魔法を失くした魔法剣士
「よっ! おはようルナ!」
俺はノックもなしにいきなりドアを開け、できるだけ明るい声で呼びかける。
「わわぁっ!? か、カエデ、いきなり入って来ないでよぉ。着替え中だったらどうする気?」
「ん、そんな時はあれだ。マンガやラノベの主人公よろしく、数秒間硬直しながら着替え中の素肌を無言で眺めて、その後取って付けたように『わ、悪ぃ!』なんて叫んで部屋から出て行く。それが“お約束”ってヤツだ」
「は? オヤクソク? 何それ、そんなバカみたいな約束、絶対しないわよ?」
よしよし、まずはおなじみのおバカトークで導入部を和らげる。ここからが肝心だ。
「そんな事よりルナ、体はもう平気なのか? 悪いなぁ、酷い目に遭わせちゃって」
「別にカエデのせいで溺れたわけじゃないんだから、謝らないでよ」
そう言って笑うルナ。
違うよルナ……全部俺のせいなんだ。テティスの話じゃ、ファントナエラは異世界人である俺を狙って船を襲った。だからルナが溺れて死にそうになったのは……俺のせいなんだよ。
「そうだ、カエデの方は平気なの? 私を助けた後、カエデも倒れたってコロナちゃんが……」
げ、コロナの奴、わざわざ言わなくてもいい事を……。俺は一瞬険しい表情になったが、すぐにそれを改めて笑顔で説明する。
「ん? 何だよ、コロナも大袈裟だな~! 俺の方は別に何ともなかったんだ。ただ俺、泳げないのに海に飛び込んじゃってさ、それでちょっと海水を飲んじゃっただけだよ」
あくまでも軽い調子で言う俺の言葉を、ふいにルナが手で制して言った。
「ちょっと待ってカエデ! ……うん……やっぱり変だよ。何か……違う気がする……。何が……?」
う、ヤバイ。とうとう感付かれたか。何とかごまかし切れないかな……?
「な、何か変か? 別に俺はそんな気しないけどな……」
俺はなるべく平静を装ってそう言うものの、ルナは眉間にしわを寄せたまま首を横に振って食い下がる。
「ううん……違うよ。絶対……この違和感……っ!? ……えっ! 何、それ……ま、まさか……コレって……!?」
何かに気付いたようにビクッと肩を震わせ、驚愕の表情を見せるルナ。あちゃ~……気付かれた、か……。
「そんな……! カエデ、ルオスが……ルオスが、ない! 何でッ!? どうして!? まさか……また使ったの!? またあのロストスペルを使ったんでしょ!? それで今度はルオスを失って……」
「い、いやぁ~……はは……よ、よかっただろ? 今回も命が無事でさ」
「よくない! よくないよッ!! カエデはルオスを失った……つまり、アガムを失ったって事なんだよ? もう二度とアガムを使えないんだよ? カエデはもう、最強のアガムフェンサーにはなれなくなっちゃったんだよ!? 一体何してんのよ、カエデの馬鹿ぁッ!!」
うぅ、おっしゃる通り……でも、この流れはいい。このまま俺が馬鹿でしたって事で済ませられれば……。
「……違う……馬鹿は、私……?」
済ませられればよかったのに……ルナはどうやら、根本的な部分にまで頭が回ってしまったらしい。
「カエデごめん……私のせいだよね? わ、私が海に落っこちたりしたから……カエデはロストスペルを使ってあの怪物を追い払った。だから……カエデからアガムを奪ったのは……わた」
「違うッ!!」
みるみる内にルナの目に溜まっていく涙が溢れる前に、俺は大声を上げてその考えを否定する。
「違うんだよルナ、むしろ逆なんだ。ルナが溺れ死ぬ思いをしたのは俺のせいなんだ! だからルオスを失ったのも自業自得、ルナのせいなんかじゃない! あの怪物は、グランスフィアの人間じゃない俺が持つ違和感に触発されてあの海域に現れた……だから船が襲われたのは俺のせいなんだ。みんなを危険にさらしたのは俺だ……だから謝るのは俺の方なんだ!」
「違わない! 違わないよ!! カエデの言う通りなら、確かにみんなを危険にさらしたのはカエデのせいかもしれない。だけど、海に落ちたのは私だけ……間抜けだったのは私だけなの! 私が海に落ちたりしなければ、カエデはあんな怪物にロストスペルを使う必要はなかった! 海に投げ出された私を急いで助けようと思ったから……カエデは……!」
……確かに……確かにルナが言うように、“ルナを急いで助けなければならない”という事態にならなければ、他にも対処の仕方はあったかもしれない。最善の選択肢を探す時間的余裕はあったかもしれない。でも……俺は……。
「……違うんだよ、ルナ。俺は、何も失っちゃいない。あのロストスペルは、“術者が大切と思うものの中から一つを生贄として発動させるアガム”だろ? 最強のアガムフェンサーになりたいっていうのは、確かに俺の夢の一つだった。事実、こうしてルオスを失って俺は少なからずショックを受けてるから、それは否定しないよ。でもな……」
俺はルナの瞳を真っ直ぐに見つめたまま、偽りのない強い意志を言葉に込めて続ける。
「前にも言ったと思うけど、俺は何よりも失いたくないもの、自分の命以上に大切と思うものを失わないためにロストスペルを使った。そして今回も、その大切なものを守る事ができた。失わずに済んだんだ。だから……俺は何も失っちゃいない。むしろ嬉しいんだ。たかが俺のルオスが犠牲になっただけで、俺が俺の手で、一番大切なものを守る事ができたんだってね。それに、ルオスを失ったって言っても完全になくなったわけじゃないんだ。地球にいた時みたいに、体外に放出できなくなったって感じかな。それでもルオスによる肉体活性は残ってるから、剣士としてはまだ十分に戦えるよ。ま、一つ心残りと言えば、ルナが大切にしてたリボンを救う事まではできなかったって事だな」
最後の台詞は、少しおどけて付け加えた。するとルナは潤んだ瞳のまま俺をしばらく見つめていたが、
「でも……私、カエデをどんどん傷付けて……」
と、俯いてポツリと呟くように言った。やっぱりどれだけ言葉を尽くそうと、あと一歩が足りないようだ。
でも大丈夫! ここでコイツの出番だぜ!
「そうやって俯いて、ルナはさらに俺の心を傷つける気なんだな」
言いながら俺は、ポケットから箱を取り出す。部屋に来る前に用意していたあの小箱だ。
「ち、違う! 私、カエデを傷つける気なんてこれっぽっちも……えっ?」
顔を上げたルナの鼻先に、俺は小箱を突き付ける。
「プレゼント。今のルナに必要なものが入ってるよ。前にアレフィスでたまたま買っててさ~……ま、その時は渡せず仕舞いだったんだけど、今なら流れ的に自然かな~、なんて」
「……開けてもいい?」
興味深そうな表情で上目遣いに訊いてくるルナ。俺の答えは、当然イエスだ。
「わぁ、リボンだ! かわいい~っ!」
「へへ、前にコロナがさ、ルナは紫が好きだって言ってたから紫のリボンにしてみた。……ちょっと薄紫だけど」
「うん。私はどっちかっていうと淡い感じの色が好きだから……よし!」
ルナは慣れた手つきで俺がプレゼントしたリボンを頭の左側に結んだ。いつもの横ポニテ。前のリボンよりも太いので結び目が大きく、ルナの可愛い印象にピッタリ似合っていた。俺ってセンスいいのかも。
「どう? 似合うかな? 私は気に入ったけど」
「すっげー似合ってるよ! いや~気に入ってもらえてよかった。リボンが似合うってのもそうだけど、やっぱりその髪型……髪をおろしてるのもいいけど、俺はこっちの方が好きかな? 何ちゃって」
そう言って俺はハハハと笑った。……それは、ただの照れ笑いだ。なのに……。
「ん? どうした、ルナ……あっ」
ルナが、またいつもの怯えた表情をしていたのだ。そして、そこで俺は思い出す。夢の中で見た、あの映像を。ルナの根底にある、心の闇を。
今なら分かる。なぜ俺が笑顔を向ける度に、ルナがこの怯えた表情をするのか。そして、その救い方も分かっている。
「ルナ」
ぽんと肩に触れただけで、ルナはビクッと体を強張らせる。分かるぞ、ルナ……お前の気持ちが。
今なら、俺はお前を救ってやれる。お前が、俺の名を呼んでくれたから。
「アポカリプス捜索の旅、また一時中断だ」
「え……えっ? ま、また冥界に行くとか、そう言う事?」
「今回はそこまでの寄り道にはならないよ。ただ、どうしても今やっておかなきゃならない事があるんだ。……約束、したからな」
「約束……? 誰と?」
俺はルナの目を両手で隠して、満面の笑顔で言う。
「……小さくて可愛い女の子と、だよ」
「はぁ!? な、何よそれ! このロリコン!」
ガーン! ……そ、そう来ますか……まぁ、いいけどね……ははは……。




