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プロジェクト

作者: 遼馬

「最近の犯罪は人としての人格を疑う犯罪が多い。」

そう演説するのは「地球上から犯罪をなくす会」の会長だ。

「教師の体罰、ネットでの中傷、地位や立場をわきまえぬハレンチ行為など、今まででは考えられない犯罪ばかりだ。これには家庭環境、教育現場などにおける人格形成の段階で何かの原因があったと考えられる。このような犯罪を撲滅すべく、我々は極秘にあるプロジェクトを進めてきた。そしてついにこのような犯罪をまとめて、いや全ての犯罪を撲滅し得る画期的装置を開発した!それがこの人格矯正装置だ。」

会長はヘッドホンのような物とパソコンを取り出した。

 この人格矯正装置なるもの、構造は極めてシンプルなものである。脳波に刺激を与える装置をつけて映像を見る。その映像では自分が何かの犯罪を犯す。そして捕まってから人生の末路までを克明に映し出す。登場人物も実際の家族や友達が出てくる。

 例えば会社の帰り、酔った勢いで痴漢してしまう。警察に突き出され、面会に来た妻は泣いている。娘は親父と居たくないと家を出ていく。あげくの果てに離婚、会社も解雇。家もなくなる。路上生活者となった自分は都会の裏路地でゴミ箱をあさる。そんな時、会社の元部下とばったり会い鼻で笑われる。ボロボロになった自分は落ちていたロープを公園の木の枝にかけて・・・・。

 と、いう具合に最悪のストーリーが展開される。多少過剰気味な展開も刺激を与える。そして、犯罪のパターンも、軽犯罪から凶悪犯罪まで、全ての犯罪パターンが記憶されている。数ヶ月かけてあらゆる犯罪を犯す自分を見ていく。そして最悪の末路も。

 その発明は政府機関の知るところとなり、早速実用化された。

 まずは実際に犯罪を犯した者、つまり収監者の社会復帰のために使用された。効果はてき面、その元犯罪者たちは二度と刑務所へ戻ることはなかった。司法に携わる者、警察関係、議員、官僚、教師などの研修にも使われた。さらに大手企業の新人研修、大学の講義にも採用された。もちろん矯正を受けた者は何一つ犯罪を犯さなくなった。タバコはポイ捨てしない、ゴミは必ず分別する・・・などなど。最悪の末路を恐れ、皆犯罪を犯さなくなった。

 政府機関の会議の場で、ある提案がなされた。

「この装置のおかげで犯罪が激減しているのはデータから明白である。どうだろう、いっそのこと全ての小中学校の授業に組み込んでは。」

「うむ、妙案だ。犯罪の温床は子供の頃の教育や環境にある。早速準備にかかろう。」


そしてこの人格矯正装置が教育現場にも導入されて20年が過ぎた。

今ここに種族の存亡をかけた会議が開かれていた。

「悪魔の生きる権利を守る会緊急集会」

会長が弱った体で演説している。

「あたりまえの話であるが、我々悪魔一族の糧は人の心に潜む悪じゃ。それがどうじゃ、最近の人間の心には悪がない。これでは我々はいったい何を糧に生きていけばよいのだ。1000万近くいた悪魔一族はここ20年で100万にまで減ってしまった。このままでは悪魔一族はあと数年で滅びてしまう。皆の者よ、何かよい提案はないか?」

一人の悪魔が手を上げた。

「会長、ここ最近の人間の心の無悪化は人格矯正装置というものが原因です。この装置はすでに世界中に普及しており、破壊等は困難な状況です。ですが会長、この装置は実用化されてまだ30年あまり。しかも矯正されているのは子供や社会人ばかり。引退した高齢者たちはほとんど矯正されておりません。しかも今や超高齢化社会、高齢者の数は急増しております。今まで我々悪魔は犯罪を犯す可能性が高い若者から60代くらいをターゲットにしてまいりましたが、70歳80歳でも十分悪の心は持っております。我々の存亡をかけて一斉にお年寄りに取り憑いてはどうでしょうか?名付けて高齢者憑依プロジェクト。」

しばらく考えて悪魔の会長は言った。

「他に案がないならば仕方がない。このまま何もしなくても滅びるだけだ。この高齢者憑依プロジェクトの希望者は早速全世界の高齢者をターゲットに行動にかかるのじゃ。」

悪魔たちは一斉に世界に散り、高齢者に取り憑いていった。しかし結果は最初から見えていた。高齢者にも悪の心はあったものの、人格矯正装置で末路を見るまでもなく皆自分の末路はわかっていた。わざわざ刑務所で最後を向えるような愚かな考えのお年寄りは皆無であった。

 一族の存亡をかけたプロジェクトは失敗に終わった。

悪魔の会長が言葉に詰まりながら言った。

「100万いた我が一族が今回のプロジェクトの犠牲によりついに20万となった。もう終わりかもしれん・・・・」

「会長、私に秘策があります。」

若い悪魔が言った。

「お年寄りにしても若者にしても既に何らかの人格を持っている。それゆえに我々もリスクを伴う。つまり人格が形成される前ならば簡単に悪の心が植え付けられる。そうです。赤ちゃんです。全く白紙状態の赤ちゃんならば悪に染める事など容易な作業です。現在世界では毎日20万人の赤ちゃんが誕生しております。我々も約20万。我々全員が生まれてくる全世界の赤ちゃんに取り憑くのです。一度悪に染めてしまえば人格矯正装置など関係ありません。悪の心しかないのですから。そしてその20万人が子孫を繁栄し、悪魔世界を取り戻すのです!名付けてこんにちは悪魔ちゃんプロジェクト!」

若い悪魔は力説した。

「なるほど確かにおまえの言うとおりじゃ。だが今回は失敗は許されない。失敗すれば我々は消滅する事になる。わかっておるな。」

「当然です。でも失敗する可能性はゼロです。」


かくしてこんにちは悪魔ちゃんプロジェクトが開始された。悪魔族最後の20万の悪魔たちは一斉に生まれたての赤ちゃんに取り憑いた。

ほどなくして赤ちゃんに取り憑いた悪魔が断末魔に近い声を上げる。

「こ、これは、白紙なんかじゃない・・・無限だぁぁぁぁぁ・・・・!」

赤ちゃんの心の中に広がる世界は、果てしなく続く無限の世界だった。悪魔の悪の力は、まるで太平洋のど真ん中に一滴の黒い絵の具を落としたように跡形もなく消え去った。


悪魔は滅びた。

はるか空の上の大きな会場で歓声が上がる。

「ついに我々は長年の戦いに勝ったのだ!」

会場入口には看板が出ていた。

「悪魔撲滅プロジェクト悲願達成祝賀会会場」

 主催:天使繁栄委員会






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