私の飼い犬ケイタロウ
今日も今日とて忠犬よろしく家に前にて甲斐甲斐しく私を待つケータ。
さすがに三度目ともなると通報してもいいよね、私。
でもなあ。
なんか私を見つけた途端に、すげー満開に笑まれるとさあ。
さすがに警察はやり過ぎかと思っちゃうんだよね。
「あの」と言って電信柱まで移動しようとするケータを「いや、もうそこまで離れなくていいです」と片手を挙げて制止する。
すると両目を爛々にしてこっちへと駆け寄って来ようとするので、調子に乗らないよう釘を刺す。
「もう一歩でも近づいたら話、聞きませんよ」
ケータの浮き上がった片足が、時が停まったかのようにピタリと凍る。
ただ勢いがつき過ぎた為か、雪解けたように、足が、ゆっくりと地面へ着く。
その時のケータの顔と言ったらもう見ていられない。
―――分かった。
分かったから、その今にも泣き出しそうにこちらを下から覗きこむのは止めろ。
ココチンが奮い立つ。
あと鼻水も拭いとけ。
私は恐る恐ると言った様子で、駅前で貰ったティッシュを鞄から取り出し、投げ渡す。
たったそれだけのことなのに。
まるで誕生日に好きな娘からプレゼントを貰ったように、そのティッシュを恭しく両手で受け取り頭上に崇めた。
いちいち大袈裟で、私の腰が引ける。
「告白ならお断りしましたよね」
言って早々に会話を切り上げようとする私。
しかし、ケータはそんな私を縋り付くような目で見る。
「ぼくの話を聞いてください」
「聞きました。そして、すいませんごめんなさい無理ですさようなら」
「ぼくが! あなたを小学生のころから好きだったと言うのは、本当なんです! 信じて下さい!!」
「あなた今いくつです」
「十三です!」
「私が小学校通ってる時、あなた生まれて間もないか、生まれてすらないでしょうが」
信じられるかい。
「前世! 前世にあなたと一緒に過ごしてました」
まさかの輪廻を持ち出してきましたか。
そういうオカルトなことは、二次元だけでお腹いっぱい何で。
「すいませんごめんなさい無理ですさようなら」
三度目の正直とばかりに私はもう彼の相手をしないことにした。
しかし。
「三葉さん! 小学校三年生の時! 遠足前に興奮して眠れずに夜更かししてたら行きそびれて、お父さんに八つ当たりしてましたよね!?」
「は?」
「小学四年生の時! 塾の宿題を勉強机の裏に隠して、お母さんに見つかって泣くほどお尻を打たれてませんでしたか!?」
「ちょ!」
「中一の時! 夜寝る前に怖い映画を見て、トイレに行けなくってそのまま漏らしちゃってぼくのせいにしたことを忘れてなんかいませんよ!」
「待てい!」
なぜ知っている私の恥部を!
それは両親ですら、知ってはいない。
私の飼い犬ケイタロウに罪を擦り付けたことは。
私しか。
―――いや。
私とケイタロウしか知らないはずなのに。
というか。
あまりにケータが大声を上げ過ぎた為に、ご近所さんが何事かと、大丈夫かと、好奇マンマンな目を浮かべて出てくる出てくる。
恥ずかしい。
しかも「ぼくは貴方の犬なんです! お願いだから捨てないで!」と、とんでもない誤解をご近所さんに向けて現在進行形で与え続けている。
更には私への熱烈なる愛を叫び始めたケータの首根っこを掴み、私は彼を家の中へと引きいれた。
彼も。
無論、私も。
顔が真っ赤だった。