森羅ヲ貪リシ鬼ノ神 ~カエデ VS 五行鬼~
○ ○ ○
「……ん……ぅ? ここ、は……?」
意識を取り戻した私は、どこに顔を向けても闇しか見えない場所にいた。ただ、何かの薬草を焼いたような鼻を突く臭いが辺りを漂っている。
体は……どこかに磔にされているみたいに全く動かせない。
「目覚めたか、ルーラントの娘……エゼキエルを持つ者よ」
正面の闇から、低く響く男の声が語りかけてくる。この声……気を失う直前に聞いた声!
「あなた、陰陽師のシンキね! 私をどうするつもり? アポカリプス返しなさいよ!」
「ふふふ、威勢が良いな。返してやるとも……ただし、中に封じてあるモノはないだろうがな」
不気味に笑う声の後、パチンと指を鳴らす音……フィンガースナップの快音が響いた。すると部屋に明かりが点され、その全容が目に飛び込んでくる。
そして、目に飛び込んできたモノは……。
「何……これ……」
「分からぬか? こやつこそが破滅の審判者……幻獣アポカリプスだ」
こ、これがアポカリプス!? 今私の目の前にいる巨大な真紅の怪物が、アポカリプスだって言うの!? って事は、つまり……アポカリプスはもう復活してしまった……?
「嘘だ! アポカリプスはメイガスが封印したもの……あなたなんかに解印できるはずない!」
「その封印が完全でなかったとしたら? 封じたモノが“魂”だけだったとしたら、どうなると思う?」
「それは……そんなの……あり得ない!」
「しかし実際にこうして器が完成した。メイガスは封じ損ねたのだ。魂だけを魔導器に封じられ、空っぽになったアポカリプスの体は粉々に砕けて世界に散った。いつか我のような者に再生され、復活する日を願って眠りについたのだ。こうして器が完成した今、アポカリプスの魂は自らの意思で我らの前に姿を現した……このようにな!」
シンキが指し示すその場所には、禍々しい赤に染まった降魔剣アポカリプスがゆらゆらと宙に浮かんでいた。
「降魔剣が、飛んでる……! そんな……アポカリプスは盗まれたんじゃなくて、自分から屋敷を出て行ったの……? 嘘……信じ、られない……だけど……」
だけど、そう考えれば全てに説明がつく。辻褄が合う。誰も盗み出せないはずの魔導器が屋敷から消えた理由、それは……剣が自ら姿を消したからなんだ。
「口惜しい事だが……汝が言う通り、我はまだアポカリプスの封印を解除できていない。空の器が完成したにすぎんのだ。魂は未だ剣の中……これを取り出すにはエゼキエルに記されたロストスペルが必要だと分かったのが、つい先日の事。汝らが倭京に現れたのはまさに、渡りに船だったという訳だ」
おかしそうに口元を押さえて笑うシンキ。でも、シンキはすぐに表情を引き締めて言葉を続ける。
「そして我はエゼキエルを手に入れたのだが、ここでさらに問題が発生してしまった。我にはこの書物が読めぬ。本来なら汝など、エゼキエルを奪った時点でくびり殺していたところだが……運が良かったな。さぁ、ルーラントの娘よ! エゼキエルに記されている復活のロストスペルを読むのだ!」
「いや! 絶対に読まない!」
私は首を振って拒んだ。するとシンキは私の額に掌を当てて言う。
「何と言おうと無駄だ。精神を操るまでよ……さぁ……読むのだ……!」
いや……いや……カエデ、助けて……カエデ……ッ!!
──ヒュン! ……ドゴォォォォーーーーンッ!!
その時、城を軋ませるほどの大爆発が起こった。その衝撃で私は体の自由を取り戻し、地面に伏せて煙をやり過ごす。
充満する煙が部屋から消えた時……目の前にあったアポカリプスの器は、粉々に砕けていた──。
○ ○ ○
「何だ……? どうしたのだ……? アポカリプス、アポカリプスの器が……!」
ガラガラと音を立てて崩れて行く怪物を、ただ呆然と眺めているシンキ。へへっ、どうやらよほど大事なモノだったみたいだな。ざまーみろだ!
シンキがぼーっとしている隙に、俺達は呆気なくルナを救出した。
「カエデ? ……来てくれた……助けてくれた……!」
「当ったり前だろ! とにかく無事でよかったぜ……本当に心配したんだからな」
シンキ同様放心状態のルナ。その肩に手を置いて、俺は安心させるように優しく語りかける。
はぁ~、それにしても見事に爆発したなぁ……さすがはミリーのアガムケイジ。ルナまで巻き込んじまうかと思ってヒヤヒヤしたぜ。
「御主人様! アポカリプスを取り返しました! どうぞっ!」
いつの間にやら降魔剣を回収してきたリピオが、それをルナに手渡す。やっぱりここにあったのか。もしかして、俺が前に考えた仮説が当たってたのかな?
さて、どうするか……。ここでシンキを倒してもいいけど、みんなのところに戻って加勢してやるのもいいな。よっしゃ、そうするか!
「待て……」
その時、やっと絞り出したようなシンキの声が俺達の背中にかかる。
「もう終わりだ……何もかも。……我らの野望は潰えた。許さぬぞ……汝ら……許さぬ! 決してッ! 汝らだけはぁッ!! 皆の者、集えッ!!」
殺気を微塵も隠さない怒声を吐くと共に、シンキの足元から大量の光が溢れ出す。その光は部屋中の床を走り、ある形を作っていく。これは──五芒星か!
その五芒星の頂点に位置する場所に、他の四人の陰陽師がそれぞれ姿を現した。シンキ自身も残った頂点へと移動し、複雑な印を結んでいく。
「臨む兵、闘う者、皆、陣列ねて前に在り! ……我らは滅びよう。だが、汝らも道連れだ……サイガ!」
「土帝招来、急急如律令!」
「火帝招来、急急如律令!」
「木帝招来、急急如律令!」
「水帝招来、急急如律令!」
サイガが、ゼンが、マガツが、ソウジが、印を結びながら何かの詠唱を始めた。これは……何だか分からんけど、絶対ヤバイ気がする。
「金帝招来、急急如律令! 目覚めよ、式神……『五行鬼』!!」
シンキの叫びに呼応するように、五芒星が輝きを増す。この波動……来る!
「ヴォオオオォォォァアアアァァッッ!!」
五芒星が消えた時、陰陽師達も消えていた。城の天守閣も消し飛び、俺達は月影を湛えて光る瓦屋根の上に放り出される。
だが、消えたものの代わりに現れたものもあった。
そこにいたのは、超巨大な漆黒の鬼。城全体を五階から一階までぶち抜いて立ち、俺達の目には屋根から生えるように出ている胸元から上しか見えない……そんな化け物だ。
陰陽師達……命がけでとんでもないモンを残していきやがって。やるしか……ないか!
「ルナは後方支援、俺とリピオはとにかく攻撃だ! でも、避ける事を第一に考えろ! 大木みたいな腕だ、一撃でも喰らえばあの世行きだぞ!」
二人に指示を出すと同時に、俺自身も五行鬼に向かって飛び掛かる。振るわれる腕の風圧だけで体が引き千切られそうになりながらも、巧みに攻撃をかわして剣で、爪で斬りつける俺とリピオ。
しかし、そのどれもが無意味。相手には傷一つ付ける事もできず、こちらの体力と集中力だけ削られていく。
ゲームなんかだと、どんなに強大な相手にも必ずどこかに弱点がある。もちろん現実とゲームを一緒くたにするつもりはないが、五行鬼も例外ではないと思いたかった。
弱点があるとすれば……それはもちろん、狙いにくい場所だ。それでいて、目立つ場所。探せ……条件を満たす、その場所を。
まずは頭部からだ。側頭部から生えた二本の角は弱点である可能性が高い反面、かなり硬そうな印象も受ける。となると次は……、
「んっ!? 超怪しい場所発見!」
額から放たれる、鬼灯のように真っ赤な光。前に見たカラス型の式神にもあったそれは……第三の目。
高く、小さく、狙いにくい部位。それでいてあからさまに悪目立ちする部位。弱点はあそこ以外に考えられない!
「うおりゃああああぁぁッッ!!」
五行鬼の腕に乗り、肩を蹴り、そのまま額まで一気に肉薄する。ソーマヴェセルを両手で構え、切っ先を額の眼球に向けて突っ込んでいく。
その時、五行鬼の口が大きく開かれたかと思うと、すさまじい波動が喉の奥で脈動しているのが見えた。
口から何らかのブレスを吐き出そうとしている──そう瞬時に理解したが、ここまで来たらもう止まれない。
もし火炎ブレスならマントが無効化してくれる。それに、俺の方がわずかに速い! このまま一気に……いっっけええええぇぇぇーーーーッ!!
──ガギィィーンッ!
「なっ! 硬っ!?」
第三の目は、弱点じゃなかった。
愕然とした次の瞬間、俺の体を強烈な電撃が貫く。
「ぐああああぁぁーーーーっ!!」
何だよ、ちくしょう……口からブレスっていったら……普通は、炎だろーが……。
ルナの悲鳴を遠くに聞きながら、俺の意識は暗い闇の彼方へと落ちていった──。




