26 お引っ越し
「なあ、そろそろ引っ越そうぜ」
俺はいつもどおりベッドの上でゴロゴロしながら、ふと思いついて言ってみた。
すると、同じくゴロゴロしていたアリアがムクリと起き上がり、不思議そうに首を傾げた。
「どうしてですか? 私はこの部屋に不満はありませんが……」
「いや、三人で暮らすには狭いだろ、流石に……」
「そうでしょうか?」
アリアはピンとこないらしい。
しかしミミリィも起き上がり、俺を見ながらコクコクと頷いた。
「私も狭いと思う。というか、自分の部屋が欲しい。二人のことは好きだけど、プライベートがなさすぎ」
流石はミミリィ。
不思議ちゃんに見せかけて、実は俺たちの中で一番の常識人だけのことはある。
「この部屋はどう見ても一人暮らし用。もともとあったベッドは売ったけど、テツヤの巨大ベッドが一つあるだけで埋まってしまう。ここで三人も住んでるなんて、ありえない」
ミミリィは、ありえないと断言した。
それほど窮屈なのだ。
一緒に住んでいるのが美少女二人なので我慢できている……というか嬉しいことのほうが多いが、それでも狭いという事実は変わらない。
「いや、しかしですね……私たちは冒険者なので、外にいることのほうが多いはず。家なんて、しょせんは寝床でしかありません!」
アリアはグッと拳を握りしめて意識が高そうなことを言い出す。
「海から帰ってきたのが一週間前。私たち、あれから仕事もしないで、町をブラブラしたり、部屋でゴロゴロしてるだけだよ」
「ぐぬぬ」
ミミリィが事実を指摘すると、アリアは言葉につまり可愛らしく唸る。
しかし、あれから一週間か。
もうそんなに経ったのかと俺は驚いている。
まったく、ベッドの上でゴロゴロしていると、時間が経つのが早くて困るぜ。
「実際に引っ越すかはともかく、もっと広い部屋を探してみようぜ。なんなら一軒家とか買えるんじゃないか?」
今の俺たちは金に余裕がある。
まず、ドラゴンを倒して金貨百枚を手に入れた。この半分はアリアの借金返済のために使ったので、残ったのは金貨五十枚。
それから巨大イカ討伐クエストの報酬として金貨四十枚。
ロゼッタさんがくれた金貨四十枚。
合計すると金貨百三十枚。
日々の生活費で多少は減っているが、誤差の範囲だ。
「一軒家はいくらなんでも無理ですよ。借家なら可能かもしれませんが……私は今の部屋がいいですよぉ」
「どうしてだ? 俺も別に豪邸に住みたいわけじゃないけど……ある程度の広さは必要だと思うぞ。この部屋に何か思い入れでもあるのか?」
「そうじゃありません……部屋が狭いと、テツヤさんと同じベッドで寝る口実になるじゃないですか……!」
アリアは恥ずかしそうに語る。
なんて可愛い理由だろう。
ついつい俺は、アリアをギュッと抱きしめてしまった。
「大丈夫だアリア! たとえ部屋が百個くらいある大豪邸に引っ越しても、俺と一緒に寝ような」
「優しいですテツヤさん! これからもお互い、依存し合って生きましょうね!」
「おう。放さないからな!」
俺はアリアを抱きしめる腕に力を込める。
すると、ミミリィが横からジィィィと見つめてきた。
「どうしたミミリィ。君も混ざりたいのか?」
「ウエルカムですよミミリィさん。テツヤさんを少し分けてあげましょう」
「……いらない。アホっぽいなぁと思って見てただけ」
そう呟いたミミリィはベッドの上で膝を抱えて、「はぁ」と呆れたようにため息を吐いた。
もの凄くバカにされている気分だ。
「ミミリィ、そんなこと言うと、広い家に引っ越したら、もう一緒に寝てあげないぞ!」
「別にいい。私は早く自分の部屋が欲しい」
く、くそぅ。
アリアには効く言葉が、ミミリィには通じない!
常識人め!
「ミミリィさん、駄目じゃないですか。テツヤさんが悲しんでいますよ。テツヤさんを悲しませる悪いミミリィさんいはモフモフの刑です!」
「え、私は悪くない……ひゃっ、触らないで……!」
逃げようとしたミミリィにアリアが覆い被さり、その尻尾に指を絡め、耳を甘噛みする。
ミミリィは暴れるが、体に力が入らないらしく、その抵抗は弱々しい。
これは俺も混ざるしかない!
「アリア、俺にもミミリィのモフモフ分を分けてくれ!」
「では尻尾をどうぞ!」
「おお、今日も素晴らしい触り心地!」
「お、お願い……もう、やめ、て」
そんな感じでモフモフしながら、俺はベッドをベランダから発進させた。
さーて。どこに引っ越そうかな。
いっそ、別の町って手もあるぞ。