「なりたい!」
「よし、じゃあ実体化だ!」
俺は「エリー実体化しろ!」と強く念じる。
すると透けていたエリーの体が、光を通さない普通の体になる。
「え、ええ!? こんな簡単に!」
エリーは変化した自分の体に驚き、手足をジロジロ見回す。
そんなエリーに対しアリアは「さすテツ」言いながら抱きついた。
「凄いです、触れます! 抱き心地がいいです! しかも温かい!」
「私……今抱きしめられてるの? 体温があるの!?」
「あります、あります! 生きてる人間と一緒です!」
アリアがそう答えると、エリーは涙をポロポロ流した。
「幽霊になってから誰もエリーと遊んでくれなかったのに……お話ししてくれたうえに……こんな、抱きしめてもらえるなんて……あ、ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん……うわぁぁぁん!」
十年間、ずっと一人ぼっちで幽霊をしてきたエリー。
その孤独は俺なんかには想像も出来ない。
けれど、これからは俺たちが一緒だ。
「子供が泣いてる……?」
そして今まで寝ていたミミリィが、むくりと起き上がる。
彼女は実体化しているエリーを見つめ、小首を傾げた。
「またテツヤが〝さすテツ〟したの?」
「はい。ご覧の通りです!」
「なるほど。じゃあ私もエリーに抱きつく」
布団からもぞもぞと這い出したミミリィは、アリアと一緒にエリーを抱きしめた。
エリーはまだ泣き止まない。
けれど、それは喜びの涙だ。
十年分、好きなだけ泣けばいい。
そして、あとで俺にも抱きしめさせてね!
※
「テツヤさん、この家、大きなお風呂があります!」
家の中を探険して回っていたミミリィが、興奮した様子で報告してくる。
風呂場は不動産屋で見取り図を見たときから気になっていた。
銭湯とまではいかなくても、五人くらいなら一緒に入ることが出来るくらい広い。
「よし、さっそく入ろう」
するとアリアと一緒に家の中を走り回っていたエリーが目を輝かせる。
「お風呂入るの!? 私も入る! 十年ぶりだもん!」
そっか。幽霊だからお風呂入ってないのか。
「じゃあエリーに背中を洗ってもらおうかな」
「お兄ちゃんとお風呂だ、わーい」
可愛いな。妹属性って素晴らしい!
「むむむ。では私は前を……テツヤさんの前を洗って……ひゃー、やっぱり恥ずかしいです!」
アリアは一人で盛り上がったり恥ずかしくなったりしている。
見ていて飽きない子だ。
「ミミリィさんも当然、一緒に入りますよね?」
「……水着を着ていいなら」
ミミリィはまだ俺に裸を見られるのが恥ずかしいのか。
常識人め!
「水着ぃ? エリーも可愛いのもってるわよ!」
そう言ってエリーは階段をトタトタのぼっていき、そして水着を持って降りてきた。
ピンクのワンピースタイプで、水玉模様が可愛らしい。
「エリーにとても似合いそうだね」
「えへへ、ありがとー」
エリーの笑顔は真夏のひまわりみたいに鮮やかだ。
幽霊なのに邪気が全くない。
純粋無垢である。
「むむむ。強力なライバル出現です。テツヤさん、エリーさんがいくら可愛くても、私のことも構ってくださいね!」
「心配しなくても、アリアみたいな濃いキャラを放っておくとか無理だよ」
「なるほど! 安心です! ではどうぞ、好きなだけエリーさんのお兄ちゃんをしてください!」
そう改まって言われると何をしていいのか分からないなぁ。
とりあえず、なでなでしておこう。
「お兄ちゃんになでなでされたー♪」
可愛い! 興奮してきた!
「可愛いです! 興奮してきました!」
アリア、お前もか。
「お兄ちゃんになったテツヤさんと、それに甘えるエリーさん……いいですね、御飯三杯いけますよ! ね、ミミリィさん!」
「アリアが何を言っているのか分からない」
俺もちょっと分からなくなってきた。
「まあ、とにかく風呂を湧かそう。えっと、どうやればいいんだ?」
この世界には瞬間湯沸かし器なんてない。
というか、アリアの部屋には水道すらきていなかった。
王都ならあるのかな?
「えっとね。庭にある井戸から水を汲んできて、それからかまどに火を付けるのよ。エリーはやったことないけど、メイドさんがやっているのを見たことあるわ」
面倒だなぁ。
てくてく。
【いい湯加減のお湯が指先から出てくるスキルを取得しました】
ご都合主義が段々酷くなってきた!
【普通のお湯のほかに、日本三名泉のお湯が選べます】
凄すぎる!
とりあえず草津の湯で!
【分かりました。では湯船に指先を向けてください】
俺はメニュー画面に言われたとおり、風呂場に行って湯船に指を向ける。
すると草津の湯がバシャーと出てきた。
「お、お兄ちゃん凄い! 何これ、もしかして温泉のお湯!?」
「ふふふ、エリーさん。こういうときは〝さすテツ〟と言うのです! 流石はテツヤさんの略ですよ!」
「分かった! さすテツ!」
「さすテツ! ほらミミリィさんも一緒に!」
「さすテツ」
さすテツの三連チャン。
【さすテツ】
四連チャン!
メニュー画面にもさすテツされるとは思わなかったよ。
【流れにのってみたかったので】
こんなノリがいいメニュー画面、俺初めて!
【う、うざかったでしょうか……?】
いや、いいよ別に。
君にはいつもお世話になってるから、むしろ話せて嬉しいよ。
【ありがとうございます。では、適度にふざけていきますからよろしくお願いします】
こちらこそよろしく!