アポカリプスを奪還せよ
やれやれ、自分がこんなに熱血野郎だったなんて今日初めて知ったよ全く。
「ハハハ、若いな二人共。さて、冗談はさておき……頼み事の件について話そうか」
「え? あ~、頼み事って、“試し”だけじゃなくてホントにあったんですね」
「勿論だとも。そのために試しがあったんじゃないか。では、ここからは本当に真面目な話になるからよく聞いてくれたまえ」
真剣なガナッシュさんの声に、俺の心も真剣なものに切り替わる。これまでの試しから考えると、とんでもない頼みが飛び出しそうな気がする。俺は汗ばんだ手を握り締め、次の言葉を待った。
「頼みというのは、他でもない。盗み出された魔導器、『降魔剣アポカリプス』の捜索を君に頼みたいのだ」
「え……? いや、確かそのアポカリプスって、何かヤバイ設定があるんですよね?」
「うむ、その通りだ。アポカリプス──それはいにしえの時代、グランスフィアで災厄を振り撒いたと言われる幻獣の名だ」
「げんじゅう? って何ですか?」
「ああ、難しく考える事はないさ。幻獣とは言ってしまえば“すごく強い魔物”の事だ。魔物同様、いつ、どこから、どのようにして生まれたのかは誰にも分からない。何者にも倒す事ができなかった幻獣達を封じるため、神族が創り、魔族が魔力を込め、精霊が祈りを捧げる事で完成した物、それが“魔導器”だ。幻獣アポカリプスは一人の人間の手によって魔導器に封じられたのだが、それを成し遂げた人物こそ、偉大なる魔術王メイガスなのだよ」
「す、すごい……というか……」
そのメイガスって人、実は馬鹿なんじゃないの? 何でそんなヤバイ化け物に一人で挑んでんだよ。
「まぁ、大体分かりました。アポカリプスっていう化け物を封印してある剣、それが降魔剣アポカリプスなんですね。でもそんなのが盗み出されるとか、軽く世界滅亡の危機なんじゃ……」
「うむ……だが心配はいらんよ。何せ封印を施したのはあのメイガスだ。盗み出されたからといって、そう易々と封印が解かれる事はない」
「でもですね、絶対に盗まれないと思っていたものが実際盗まれてる訳だし、安心できないじゃないですか。一刻も早く取り戻すべきです。そんな大切な任務を、どうして俺なんかに頼むんですか?」
俺が戸惑うのは当然だ。この世界の勝手を知らない人間にそんな頼みをするなんて、効率的とは言えないだろう。ガナッシュさんだってそれは承知の上なんだろうけど……その先に考えているものが、俺には分からなかった。
「君がこの世界の人間ではないからこそ、頼むのだよ。私はね、賢者であると共に“魔術師ギルド”という組合のギルドマスターをしていてね……立場上、私自身が動くのは困難なのだよ。かといって私用でギルドメンバーを動かす事もできない。そして最大の理由は、この件をあまり世間に知られたくないという事だ。何度も言うようだが、ルーラントの名はグランスフィアではあまりに有名だ。その不祥事をさらけ出す事は……あまり格好いいものではないしね。この期に及んで体裁振るのも馬鹿げているとは思うが……その辺りは察して欲しい。まぁ、だからこの世界の人間でない君が、この依頼には適任という訳さ」
顔を伏せ、心底困ったという声で話すガナッシュさん。話は理解したものの、俺はすぐに頷く事はできなかった。
俺は、どうあるべきなのか。
後悔をしない選択肢は、やっぱり見つからない。俺の旅は、帰る術を探す旅か。それとも依頼を引き受けて、前者と違う形の旅をするか。具体的に言えば、そう……この世界での居場所を探す旅、とか。
ガナッシュさんが俺に依頼したという事は、俺にその資質があると判断したからだろう。
でも、俺は──今の俺に自信が持てない。けれど俺はこの世界で、変わる事ができるだろうか。この世界にいるという奇跡……もしそれに意味があるのなら、俺はそれを……変われる事を、信じたい。
「──俺にどこまでできるか分からないけど……それ以前に、依頼が果たせるかどうかも分からないけど……俺、引き受けます」
俺の答えにガナッシュさんは一度「おお」、と小さく呟き、そして満足げに頷いて言った。
「見つかるか見つからないかは問題じゃない。結果は後からついてくる物。探すという行動、それに意味がある。……それと、カエデ君。頼まれついでにもう一つ、頼まれてくれないか?」
初めの頼みとは違い気軽な感じで言うガナッシュさんにつられて、俺もつい気軽に答えてしまう。
「はいはい、何でしょう?」
「ルナを旅に同行させてはくれまいか?」
「お安いご用、へ?」
答えて、俺は言葉を失う。一瞬、冗談を言っているのではないかとも思ったが、ガナッシュさんの表情からはそんな気配は微塵も感じ取れなかった。
「う……嘘だよね? お父さん、またいつもの悪い冗談なんでしょ?」
ルナさんがとても不安そうに震えている。答えるガナッシュさんは娘を優しく抱き寄せると、静かに諭すように言う。
「不安な気持ちは分かるさ。だが、それはカエデ君も同じ。いや、カエデ君の不安はお前以上だろうな。何一つ知らない世界にたった一人、自分の意思に関係なく突然にやって来てしまったのだから。お前には、そんな彼の旅を支えてやって欲しいのだ。それにルーラント家の不始末を、無関係な彼に全て押し付ける事もできん。それは、ルナにも分かるだろう?」
「う、うん……分かるよ。分かるけど……いきなり、だし……」
「昔、私も旅をした。私の旅も、いきなりだった。私の日常を奪った旅を、初めは憎んだものだ。だが……辛かったその旅の中で、私は大切な、何よりも大切なものを見つけた。ルナにも……きっと、見つけられる」
「大切なもの? ……よく分からないけど……分かった。いいよ、私」
未だ震えるその声に隠しきれないほどの不安を残していたが、ルナさんはおずおずと頷いた。強い子だな、本当に……。
娘の決意を聞き届けたガナッシュさんは「よし!」とルナさんの頭をわしわしと撫でる。ルナさんは「あぅ」と小さく呻くが、その手を払いのける事はなかった。
「で、どうかなカエデ君。ルナを連れて行ってくれるかね?」
ガナッシュさんの問いに、俺は俺の思うまま、正直に答える。
「俺は、ガナッシュさんの言うようにこの世界の事を知らない。正直、ルナさんが来てくれるとほんとに心強いと思います。だからルナさんが一緒に来るって言うんなら俺も反対しませんけど……でも、異世界の人間である俺が言うのも変ですけど……危険な旅になると思います」
それに……女の子との二人旅となると、俺自身が敵に回る可能性も……とは言わない。というか言えないってば。それだけは絶対にあっちゃいけないよな、うん。
「それは承知の上さ。カエデ君は知らないかもしれないが、ルナのアガムの実力はかなりのものなんだ。足手まといにはならないし、それにリピオも同行させる。リピオも頭のいい子だ、何かと役に立ってくれるはずだ」
……リピオも一緒……二人旅じゃないのか。俺は心の中で少し落胆した。
「さて、これで一通りの事は片付いた。私は早速旅の準備を始めるからこれで失礼するが、カエデ君は休んでいてくれ。今日はもう日が暮れる。出発は明日になるからな。それと……カエデ君、そう露骨に落胆するな。ポーカーフェイスなのかと思っていたが、君は案外正直者なんだな」
ニヤリと口の端を吊り上げたガナッシュさんが部屋を出て行き、レイアさんもにこやかにその後を追っていった。
やっべ、いやらしい考えが表情に出てたか! 当のルナさんはガナッシュさんの言葉の意味が分からなかったようで、頭に疑問符を浮かべている。ふいぃぃ~~……セーフだぜ……。
ガナッシュさん達がいなくなると同時に、ぎこちない空気が部屋に漂う。俺の口数が少ないのは性分なので仕方ないが、なぜルナさんまで沈黙するのだろう? アガムの説明の時は元気に喋ってたし、出会った時も凶暴、もとい活発だったのに。これから一緒に旅する者同士として、このぎこちなさは何とかしないといけない。俺は「よし」、とわざとらしく掛け声をつけて立ち上がる。
俺に背を向けていたルナさんが一瞬ビクッと震え振り向きかけたが、興味なしと言わんばかりに姿勢を正した。何なんだ一体?
俺は気にせずルナさんに近づいていき、ルナさんではなくその隣でお座りしているリピオに話しかけた。
「さっきは思いっきり蹴っちゃってごめんな。こっちも必死だったからさ、どうか許してくれな」
リピオは人語を理解するのか、とんでもないと言うようにブンブンと首を横に振る。ガナッシュさんが言った通り、頭がいいのかもしれないな。
「……さっきはよくもやってくれたな。絶対に許さないぞ、いつか必ず喰ってやる! ……だって」
振り向いたルナさんが精一杯の低い声でリピオの声なき声を翻訳した。リピオはさらに激しく首を横に振る。
「違うって言ってるみたいだけど? 俺、何かリピオの言いたい事、なんとなく分かる気がするな」
「わ、私だって分かるわよそれくらい。ちょっとした冗談だよ冗談」
リピオの首に抱きついてルナが慌てた調子で言う。
「それも、分かってるよ。二人共、すごく仲がいいみたいだしね。俺も犬は好きだから、リピオと仲良くしたいな」
「ん~? リピオは犬じゃないよ。“アガムキメラ”っていって、私がエゼキエルから召喚した伝説の守護獣なんだから。まぁ、普段は大人しいし犬と大差ないかな。リピオもあなたの事気に入ったみたいだから、仲良くできると思うよ」
エゼキエル? 守護獣? またよく分からない単語が出たけど、伝説というからにはすごい事なんだろう。俺はそっとリピオの頭を撫でてみる。
「!? ちち、ちょっと!? い、いきなり、何するの……っ?」
ルナさんがズザッと後ずさりながら喚く。俺はリピオの頭ではなくルナさんの頭を撫でていた。実はわざとだったりするが。
「ごめん。リピオの頭の上に、ルナさんの頭があったからつい……」
「つ……ついって、間違えるようなコトじゃ……ぁぅ……」
ルナさんは自分の頭に触れ、真っ赤になって俯く。ちょっと強引な手だったけど、今ので少しはぎこちなさがほぐれただろうか?
「ぁ……と、そのぉ……か、カエデ君?」
「あ、俺の事は呼び捨てでいいよ」
「そ、そう? ……じ、じゃあさ……私の事もその……呼び捨てで、いいから」
「え!? そ、それはちょっと……抵抗があるっていうか……」
ルナさんの思いがけない申し出に、俺は心拍数が上がる。いや、これから一緒に旅する以上、その方が効率もいいんだろうけど……。
「何で? さっきお父さんと話してた時は呼び捨てだったじゃない……その、“ルナはルナだ”って」
胸の前で指を絡めてごにょごにょと言うルナさん。そういえばそうだったような……でもあれは勢いで言っちゃった事だしな。
「私、ちょっとビックリしちゃったけど……嬉しかった。あの時の、あの言葉。だ、だから、その……呼び捨てでいいよっ」
言って、ルナさんの顔がカァッと真っ赤に染まる。う、う~ん……まぁ、何とか慣れるだろう。
「あ、あのさ、その……カエデ? 良かったら、屋敷の中を案内しようか?」
なぜか控えめだったルナさん……ルナだが次第に調子を取り戻してきたらしく、そんな事を言ってきた。もちろん、断る理由はない。
「それじゃあお願いしようかな。ここでただボーッとしてるのもあれだし」
「うん。じゃ、どこ見たい?」
「そうだなぁ……よし! ルナの部屋だ。特にタンスの中を重点的に……」
「おのれは変態かぁぁぁぁッッ!!」
ビシッ、と切れのあるチョップが脳天に入る。
「お、おかしいな。RPGの世界共通の常識だと思ったんだけど……」
「あーるぴーじー? 少なくともグランスフィアにそんな常識はないわよっ! 全く……プッ……あははははっ! カエデって、やっぱり変! 緊張してたのが馬鹿みたい」
「へ、変って、ひどいな~。場の空気を和ませる、ちょっとしたジョークだったのに……」
「……こ、今度からはもっと別のやり方にしてね……」
──その後、結局ルナの部屋には連れて行ってもらえず、俺は広い屋敷を上から順に案内された。家族三人(と一匹)で暮らすとなると、逆に不便と感じてしまいそうなくらい広い屋敷は、屋敷というより学校の校舎といった方がしっくり来るかもしれない。さすがに五大賢者と呼ばれる人の家だな、と感心しっぱなしの俺は、ルナを追ってさらに屋敷を探索していくのだった。