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吸血鬼と狼男と魔法使いと

作者: かなた

吸血鬼の女は言いました。


“私は狼男が好きです。しかし、キスをしようとすると、私の牙が彼の唇を傷つけてしまうのです”と。


狼男は言いました。


“俺は吸血鬼の女が好きだ。だが、抱きしめようとすると、俺の腕力では彼女の背骨をへし折ってしまう”と。


魔法使いのお婆さんは困りました。

どうにかして二人を幸せにしてあげたい。

しかし、どうしたらよいものか。

今まで、人間や動物達の願いをたくさん叶えてきたお婆さんですが、吸血鬼と狼男の恋の願いというのは初めてです。


お婆さんは考えました。

来る日も来る日も考えましたが、それでもどうしたらいいのかわかりません。

お婆さんは仕方なく、魔法の力で、吸血鬼の女の牙を退化させ、狼男から腕力を奪いました。

しかしそれは間違いでした。


牙を失った吸血鬼は存在の力を奪われ、腕力を失った狼男は、同時にいつかこの世に生を受けるであろう、子供を抱き上げる力さえも失ってしまったのです。

日に日に衰弱していく吸血鬼、絶望から今にも命を投げ出してしまいそうになる狼男。

二人の姿を目にしたお婆さんは自分のしたことを後悔し、深く嘆きました。


そして、一つの決断を下したのです。



それは、


――――二人から“誰かを愛する心”を奪うこと。



お婆さんにとっても、これはとても辛い選択でした。

しかし、そうでもしない限り、二人は命を失ってしまうでしょう。


お婆さんは吸血鬼と狼男をそれぞれ別の日に呼び出しました。

“誰かを愛する心”を失った二人が、お互いを傷付け合うことを防ぐためです。

そしてお婆さんは“心”と同時に“愛し合った記憶”も奪いました。

誰かを愛していた過去と、その気持ちを理解できない現在は共存することはできず、どんな拒絶反応を起こすかわからないからです。

お婆さんは大切な物を二つも奪った代わりに吸血鬼には牙を、狼男には腕力を返してあげることにしました。


お婆さんの試みは成功に終わりました。


二人は何事もなかったかの様に、それぞれの道を歩み始めたのです。



このまま互いが平穏に、そして新しい幸せを見つけてくれますように。



お婆さんは心から祈りました。


しかし、それも長くは続きませんでした。


種族間戦争。

吸血鬼と狼男達の間で、狩場や居住地を巡る戦いが始まってしまったのです。


この戦いには過去に愛し合った吸血鬼の女、それから狼男の姿もありました。

そして幸か不幸か、二人は戦場で出会ってしまったのです。


互いに睨み合い、威嚇の声を上げ、憎しみいっぱいの表情で向かい合いました。


しかし、どうしたことでしょう。


吸血鬼の女の頬には大粒の涙が、狼男の手からは武器が溢れ落ちました。

二人はしばらく睨み合ったまま、只々、訳もわからずに立ち尽くしました。

そして、沈黙も尽きた頃、二人は駆け寄り、吸血鬼の女は深い愛情に満ちたキスを、狼男はその愛を受け止める熱い抱擁を交わしました。

“誰かを愛する心”や“愛し合った記憶”を失っても、吸血鬼の女の、狼男の、それぞれの姿形が二人の愛の記憶であり、歴史だったのです。


空白の時間を埋めるように愛し合う二人。

そして、それ程までに愛し合った二人でしたが、相手を傷付けることは、とうとうありませんでした。


それもその筈です。

愛する者を傷付けることなど、一体どうしたらできましょう。

吸血鬼の牙も、狼男の腕力も、愛する者の前では何の脅威にもならなかったのです。

端からいらぬ心配をしていただけのことでした。


そして二人は誰も知らない、遥か遠く、西の島へ逃れ、そこでいつまでも幸せに暮らしました。


魔法使いのお婆さんはというと、今回の一件で自分のしたことの全てを深く反省し、自分の残りの命を魔法の力へと変換し、戦争をしていた両種族それぞれに肥沃な土地を与えました。

家族を残して旅立った二人に対して、心配事を一つでもなくしてあげようという、お婆さんの心配りだったのかもしれません。








時は流れて、二人が暮らした島にも国ができました。

争いが起こったり、大きな災害にあったこともありました。

それでも、人々は立ち上がり、誰か一人が辛い目に合うようなことのない、平和な国を目指しました。

その国の旗の大きな円は、終わることのない平和を、燃えるような深い赤色は、かつてこの地で暮らした二人のような温かい愛を表しているのかもしれません。

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