不自然な獣
「ふん、意外と早かったな。用事は無事に済んだのか?」
リヴネイルに戻った俺達を、船長であるテティスが腕組みをしながら迎えてくれた。
「あぁ、お陰様でな。本当に助かったよテティス。お前の協力がなかったら、こんなに早くルナの闇を晴らしてやる事はできなかったと思う」
「べ、別に礼を言われる筋合いはないのだっ! いいから次の目的地を決めろ、貴様が舵取り役なのだからな!」
はは……この素直じゃないところ、ルナとちょっと似てるよな。
にしても、次の目的地か。ルナの一件が片付いた後、一応フィルセスでもアポカリプスとセイラの兄・アレスの情報を探ってみたものの、案の定成果なしだったからなぁ。
となると、ここは当初の予定通り倭京大陸へ向かう以外に選択肢はなさそうだ。
ルナから聞いた話によると、倭京はグランスフィアの中でも異国情緒あふれる場所なんだとか。
グランスフィアの基本的な世界観は、非常に雑な表現をしてしまえば中世ヨーロッパ風と言える。そんなルナから見て倭京が異国なら、恐らくそこは日本の江戸時代を思わせる街並みが広がっているんじゃないかと予想できる。
だから実はちょっと楽しみだったりして……。
「テティス。俺達がいない間、リヴネイルの方はどうだった? 何だっけ、ほら……スキャルフリードとかいうレーダーにファントナエラの反応があったとか、そういうのは?」
「ふん……残念ながら無しだ。奴め、あの巨体で毎回どこに隠れているのやら」
ふぅっ、と短い溜め息をつくテティス。だがそうと決まれば話は早い。ファントナエラが姿を現さないのなら、この船の行動はフリーだ。
「よしっ、それじゃあ出航だ! 錨を上げろ、帆を張れぃっ! 取舵いっぱい、目指すは倭京大陸だぁ! 全速前進ッ、ヨーソロォォッ!!」
「なっ!? き、貴様、また勝手に号令を! 俺様がやりたいのだぁぁ~~ッ!!」
俺に仕事を取られて、悔しそうに床を踏み鳴らすテティス。はは、大人ぶっててもまだまだ子供だなぁ。
俺は水平線の彼方に目をやる。倭京大陸はずっと先だから、今はまだ何も見えない。
でも……旅の終わりは見え始めている。
降魔剣アポカリプスを探す旅。倭京大陸は、きっとその終着点になるはずだ。そして、そこに待ち受けている敵も一筋縄ではいかないだろう。
ロストスペルの代償でアガムを失くした今、俺の戦闘能力は今までの半分以下。こんな状態で、俺はみんなを守り切れるのか?
「何難しい顔してんのさ」
水平線を見つめる俺の隣に来たミリーが、唐突にそんな事を言う。
「いや……ちょっとな」
「ちょっと、何なのさ? ふふ~ん、カエデ君ってばウチが前に言った事、もう忘れちゃったってワケ?」
「……!」
……そうだ。俺はまた、一人で戦ってるみたいな考え方をしちまってた。それは間違いなんだって、デゼス戦で学んだのにな。
「サンキュな、ミリー。……頼りにしてるぜ?」
「にゃっはは! 任せてちょーだいってね!」
──その後、リヴネイルの航海は順調に進んだ。といっても、ラグナートから倭京まではかなりの距離がある。どれだけ快調でも五日はかかるという事で、俺達は到着までの間、各々の部屋で思い思いの時間を過ごしていた。
そんなある日の夜。
「はぁぁぁ……退屈だなぁ~~」
船の中でできる事なんて、そう多くはない。
馬鹿デカイ船だ、初めのうちは中を探検したりするのが結構楽しかったんだけど……さすがに今は見るところもなくなった。
あとは寝るだけ……なんだけど、隣のルナの部屋からはとても楽しそうな声が聞こえてくる──コロナの声だ。一体何を盛り上がってるのか知らないけど、とにかくコロナの声ばかり聞こえてくるなぁ……はは、元気なのはいい事だ。
一人に一部屋ずつ割り当てられているものの、仲のいい者同士は結局一か所に集まっている事が多かった。
「で、俺は今夜もひとりぼっち……と」
ベッドの上に寝転んで、ふぅ、と溜め息交じりに呟いてみる。
このリヴネイル、船長が女の子なら船員も全て女性で構成されている。俺のパーティーも全員女の子だから、この船の中で男は俺一人だ。
さしげなくおいしいシチュエーションな気がするけど、だからといって何か特別なイベントが発生する気配もない。
「う~む……好感度が足りてないんだろうか。なんて事を言ってると、その時! 待望のドアをノックする音がカエデの耳に飛び込んで…………来るわけない、よなぁ」
独り言終了。何してるんだろうな、俺。
俺以外に一人ぼっちの奴って、この船の中にいるのかな……そんな事を考えていると、一人だけ……というか一匹だけ思い当たる。
「そういえば、ミューはどうしてるんだろ」
反動をつけてベッドから飛び起きると、俺はこの旅の陰の功労者のもとへ向かった。
思い立ったら即行動。それがグランスフィアに来てからの教訓であり、後悔しない秘訣だ。
船の中をきょろきょろと数十分近くさまよい歩き、ようやく目的地であるミューの部屋に辿り着いた。が、そこにはミュー以外に思いがけない人物が待っていた。
「お前とはよく会うなぁ、テティス船長」
「ふん、それはこっちの台詞なのだ。それより、こんなところに何の用だ?」
俺と出会ったのを心底嫌そうに肩をすくめるテティス。なので俺もテティスと同じように肩をすくめて、そっちこそ、と目で訴えた。
それが通じたかどうかは定かじゃないが、テティスは俺に背を向けて言う。
「貴様……この生物をどこで手に入れたのだ?」
「どこって……ガイルロードの馬屋で馬車と一緒に買ったんだよ。愛嬌のある顔してるだろ?」
「……馬屋の主人はどこで見つけたか言っていたか?」
「ん~? 近くの森、としか聞いてないな。それがどうかしたのか?」
俺の質問には答えず、テティスは真面目な声のままさらに質問を投げかけてくる。
「こいつ……似てないか?」
「あぁ、確かに似てるな。この間抜けヅラ……テティス船長にそっくりだ」
「何だと貴様ぁッ! 俺様ではない! ノアに似てないかと聞いているのだ、この大馬鹿者!!」
そう叫んで、それまで抱きかかえていたノアを俺の目の前に突き出してくるテティス。……間抜けヅラの部分は否定しないのな。
ずり落ちた海賊帽子を小さな前脚で必死にかぶり直そうとしているノアを、俺はまじまじと観察してみる。
「あ……」
俺は思わず声を上げてしまった。確かに……いや、冗談じゃなくヤバイくらい似てる……!
大きさこそかなりの差があるが、それ以外の細かなパーツ……二対の耳と二本の尻尾を有するところは本当にそっくりだ。
それなりに各地を旅してきた俺だけど、そういえばミューのような生物は他に見た事がない。そう……ノアを除いては。
この二匹に、一体どんな関連性があるっていうんだ?
「ノアはもともとシードラゴン。それが神の怒りに触れてこの姿に転成させられた……いわば創られた存在。つまりはルナやコロナが従えているアガムキメラのように、自然からは絶対に生まれる事のない存在なのだ」
「って事は……ミューもそれと同一の存在って事か?」
俺の疑問に、テティスは静かに首を横に振る。
「今の段階で断言はできん。だが、その可能性はある。まぁ……仮にそうだったからといって何がどうなるという話でもないのだが……頭の隅にでも留めておいて損はないだろう。何にせよ、興味深い存在だな」
テティスはそう言い終えると、腕を通さずに羽織った海賊コートをひるがえしてこの場から去っていった。
俺はしばらくテティスが出て行った扉を見つめてから、ミューの方に目をやる。
「……ただの大人しい魔物だと思ってたんだけどな。なぁミュー……お前一体、何者なんだろうな……?」
「……ミュ~?」
呑気に干し草をはみながら気の抜けた声で鳴くミューを、俺はただぼんやりと眺めていた──。




