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心配は別の向きへ

この作品ってうけてる?

のでしょうか?



 私が私立の大学院に通い始めて、二回生の時に事件は起きた。事件と言うまでもないことなのだが、今振り帰ると、やっぱり事件だと思う。


 それはさくやが調子が崩したことだった。

 飼い慣らしたさくやの友達からの連絡に、私の心は見事なまでに砕け散った。


 サッカーの練習中に怪我をしたということらしいが、グラウンドで倒れたまま動かないとの内容だった。


 私は急ぎ、研究室を飛び出してタクシーを拾うとある場所に向かった。

 タクシーで移動しながら、実家の執事に指示を出す。

 移動目的はこの先にある警察署で、執事に指示したのは警視庁のお偉いさんにパトカーの手配をさせる為だ。緊急車両は数あれど、パトカーが一番早い乗り物には違い無い。


 警察署に着いた途端に万札を運転手に渡して定番の文句を口にする。


「お釣りはいらないです」と……。



 しかし、この運転手はどうも良い人らしい。


「学生さんからはいただけないよ」との返答だった。



 ……空気読め、このやろ。



 しかし、私も素敵女子でありたいから、この頃の発言は控えめにしている。


「おじさん、私はとても急いでるから、もらってください」と再度懇願する。


 私に懇願させるなんて、なかなかある事では無い。

 知らぬが仏とは良く言ったものだ。


 昔なら私にこんなことをさせるタクシー会社なんて買収して潰しているところだろうが、今では私も立派な一児の母親なのだから善意からの言葉は素直に受け入れることにしている。


 しかし、今は事情が事情であるから邪魔するなっ!



「でもねー」って、言いながら愚図りやがるし、ゆっくりとお釣りの小銭を小さなバッグから探し始めた。



 くぅー!

 私は負け無いわ!!

 ……じゃない。


 おっさん。本当に急ぎなのだから、分かってよ。


 ここで、閃いた。

 さすがは一夜ちゃんだね!



「おじさん、とても急いでるから、お釣りはお札だけでいいわ」



 運転手は私の顔をルームミラー越しにチラ見して、私の目が座っていることを確認した。


 多分、『こらー! 早くしろ』と目が訴えていたに違いない。



 そそくさとお釣りの千円札数枚を私に渡してドアを開ける。

 私は千円札数枚を握りしめながらタクシーから降り、警察署の前の駐車場を見渡すと目的のものは簡単に見つけることが出来た。



 急いで近づくと所長と副所長らしき方々が頭を下げながら名刺を差し出した。

 私も軽く会釈をして、皆さんのお茶代にとの言葉を添えてから握りしめていた千円札数枚を目の前の人物に渡し、かわりに名刺を受け取った。


 所長達の後ろには白バイが4台にパトカーが三台待っている。

 私が真ん中の黒塗りに乗り込むと一斉にサイレンが鳴り響き、一般道が高速道路並みに快適な道に変わる。

 そこでハタと気がついた。


 警察にはパトカーじゃなくて、ヘリがあったことを。


『くっそ!』と内心で舌打ちしながら諦めた。





 グラウンドに着く前にパトカーと白バイはいなくなり、私の黒塗りの車の回転灯も格納されたようだ。


 息子には私が特別とは知らせていない。

 家も最初は豪華に建てたのだが、適度にダニやらあの黒い奴が出ないと身体に色々な耐性が出来ないとのことだったので、我慢して間取りは同じで少し古い安めの建物に変えている。


 愛しいのさくやのためだから、我慢出来る。

 そう自分に言い聞かせた。


 そんな風に育てている理由はとても簡単なこと。

 さくやには、うちの家業を継いで貰いたくない。

 多分、いや絶対に人生がつまらなくなってしまうことだろう。

 そう、さくやと出会う前の私のように。


 だから、さくやに私達は普通の家庭と思わせている。

 例えば、私の財布には一万円札なんて入っていないし、服もブランドでは無いし、かなり節約生活を送っている。


 しかし、私のバッグの底は二重底になっていて百万円の札束が三列か二列入っている。

 それに黒いカード。


 全てのバッグに備えてあることを息子は知らないし、息子の口座は、今は亡き咲夜姉さんのものをそのまま引き継いでいるから、彼も小学生のくせに私以上にお金持ちなのである。


 いつか、この話しをする時は有るのだろう。

 当然のことだけど、咲夜姉さんのことも話さなければならない日が来るのだろう。

 私は、その日が来るのを怖れている。





 グラウンドの中に入るとさくやは木陰の下で沙由里ちゃんの膝の上に頭を乗せて休んでいる。


 内心で安心するが、同時に舌打ちもする。


 ……私の役目を取りやがった。


「お姉さん。さくや君は軽い熱中症みたいです。

 うちのお医者さんに来てもらってますから、安心してください」と得意げに微笑んでいる。


 たぶん、私に勝ったと思っているのだろう。


「まあ、沙由里ちゃん。ありがとう。

 でも、もういいわ。あなたも忙しいでしょうから」


 にこやかに微笑み返して、膝枕の権利を譲るように諭す。まあ、大人の余裕とでもいうのかしら。

 ガキには負け無いし。


「まだあまり動かさない方がいいみたいですから、お気遣い無く」って、忌々しい。


 女子力勝負なら負け無いぞ!

 まな板に勝ち目はないし、太腿のクッションも弾力が足りないだろうし、まず色気が無い。

 だから、譲れっ!


 私は後ろを振り向いて、二回ウインクする。

 その1分後に沙由里ちゃんの携帯が鳴って、何やら返事をしているが、なかなかいい返事をしない。


 この娘はさすがに私の目に留まる程のスペックを持っていると思ってしまう。

 最後は断ったみたいで、『親からの電話で帰す作戦』は失敗してしまった。

 失敗はしたが、私のSPは合図どおりに行動したので、左手を軽く上げて合図でSPをねぎらう。


 まあ、仕方ないか。

 さくやも無事だったし……。


 しかし、この日の出来事は、さくやの身体の心配よりも別の心配が沸き起こった瞬間なのであった。

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