再会は突然に訪れる
私の認識は甘かったらしい。
「先日は失礼しました」
玄関先にて深々と頭を下げてくる相手は誰あろう昨日の中学生だった。
今日も仕事帰りを待ち受けていたらしい。
律儀なことでああ怖い。
私の表情を読み取ったのだろう、少年は「これ以上は近づかないので、ぼくの話を聞いて頂けませんか」と格子戸を離れて電柱の傍へと、その身を退かせる。
その理性的な判断力が、尚更に恐怖なんですけどね。
ただただ襲い掛かられでもすれば、さっさと警察に通報できると言うのに。
私は懐に潜めた防犯ブザー(私なんかが生涯持つことは無いと信じていた代物だ)を握りしめつつ「どちら様ですか」と年下相手にやたらとへりくだった。
初対面の相手には丁寧に接しよ。
というのが警官であった父の教えである。
これに対して中学生は運動部にでも所属しているのか、背筋に一本の木を差し込んだように屹然として、自分の名を名乗った。
「ぼくは来栖川連と言います」
―――やっぱり聞き覚えのない名前だ。
ひょっとして隣人だった子が大きくなって、昔に世話をしてもらったから、それがいつしか恋愛感情に、などという甘酸っぱい展開にはなり得ない。
「ケータと呼んで下さい」
「うぉい」
思わずついて出た私の言葉に「?」と不思議そうに首を傾げる姿は、子犬の様で愛らしい。
じゃなくて。
どこらへんにケータの要素があったんだよ。
外見からにしても、そんなあだ名は付かないだろ。
とはさすがに言わない。
何かしらの事情があるのかもしれないからね。
私なんて名前も外見も関係ないあだ名を幾つ付けられたことか。
人のことはとても言えない。
「ごめんなさい。ちょっと名前とあだ名が一致しなくて」と言葉を言い改める。
するとケータは寂しそうにして「そうですよね。すいません。あなたにだけはそう呼んで欲しくて」と伸ばしてた背筋を縮こまら、視線を落とす。
とても初対面で告白をするような人間には思えない気弱さだった。
しかしなー。
あなたにだけはって。
なにその特別感。
怖いんですけど。
恐る恐るも向こうの様子を伺う私。
ケータは俯いたまま顔を上げていない。
―――よし。
抜き足差し足とばかりに格子戸へ。
しかし、戸を開けるとどうしても軋む音が。
「あ、待って、待って下さいお願いします」
案の定、気付かれてしまった。
私は心なし声に力をこめて「要件はなんですか」と強気に言ってみる。
そうして、途端に顔を赤く染め始めるケータ。
なぜ赤らむ。
「この間は感極まってしまって、つい」
と、そこで彼の要件は、私自身も聞いた後だと分かった。
っていうか、昨日の今日でまたか。
弱気そうな顔してメンタル強いな。
「つい、で告白したんですか」
「そんなことはないです!」
「どんなことがあったなら、いきなり告白になるんですか」
「いきなりではないんです! ずっと前から想ってました!」
おい。
その発言はつまり長い間、ずっと『隠れて』見てました、とそういう意味合いにならないかい?
格子戸を締めつつ、一歩二歩と後ずさる私。
玄関まで駆けこまずにいるのは、彼が自身で言った通りに電信柱から手を伸ばしはするものの、こちらへと近づいて来ないから。
あとめちゃくちゃ泣き出しそうなのもある。
保護欲がそそられる。
「ずっと前からっていつから」
「ずっとです! あなたが生まれて、小学校に入る頃にはもう好きになっていました!」
保護欲にも限度があった。
そん時、お前、生まれて無いじゃん。
あと小学生の頃って、ロリを超えたペドだろう。
そっこーで家へと逃げ込み、相手の様子を探るため、二階へと上がって窓から外を見下ろす。
無論、片手には一一〇を打ち込んで、あとは通話ボタンを押すばかり。
けれど私はどうしても押す気になれなかった。
ケータは電信柱の傍で膝を付き、頽れる様にして泣いていたから。
なんだかその姿がひどく懐かしいものであるようで。
不思議と、私の胸を強く打った。
え?
なにこれ?
これがときめきって奴なんですか?
こういうシチュが萌えるって、頭おかしいだろう私。
再び下を見下ろす。
そこにケータはいなかった。