31 幽霊少女エリー
「ぎゃー幽霊! 幽霊いいいいい!」
それは誰の悲鳴だったのか。
俺かも知れないし、ロゼッタさんやアリアのかもしれない。
多分、全員が似たような悲鳴を上げていた。
ロゼッタさんは掴まれた脚をバタつかせ、白い手を振り払う。
そして剣を抜きはなち、床に向かってザクザク突き刺す。
「うごおおお死ね 幽霊死ねえええ!」
半狂乱だ。
しかし無理もない。俺だっていきなり幽霊に脚を掴まれたら暴れる。
けど、幽霊ってもう死んでるから、剣で刺しても死なないんじゃ……。
「……どうして死ねって言うの?」
ロゼッタさんの叫びに答えるように、床から人間が生えてきた。
それは十歳くらいの少女だった。
真っ白なふわふわのドレスを着て、それと対照的な黒い髪。
クマのぬいぐるみを抱きしめる姿ははかなげ。
そして、ぞっとするほど綺麗な顔立ち。
いや、ぞっとしたのは少女が綺麗だったからではなく、その体が半透明だったからだ。
「ゆーれい! ゆーれい!」
本物の幽霊を見てしまったロゼッタさんは剣をブンブン振り回し、幽霊少女に襲いかかる。
剣術もへったくれもない。
子供が駄々をこねているような暴れかただ。
そしてロゼッタさんの攻撃は、幽霊少女にかすりもしない。
避けられたのではなく、素通りしてしまうのだ。
「くそっ、卑怯だぞ! 我が剣をまともに受けて見よ!」
「ロゼッタさん、ロゼッタさん。ちょっと落ち着きましょうよ。その幽霊さん、大人しいみたいだし」
「そうですよ。幽霊とはいえ、こんなに可愛いんですから、きっといい幽霊さんです!」
「私より小さいというのが気に入った」
俺たちは暴れるロゼッタさんをなだめる。
するとようやく動きを止めてくれた。
やれやれ。疲れる人だ。
しかしロゼッタさんのおかげで俺たちは逆に冷静になれたので、結果オーライだ。
「い、一応、剣を納めるが……幽霊など信用できん!」
と言って俺の後ろに隠れてしまった。
そんな俺たちの様子を幽霊少女はじっと無言で見つめてくる。
「……えっと。君がこの家に住んでる幽霊?」
俺が尋ねると、彼女はコクリと頷いた。
そして、クマのぬいぐるみを抱きしめる両腕に、ギュッと力を込める。
うーん……どうしよう。
俺はさっき、ゴーストバスターというスキルを手に入れた。
説明文を見る限り、幽霊を一撃で倒すスキルらしい。
けれど、この幽霊少女をやっつける気にならないなぁ。
「俺たちこの家に住みたいんだけど……いいかな?」
どうしていいのか分からないので、俺はそんな質問をぶつけてみる。
我ながら間抜けな話だなぁと思っていると、なぜか幽霊少女の顔がパッと明るい笑顔に染まった。
「この家に住むの? エリーと一緒に住んでくれるの!?」
幽霊少女はふわりと浮き、滑るようにして俺の前に移動する。
彼女が半透明なのは変わらない。
が、こうして笑顔になると、おどろおどろしい雰囲気が消えてしまった。
どこにでもいる元気な子供に見えてくる。
「エリーってのが君の名前?」
「うん。私はエリー。で、この子はジョーイ」
エリーはクマのぬいぐるみを付きだし、紹介してくれた。
ジョーイも半透明だった。
「そうか、よろしくジョーイ。それでエリー。君はどうしてここに住んでるの?」
「え? ここはエリーのおうちよ。エリーが住むのは当然じゃない」
エリーは腰に手を当て、当然でしょ、という顔になる。
少しおませさんな口調だ。
それにしても……もしかして地縛霊?
自分が死んだってことに気付いてるのかな?
ちょっと聞きにくい。
と俺が困っていると、ミミリィがエリーの脇腹の辺りに手を突っ込んだ。
「すかすか。触れない」
「それは当然よ。だってエリーは幽霊だもの」
ああ、幽霊だってことは分かっているのか。
よかった。
これで自分はまだ生きているとか言われたら、色々と面倒だった。
「……私はジョーイと二人だけなの。パパとママは死んじゃったから……たまに人が来るけど、エリーを見ると逃げちゃうの。エリーは一緒に遊びたいだけなのに……」
「そうか、そういうことだったのか。寂しかったんだな」
「……うん」
「よし。アリア、ミミリィ。俺たちはここに引っ越そう。いいな?」
「無論です! 幽霊でも可愛いは正義ですから!」
「問題ない。私より小さい子がそばにいると、相対的に私が大きく見える」
よし。満場一致だ。
俺たちの新居はここだぜ。
「ちょ、ちょっと待て! 本気で幽霊屋敷に住むのか!?」
「何ですかロゼッタさん。ロゼッタさんには関係ないでしょうに」
「そ、そうなんだが……くっ、この幽霊が邪悪なものでないのは分かったが、私と仲良くできると思うなよ!」
ロゼッタさんは謎の捨て台詞を吐いて、家の外に飛び出していった。
流石は王立騎士団。足が速い。
「私が言うのも何ですが、ロゼッタさんもなかなか変な人ですねぇ」
「類は友を呼ぶ。私以外は全員、変」
「ミミリィさんも十分変ですよ」
「とても心外」
アリアに変な人認定され、ミミリィは耳をしおれさせた。
そんな二人の様子を、エリーがニコニコと楽しそうに見つめている。
「さてと。不動産屋に行って契約して、それから前の部屋を引き払おう。エリー、明日まで待っててくれ。大急ぎで引っ越しの準備するから」
「分かったわ。待ってるからね、お兄ちゃん!」
お兄ちゃんか……妹属性の幽霊を手に入れてしまった!
俺ってもしかしてハーレム体質なのかな?




