賢者の試験
「いや~、本当に参った参った。まさかあそこまで見事に負かされるとは思ってなかったよ」
応接間に戻るとガナッシュさんはソファーではなく壁際の暖炉の前に座り、手をすり合わせながら言った。
「あ~、すみません。俺、加減が出来なくてやり過ぎてしまって……」
「いや、気にする事はない。あそこで君が何もしなければ、今頃君は大火傷を負っていただろう。まぁ、よく効く薬があるがな。それにしても、凄いなカエデ君は。油断も加減もしていたとはいえ、この私を破るとは……いや、むしろ“理”を知らず、言霊にも頼らずにあのようなハイスペルを唱えるとは、君の力は凄いを通り越して畏怖すら感じるよ」
申し訳ない気持ちでいっぱいの俺をよそに、ガナッシュさんは感嘆して微笑む。褒めてくれているようだけど、どうにも俺にはピンとこない。そもそも、俺はこの世界の魔法について何も知らないし。この機会に少し聞いてみるのもいいかもしれない。
「あの……あれ、何て言うのか……魔法? について教えてくれませんか? ちょっと興味があって……」
「マホウ……? あぁ! “アガム”の事かね? そうか、興味があるか! うむ、では教えてあげよう。少々長くなるがな」
俺の要望を聞いて一気に顔を綻ばせたかと思うと、ガナッシュさんは嬉々としてソファーに移動した。が、その直後何かを思いついたように指を立てた。
「ああ、でも……そうだな。ルナ、お前が教えてあげなさい」
「え? エエ~~ッッ!? 何で私なの!?」
突然のガナッシュさんの提案に、俺の携帯をいじくっていたルナさんが抗議の声を上げる。俺としても、ガナッシュさんよりルナさんに手取り足取り教えてもらう方が断然イイのだが、どうしてガナッシュさんは自分で教えてくれないんだろう? なんとなく、教えてあげたいオーラを発していたように見えたんだけど……。
「まぁそう言うな。丁度いいからこれまでの講義の成果を見せてもらおうと思っただけだ」
「むぅ~、しょうがないなぁ。それじゃえっと……か、カエデ、君? 良く聞いててね」
頷く俺に携帯を手渡すと、ルナさんは片目を閉じて腰に手を当てる。おおっ、何だか“教える姿勢”って感じがするな!
「えっと、貴方の言うマホウっていうものを、グランスフィアでは総じて“アガム”って呼ぶの。で、アガムを使用するには“レティア”と“ルオス”という二つの力が必要なの。レティアっていうのは、グランスフィアの空気中に漂ってる未知の不可視エネルギーの事なんだけど……これは四大世界をまたぐ“大星樹ユグドーラ”が産み出しているって事以外は私達にもよく分かっていないのが現状ね。次はルオス。これは人の生命力や精神力……簡単に言うと“気”の事ね。この二つの力を掛け合わせてできる超エネルギーを“エクルオス”と言い、これに“エレメント”……要するに属性を付加すると、やっとアガムが使えるの。どう? ここまでは分かった?」
「う、う~ん……大体のイメージみたいなのは、分かったと思う。あ、でもちょっといいかな? 説明の途中でまた分からない単語が出たんだけど。四大世界って、何?」
「あぁ、それね。グランスフィアはね、四つの世界から成り立っている一つの世界の総称なの。ここ、人間界を中心に、精霊界、神界、冥界の四つ。これがグランスフィア四大世界ってわけ。貴方の居た地球って所みたいにそれぞれが違う次元にあるんだけど、地球と違って行き来する事ができるの。まぁ、簡単にってわけにはいかないんだけどね。それに今じゃどの世界もほとんど交流はないし……」
なるほど、この世界は違う次元にある四つの世界を全部ひっくるめて、初めて一つの【グランスフィア】となるのか。イメージとしては、四つの惑星が隣り合っている感じかな? 次元が違うらしいから実際には一つの惑星なんだろうけど。いわゆる、平行宇宙ってやつだろうか。
俺が納得したのを見届けると、ルナさんはうんうん頷きながら話を続けた。
「飲み込みが早いみたいで助かるわ。じゃ、アガムの話を続けるけど……ここまでに話した事はアガムを使うための前準備ってだけなの。実際に使うとなるとさらに必要になるのが、“意思力”と“イメージ力”の二つ。アガムの源であるレティアとルオスは、どちらも目に見えないし質量もないエネルギーだから、アガムとして顕在させるには当然イメージ力が必要なの。アガム使用の際にエクルオスにエレメントを付加するのはそのためよ。そして意思力。これが一番重要ね。エクルオスにエレメントを付加させるのも意思によるものだし、“アガムを使う”という事を思う強い意思がアガムを生み出すの。意思力をエクルオスに乗せるのに最適な手段なのが、“詠唱”。言葉には強い意思が宿る……それを言霊って言うんだけど、これを利用する事によって瞬時に、そして正確に意思やイメージを形にする事ができる。深く長い詠唱はより強い言霊を生み、同時にアガムの威力も増すの。この高レベルなアガムを“ハイスペル”って言うの。さっきお父さんやカエデ君が使ったでしょ?」
言われて、俺は先の戦いを思い返す。ガナッシュさんはともかく、俺も無意識に使っていたのか。
「アガムはすご~くたくさん種類があって、すご~く奥が深いんだよ。エレメントの相性や禁呪法ロストスペルとか。今は細かく言わないけど、そういったアガムの概念……それを“理”っていうんだけど、それを学べば学ぶほどエクルオスの絶対値が増して強力なアガムが使えるようになるの。だからこそ、私達は驚いてるのよ。カエデ君、理も知らず言霊も利用せず、ましてやエレメントの相性の中和さえ考えずに、強引にアガムを打ち消したりハイスペルを使ったりするんだもん。そんな芸当、並大抵の意思力やイメージ力では到底できっこない。根本的な問題として、“エクルオスを練り出す”という事自体、ある程度の技術が必要なのに普通にアガム使ってるし……」
「うむ。加えて人間界五大賢者の一人であるこの私を破ったのだから、その力は大した物だ」
溜め息をついて言うルナさんの言葉に、ガナッシュさんが付け加える。
「五大賢者?」
「魔術的な面において人間界で五指に入る強さと、英知を併せ持つ賢人をそう呼ぶのだ」
自分で言うのも何だがな……とガナッシュさんは恥ずかしそうに付け加えた。という事は……俺も人間界で五指に入るって事か? 何だか色々と話を聞いて、自分の凄さが少しずつ分かってきたような気がするぞ。
「こら! 何ニヤニヤしてるのよ! お父さん、あれでかなり手加減してたんだから、調子に乗らないの!」
舞い上がっていた俺の心はルナさんのその一言で見事に撃ち落とされた。まぁ、慢心しては心に隙ができる。謙虚過ぎても自分を潰す事になるが、この場合はまさに、井の中の蛙大海を知らず、なんだろうな。とほほ~……。
「ハハハ。しかしカエデ君は本当に大物になるかもしれんぞ。魔術王メイガス、彼は混沌の力を使い多くの強敵たちを薙ぎ倒したそうだ。その混沌の力を使う際、彼は漆黒のエクルオスを身に纏ったという伝承がある。先程の戦いでカエデ君がハイスペルを使った時、エクルオスの色が金色から漆黒に変化した。ひょっとすると、君はメイガスのような伝説を作る人物になるかもしれんぞ?」
ガナッシュさんが本気とも冗談ともとれる顔でフォローを入れてくれる。そのフォローは嬉しいけど、また顔が緩みそうになった俺をルナさんが睨みつけてきたので俺は慌てて顔を引き締めたのだった。が、同時になぜかガナッシュさんまで顔を引き締めた。
「……カエデ君。怒らないで聞いて欲しい。実は先程私が戦いを仕掛けたのは、君に旅の危険性を教えるためではないのだよ。いや、もちろんそれもあるが……正直に言うと、実は君に折り入って頼みたい事があってだな、だがそれにはそれなりの資質が必要なのだ。だから、そのための実力テストをさせてもらったのだよ」
ガナッシュさんの突然の告白に、俺はどう反応していいか悩んだ。怒ってはいない。騙されたとも思ってない。ただ……ついさっき現れたばかりの俺に頼む事とは、一体何なのか。信頼されているというプレッシャーが、俺を圧迫する。
「カエデ君。我がルーラント家に……婿入りしてはくれまいか?」
──……。何だ、その頼み事は? ムコイリシテクレとは、どういう意味だ? おかしいな、この世界の人とは普通に言葉が通じてると思ってたけど、ちょっと意味が良く分からないぞ?
「…………え? ……ほえええええぇっ!? ちちちちちょっと、そんな、お、おぉおお父さんッ!?」
わたわたと暴れるルナさん。その様子からして、ガナッシュさんの言葉は俺の知る通りの意味だったらしい。
「婿入りって、俺にルナさんと結婚しろって事? ……あの、そういうのは当人同士が決める事で……たとえ親だろうと一存で決める事じゃないと思います」
言葉の意味を取り違え驚くタイミングがずれてしまったからなのか、俺は冷静に受け答えする事ができた。それを受けガナッシュさんは肯定の頷きを見せたものの、さらに意見を述べてきた。
「だがそれは一般論だ。地球には許婚という言葉はないか? 私には、七百年もの長きに渡り続くルーラントの血を絶やさず守るという義務がある。ルナは女の子だ。より強く血を引き継がせるために、より豊かな才能を持った男子と婚姻させるのは当然の事。そして……君にはその才能がある」
「当然? ……それは……ルナさんの父親としての意見ですか? それとも……ルーラント家当主としての意見ですか?」
俺はわずかに震える声で、一句一句はっきりと言葉を紡いだ。妙に癪に障る……本人の意見を全く無視したその考え方、たとえどちらの答えが返ってきても、俺は許せないと思った。事もなげにガナッシュさんは答える。
「無論、両方だ」
「ッ! それが父親の意見ですか!! “ルナ”は“ルナ”だ!! 娘を娘として見てやれないなら、父親面なんてしないで下さいッ!!」
「ふむ……それは地球の人間の考え方かね?」
「俺の考え方です! 悪いですけど……そんなくだらない頼み事なら、他を当たって下さいッ!」
俺はソファーを立ち、吐き捨てるように言う。はっきりいって、軽蔑した。ガナッシュさんがこんな人間だったなんて思わなかった。ルナさんを盗み見ると、豆鉄砲を食ったハトのような顔で俺を見つめていた。
ガナッシュさんはガナッシュさんで、俺の言葉に全く表情を変えずに俺を見上げている。が、次の瞬間、ガナッシュさんは突然俺に拍手を送ってきた。今度は俺がルナと同じ顔になる。
「いや……本当にスカッとする男だなカエデ君は。うむ、“試し”はこれで全て終わった。文句なしに合格だな」
試し……? 俺もルナさんも訳が分からず首を傾げる。その疑問を察してか、ガナッシュさんは言う。
「外では“力”を。そして今“心”を見せてもらった。資質がいると言ったろう? それに……もし私が本気であんな事を言う人間であったなら、私は賢者などやってはおらんよ。さすがに気付かなかったかな? 私の行動には、全て意味があったのだよ。君より先に私が名乗ったのは、ルーラントの名を聞いた君の反応を見て素性を探るため。ルナにアガムの話をさせたのは二人のぎこちなさを和らげるため、というようにな。……まぁ、伊達に賢者はやっていないという事だ」
……返す言葉もない。まさかここまでの事が全て、ガナッシュさんの思惑通りに運ばれていたなんて……。
「すみません……俺、なんて失礼な事を……どう謝ればいいのか、分からないです……」
「謝る事はない。考えを悟られては試しにならんだろう? それより……そろそろエクルオスを解いてくれないか?」
言われて俺は自身を見下ろす。感情が高ぶったせいか、金色のエクルオスが俺の全身を覆っていた。うわ、気付けよ俺。
「す、すみません! 俺、そんなつもりはなかったんですけど……」
「ハハハ、まあ、それだけルナの事を真剣に考えてくれたのだろう?」
「えっ!? あ、いやその……何と言いますか……」
ガナッシュさんの言葉に、俺はついルナさんに目を向けてしまった。目線が合うとルナさんは真っ赤になって俯く。きっと俺も同じような顔してるんだろうな……と、俺は火照った頬を掻きながら思った。
中々冒険に出ませんが、この先ちゃんと冒険はあります。ヒロインもそのうち増えていくので、気長にお付き合いいただければ幸いです。