16 レベル上げ
「なあ、アリア。ミミリィ。レベル上げに行こうか」
温泉に入った次の日の朝、俺はそんな提案をした。
なにせアリアのレベルは18。ミミリィも19だ。
この世界の基準で考えれば弱いわけではないのだろうけど、俺と行動を共にするには少し頼りない。
「レベル上げ! ついにテツヤさんの奥義を教えてくれるんですね!」
アリアは期待の目差しで俺を見つめる。
そういえばこの子、俺に弟子入りしたいとか言っていたこともあったっけ。
けど、残念ながら俺に奥義なんてないんだよ。
「前にも言ったけど、強くなるための近道なんてないんだ! 地道に鍛錬をするしかない。けど、俺がいれば、その手伝いが出来ると思うんだ」
「テツヤさんがいれば百人力です。早速行きましょう。ほらミミリィさん、起きて下さい」
「むにゃむにゃ……眠い」
ミミリィは布団の中でおねむだ。
無理に起こすのも可哀想なので、そのまま寝かせておく。
なにせベッドごと移動できるのだ。
眠っていても問題ない。
そんなわけで、俺とアリアとミミリィを乗せて、ベッドは今日も空を飛ぶ。
「ところでテツヤさん。どこへ向かってるんですか?」
「特に決めてないけど。アリアとミミリィが二人がかりでギリギリ倒せるようなモンスターを探そう。実践的な特訓になると思う」
「なるほど。ギリギリというのはちょっと怖いですが……テツヤさんが一緒なら安心です!」
「うん。危なくなったら助けてあげるよ」
「さすテツです!」
アリアは俺にギュッと抱きつき、胸をムニッと押しつけてくる。
「うわぁい、大胆だな、アリア」
「えへへ。いつもテツヤさんにはお世話になっているのでお礼です。私にはこのくらいしか出来ないので!」
むにむにっ。
俺はその素晴らしい感触を味わいながら、ベッドを岩山の方へ飛ばす。
何となく、あの辺にモンスターがいるような気がする。
というか、どこに行っても、何かしらのモンスターと出会うだろう。
問題なのは、そのモンスターの強さが、二人の修行に丁度いいかということだ。
「よし。この辺で探してみよう」
俺はゴツゴツした岩山の中腹にベッドを降ろす。
木など一本も生えておらず、草がまばらにあるだけの殺風景な場所だ。
「ミミリィさん、いい加減、起きて下さーい。レベル上げの時間ですよー。いつまでパジャマなんですかー」
「すやぁ……」
起きる気配がない。
「アリア。勝手に着替えさせちゃおうぜ」
俺はベッドの収納スペースからミミリィの服を取り出す。
「そうですね。よいしょっと」
そしてアリアはミミリィの体を起こし、勝手にパジャマを脱がして服を着せてしまう。
するとようやくミミリィは目を開き、大きなアクビをした。
「おはよう……あれ、私、いつの間に着替えたの……?」
「なかなか起きないので、私がやっちゃいました」
「そう……でもテツヤもいる。もしかして、見てた?」
ミミリィは俺をジィィと見つめる。
「うん。見てた」
俺は正直に答える。
「……えっち」
「俺がえっちなのは前から分かってたことだろ。そんなえっちな俺の前で無防備な姿を晒すなんて、ミミリィは迂闊だなぁ」
「論破されてしまった。ぐうの音も出ない」
ミミリィは敗北を認めた。
しかし――
「論破されてショックだから寝る」
「こらこら」
俺はミミリィの体をひょいと持ち上げ、ベッドの外に降ろす。
すると彼女は恨めしそうに俺を見上げたが、観念して自分の足で立つ。
それに続いてアリアもミミリィの隣に並んだ。
「あれ? テツヤさんは降りないんですか?」
「うーん……俺は歩きたくないから」
「びっくりするほど駄目人間です! ここまで来ると一周回って素敵ですね、ミミリィさん!」
「アリア。自分で言ってて苦しいと思わない?」
ミミリィは毒舌だ。
「…………いいえ全然! 私はテツヤさんを全肯定して甘やかす会の会長ですから!」
「ちょっと間があった」
「き、気のせいです!」
甘やかす会の会長と狐耳少女は、仲良く並んで岩山を歩き始める。
俺はその後ろをベッドに寝転んだまま付いていく。
そしてほどなくして、岩の影から一匹のモンスターが飛び出してきた。
かなり大きい。ワゴン車くらいはありそうだ。
「ぎゃおーん!」
上半身が鷲で、下半身がライオンの生物。
つまりグリフォン!
「つ、強そうです!」
アリアは怯えた声を出しながらも、腰から剣を抜く。
ミミリィも拳を握りしめ、構えをとった。
俺はグリフォンを見つめ、ステータス鑑定のスキルを発動。
名前:グリフォン
レベル:35
HP:490
MP:251
攻撃力:65
防御力:63
素早さ:117
幸運:10
これは丁度いい感じのステータスだ。
アリアとミミリィの修行相手としては、まさにギリギリ。
「敵のレベルは35だ。君たち二人のレベルを合わせたら37だから、勝てる!」
俺はベッドの上から声援を送った。
「そんな単純なものでもないと思いますけど……頑張ります!」
「なせばなる」
アリアとミミリィは同時に地を蹴り、グリフォンの左右から飛びかかった。
グリフォンは翼で大気を叩き、突風を巻き起こす。
その風圧に阻まれ二人の速度がわずかに落ちる。
その隙にグリフォンは空へと舞い上がった。
「甘いです!」
アリアは驚くべき跳躍力でグリフォンに肉薄し、その翼に剣を振り上げる。
羽毛をほんのわずかに切り裂いただけだが、それでグリフォンの姿勢が崩れた。
そこにミミリィの魔術が襲いかかる。
「ライトニングアロー」
光の矢がグリフォンに直撃。
翼を一枚、完全に破壊した。
しかも激しい閃光が目眩ましとなり、グリフォンは視界まで奪われてしまう。
地面に落下し、起き上がることすら出来ない。
「目が見えません!」
そしてグリフォンのすぐそばにいたアリアも同じく視界を奪われ、地面に尻餅をついた。
「ごめん」
ミミリィは頭をポリポリかいて謝った。
「次からは撃つ前に言ってくださいよ、もう!」
と、ボヤきながらアリアは立ち上がる。
ようやく目が見えるようになったらしい。
それはつまり、グリフォンの視力も回復したということだ。
「ぎゃおーん!」
怒りの咆哮を上げ、グリフォンは体を起こす。
飛べなくなってもあの巨体だ。
強敵に変わりはない。
「ミミリィさん危ない!」
グリフォンはミミリィへ向けて突進していく。
しかしミミリィはそれを冷静に見切り、紙一重で回避した。
そして、グリフォンの脇腹へ強烈なパンチを見舞う。
「追撃です!」
間髪容れず、アリアが渾身の力を込めた斬撃を見舞った。
グリフォンの皮膚から鮮血が飛び散る。
だが、その程度でグリフォンは怯まなかった。
巨体をぐるりと回転させ、まとわりついていたアリアとミミリィを弾き飛ばす。
「ぐぬぬ……負けませんよ! ミミリィさん、頭部に攻撃を集中です!」
「らじゃー」
弾き飛ばされた二人は、スリ傷だらけになりながらも、タイミングを合わせ、同時にグリフォンの頭に攻撃した。
ミミリィの拳が頭蓋骨を陥没させ、アリアの剣が眼球を貫く。
「ぎゃおーん……!」
グリフォンは断末魔を上げ倒れる。
「か、勝ちました! テツヤさんの力を借りずに勝ちましたよ!」
「ばんざーい」
二人の少女は大喜びだ。
実際、とても素晴らしい戦いっぷりだった。
「二人とも偉いぞー」
俺はベッドを飛ばし二人に近づき、頭を撫でてやる。
「えへへー、ありがとうございます」
「ドサクサに紛れてモフられてしまった」
それから俺は倒れたグリフォンのところまで行き、スキルを発動。
「蘇生魔術!」
「ええっ? やっと倒したのに、なんで生き返らせるんですか!?」
アリアの悲鳴も虚しく、強敵グリフォンは立ち上がり「ぎゃおーん」と吼える。
「これでもう一回戦えるぞ。さあ修行だ!」
「け、けど、もう私たち疲れてフラフラですよぉ!」
「さっきよりもキツイ状況で勝てば、それだけ成長できる。それ行けアリア、ミミリィ!」
「テツヤは鬼。人でなし」
二人は文句を言うが、グリフォンは待ってくれない。
そして俺は手助けしない。
戦うしかないのだ!
――こうして彼女たちは十回もグリフォンを殺し、二人ともめでたくレベル25になった。
途中でシャレにならない怪我をしたりもしたが、そこは俺の回復魔術で元通り。
最後まで修行に付き合ってくれたグリフォンは、ちゃんと生きたまま解放してあげた。
「うぅ……ここまで疲れたのは生まれて初めてです……テツヤさんは強くなるためにこんなことをしていたんですね」
「……私、テツヤを心の底から尊敬」
帰りのベッドでアリアとミミリィはぐでんと横たわり、か細い声で俺を褒め称える。
俺は修行なんてしたことないんだけどね。
低レベルのまま一日にグリフォンと十回も戦えとか言われたら、絶対に断るよ!
いやぁ、君たちは頑張り屋さんだ!
ちなみに。
人を襲うことで悪名高い、とある岩山のグリフォンが、なぜだか人を見ただけで逃げ出すようになったという噂話が流れてきたのは数日後のことである。