10 ゴブリン狩りの時間だ
ゴブリンは真夜中に畑を荒らしに来るという。
というわけで俺とアリア、そしてミミリィは月明かりの元、畑で待機していた。
「そ、それにしても、こんな小さな子が私よりレベルが高いなんて……自信なくします!」
アリアは悔しそうに唇を尖らせる。
それに対してミミリィは、無言。
ジィィィィと見つめるだけだ。
「む、無口さんですね、ミミリィさん」
無口も無口。
俺たちはまだ、ミミリィの声を聞いていない。
そろそろ何か言って欲しいところだなぁと思っていたら。
「こんばんは」
突如としてミミリィが口を開いた。
にしても、顔を合わせてから何時間も経ったのに、最初の言葉が「こんばんは」か。
「こ、こんばんは……えっと、どうして今まで黙っていたのですか?」
「緊張してた」
アリアの問いに、ミミリィはシンプルな答えを返す。
なるほど、緊張かぁ。
それは仕方がない……。
「って、どんだけ人見知りなの、君!」
「そう言われても……初めての人は怖い。ようやく悪い人じゃなさそうだと理解した」
そう言ってミミリィは耳と尻尾をピコピコと動かした。
や、やべぇ可愛い!
「はぅ! 私、触ってしまいそうです!」
アリアなど、目をグルグル回し震えている。
しかし――
「だめ。モフモフするのは、ゴブリン倒してからって約束」
「ふえーん」
アリアは泣き始めた。
俺も泣きたい。むしろ泣く。
「な、泣かないで。ちょっとだけなら触っていいから……」
ミミリィは涙を流す俺たちを見てオロオロし始め、自分の頭を指差した。
なんて優しい子だろうか。
俺たちのために自分の耳を犠牲にするなんて。
わーい。
「モフモフ」
「さわさわ」
俺とアリアはお言葉に甘えて、ミミリィの耳を撫でまくる。
おお、なんて素晴らしい手触り。
「く、くすぐったい……」
ミミリィは頬を赤くし、もじもじとする。
かーわゆい!
ってか、俺ら最低じゃね?
「アリア。この辺にしておこう。客観的に見ると、俺たち死んだほうがマシだぞ」
「ハッ! 今気が付きました!」
我に返ったアリアは、慌ててミミリィの頭から手を離す。
俺も危ないところだった。
ミミリィの耳には魔力でもあるのだろうか?
いや、ない。
多分、単純に可愛いだけだ。
「ごめんな、ミミリィ。ちょっと触りすぎた」
「ん。私が触っていいと言ったから、問題ない。けど、次はもうちょっと遠慮して」
そう言ってミミリィは両手で耳を押さえて防御した。
うぉぉおぉぉぉぉ可愛いぃぃいい!
「ところでミミリィさん。どうしてあなたが私たちと一緒にゴブリンと戦うのですか? こんなに小さいのに……」
アリアはその疑問を口にした。
するとミミリィは衝撃の事実を口にする。
「小さいと言っても。私、こう見えても十五歳」
え、えええ?
一四〇センチくらいなのに!?
十五歳?
「どひゃあああ! 私よりも年上ですか!?」
「お姉ちゃんって呼んでもいいよ?」
ミミリィはそんなことを言い出す。
「お、お姉ちゃん……あ、ごめんなさい。無理です」
「知ってた。私の胸はいささか小さい」
ミミリィは悲しそうな顔で、自分の胸をペタペタ触る。
うむ。
確かにそこも小さいな。
「えっとですね……胸とか、いささかとか、そういう話ではなく……全部が凄く小さいです!」
なんかアリアが残酷なことを言い出した!
ミミリィは表情こそ変えなかったが、耳と尻尾が露骨にしおれた。
すげーショックを受けている。
「おいアリア。ちゃんと謝れ!」
「あ、ごめんなさいミミリィさん! つい本音を……」
「本音」
「あ、いえ、その……」
「いい。分かってる。私は十五歳なのに小さい。その現実から目を背けた私が悪い」
小さいのは可愛くていいことじゃないか――と俺は思うのだが、本人にとっては大問題に違いない。
この話題は迂闊に触れないほうがいいだろう。
アリアみたいに地雷を踏むかも知れないから。
「と、ところでミミリィ。どうして君がゴブリンと戦う役に選ばれたんだ? 別に冒険者とかじゃないんだろ?」
「違う。けど私は昔から何かレベルが上がりやすかった。お父さんとお母さんが冒険者をしていたから、そのせいかも。今のところ、村で一番強いのが私」
なるほど。それで俺らと戦うことになったのか。
「でも、お父さんとお母さんのほうが強いんじゃないのか? 二人はどうしたんだ?」
「去年、冒険に出かけたっきり帰って来ない。多分、どこかのダンジョンを攻略するのに躍起になってる。二人ともそういう性格」
「そうか……寂しいか?」
「ちょっとだけ」
ミミリィはそう呟く。
しかし、ちょっと、のはずがない。
こんな小さな子が両親に会えないなんて……あ、いや、小さいといっても十五歳だった!
それでも寂しいのは間違いないだろうけど。
「あ、テツヤさん、ミミリィさん! ゴブリンが来ましたよ!」
アリアが叫ぶ。
見れば、棍棒を持ったゴブリンの群れが、こちらに向かって歩いてくる。
仕方がない。
まずは奴らを倒そう。
ミミリィとお話するのはそのあとだ。