冥王が仲間に加わった
「はー……改めて間近で見るとやっぱやたらデカイな……」
──翌日の昼頃、辿り着いたケレトゥスの居城を見上げて俺は感嘆の息を漏らした。
ガイルロードにアスラート……人間界の王城もいくつか見てきたけど、このカオティッシュ城の大きさはそれら以上だ。この巨大すぎる城の奥に、現代の冥王ケレトゥスがいる……。
デゼスを倒せたとはいえ、ケレトゥスだって強敵である事に変わりないはずだ。以前のように体が震え出す事はないものの、緊張に体が強張っているのが分かる。それは他のみんなも同じらしく、萎縮した空気がパーティー全体を包み込んでいた。
「んん? あっはは! 何みんな、もっとリラックスリラックス! ケレトゥスなんてデゼスに比べたら全っ然大した事ないんだからさ!」
一人気楽なテミスが場違いな笑顔を浮かべてそう言った。……いくらテミスの気が大きかったとしても、冥王を相手にここまで気楽になれるものか? この楽観はひょっとして、予想上での事じゃなくて“比較”した結果なんじゃ……。
「なぁテミス。テミスって、もしかしてケレトゥスの強さを知ってたりするのか?」
「もっち知ってるよ」
「はぁ!? ならそういう事は先に言ってくれよ! つまりテミスの目から見て、ケレトゥスはデゼスと比べて段違いに弱いって事なんだな!?」
「え……ま、前からそう言ってたじゃん。伝わってなかった?」
「……あぁ、微妙にな……」
何だ……強さを実際に体感した上でのお墨付きだったのか。だったらホント、こんなに緊張してるのも馬鹿らしいや。普通の魔物とやるような感覚で伸び伸びやった方がむしろ失敗がなくて良さそうだ。
「あ、でも一個だけ注意ね。ケレトゥスは冥王の座についてから『カオスクリスタル』っていう賢者の石を手に入れたから、エクルオスの強さだけで言ったらデゼス並みだと思う」
「はぁぁっ!? オイオイそれをもっと先に言ってくれっ!! 全然気ぃ抜けない相手じゃん! あ~も~お陰で緊張がほぐれて肩の力が抜けちまったじゃ…………ん?」
あれ……それって……いい事、だよな?
「よくやったテミス! さぁみんな、ケレトゥスをぶっ潰してやろうぜ!!」
「んえっ!? な、なんであたし褒められたの!? ちょ、みんな待ってよぉ~!」
勢い込んで城門を潜る俺達を、一人状況が飲み込めていないテミスが追い掛ける。
予言しよう、今回の戦いは……きっとこれまでのどの戦いよりも簡単に決着するだろう。それくらいに俺達の心と体は軽かった。テミス、ナイス天然!
──そしてカオティッシュ城、玉座の間。
「なっ……何故、だ……!? グッ、こ、この我が、有象無象の人間如きに……ッ、凌駕されたというのか……ッ!?」
「……うん、まぁ」
喘ぐように声を絞り出して横たわるミイラ男のような現冥王を、俺は憐憫に満ちた目で見下ろしていた。いや、だって……さすがに、ねぇ?
正直に言って、相手にならなかった。ケレトゥスは傲慢な魔族だ、油断も隙も当然のようにありまくりだったけどそれ以上に──力の差が、ありすぎた。
もう一つおまけに言ってしまうと、コイツは手下に恵まれなさすぎた。いや、コイツがバカ殿すぎたというべきだろうか。
城門前に立った時から感じていた事だけど、RPGの魔王城なら当然のようにいるはずの門番がまずいない。そして城内にも配下の魔族は一人もおらず、冥王城はまるで観光名所のように見学し放題な有り様だったのだ。
もちろん、配下の魔族の気配はあった。でも出てこない。冥王自身が打ち出したマニフェストに則り、配下達は軒並み職務放棄したんだ。カオティッシュ城はその名が示す通り、秩序なんてこれっぽっちもなかったというわけだ。
「すっご……ホントに秒殺じゃん。いっやぁ~さっすがカエデくん! 魔術王の弟は伊達じゃないね!」
想像以上の楽勝振りに、テミスが浮かれ気味に手を叩く。そしてテミスの言葉を耳にしたケレトゥスは驚きに閉じ掛けた目を見開いて言った。
「何……だと……? その小僧、メイガスの……。フッ、ウグッ……はぁ、はぁ……そ、それ程の力を持っている者が……なにゆえこんな、サキュバス如きに踊らされている? サ、サキュバス如きの策略、で……我は滅びるのか……。無念……だ……」
息絶え、デゼスの時と同じように灰となって散っていく冥王ケレトゥス。これで冥界は今、王が不在になったって事か。駄目な王様だったんだから、これで良かったんだよな?
でも……踊らされている……って、どういう意味だ? 俺はケレトゥスが死に際に残した言葉が妙に引っ掛かり、首を傾げる。とその時、まるで俺の心中を見透かしたかのようにテミスが口を開いた。
「あぁ~~、はは……ご、ごめんねみんな。でも騙してたわけじゃあないから、これホント」
「え? それってどういう……」
謝るテミスに謝罪の意味を尋ねようとすると、テミスは無言でケレトゥスが倒れていた場所に歩いていき、そこに浮かんでいた紫色の光を宿す水晶に手をかざした。
「『汝に命ずる。闇の法令に従い、今ここに我と汝、混沌の契りを交わさん。汝の名は……カオス・オブ・テミス』」
そうテミスが言い終えると、クリスタルは一層輝きを増してテミスの手の上で回転する。それはまるで、新たな所持者を得た事による歓喜の舞のようにも見えた。
「ちょっとちょっとテミス! 一体何なのさ!? ケレトゥスの言った事もアンタも……!」
事の展開に苛立ったミリーがテミスの胸倉に掴み掛かる。するとテミスはムッとした顔でミリーの手を払いのけると俺達を見回しながら答えた。
「ま……ね。実を言うと、みんなの強さを見込んでちょいと……うん、あえて乱暴な言い方をしちゃうと“利用させてもらった”ワケよ。ケレトゥスを倒してもらって、ヤツが持ってるこのクリスタルをあたしの物にしたくてね。あ、でも勘違いしないで。ケレトゥスが今の冥界をダメにしていってるってのはホントの事だし、あたし自身クリスタルを悪用するつもりはないからさ」
テミスはそう説明すると、なぜか俺の方を見て色っぽくウインクしてみせた。何だ? 一応パーティーリーダーである俺から賛同の言葉が欲しい、って事か?
「まぁ利用も何も、ケレトゥスが実際に悪い奴だったならこっちとしても何も問題ないだろ。結果として楽勝だったわけだしさ。ただ、何でテミスはそこまでしてカオスクリスタルが欲しかったんだ? それさえ教えてもらえれば後腐れもないんだけど」
「いい……っ! いいよカエデくん! よくぞ聞いてくれました! このクリスタルはね、もう何度も言うようだけど賢者の石の一つなの。賢者の石は知ってるよね?」
「知ってるっていうか……雰囲気程度の予備知識でよければ。俺のイメージだと、無限の叡智が詰め込まれた魔の石って感じなんだけど合ってる?」
「あ~いいんじゃないのそれで。てかカエデくんの混沌を映す瞳だって賢者の石なんだから、感覚で分かるよね。で……コレはその賢者の石の中でも“はぐれ”なヤツでさ、大昔は“裏賢者の暗黒石”なんて言われてた曰く付きの代物なのよ。それがいつからだったか、代々冥王が持つ物として受け継がれるようになったんだけど……ケレトゥスはもういない。つまり! 今さっきクリスタルと契約を交わしたこのあたしがコレの持ち主、新たな冥王ってわけ!」
──……。その時、無音が辺りを支配した。だが次の瞬間、玉座の間は驚きの声で埋め尽くされる事になる。
「ぅええぇぇ~~~~ッッ!? あ、あ、あんたが冥王なのぉ~~~~ッ!?」
一番大袈裟に驚いたのはテミスのまん前にいたミリー。自分を指す指先をまたもや払いのけ、テミスは誇らしげに胸を反らして鼻を鳴らした。
「フフッフ~ン! ま~あねぇ。 そ・れ・に、何と! あたしの下克上に協力してくれたお礼と利用しちゃったお詫びも兼ねて、あたしもカエデくん達のパーティーに正式に加わってあげるよ。ん~~! 偉大なる冥王様が仲間入りとは、もうすっごいパーティーになっちゃうよねぇ!!」
「ま、マジか……。いや、そりゃ確かに心強いな。テミスがそう言ってくれるならありがたい、今後ともよろしくなテミス!」
「オッケーオッケー! 超絶頼りにしてくれていいから、このあたしの活躍にご期待あれっ!!」
満面の笑みで全員に握手を求めて回るテミス。呆然とする人、素直に歓迎する人、反応はみんなそれぞれだったけど、少なくともテミスのパーティー入りを拒む人はいなかった。
ちなみに……ケレトゥス撃破成功時のサービスっていうのは、これの事……なのかな?
……ふ~ん……いや、別にこれでも文句はないんだけど。もっと他のこと期待してたわけじゃないんだけど…………ま、そりゃそうか……。




