休日に犬と戯れる
休みの過ごし方といえば、親から言い付かる散歩が主だった。
友達と外へ遊ぶ予定もない私としては別にかまわないかったのだけれど。
さすがに相手が男子中学生ともなると居心地が悪い。
「久しぶりに、三葉さんと散歩に行きたいですっ」
しかし眩いばかりの眼力に、私は気おされてしまう。
そうしてまんまとケータの懇願に負けた私は現在、昔の散歩コースである川べりを緩やかに下って行っていた。
なお、出がけに首輪を付けたいと言い出したケータの尻はけっ飛ばしておく。
お願いだから、毎日のように口を酸っぱくして言っているのだから、いい加減に世間体と言うモノを覚えて欲しかった。
「やっぱり三葉さんとの散歩は格別ですね」
そんな言葉では誤魔化されはしない。
適当に言ってるだけの癖して。
その証拠に「なんで私との散歩が良いの」と問いかけても「なんとなくです」と理由になっていない答を返すばかり。
信用のならない少年だった。
ただ本当に嬉しそうにはしているので、嘘のない少年でもある。
ややこしい。
やりづらい。
「休みの日ぐらい友達と過ごしなさいよ」
自分のことを棚に上げて言う。
しかしケータは私の揚げ足を取ったりせずに「友達とは学校で会えますから」と笑い返してくる。
帰宅部というのは、私と共通していたけれど、友達がいるという時点で、こいつはもう別次元の存在へと成り上がっていた。
凄いな。
友達とかどうやって作るんだろう。
普通に感心してしまった。
というか。
「いつまで笑ってんの」
そう言って私はケータのお尻に膝をくらわしてやる。
いたたた、と私に蹴られた部分を撫でる様子はちっとも痛そうじゃなくて、「三葉さんは変わらないですよね」と再び笑んで見せる。
「中学生ん時が老けてたって?」
「不器用に優しいところですよ。あとその内罰的なとこもそうですね。治したほうがいいと思います」
意味が分からない。
優しい?
尻に蹴りを入れることが?
やっぱりこいつマゾいのか?
私の頭の上に疑問符でも見えたのか、ケータは少ないの脳みそを振り絞るようにして、拙く、そして、少しずつではあるけれど、私に伝えようと考えたことを言葉にのせる。
「ぼくはですね。学校でよく間が抜けているって、相手をイラつかせたりすることがあったりするんですよ」
それは分かる。
分かり過ぎる。
天然キャラは愛されるけれど、愚図が嫌いな人にとってはしゃんとしろと言いたくなるのだろう。
―――決して、私がそういう人間だから共感しているというわけでは無いよ?
「三葉さんのことを思い出すんです。そういう時は」
「なにをよ」
友達が作れなかった私の何を参考にするというのか。
ああ、反面教師と言う奴か?
そうして勝手に納得がいっていると。
「ぼくですね。最初は三葉さんのこと怖かったんですよ」
さもありなん。
たいていの人は私の見た目から怖がり、そして話しかけてもっと怖がる。
取っ付きづらいどころの話では無いくらいに無愛想。
しかし、自分以外のやつが面と言ってくると腹が立つ。
私はよっぽど蹴りをいれてやろうかと思ったけれど、彼の話は続いていた。
「犬だった時。みんながぼくを可愛いって言って褒めてくれて、何をしているわけでもなく、しっぽをふれば可愛い。すり寄れば可愛い。ご飯を食べる仕草が可愛い。たとえ悪さをした時だって、可愛いから許すって。でも三葉さんは違った。三葉さんだけはぼくが悪さをした時に、怒って、叱って、正しいことを教えてくれました。容赦が無かったなあ。しっぽを掴まれた時なんて虐待だ、ってそう思ってましたもん」
というか、話が飛んでいないか?
ただの私、批判になってるけど?
犬に対しての私の態度が大人げ無さ過ぎる。
そう言いたいのか?
しかし、そうでは無かったらしい。
「三葉さんは身内には厳しいんですよ。でもそれは内弁慶とかじゃ無くって。家族を大切にしてるからなんですよね。教室が同じになっただけのクラスメートや、見た目で判断してくる相手、三葉さんはそういう人に対しては何も言わなかった。三度目までは。クラスに馴染もうと努めたり、そういう態度は良くないとか、反論して。で、一人になっちゃったんですよね。自分が正しいと思ったことが出来ないなら、もう一人で良い。そう思ったんですよね」
「なんで知ってるよ」
そんな細々とした私の内情を。
「覚えてませんか? いつも愚痴るように言っていたじゃないですか。私は気にしない、これ以上付き合っていられない、私の貴重な時間は私と、その家族だけのものだって、ぼくに縋り付きながら、泣きそうな顔をして―――だっ。なんで頭を叩くんですか?」
「なんとなく」
危ない危ない。
うかつにも胸がきゅんとしてしまった。
これは恋心では無い。
今まで誰にも理解されていなかった私の心を、察してもらったわけじゃない。
ただの犬だと思っていた相手に、うかつに内心を吐露し、まさかの転生をしてきてばらされたという驚きによる、動悸だこれは。
帰ったらシソでも食べて血液をサラサラにしよう、そうしよう。
「周りの人に恵まれて無かっただけです。そして、ぼくは無条件であなたに構って貰い続けていられた、家族と言う立場でいて、本当に良かった、そう思います」
だからやめれ。
ほんとそういうの。
いいから。
私は「走るよ」と彼がまだ何かを言いそうなのを無理やりに打ち切って、彼の前を行く。
赤くなっているであろう顔を。
目じりに浮かびそうになった涙を。
今にも鼻水が飛び出そうな鼻の下を、見られないように。